第1章 経済社会情勢の変化と運輸

  近年,IMF・ガット体制を軸とする世界経済体制は,世界経済の多極化,各国経済の相互依存関係の進展,南北問題の深刻化等により大きな動揺を続けていたが,石油危機の発生により,一層の困難に直面している。
  このような国際情勢の下,運輸の分野にあっても,発展途上国による船舶の国旗差別,海洋法会議の展開,東欧圏海運の進出等によって国際海運秩序には大きな変化が表われてきており,このような変化と従来の海運自由の原則・航海自由の原則とをいかに調和させるかが問題となってきている。またOECDにおける造船業の正常な競争条件の確保及び造船不況対策に関する検討,ICAOにおげる運賃問題や輸送力問題等の国際航空問題に関する討議等めまぐるしい動きがある。我が国としては,これらの問題について,国際協議・国際協調の場を通じ,調和のとれた安定した国際的なルールの形成に資するよう,積極的に対処していく必要があるとともに,発展途上国に対する経済技術協力等にも一層配慮していくことが望まれている。
  近年の世界経済の構造変化により,各国の景気循環は同時性を強め,今回の景気後退も先進国のそれが次第に発展途上国をも巻き込むという形で,極めて大規模なものとなった。その結果,世界貿易は縮少し,海上荷動量の減少等を通じて海運・造船等運輸の分野にも大きな影響が及び,最近になって世界経済は回復過程に入ったものの,その後遺症はなお大きなものとなって残っている。
  すなわち,タンカーの大幅な船腹過剰を中心とする世界海運市況の低迷と,それによる海運企業の経営悪化は,一方で一層顕在化してきた日本船の競争力低下による外国用船の増大という我が国商船隊の構造変化とそれに伴なう船員の雇用不安と相まって,我が国外航海運にとって大きな問題となってきている。我が国経済が今後安定成長路線を進むとしても,輸出入物資の安定輸送の確保という国民経済的な要請への対応,ナショナルセキュリティの確保,外貨節約等に果す我が国海運の意義は依然として重要なものがある。したがって,我が国海運としても今後とも一定量の日本船を確保しつつ国際競争に耐えて発展していく必要があり,このためには,資本集約度の高い船船の拡充等を中心として海運企業の体質強化を図るとともに,船員の雇用の安定に配慮しつつ現在の船員の配乗斜度・予備員制度等の再検討を行うべき時期にぎているといえる。
  一方,造船における新規受注量及び工事量の激減等により,造船不況は深刻化しつつあり,しかも新規需要の回復も当分見込めないので,今後予想される低操業体制に円滑に移行するため,輸出船受注をめぐる国際的摩擦の回避,地域社会への影響,雇用問題等に配慮しつつ操業度の調整等を強力に推進するとともに,造船技術の高度化により,我が国造船業をより技術集約的なものに移行させる必要がでてきている。
  国内に目を転じると,交通の分野において,高度経済成長期を通じて,また今回の景気後退期にあっても,進展を続けたものとして,モータリゼイションがある。40年代に入り所得水準の向上は著しく,国民の意識は生活の豊かさを求め,生活も多様化,広域化し,行動における便利性,快適性,高速性への追求が高まるにつれて,自家用乗用車の急速な伸長がもたらされた。最近も,実質所得の堅調,自由時間の増大に支えられ,生活の質的向上,行動の偶性化・高度化への志向が強まり,これに適合したものとして自家用乗用車の増加が続き,50年度末にはついに2世帯に1台にまで普及するに至った。この間,自家用乗用車の保有は,産業世帯から勤労者世帯へ,そして農業世帯へと一般化し,その普及は全国的に,かつ都市から地方に及び,今や国民生活の中に深く浸透してきている。
  しかしながら,自動車の普及に伴い,事故,排出ガス・騒音等による公害,道路混雑等のマイナス面が社会問題化するとともに,自動車自体の使用効率の低下のみならず,公共旅客輸送の分野にも大きな影響を与えることとなった。このような状況下にあって,大都市においては,大量公共輸送機関への誘導ないしはその整備の必要性が高まり,都市高速鉄道網の整備,バスの信頼性回復等の輸送体制の整備を図るための諸施策が講じられている。
  一方,地方においては,地域住民の生活上必要不句欠な公共輸送サービスの維持確保が問題となってきている。このため,中心民鉄及びバスについてはその利用範囲が当該地域の住民を中心とするものであり,地域住民の日常生活の足の確保の問題であることにかんがみ,国は地方公共団体と密接に協力して,これらの解決を囲っていくこととしている。また,国鉄地方交通線については,自立経営上の負担の程度と地域住民の利便とを十分に勘案しながら,費用負担,運営等について適切な施策を講じていくこととしている。
  次に,モータリゼイションのもう一つの側面としてトラックの成長がある。営業用トラック輸送は,我が国産業構造の高度化による二次産品の輸送需要の増大,産業界の物流コストの低減や流通活動の迅速性・正確性への要請の高まり等に適合する輸送手段として,その有する機動性を発揮して急速に伸長し,40年代前半には国内陸上輸送体系上主要な位置を占めるに至った。我が国の貨物輸送の流動が三大都市圏を中心として比較的限られた範囲に大半が集中しているということもこれを促進する一因となった。その後も道路整備の進展やカーフェリー等の発達を背景に,第三次産業の発展もあって,次第に産業界の効率化の要請と高度でかつ多様なサービスの要求等に応えて,営業用トラックは包装,流通,加工,在庫管理等を一貫して行う総合的な物流事業への志向を強めつつ,その輸送分野を拡げ,また長距離輸送にも逐次進出していっている。
  この間,自家用トラックも小型車を中心に普及し,商業活動等の付帯業務に運用されるとともに,砂利・砂・石材,産業廃棄物等の特殊な産業に附随する輸送を分担し,主として短距離の分野に活動している。
  このようにして,陸上輸送の主役となった営業用トラックについては,今後の安定成長下における効率化の一層の高まりに応えるために,事業の近代化,共同化等により質的充実を図っていくことが望まれてきている。
  一方,鉄道部門においては,国鉄はこのような輸送需要及び流通構造の変化に対応してこなかったことに加え,体制の近代化の立ち遅れ,相次ぐ争議行為による荷主の信頼感の喪失等により,貨物が減少してきているにもかかわらず,従前からの輸送体制を維持しているという状態であり,国鉄の経営に大きな負担となってきている。
  したがって国鉄は,物資別輸送・フレートライナー輸送等直行型輸送システム,すなわち,鉄道の諸特性を十分発揮できる分野に特化していかなければならない時期がきているといえよう。
  ひるがえって50年度の運輸事業の経営についてみると,一般に輸送活動が低下しあるいは伸び悩んだため,運賃・料金改定の寄与した一部の業種にあっては,前年度に比べ若干改善を示したものの,殆んどの業種は依然赤字を計上する等,経営は低迷を続けている。またこのため,設備投資余力や意欲も減退し,運輸企業民間設備投資実績は,48〜50年度の実に3年間にわたって連続して落ち込み,かつその幅も全民間設備投資のそれを大幅に上回るものとなっている。
  このような実情にかんがみ,今後さらに運輸事業の企業体力を強化し,経営基盤の確立を図るための各種の措置がとられることが望まれるところである。
  特に国鉄の経営は破局的な危機に立ち至っており,51年度から抜本的な再建対策が進められることとなり,このため51年度においては所要の財政措置と運賃改定を11月から実施することとなったが,健全経営を維持していくために砥,基本的には適正な運賃水準の確保と国鉄内部における合理化推進等の諸措置がとられなければならない。
  一般的に運輸事業が健全な経営を維持し,その公共的使命を達成していくためには,経営の能率化を図る必要があることはいうまでもないが,基本的には適切な水準の運賃収入が得られなければならないことが原則である。特に最近は,直接増収に結びつかず,かつ生産性の向上によっては吸収することのできない安全確保・公害防止・サービス向上に対する要請が増加する傾向にあるので,今後は費用負担のあり方を含めて,適時適切な運賃水準の見直しが重要である。またその見直しに当っては,異種交通機関相互間の運賃制度の整合性,全国一律運賃制度や各種割引制度の見直しについて,検討を進めていくことが必要であると考えられる。
  なお,現在,社会経済の発展の基盤となるような交通施設であって,巨額の工事費を要する場合,開発促進を図る場合,さらには地方の日常生活を守るため必要不可欠な公共交通サービスの維持確保を図る場合等には,一定条件の下で,国・地方公共団体等による公的な助成措置がとられている。
  これまで国民生活の安定充実のために財政が果している役割には大きなものがあるが,今後,負担の適正化を図る方向で,事業の能率的経営を前提としつつ,利用者の負担する範囲と財政が負担する範囲の明確化に十分配慮する必要があろう。
  ところで,50年度の我が国経済は,異常な物価上昇も鎮静化し,戦後最大かつ最長の不況から脱出し,除々に回復過程に入ったが,それは内外の環境条件の変化により,従来の高度経済成長から安定成長へ転換する過程でもあった。
  51年5月,昭和50年代前期経済計画が決定されることとなり,また,これに沿って運輸の分野においても,51年度から港湾及び空港の整備に関する新五箇年計画が発足し,また海岸事業についても新五箇年計画が閣議了解されることとなった。
  新経済計画は,世界経済の構造変化と資源有限性の強まり,生活の質的向上を重視する国民意識の変化を踏まえ,我が国経済の安定的発展と充実した国民生活の実現を目指すものとなっている。
  これを公共投資の面からみると,51〜55年度の投資額は前計画の1.1倍であるが,実質では4分の3の規模に縮少しており,投資分野の選択,重点化が強調されている。このうち,鉄道,道路,港湾及び空港から成る運輸関係部門の投資配分額も,前計画に比し,名目で1.3%の微増にとどまっている。
  このような転換期にあたり,運輸関係施設整備も新たな対応を迫られており,新たな方針や計画を発足させる節目にあたっているといえる。ぼう大な既存運輸関係施設を維持し,低率ながらも依然として増大する輸送需要に対して隘路となる運輸施設の強化・拡充を進めるだけでなく,国民意識の多様化及び流通構造の高度化に対応して,旅客輸送にあっては,高速性・快適性等の質的充実を,また貨物輸送にあっては確実性・機動性等物流の効率化の推進をそれぞれ図るとともに,安全性の向上・環境保全のための措置を強化する等,運輸業に要求される課題や要請はまことに大きなものがある。
  しかるに,費用負担の適正化を図るとしても,国や地方公共団体等の財政事情が悪化し,運輸企業の設備投資余力が低下していることに加え,空間・環境の制約の強まり等がますます増大しており,これらの要請に十分に対応していくことは容易なことではなくなってきている。
  したがって,今後の施設整備は,投資分野の選択,重点化が不可欠なものとならざるをえない。もはや今後は,これまでのように輸送手段を豊富に整備することは困難となっており,新たな見地から交通体系を見直す時期にきているといえる。
  すなわち、今後の交通政策の基本的方向としては,既存交通施設の活用を中心とした効率的な輸送体系の形成を目標とすべきであり,その形成にあたっては,利用者による交通手段の自由な選択を基礎として各交通機関がその特性からみて適合する需要分野を分担すること,及びそれぞれの運営の合理化・効率化を徹底することなどが必要であると考えられる。
  なお,今後の運輸関係施設整備を進めるにあたっては,新幹線・空港等,大規模なプロジェクトの建設にみられるように,地域社会との調和・調整の問題が重要になってきていることはいうまでもない。そのためには,環境保全・公害防止に十分配慮するとともに,環境影響評価の実施を推進する必要があり,また地域の土地利用計画との調和に十分配慮しつつ,当該施設のもつ公共的役割,広い目でみた地域社会に与える便益等について地域社会の十分な理解を求め,施設整備に協力を得るよう努力をつくすことが肝要となってきている。
  なお、51年2月、米国上院外交委員会・多国籍企業小委員会における審議に端を発したいわゆる「ロッキード事件」に関連して,我が国へのエアバス導入に関し46年に運輸省が導入の延期の行政指導を行い,翌47年に航空企業の運営体制に関する行政方針を作成した際,部外からの強い働きかけがあったのではないかとの疑惑がもたれたが,これに関しては,運輸省は,国会での質疑の場において,それまでの調査の結果を報告し,当時の航空行政に誤りはなかった旨を答弁した。
  運輸行政の過程について,今後再びかかる疑惑を招くことがないような行政体制を確立するため,51年8月25日,省内に運輸行政総点検本部を設置し,運輸行政全般について総点検を実施した。
  総点検の結果,(1)行政の意思決定の過程においてその公正さに関し疑惑が生じないようにするための意思決定の公正さを保障する行政手続,(2)行政部内の意思決定及びその部外への伝達における責任の所在並びに意思決定の経緯及び理由の明確化のための事務処理体制の改善措置,(3)職員個々人の行動に関し,部外から行政活動の公正さについて疑惑を招くこととならないための措置について9月及び10月に結論を得たので,直ちに事務次官通達等により改善措置を実行に移した。