1 都心部における輸送


  自動車の輸送需要は道路整備の進展を上回るスピードで増大し続けているため,大都市においては,道路の混雑度が年々高まつている。東京都の例でみると,40年度末から44年度末までの間において自動車保有台数が1.7倍になつているのに対して,同じ期間に道路実延長は2.4%,道路総面積は8.0%増加しているにすぎないため, 〔2−2−4表〕のとおり車両1両当りの道路実延長および面積は急激に減少している。

  このため,道路混雑は激化し, 〔2−2−5図〕のように渋滞の発生が急激に増加している。
  道路交通の混雑は,大都市においてすでに路面電車を廃止に追い込み,バスの運行をも圧迫している。また,道路混雑の激化によりますます要請の高まつている地下鉄網の整備についても,資金的な面を中心とする困難な問題に直面している。

(1) 乗合バス

  バスは,大都市交通において鉄道とならんで旅客輸送の重要なにない手である。しかし,自家用乗用車を中心とする自動車の急激な増加は,道路混雑の激化を招く一方,地下鉄の整備などとあいまつてバスの輸送需要の伸び悩みをもたらしている。東京都および大阪市の乗合バスの輸送人員の推移をみると, 〔2−2−6図〕のとおり40年度以降横ばいに推移している。

  また,乗合バスの運行速度は年々低下しており,さらに運行の定時性も著しくそこなわれている。速度低下,定時性のそう失は,とくに通勤・通学輸送や業務交通等定時性,迅速性が重視される輸送にとつては致命的ともいえる欠点であり,乗合バスに対する不信を乗客に抱かせ,バスから他の交通機関への転移を促す一方,バスの輸送効率の低下を招いている。このことは,44年3月に実施された「首都圏都市交通問題に関するアンケート」の調査結果をみても,乗合バスに対する不満として運転間隔が不規則というのが最も多数を占めていることからもうかがわれる。
  このような輸送需要の伸び悩みに加えて,人件費を中心とする運行コストの上昇によつて,大都市乗合バス事業の経営は著しく悪化しており,損失を計上する会社が急増している。乗合バスの輸送コストの推移を東京都についてみると, 〔2−2−7表〕のように年々8%程度の上昇を続けており,運賃改定による収入増も1〜2年を経ずして吸収されている。とくに,人件費の割合は40年度の49.5%から44年度の60.0%へと急増しており,輸送コスト上昇の大きな要因となつている。人件費の増加に対しては,ワンマン化や車両の大型化による労働生産性の向上が図られてきたが,保有車両のワンマン化率は44年度末までに東京都で83%,大阪市で80%に達しており,今後この画での改善の余地は少ない。

  他方,道路混雑の激化による運行効率の低下も輸送コスト上昇の大きな要因となつている。一定の輸送力を確保するためには,運行速度の低下に反比例して車両数の増大を図らなければならず,車両数の増大はまた人件費,その他の広範囲な経費の高とうを招くこととなる。道路交通混雑の緩和のためには道路の整備拡張により交通容量を拡大するとともに,都心部における駐車場の整備等を行なう必要があるが,都心部においては,道路容量や駐車能力の拡張の余地は少なく,車の流れをスムーズにするための交通規制を行なうとともに,需要の絶対量を減少させる等の対策が必要となつている。

(2) タクシー

  タクシーの輸送量は,全国では近年の社会経済活動の活発化に伴つて著しい伸びを示しているが,最近の大都市部においては停滞ないし減少傾向にある。
  大都市におけるタクシー輸送需要は,他の交通機関との間の運賃の格差が小さくなつたこと,所得水準の向上等により消費性向が高級化していること,高速鉄道やバスが都市の発展に即応した輸送サービスを十分に提供していないことなどにより,従来他の輸送機関が担当していた旅客をも輸送するようになり,大都市交通の中でかなりの比重を占めるようになつた。しかし,このように輸送分野が拡大した反面,車両数の増強は 〔2−2−8図〕のように,ある程度進められているものの,運転手不足のため実働率は低下し,路面交通の混雑により輸送効率も低下するなど,供給の伸びが不十分であつたため需給の不均衡を生じ,とくに夜間におけるタクシー不足の深刻化を招いている。タクシーの需給状況を示す実車率をみても年々上昇し 〔2−2−9表〕のとおり東京都においては44年度に63%にも達しており,タクシー不足の状況を示している。

  需給の不均衡は,サービスの低下をもたらし,とくに夜間を中心として乗車拒否,不当料金請求,接客態度不良などが社会問題としてとりあげられるようになつている。
  タクシー事業は旅客輸送機関のなかで最も労働集約度が高く労働力の不足もあつて人件費は急増しており,事業経営を圧迫する要因となつている。運転手不定は,全般的な労働力不足が進行するなかで,今後も好転することは望み薄である。

(3) 地下鉄

  都心部における交通需要の増大と道路混雑の激化を背景に地下鉄網の整備が進行しており,地下鉄はいまや大都市都心部交通の中心的な存在となりつつある。東京,大阪の地下鉄の輸送量は,建設の進捗もあつて年々増加し,東京都および大阪市における年間の輸送人員は,40年度の7億5,000万人および3億7,000万人から44年度には12億1,000万人および5億3,000万人へと,それぞれ1.6倍,1.4倍となつており,44年度の両都市の総旅客輸送量の16%に達している。
  この間,地下鉄は 〔2−2−10表〕のように運転間隔の短縮,長編成化等により輸送力の増強を図つてきたが,混雑緩和には至つていない。

  都市化の進展が,今後さらに続くことが予想される中で地下鉄の整備に対する要請はますます高まつているが,その整備には以下のような問題が生じている。
  その最大の問題は,巨額の資金調達とその調達資金に対する金利,減価償却費等資本費の増大による経営採算維持の困難さである。地価の上昇に加えて工事費用の上昇により,最近では1km当りの建設費が60〜90億円にも達し,しかもこれら巨額な投資はその供用開始までの懐妊期間が長期にわたるため,企業ベースでの整備は次第に困難さを増している。
  問題の第2は,輸送需要の極端なかたよりである。地下鉄の輸送需要は,朝夕のラツシユ時への集中,片道輸送の度合が著しくこのためその経営採算の維持を困難としている。
  地下鉄の経営状況をみると, 〔2−2−11表〕のように新線の開業にともなう支払利息,減価償却費の急増に加えて人件費の増大により急激に悪化している。


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