第3章 情報化社会における運輸

  1970年代は,引き続く高い経済成長を軸として,来るべき新たな社会へ向つて大きく歩を進める時代であるといえ,来るべき将来社会を真に最適社会としてもちうるかどうかは,挙げてわれわれ自身の将来社会の設定にかかつているといつても過言ではない。われわれは,将来社会設定の一つの視座として情報化の観点を得,情報が現在に比して格段に重要性をもつようになり,そのことから経済,社会にわたつて多面的変化が生じる社会を情報化社会と呼んだ。この社会においては,動脈としての交通網神経系としての通信網,情報処理手段としてのコンピューターが情報化社会の円滑な運営にきわめて重要な役割を果すことが期待されており,それぞれの分野における著しい技術進歩は,われわれの現在もつている経済,社会に対する通念を一変させるであろう。
  通信,コンピューターを中心とした情報処理は 〔2−3−1表〕に見るように大きく進み,産業・生活両面にわたつてその利用は深く浸透し,国民生活・産業のあり方を著しく変えるであろう。
  運輸は,通信,コンピューターとむすびついて,みずからの情報化を進めるとともに,技術革新の成果をとり入れ,単に輸送需要に応じた輸送サービスを提供するにとどまらず,人口,産業の配置,国土の有効利用,生活環境の改善等わが国経済,社会の基本的あり方に極めて大きな役割を果し,豊かな社会の建設,運営者として主導的役割を果すことが期待されるであろう。
 すなわち,
 (1) 輸送技術の自覚ましい革新は, 〔2−3−2表〕にみるように,陸海空にわたつて進展し,大量輸送,時間距離の著しい短縮( 〔2−3−3図〕 〔2−3−4図〕)等を通じて情報化を大きく進めるであろう。これらの技術革新の成果を導入した新幹線鉄道網,航空網,高速道路網,海上交通網等の総合交通体系の確立は,産業,国民生活の基盤として情報化社会の効率的,円滑な運営を支え,国土の均衡ある発展,国際交流の活発化をもたらすであろう。

  また,安全で公害のない輸送機関の開発,効率的都市交通システム等の開発は,生活環境を大きく改善し,都市生活のあり方を変えるであろう。
 (2) 情報化社会においては,従来の素材,単商品中心に構成された産業や企業では,とうてい充足できない広がりをもった需要が生まれることから,在来産業を横断し,他産業とは密接な情報システムにより,有機的に結合した機能集積型のシステム産業が産業界の主役となるものと予想されている。運輸はその性質上,諸産業と幅広いつながりをもつており,本質的にシステム産業志向型の産業であるといらことができ,みずからシステム産業への脱皮を図るとともに,他産業のシステム産業への移行に大きく影響を及ぼすであろう。ことに,都市開発,地域開発,海洋開発,観光開発等の分野においてはシステム産業として主導的役割を果すことが期待されるであろう。

 (3) 輸送需要は,量的に増大するばかりでなく,質的にも多様化が進行し,輸送の側においても,これらの輸送需要の動向を的確に把握,分析し,適切な輸送サービスを提供することが要請される。輸送サービスを提供していくに当つて,一企業内においてのみ輸送需要を処理することは,需要者に対して効率のよいサービスを提供することができにくく,また企業にとつても非効率的であることがしばしばである。このため,まず同業種内さらには運輸業全般にわたって,需要,輸送状況等についで情報のネットワークをもち,質の高い効率的輸送サービスについての情報を提供する輸送情報センターが出現するであろう。
  旅客輸送については,各輸送機関の旅客輸送情報等(座席,客室の予約,混雑状況,観光地情報,運賃,到着時間等)の提供を行なう旅行情報センター( 〔2−3−5図〕)が活躍するであろう。

  貨物輸送については,生産,販売,輸送,保管を通じて,物の流れが一貫して処理されることが要請されるのみならず,情報の流れも,企業の枠をこえて一貫して流れることが要請され,各輸送機関の貨物輸送情報(取扱状況,到達時間,運賃,料金等)を一括して掌握していて,荷主の要請に応じて最適輸送システムをアドヴアイスするとともに,他の産業の活動情報とむすびついて生産計画,販売計画に合せた輸送計画の総合的コンサルテイングも行なう貨物輸送情報センター( 〔2−3−6図〕)が物的流通の合理化,効率化に大きく貢献するであろう。

  このように,情報化社会における運輸の果す役割は大きく,その責任は重い。運輸が適切にその責任を果していくためには,第2章においてみたように,運輸における情報処理の近代化,運輸技術の革新等をすすめていく必要があるが,今後著しく変わりゆくであろう経済,社会の現実に即して,諸分野において,法制・体制の抜本的変革,発想法の転換を前提としたシステムの変更を行なう努力と決断がなされることが最も肝要であろう。これまでも変化に対応した施策がなされてきてはいるものの,それは現在のシステムの量的規模の拡大と若干の手直しにとどまつており,またそれで当座をしのぐことができる経済段階であつた。しかしながら,これからわれわれが体験しようとしている諸変化は,量的にも質的にも大きなものであることが予想されており,現在のシステム内でのやりくりでは対処しきれず,システムの抜本的変革が必要となつてくるであろう。
  その一例を挙げるならば,都市における路面交通システムである。増大する道路輸送需要に対応して,これまで大量の道路投資がなされ,あるいは交通規制の強化,広域交通管制の導入など,現在のシステム内において,その規模の拡大とシステム改良の努力が積み重ねられているが,道路容量の拡大は,潜在していた道路輸送を顕在化することとなり,路面交通混雑の解消策とはなりえていない。その他の現行路面交通システムの改良策も抜本的なものとはいえず,当面の混雑緩和策にとどまつている。路面交通問題が道路交通混雑の問題からさらに公害といつた深刻な社会問題へと展開している現在,都市交通全体の観点から都市内道路輸送の役割を明確にし,自動車にかわる機動性をもつた安全で公害のない都市交通機関の開発等,路面交通システムの抜本的な変革が必要であろう。
  このような輸送システムの変革は,路面交通に限らず,全国交通網,地域輸送システム等運輸全般に及ぶものであり,また経済,社会の変化に即応した行政システムの確立も重要である。
  新しいシステムの採用は,利用者である一般国民,運輸事業者等各般の理解と協力なしにはその実現は不可能である。豊かな未来社会を志向する者にとつて,いつの時期にかおいて飛躍のための脱皮が不可避であることを認識し,変りゆく経済,社会の現実を見きわめつつ,時宜に即して,国民一般に対して新しいシステムの提案を行なつていくことが,今後の行政にとつて重要であろう。
  来るべき新しい社会の建設,運営に当りて運輸の果す役割は大きく,その責任は重い。運輸省は,その責任の重大さを十分に自覚し,安全で公書のない輸送を基本理念としつつ,新しい輸送技術の開発,時宜に即した輸送システムの確立を通して,総合的交通体系を整備し,実り豊かな社会の建設を目指す考えである。


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