3 海運自由の原則に対する制約の増大と海洋汚染対策の必要性


  従来,国際海運の主な担い手であつた西欧諸国や我が国などいわゆる先進海運諸国は,従来から一貫して,海運活動をできるかぎり企業の創意ある活動と自由競争にゆだね,政府の介入は必要最少限にとどめるとともに,船舶の航行についても,領海内の無害航行権を含めて,相互に航海の自由を認め合う,いわゆる「海運自由」「航海自由」の両原則を基本方針としてきた。最近になつて,これらの原則に対する批判的な動きが強くなつてきている。その第1は,開発途上国の国旗差別政策の採用やUNCTAD(国連貿易開発会議)における海運問題の検討等のいわゆる南北問題,第2は,現行海洋法再検討の動きである。また,米国等が行つている独占禁止的観点からする海運規制や社会主義諸国の海運への進出も「海運自由」の原則との関係で種々の問題を惹き起こしている。この他,国連その他を中心とする海洋汚染規制強化の動きも顕著であり,これにいかに対処していくかということも重要である。

(1) 南北問題

  開発途上国政府による国旗差別政策の採用及び定期船同盟への干渉等は,近年ますます拡がりつつあり,先進海運諸国における海運活動に重大な影響を与えているが,同時にUNCTADの場においても,海運問題について開発途上国の攻勢がますます激しいものになつてきている。UNCTADで開発途上国がとりあげている問題は,@自国の輸出を促進するという見地から「荷主国」として先進海運国に対する要求(輸出促進運賃率の適用,その他サービスの改善)A自国の商船隊を整備拡大したいとする「海運国」としての要求(船隊整備のための財政援助,技術援助,定期船同盟加入促進,積取比率の増大)の二つに大別できるが,開発途上国は,これらの問題の早急な解決を迫るとともに,そのためには国際海運に関する法制及び慣行を改める必要があるとしている。特に定期船同盟のあり方については,ほとんどの同盟が実質上先進海運諸国の船会社によつて支配され,開発途上国の利益がかえりみられていないとして,定期船同盟の内外の活動を規制するルールを作ることを強く迫つた。この問題は,国運総会決議に基づいて設置された「定期船同盟憲章準備委員会」(48年1月及び6月ジユネーブにて開催)において草案作成件業が進められ,対案併記ないし多くの括弧付のままではあるが,ともかく1本のドラフトをまとめあげたが,次の原則的諸問題については,未調整のまま48年11月,ジユネーブにおいて開催予定の「定期船同盟憲章採択全権会議」において審議されることとなつている。すなわち,開発途上国は,(1)開発途上国に対する優遇措置,(2)航路別の積取比率を当事国船各50%とし,当該航路に第三国船が参加している場合には,当事国船各40%,第三国船20%とすべきこと,(3)同盟と荷主協議会との協議に政府代表が参加すべきこと,(4)運賃値上げを含め同盟と荷主との間の紛争は政府による最終決定か又は強制的な国際仲裁に委ねるべきこと,等の点を憲章の内容に含めることを強く主張しており,先進海運国の同盟憲章は関係船会社間及び同盟・荷主間の関係の円滑化をはかるための一般的準則を定めるにとどまるべきであるとする主張との間に激しい対立がなお続いている。

(2) 海洋法の再検討

  従来の海洋法を再検討するため,49年5月から7月まで国連主催のもとにカラカスで「第3次海洋法会議」が開催される予定となつており,目下これをめざして準備が進められている。海洋法のあり方は,政治,軍事,経済(特に資源)等の各分野に深いかかわりを有しているが,特に海運に関係の深い問題としては,@領海問題A海洋汚染防止B航海自由と無害通航問題の3つの問題である。第1の領海問題としては,領海の幅員について,3浬,12浬,200浬等の意見がありこのほかに,領海外に更に「経済水域」(例えば200浬)を設けるべきかどうかも論議されている。また,群島諸国からは,群島について,その周辺を含む一定範囲の海域を領海とするという,いわゆる「群島理論」が提起されている。次に海洋汚染防止については,汚染源別の対策が必要であることはいうまでもないが,かなり多くの国々から海洋汚染防止ゾーン(例えば200浬)を設定し,沿岸国に海洋汚染防止ゾーンを航行する船舶に対して種々の規制を行う権限を与えるべきであるとの意見が述べられている。第3の航海自由と無害通航の問題は,幅広い領海,経済水域あるいは汚染防止ゾーンを設けた場合,これらの水域における船舶の航行を如何に取り扱うかという問題であるが,沿岸国の権限と円滑な航行とをいかにバランスさせるかが重要な問題となろう。

(3) 海洋汚染対策

  船主が事故等により第三者に損害を与えた場合の民事責任については,我が国の商法によれば,船主は船舶を被害者に委付すれば責任は免除されることになつているが(免責委付主義),これは全く時代にそぐわない制度と云える。現在,国際的には金額責任主義が原則になつており,1957年に採択された船主責任条約(1968年発効,現在26か国加盟。)では,船主は,財産損害について船舶のトンあたり約2万2,000円の金額まで責任を負うこととなつている。また,42年に英仏海峡で発生したトリーキヤニオン号(油送船)の座礁事故を契機として,一度事故が起きた場合に著しい損害を与えるおそれのある油送船については,特にその賠償体制を確立する必要が国際的にも認識されるに至つた。その結果,1957年条約の特別法として1969年に油濁民事責任条約(未発効)が採択され,油送船船主の責任制限金額を船舶のトンあたり約4万4,000円(総額約46億円を限度とする。)に引き上げるとともに,その責任を無過失責任とし,更に責任制限金額の支払を担保するため強制保険制度を導入した。次いで,この条約を補足するため,1971年に国際基金条約が採択されたが,これは,石油業者の拠出金により国際的な基金を設け,油濁被害者に追加補償(油送船船主による補償額との合計額は約99億円を限度とする)を行つて被害者の救済を徹底するとともに,油送船船主の負担額の一部を填補しようとするものである。我が国は,世界の油送船の12%を保有し,石油の海上輸送量も17%を占めていることからその動きが各国の注目を集めており,これらの条約の早期批准及び国内法化を図るべく現在準備を進めている。
  また,海洋汚染防止対策については,48年10月にロンドンにおいて開催された「海洋汚染防止条約」の採択会議において,油に関する規制(油の排出規制の強化,持続性油以外の油の排出規制,廃油の発生を減少させるための船体構造上の規制)のほかに,有害物質,ごみ,し尿への規制対象の拡大を図ることとなつた。


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