3 収支構造


  外航海運の活動は,就航航路に直接関係する諸国のみでなく,全世界にわたる経済情勢,政治情勢,社会情勢等に応じて市況が変動する国際的なマーケットのなかで行われているので,海運企業の経営は非常に不安定なものとなっている。競争市場への参加も自由で,賃金水準に格差のある発展途上国船員の乗り組んだ船舶や非商業的な基盤に立つ東欧圏諸国等の船舶,資金力が豊かなギリシャ船主の船舶等,種々の競争者の船舶が世界中から参入し得るため,競争条件は厳しくリスクも大きい。
  海運業界では,定期船については海運同盟を結成し,不定期船については荷主と長期契約を締結して専用船を建造する等,経営の安定化のための方策を講じているが,これにも限度があり,盟外船の活動で定期航路秩序が乱されたり,契約期限が切れた不定期船が市況の影響を直接受ける等,業績の変動は避けられない。
  更に,近年は為替変動が海運企業の損益に与える影響も大きく,無視し得ないものとなっている。海運企業としても,定期船において通貨変動調整金条項を設定したり,長期契約の不定期船については運賃に円保証を導入する等,業績の乱高下を回避するよう努めている。しかし,為替変動の業績への影響は,貿易量の増減によるもの,ドルコストで運航する船舶との競争力の変化によるもの等により,避けられないものと思われる。
  このように業績の変動が激しいにもかかわらず,事業の基盤となる船舶については,1隻当たり50億円(中型のばら積船)から300億円(LNG船)という巨額の投資を必要としており,投下資本の回収には少なくとも10年前後をみなければならない。また,総資産に占める固定資産の比率は高く,53年度末で全産業の平均が42%であるのに対し,外航海運業(中核6社)では62%に達し,鉄鋼業(大手5社)の58%を上まわっている。このため,投資に伴うリスクは非常に大きく,自己資金をできるだけ投入することが望ましいと考えられるが,従来自己資本を充実する機会や方策に恵まれなかった我が国外航海運企業の場合,固定資産と自己資本の関係を示す固定比率は600%を超え(全産業平均242%),借入金に大幅に依存した投資を行っていることがわかる。したがって,海運企業にとっては,自己資本充実のための財務的な対策とともに,長期低利の船舶建造資金を調達することが重要な経営戦略となる。
  固定資産特に償却資産の比率の高い事業の場合,インフレによってその事業の実力以上に利益が計上される。本来,減価償却は,資産の再投資を可能とする利益を留保することが実質的な目的であるが,インフレ傾向にあるときは,取得価格に基づいて減価償却を行っても,再投資所要額の回収には不足し,その分利益の計上額が実態の収益力を上まわり,これに基づいて課税や配当も行われるため,必要な利益を十分に留保できないこととなる。
  特に,現在の外航海運業は,50年以降の不況下でほとんど投資が行われておらず,取得価格の安い,償却の進んだ船舶が船隊の主力となっており,表面上の利益が出やすい構造となっている。しかし,後述するように,今後外国用船への依存を減らし,日本船を中核とした我が国商船隊を整備していくことが要請され,老朽化しつつある船舶を代替建造の促進により更新し,更に,LNG船,LPG船,燃料用石炭専用船等新たなエネルギー輸送需要に対応した新船も建造しなければならない。
  このような大量の船舶の建造を円滑に行うためには,海運企業の業績が安定することが不可欠であり,市況変動の激しい外航海運業の場合,一時的な好況によって上げた利益を極力社内に留保し,固定資産に比して大幅に不足している自己資本の充実強化を行うとともに,不況時の業績悪化を平準化するための対策が求められる。従来から,このような目的に寄与してきたのが特別償却(海外取引等がある場合の割増償却及び新造船等の特別償却制度)であるが,この制度も漸次縮小されてきており,改めて所要の対策を検討すべき時期にあるといえよう。


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