1 国際海運秩序の変貌
(1) 南北問題と国旗差別対抗法の制定
近年,発展途上国は先進国との経済格差の改善を要求して,いわゆる南北問題が提起され,国連貿易開発会議(UNCTAD)の場において話し合いが進められてきている。
海運の分野でも,発展途上国は,@自国関係貨物の一定割合を自国船に船積みする等の自国船優先政策(いわゆる国旗差別政策)の採用,A自国海運企業の定期船同盟への加入と一定シェアの要求等によって,伝統的な海運自由の原則に基づいた既成海運秩序に対し,国家的なレベルで進出を企てている。UNCTADではこうした情勢を踏まえて南北間の調整が行われてきており,発展途上国の要望は49年の定期船同盟行動憲章条約の採択という形で具体化されているが,いまだ発効に至らないため,発展途上国は同条約の早期発効を強く要求してきている。
そうした中で,発展途上国には方的な国旗差別政策をとるものがみられ,先進海運国は大きな影響を受けており,我が国海運企業も中南米諸国を中心に貨物積取量の大幅な減少を強いられるなど多大の打撃を蒙っている。欧州の先進海運諸国は,発展途上国のこのような国旗差別政策に対し,交渉で解決できない場合の対抗手段を保有し既に対処してきている。
我が国においてもかかる差別政策に対処するため,相手国船社に対し,本邦の港への入港又は本邦における貨物の種卸しの制限又は禁止を命ずることができるとした「外国等による本邦外航船舶運航事業者に対する不利益な取扱いに対する特別措置に関する法律」を52年6月に制定し,同7月から施行した。
(2) 東欧圏海運の進出
東欧圏諸国の船腹拡充は着実に行われており,例えばソ連の船腹量は,41年央の949万総トンから51年央の2,067万総トンヘと大幅に増加している。東欧圏諸国は,貿易取引条項を手段として,自国関係貨物の自国船積取りを図るとともに,既存の定期船同盟の設定している運賃より低い運賃で定期船同盟の輸送シェアを急激に侵食し,海運秩序に混乱をもたらしている。
このような状況に鑑み,先進海運諸国は官民それぞれのレベルにおいて,東欧圏海運諸国と交渉を随時行っているほか,国際的な対応としてOECD海運委員会や先進海運国閣僚会議(CSG)の場において共通問題として協調策を検討しているところである。我が国としても今後,安定的だ海運秩序を乱すような形での東欧圏海運の進出については,従来の2国間協議を通じて解決を図る方法のほか,先進海運各国と協調して効果的な対抗措置の検討を進める必要がある。
(3) マラッカ・シンガポール海峡の安全通航問題
新しい海洋秩序の形成を目的として開催されている第3次国連海洋法会議の動向については,第3部第1章で記述するところであるが,国際海運にとって関心の深い事項が討議されており,国際海峡における通航制度はその好例である。
我が国海運の重要な交通路であるマラッカ・シンガポール海峡の安全通航をめぐる動きは重要性を増しており,我が国は44年から50年季でインドネシア,マレーシア及びシンガポールの沿岸3か国との共同水路調査を実施し,さらに,52年からは共同潮せき潮流調査及び統一基準点海図の共同作成作業を実施するとともに,(財)マラッカ海峡協議会を通じて沿岸各国の航行援助施設の整備に積極的な協力を行ってきている。
一方,沿岸3か国は,50年1月の同海峡における大型タンカーの座礁事故を契機として海峡の安全通航対策を検討してきたが,52年2月には,@船底と海底との距離(UKC:Under Keel Clearance)を3.5メートル以上とすること,A分離通航方式(TSS:Traffic Separation Scheme)を設定すること,B航行援助施設等の改善を図ること等を中心とする沿岸3か国政府間協定をまとめた。なお,本協定の実施については,3か国としてもさらに詳細な検討が必要であるとしているが,本協定の内容をもとに,マラッカ・シンガポール海峡通航規制案が,沿岸3か国により政府間海事協議機関(IMCO)に提出され,52年9月,同機関の航行安全小委員会において審議された。
我が国としては,マラッカ・シンガポール海峡の通航問題が我が国の海運活動に及ぼす影響が大であることを認識し,こうした動きに対し,世界の他の海運国とともに前向きに対処していく必要があろう。
(4) 海運をめぐるその他の動き
IMCO関係の動きとしては,「1972年の国際海上衝突予防規則に関する条約」及び「1972年分コンテナ安全条約」がそれぞれ昭和52年7月,同9月に発効したほか,その活動は多岐にわたり,航海の安全,海洋環境の保護,船主責任の厳格化問題等につき検討が進められている。とりわけ,分離バラストタンク(SBT:Segregated Ballast Tank)のタンカーへの義務付け等を中心とするタンカー規制問題については,その影響が大きいだけに注目されている。
また,国際労働機関(ILO)においても,51年10月には商船の最低基準に関する条約及び商船の基準の改善に関する勧告が採択され,各船籍国の政府は,安全性の確保及び適切な労働条件の確保のために,法令を制定し,有効に規制すべきであるとされた。
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