1. モビリティーの増大と快適化


  市民生活の高度化は,市民の業務活動,日常活動,余暇活動等において,その範囲の拡大と活発化をもたらす。運輸政策審議会「総合交通体系に関する答申」(46年7月)によると, 〔2−3−2表〕のとおり,60年の旅客輸送量は46年度の約2・2倍に達すると予測されている。また生活の高度化は,市民の意識にも変化を与え,従来の物質面の充実のみでは満足しないでより精神的な価値への要求も高まり,活動の自由さ,快適さが重視されつつある。

  市民の意識および行動におけるこれらの変化は,交通に対しても重要な転換を迫つている。その端的な例が自動車の普及である。自動車とくに乗用車は,自由なスケジユールに従つて道路を自由に選びながら,快適に,かつ,高スピードで,しかも目的地の玄関先まで行くことができる市民のきわめて個別的な輸送機関として,多大の利便をもたらし,多くの満足感を与えてきた。しかし,自動車の量がある地域において一定の限界量を超えると,路面交通の渋滞により自己否定現象が発生するうえ,排気ガスや騒音による公害や,交通事故を発生させていることは,すでに述べたとおりである。これを解決するには,より安全,低公害型の交通手段により市民の望んでいるモビリテイーと快適性を充足する方向へ進まなければならない。

(1) これからの地域内交通

  これからの地域内交通を考えるには,次の2つの方向が,並行的に検討されなければならない。第1は,既存交通手段における車両,通行路,乗継施設,運賃制度,案内システム等の改善であり,第2は,新しいタイプの交通手段の開発である。
  長期的には,新しいタイプの交通手段の開発を進めるべきであるが,当面は既存の交通手段の改善が急がれる。昨年度の年次報告で述べたように,現段階においては,大都市の都心部では鉄道が主役,バスがその補完的機能を担当し,都市周辺部および郊外部では,都心方向への輸送は鉄道,高速鉄道駅からのフイーダー輸送等はバスが担当し,また,地方都市においては一部,鉄道,モノレール等の大量あるいは中量の輸送機関について,その必要性を検討する必要があるが,大部分はバスが主体となるものである。当面,これら既存の公共輸送機関についての改善,たとえば,乗り心地や交通手段相互間の接続と乗り換えを改善したり,ターミナルや車両の設計をより魅力あるものとしたり,さらに,もつと重要な問題として,運行頻度の高い,便利な,信頼性のある輸送サービスを開発することが必要である。
  既存の公共輸送手段のうち,バスは,ドア・ツウ・ドアの輸送サービスが潜在的に可能であり,最も乗用車に近い輸送サービスを提供できる可能性を有しており,今後,路線の再編成等により改善を進めるべきである。さらに,現在,すでに一部実施されている専用レーン等により,他の交通流から分離したり,あるいは交差点においてバスを優遇させる方法などを広く実施することが必要である。
  以上のほか,運賃制度の改善,利用案内のシステム化,運行時間の調整,終夜運行の実施など利用しやすい交通をめざしての努力が必要である。
  ついで,新しい交通システムの導入が検討されなければならない。既存交通手段の行きづまり,大規模ニユータウン等にみられるような既存交通手段では対応できない新しい交通パターンの発生,コンピユータの発達に伴うコントロール技術の向上等を背景として,現在,新交通システムの開発が進められているが,これらを運行形態,軌道形式等から分類すると次のとおりである。

 イ 連続輸送システム

      連続輸送システムとしては,「動く歩道形式」と「ベルトとカプセルを組み合わせた形式」とがあり,主として,方向性をもつた人の流れの多いところ,たとえば,幹線交通手段のサービスを向上させるための補完手段として利用すること等が考えられる。

 ロ 軌道輸送システム

      軌道輸送システムは,車両の小型軽量化によつて軌道構造を簡易化し,駅間隔および運転間隔の短縮を可能とし,さらに,これにより経済性とサービスの向上を図ることを可能とするものである。また,自動化,無人化による労働力の不足への対処も可能である。このシステムは,数人乗りの小量軌道システムから数十人乗りや連結運転も可能な中量軌道システムまで種々考えられているが,当面,乗合交通手段として,在来鉄道とバスの中間の需要に対応する中量軌道システムの開発を急ぐ必要がある。

 ハ 無軌道システム

      無軌道システムは,一般道路を利用しながら需要情報の正確な把握とこれに基づく適切な運行計画により,輸送効率を高めようとするものであり,個人交通手段としてのシテイーカー,乗合交通手段としてのデマンドバス等が考えられている。専用通行路をもたないため路面交通の混雑に対してみずからの力による解決が不可能という欠点を有しているが,都市の低人口密度地域等において十分かつ魅力ある集散交通サービスを提供することが可能である。デマンドバスは,その実用化についても技術的問題が少なく,わが国でも47年6月から大阪府豊能郡能勢町において,小規模ながら運行が開始されている。

 ニ 複合輸送システム

      以上のシステムのうち,連続輸送システムおよび軌道輸送システムは,自動車と組み合わせた形が考えられる。複合輸送システムは,一般道路上では自動車そのものとしての機能を維持しつつ,特定のところではシステムの一部として運用するものである。このシステムの特徴は,専用通行路では制御された運行により,交通容量の増加および事故,公害等の減少が期待される点にあり,当面,都心部と郊外部の空港間のアクセスとして利用することが考えられる。
      以上,提案されている新交通システムは,それがどのような交通需要または社会的要請に応えようとするかによつて,個人交通手段的な傾向の強いものから乗合交通手段的な傾向の強いものへと,いろいろな形態がみられる。ドア・ツウ・ドア性,随時性等乗用車のもつ特性にできるだけ近い交通サービスを提供するとともに,社会経済的観点からみて,交通空間,交通施設を有効に利用することおよび労働不足への対処等を評価基準として開発を進めるべきである。

(2) これからの地域間交通

  都市内等の地域内交通におけるモビリテイーの増大とともに,生活の高度化に伴う市民の活動範囲の拡大,活動の活発化および複雑化に対応して,全国の主要地域間を1日行動圏に結びつける基幹的高速交通ネツトワーク並びに全国各地域を網状に結ぶ複数交通手段によるネツトワークの形成等,地域間交通の充実が必要である。
  1日行動圏の拡大は,従来と同様に,航空網の充実強化と新幹線鉄道を含む鉄道の高速化によつて進められる。航空は,遠距離の大幅な時間短縮効果をもたらすものであり,その需要は,市民の所得および時間価値の向上を背景に今後も増加が見込まれる。これに落しては,航空網の拡充と並行して,幹線を中心にエア・バスの導入等機材の大型化を進め,また,ローカル線のジエツト化を推進する必要がある。さらに,比較的近距離および端末の交通について,VTOL(垂直離着陸機)およびSTOL(短距離離着陸機)の導入を図つていくことも検討しなければならない。
  なお,このような航空網および航空機材の拡充強化に対しては空港機能の拡充とあわせ航空保安施設の整備や航空機騒音問題の解決が必要であるが,とくに航空の高速性の利益を享受するため,空港と都心とを結ぶ高速道路,高速鉄道あるいは新交通システム等のアクセスの整備が一体的になされなければならない。
  新幹線鉄道は,地域相互間の大量,高速,高密度の交通手段として,レクリエーシヨン交通や業務交通において市民生活に多大の貢献を果たしている。また国土開発の可能性を全国に拡大するための戦略的中核施設となるものであり,今後の高速交通ネツトワークの中心となるものである。すでに開通している東京・岡山間,目下建設中の山陽新幹線および東北,上越,成田の3新幹線を整備するほか,その他の路線についても順次計画的に整備を図つていかなければならない。さらに,現在開発中の超高速鉄道の導入も検討する必要がある。
  在来鉄道は,貨物輸送に重点が移行するものの,新幹線鉄道網および航空網の間隙を補うものとして,また,地域的なレクリエーシヨン需要に対応するものとして,そのウエイトは決して小さくなく,今後も高速化,快適化を図つていくべきである。
  高速道路は,モータリゼーシヨンの進展に伴うマイカー交通の増大に対処するとともに,中短距離の都市間交通に対応するものとして,全国の主要都市間を結ぶネツトワークを形成するとともに,これを補完する高速性能をもつた道路をあわせて整備する必要がある。
  また,海のハイウエーとしてのカーフエリーも,レクリエーシヨン交通の多様化に対応するものとして,また,それ自体動くレクリエーシヨン施設としてその整備が必要である。
  これらのネツトワークの整備により,地域間の交通における市民のモビリテイーは飛躍的に高まるとともに,多様で快適な交通も可能となり,豊かな市民生活創造の大きな基盤として機能することが可能である。


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