2 構造的な課題―日本船の国際競争力の低下とその対策
我が国外航海運は,以上述べたような当面の課題のほかに,日本船の国際競争力の低下とこれに伴う我が国海運の船隊構成の変化及び我が国海運をめぐる国際環境の悪化という内外における二つの長期的・構造的問題を抱えるに至っている。
このうち,日本船の国際競争力の低下という問題は,我が国外航海運が直面している最も解決が困難で,そして最も深刻な問題といえよう。すなわち,最近における日本船の国際競争力の著しい低下は,我が国外航海運の中核ともなるべき日本船を維持し,確保することを次第に困難にしつつある。
そして,それに代わり,コストの低廉な外国用船に依存する傾向が強まり,これらの外国用船は今や日本商船隊の船腹量の半ばにも達しようとしており,このまま推移すれば,我が国海運は,今日まで我が国経済社会に多面的に果たしてきた意義役割をこれまで同様十分に果たしていくことが今後期待し得ないという重大な局面を迎えている。
このように日本船の国際競争力が低下してきた原因は,全体としてのコストの増嵩と最近における為替レートの円高傾向などにあると考えられるが,特に近年における我が国経済の伸長に伴う船員費を中心とするコストの増大により,発展途上国の低賃金の船員を配乗した外国船との格差が拡大したことが大きな原因となっていると考えられる。さらに,船員費の増大には,賃金水準の大幅な上昇に加えて,多くの予備船員雇用に伴う負担の増加が大きく作用しているものと考えられる。実際に予備員率の推移を外航二団体(外航労務協会,外航中小船主労務協会)所属の船員についてみると,45年には33.6%であったものが,52年には73.4%と大幅に増大している。このような予備員率の増大は,週休二日制の実施に伴う代償休暇の増大などの労働条件の改善によるほか,最近における不経済船の売却による余剰船員の増加などによってもたらされているものである。
このような日本船の国際競争力の低下の結果,我が国商船隊における外国用船は年ごとに増加し,外国用船の占めるウエイトは45年には重量トンベースで26%であったものが52年には48%にまで達している。一方日本船は,このようにウエイトにおいて減少を続けるとともに,52年においては,その船腹の絶対量も戦後初めて減少をみせた。さらに,外国用船の中でもとりわけ仕組船(日本の海運会社が長期間用船する目的で日本の造船所の船台を外国の船主に斡旋し建造させた船舶)の急増が目立っており,また,仕組船自体も日本の海運会社が純粋の外国船主ではなく自己の海外子会社に保有させるものが増大しつつある。外国用船,特に仕組船の建造が増加した最大の理由は,日本船の競争力が低下してきたために,各企業が発展途上国の低賃金の船員を配乗したコストの安い外国船を用船することにより競争力を保持しようとしたことにあると考えられる。このような外国用船,とりわけ仕組船は,今日ではその地位が大きくなっており,我が国外航海運に果たす役割も,場合によっては日本船を補完する意味で無視し得なくなってきている。
このような情勢にかんがみ,運輸大臣は,海運造船合理化審議会に対し,51年11日「今後長期にわたる我が国外航海運政策はいかにあるべきか」について諮問した。同審議会では,これを受け,海運対策部会小委員会において鋭意検討を進めてきたが,この結果,53年6月に小委員会としての報告が同部会に対しなされた。
この報告は基本的に次の三つの考え方から成り立っているといえる。まず,第一は,戦後我が国外航海運が復活してから実質世界一の地位となった今日まで一貫してとられてきた政策,すなわち日本船を極力拡大し,拡充するという政策を大きく転換し,それに代わって,必要最低限の日本船の規模を明らかにし,これを守り抜く政策をとるべきであるとしており,いわば発展の海運から維持の海運へ,攻めの政策から守りの体制固めへとその舵とりの方向を変化させるべきことを提言していることである。この報告では,必要最低限の日本船の規模を55年において52圧と同程度のおおよそ6,000万重量トン,日本商船隊としては同じくおおよそ1億1,000万重量トンと推計している。
第ニは,このように厳しい環境のなかで必要最低限の日本船を守り抜くためには,日本船の国際競争力の回復が不可欠であり,そのための具体的方策として,@資本費を引き続き低くすえ置くこと,A労使間で船員費を極力低減するための措置を具体化すること,Bコストの安い外国用船を日本船と効果的に組み合わせて商船隊を構成することの三つの対応策を複合して実施すべきことを提案していることである。
第三は,既に事実上大きな存在となりながら従来海運政策上何ら対象とされてこなかった外国用船特に仕組船について言及し,日本船を補完するもの,すなわち必要な貿易物資の低廉かっ安定的な輸送のためにも,また必要最低限の日本船を維持するためにもやむを得ないものとしてその地位を明らかにし,反面このような外国用船が過大になったり,資質が低下したりすることのないようにするための歯止めが必要であるとしたことである。
以上のようなこの報告の基本的な考え方は,従来とかく指摘されながら海運政策上明確化されてこなかった諸点であり,これをこのような形で明らかにしたことは,今後の海運政策に一つの指針を示すものといえよう。
このような報告を踏まえ,今後労使間における船員費低減のための具体策の卓急な検討が望まれる一方,日本船の資本費の低減,合理化を図ることにより国際競争力を回復していくための方策を早急に検討する必要がある。
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