1 当面の課題海運不況とその対策


  海運市況は,世界的にタンカー部門と不定期船部門とが需給のバランスを大きく崩しており,著しい低迷をみせている。
  タンカー部門については,石油の海上輸送需要の伸びが今後も余り上向くことが期待できず,また,世界全体のタンカーの船腹過剰状態は何らかの思い切った船腹量削減措置がとられない限り当分続くものとみられている。このため少しでも早くこの需給ギャップを埋め市況回復を図るには,世界規模での船腹墨削減措置が効果的に講ぜられる必要があると考えられる。
  また,不定期船部門についても,近年,その船腹量が著しく増加しているのに対し,原材料を中心とする輸送需要が沈滞しているため,不定期船の船腹量は相当の過剰状態にあるといわれている。世界全般の景気の回復が必ずしもはかばかしくないことから,今後この需給ギャップの回復は容易ではないと予想され,この部門の前途もまた厳しいものがあると考えられる。

(1) 国際的措置による船腹量の削減

  供給力の効果的な削減は,国際的な合意を得て同一歩調のもとに世界的に実施されなければ実効を期し難く,このため,特に世界でその総船腹量の約3割が過剰であるといわれているタンカーについては,現在国際的に各方面でその具体的方策の実施について検討が進められている。
  OECDや民間機関である国際海事産業協議会(IMIF)などにおいては,既存船のスクラップ,既存船への分離バラスト・タンク方式(SBT)の義務付け等が検討すべき方策として取り上げられているが,その検討の進捗状況は良好ではない。
  このようななかで,昭和50年以来既存船へのSBT義務付けについて検討を重ねてきていたIMCOにおいて,53年2月,4万重量トン以上の既存船に対するSBT,クリーン・バラスト・タンク方式(CBT),原油洗浄方式(COW)の選択的義務付けを内容の一部とする議定書が採択され,56年6月から発効すべく,各国で準備が進められている。SBTの義務付けは,本来,タンカーの運航に伴い発生する油性バラスト水の総量低減により,海洋汚染の防止を図ることを目的とするものであるが,その実施に伴いタンカーの積載容量の削減が図られることから,不況対策としても取り上げられているものである。しかし,SBTの義務付けには,改造費に加え積載容量の減少による輸送コストの上昇等を伴い,また,公害防止の観点からは,積載容量を維持し,かつ,設備費がより安くすむCOWによってもSBTによるのと同程度の防止効果があるものとみられているため,議定書が発効した場合,船主の多くがCOWの設置を選択することが予想され,過剰船腹量の削減には期待されていたほどの効果が生じないものと思われる。
  このように,多方面において検討されているものの,タンカー不況対策の実施には,多かれ少なかれコスト増を必要とし,その負担のあり方をめぐって,関連する部門の間の利害が一致せず,関係方面の合意を得ることが難しいのが実態であることから,多くを期待することは当分望めそうにない状況にあるといえよう。しかし,この問題は,海運のみならず造船,石油,金融などに広く影響を及ぼすものであること及び現状のままでは当分の間事態の改善は期待できないほど深刻なものであることにかんがみ,国際的合意が早期に成立することが強く望まれる。
  なお,不定期船については,その世界船腹量の1割強が現在過剰となっているとの見方もあるが,このような過剰船腹量の削減に対しては今のところ目立った国際的動きはみられない。

(2) 国内的措置による船腹量の削減

  タンカー,不定期船部門を中心とする現在の海運不況を打開するためには,国際的な合意に基づく船腹量削減措置の実施が最も効果的であることは言うまでもないが,我が国単独でも不要な船腹量を削減して相応の効果が上げられるものがあれば,積極的かつ早急に推進していくことが望まれる。
  このようなものとして早くから検討されていたのがタンカーの石油備蓄への転用である。これについては,51年以来通産,運輸両省によりその必要性,経済性などが検討されてきたが,52年に至ってドル減らしのための石油の緊急輸入,深刻化する海運不況を背景にその実施を急ぐこととなり,その安全性,実施方法,実施体制等につきさらに具体的かつ詳細な検討が加えられ,所要の予算措置及び法改正を経て53年度から実施されることとなったものである。券面予定される500万KLの石油の備蓄には,20万重量トンクラスのタンカーが20隻利用され,その一部は既に9月下旬以降順次備蓄活動を開始している。その期間は,石油公団による陸上タンク等による備蓄体制が整うまでの暫定的期間とはいえ,約2年という長期にわたるものであることから,その実施による船腹量調整効果には極めて大きなものがあり,その結果として世界的なタンカー市況に少なからざる好影響を及ぼすものと期待されている。
  さらに,企業の経営判断に基づく船腹量の削減措置としては,売船のほか係船,減速運航がある。しかし,これらの方策は,単に市況のこれ以上の悪化を防ぐ効果しかなく,係船又は減速運航されている船舶は,市況が上昇すれば直ちに市場に対し供給力増となって現われてくるものであるため,基本的に市況を回復する効果は持ち得ないものといえよう。その意味で,やはり,国際的又は国内的に,前述のごとき基本的な船腹削減措置の速やかな進展が期待される。

(3) 近海海運対策

  我が国の近海海運は,主として南洋材輸送に従事している約700隻,500万重量トンの商船隊から成っているが,船舶の大型化,合理化が容易でない分野であることから,コストの低減がより困難であるため,日本海運が抱える国際競争力の低下という構造的な問題がより深刻な形で現われている。
  このような背景において船腹需給をみると,近海海運の輸入乾貨物の60%を占める南洋材は,我が国の景気動向,特に住宅建築戸数の変動により需要が大きく増減し,これが船腹需給不均衡と運賃市況の変動を生じさせる要因となっている。これに対する方策として,我が国船社の一部は,南洋材輸出国船社と木材輸送協定を締結し,輸送秩序の安定化に努力しているが,これに参加している日本船は,前記商船隊のうち半分程度の約400隻,270万重量トンに過ぎず,必ずしもその成果が十分には上がっていない。
  こうした情勢から,政府においては,不況が深刻となった50年5月に近海海運問題調査会を設けて問題点の究明に努めるとともに,政府関係金融機関からの融資及び近海船建造規制を実施してきているほか,52牢3月から中小企業事業転換対策臨時措置法,53年2月からは円相場高騰関連中小企業対策臨時措置法を近海海運業に適用し,助成等を図っている。
  また,経営基盤の脆弱な近海船主は,50年12月中小企業等協同組合法に基づく日本近海船主協同組合を設立し,53年度には老朽不経済船に代る船舶整備公団との共有船を建造することとし,船質改善による国際競争力の強化に努めている。
  今後近海船の一部が果たして日本船として維持されうるか否かは,近海木材輸送市場の安定化等の環境の整備に加えて,国際競争力の回復のための関係者の今後の努力にかかりているのが現状である。

(4) 今後の海運企業経営の方向

  我が国海運が現在直面している不況を乗り切るためには,以上に述べたような対策と同時に,各企業も今まで以上に長期的な視点に立った総合的な企業体質への改善が強く求められるものと考えられる。この場合,以下のような諸点に留意して,自主的努力に努める必要がある。
  まず,各企業の商船隊構成をいかにすべきかの判断が企業収支を左右する重要なポイントとなっており,定期船,不定期船及びタンカーの構成,自社船隊の中に占める用船の割合,長期契約船と市況船との組合せなどについて,各社の特質と適切な市況見通しに基づいて慎重に検討し,適切な規模の船隊整備を行うことが重要となるものと思われる。
  次に,特に不況時にあっては,資金繰りの悪化による企業経営への影響が懸念されるので,資金調達の多様化を図ることにより,その時々の経済情勢に応じて最も効率的な資金の調達ができるよう努力するとともに,今後ともできるだけ利益の社外流出を抑え内部留保の充実に努める必要がある。
  また,新造船舶の特別償却準備金制度は,これまで準備金を積み増すことにより,我が国海運企業がその内部留保を充実し企業体質を強化するのに大いに寄与してきているが,近年その取崩し額が繰入れ額を上回る状態が続いており,その分だけ内部留保が徐々に減少するという状況になっている。このような状況にあって,長期的な内部留保充実の方策として,各企業が,準備金を取り崩す一方,余力のある限り繰入れを行うことが期待される。


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