1 交通公害の現況と対策


(1) 自動車排出ガス及び自動車交通騒音

  55年度の自動車排出ガス測定局の測定結果によると,一酸化炭素については車道外に設置された全有効測定局(322局)の99.1%が環境基準を達成しており,二酸化窒素については環境基準のゾーンの上限(0.06ppm)以下の測定局は車道外に設置された全有効測定局(233局)の61.8%である。非メタン炭化水素については,6〜9時の3時間平均値の年平均値はほとんどの測定局(93局中92局)で中央公害対策審議会答申に示されている指針の上限0.31ppmC(ppmCは炭素原子数を基準として表わしたppm値)を上回っている。また,46年度からの継続測定局(一酸化炭素23局,二酸化窒素26局)の年平均値の単純平均値を経年的にみると,一酸化炭素は46年度以降年々減少傾向にあり,二酸化窒素は55年度は前年度と同一の値となっており,全体としては横ばいの傾向にある。非メタン炭化水素は,52年度からの継続17測定局でみると年々減少の傾向にある。
  自動車の排出ガス規制については,自動車排出ガスの量の許容限度に関する環境庁告示を受けて,自動車構造装置に関し,道路運送車両の保安基準に基づき,一酸化炭素,炭化水素及び窒素酸化物の3物質並びに黒煙(ディーゼル車に限る)について規制を実施している。 新車に対する排出ガス規制の経緯は 〔1−5−9表〕のとおりであり,ガソリン乗用車については53年度規制により,3物質について未規制時の排出量に比べそれぞれ90%以上削減された。また,バス,トラック及びディーゼル車についても,52年12月の中央公害対策審議会の答申を踏まえ,窒素酸化物について,第1段階の54年規制に引き続き,第2段階の規制として,軽・中量ガソリン車に対する56年規制,重量ガソリン車,軽自動車及び副室式ディーゼル車に対する57年規制を実施するとともに,直接噴射式ディーゼル車に対する58年規制の実施を決定した。これにより,第2段階の規制はすべての車種について完了することとなった。なお,近年,ディーゼル乗用車の増加が目立ってきていること等から,今後はディーゼル乗用車について一層の技術開発の促進を図り,現行の濃度規制から重量規制への移行を含めできるだけ早期に規制強化を行うこととしている。

  また,使用過程車については,ガソリン車に対してアイドリング時における一酸化炭素及び炭化水素の濃度規制を,ディーゼル車に対して無負荷急加速時における黒煙の濃度規制を実施しているが,今後とも使用過程における排出ガスの低減を図るため,検査体制の充実,定期点検整備の徹底等に努めていくこととしている。また,強化された新車の排出ガス規制に対応した自動車(低公害車)については,現行の使用過程車規制を見直すべく検討を進めることとしている。
  道路周辺地域の自動車交通騒音について,当該地域の騒音を代表すると思われる地点又は騒音に係る問題を生じやすい地点における55年中の測定結果によると,環境基準の達成率は16.6%(4,009測定地点中666地点達成)であり,なかでも,第2種地域(住居の用に供されているため,静穏の保持を必要とする区域)における達成率が低くなっている。一方,要請限度(騒音規制法第17条第1項の限度)の超過状況をみると,4時間帯(朝方,昼間,夕方及び夜間)のすべてが要請限度内となっている地点が76.2%(3,053地点),4時間帯のいずれかが要請限度を超過している地点が23.8%(956地点。このうち,4時間帯すべてが超過しているものは114地点)であり,特に第2種地域における超過割合が高くなっている。
  自動車の騒音規制については,自動車騒音の大きさの許容限度に関する環境庁告示を受けて,自動車構造装置に関し,道路運送車両の保安基準に基づき,定常走行騒音,排気騒音及び加速走行騒音について規制を実施している。
  新車については,51年6月の中央公害対策審議会の答申を踏まえ,加速走行騒音について,第1段階の54年規制に引き続き,第2段階の規制として,乗用車に対する57年規制,中型トラック・バスに対する58年規制,大型バス,小型トラック・バス(全編駆動車を除く)及び第1種原動機付自転車に対する59年規制を実施することとしている。更に,大型トラック,二輪自動車等残された車種についても,技術開発を促進し,第2段階規制の早期実施を図ることとしている。
  また,使用過程車については,定常走行騒音及び排気騒音の規制を実施しているところであるが,整備不良又は不正改造による騒音の増大を防止するため,今後とも自動車使用者に対する指導に努めるとともに,騒音測定法の見直し等,より合理的な規制について検討を進めることとしている。
  最近になって,排出ガス,騒音の公害のほかに,排出ガス中の粒子状物質,スパイクタイヤ公害等が社会問題となってきており,ディーゼル排出ガス中の粒子状物質については,ベンツピレン,ニトロピレン等の発ガン物質が含まれているとの報告がなされているほか,特に寒冷地におけるスパイクタイヤの使用に伴う粉じん,騒音及び道路損傷が問題化している。したがって,これらの特殊な公害についても,今後調査研究を進め,所要の対策を検討することが必要である。
  排出ガス,騒音等の自動車交通公害対策は,これらの規制強化策を含む発生源対策に加えて,大量公共輸送機関への自動車輸送需要の転換の促進,協同一貫輸送その他自動車輸送の効率化対策の推進,道路構造の改善や緩衡空地の配置など道路面からの沿道環境対策など,関係省庁と連携して総合的な施策を推進することが必要である。

(2) 新幹線鉄道の騒音・振動

  新幹線鉄道は,39年の東海道新幹線開業以来,我が国の経済,国民生活の向上に大きく貢献してきており,57年の東北・上越新幹線の開業により延長約1,800キロメートルの新幹線鉄道網が形成されているが,一部の沿線地域においては,騒音・振動が環境保全上大きな問題となっている。49年3月に名古屋地区で提訴された新幹線鉄道に係る騒音・振動の差止め及び損害賠償を求める訴訟については,55年9月に名古屋地方裁判所の判決があったが,原告,被告双方の控訴により名古屋高等裁判所において係争中である。
  また,大宮以南における新幹線建設に対しても一部の地域で建設差止め等の訴訟が提起されており,騒音・振動問題について解決を図ることは極めて重要な課題となっている。 新幹線鉄道の騒音対策として,政府は,「新幹線鉄道騒音に係る環境基準について」(50年7月環境庁告示)及びその円滑な達成に資するため「新幹線鉄道騒音対策要綱」(51年3月閣議了解)を策定し,運輸省はこれに基づき,音源対策,障害防止対策等の諸施策の推進について日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団(以下「国鉄等」という)を指導している。
  また,振動対策については,「環境保全上緊急を要する新幹線鉄道振動対策について」(51年3月環境庁長官勧告)の指針を達成するため,国鉄等に対し防振技術の開発及び騒音の障害防止対策と連携した障害防止対策の推進に努めるよう指導している。
  国鉄等は,これらの指導に基づき,「騒音・振動対策に係る実施要領」及び「騒音・振動障害防止対策処理要綱」を策定し,音源・振動源対策,障害防止対策等を実施している。

 ア 音源・振動源対策

      東海道・山陽新幹線における防音壁の設置,鉄げた橋りょうの防音工事等の音源・振動源対策については,現時点で技術的に可能な対策を鋭意実施してきたが,これらについては概ね完了し,今後は引き続きバラストマットの敷設,レールの波状摩耗,タイヤフラットの除去など軌道及び車両の保守管理の強化を図ることとしている。
      また,東北・上越新幹線については,東海道・山陽新幹線におけるこれらの経験と東北新幹線の一部を試験線として総合的な実験を実施し検討した結果を踏まえ,逆L防音壁の設置,パンタグラフ及び架線の改良等の音源・振動源対策を講じてきた。その結果,東北新幹線の開業時における騒音は概ね80ホン未満,また,振動は70デシベル以下であった。

 イ 障害防止対策

      このような音源・振動源対策を講じても環境基準等を達成することが困難と認められる区域に所在する建物については,障害防止対策を実施することとしている。東海道・山陽新幹線における騒音障害防止対策については,当初,騒音レベルが80ホン以上の区域に所在する住宅と70ホンを超える区域に所在する学校,病院等に対して防音工事あるいは建物の移転補償等を実施してきたが,これらについては概ね完了している。56年度からは更に,75ホンを超える区域についても住宅の防音工事を実施しており,同年度中には約2,000戸に対し,対策が講じられている。
      また,振動障害防止対策については,振動が著しい家屋の移転を実施する一方,家屋防振工法の技術開発を行ってきたが,56年度からは,その成果を踏まえ振動レベルが70デシベルを超える区域に所在する住宅の防振工事を実施しており,同年度中には移転を含めて約1,000戸が完了している。
      なお,新幹線鉄道の騒音・振動を軽減するためには,今後とも音源・振動源対策及び障害防止対策が基本であるが,新幹線鉄道の沿線に公共施設等を有機的かつ適正に配置・整備するなど沿線地域の土地利用対策を関係機関と協力して実施することも重要である。

(3) 航空機騒音

 ア 航空機騒音対策

      ジェット機の就航とその運航回数の増加は,交通利便の飛躍的増大をもたらした反面,空港周辺地域に航空機騒音問題を引き起こす結果となった。このため中央公害対策審議会の審議を経て,48年12月,環境庁から「航空機騒音に係る環境基準」が示され,運輸省では空港周辺地域において,この目標の達成を図るための種々の対策に取り組んでいる。
      空港周辺の環境対策は,発生源対策,空港構造の改良及び空港周辺対策に大きく分けることができる。
      発生源対策としては,航空法の一部改正により50年10月から騒音の程度が一定の基準を超えるジェット機の飛行を原則として禁止する騒音基準適合証明制度を導入し,更に,53年9月にはこの基準の強化を行っている。また,この制度に基づき,国内航空各社の現有航空機についても騒音低減のための改良の可能なものについて改修を義務付け,既に完了している。更に,低騒音型機材への代替を図るため,高騒音機の退役促進及び低騒音型機材の導入を積極的に推進している。このほか,急上昇方式,ディレイド・フラップ方式等の騒音軽減運航方式の推進及び大阪国際空港等における運航時間帯,発着便数の規制等の対策を実施しており,今後とも低騒音型機材への代替促進等の発生源対策を強力に推進することにより,航空輸送量の増大に対応しつつ騒音の影響を受ける地域を縮小することができるものと予想している。
      空港構造の改良には,航空機の離着陸経路がなるべく人家密集地の上空にかからないように滑走路の方向,位置を設定すること,緩衝緑地を設置すること等がある。特に空港自体を騒音の影響が生じない海上のような場所に設置することは,我が国の地勢から考えても有効な方策である。大分空港及び長崎空港は海上空港として建設され,騒音公害のない空港として画期的なものである。また,現在検討中の関西国際空港,東京国際空港の沖合展開等の計画についてもこの考え方が反映されている。なお,最近はジェット化推進のための空港整備において,管理者である地方公共団体により,空港の建設に際して周辺にオープンスペースを確保するといった方法もとられるようになった。帯広,秋田の両空港においては,こうした方法により周辺との調和が図られている。
      空港周辺対策としては,いわゆる航空機騒音防止法に基づき,同法により指定された16の特定飛行場において住宅,学校等の防音工事及び共同利用施設整備の助成,建物等の移転補償,緩衝緑地帯の整備等を行っている。特に民家防音工事については,54年度から補助対象室数を拡大し,いわゆる全室防音工事を実施しているが,更に57年3月には助成対象区域となる第1種指定区域について,基準値をWECPNL80からWECPNL75に変更して区域の見直しを行った。また,周辺地域が市街化されている大阪,福岡の両空港については,空港周辺地域の整備を促進するため国及び関係地方公共団体の共同出資により設立された空港周辺整備機構が,固有事業として再開発整備事業,代替地造成事業及び共同住宅建設事業を行っているほか,国からの委託を受けて移転補償事業及び緑地造成事業を,国及び地方公共団体からの補助金を受けて民家防音工事の助成を実施している。更に,周辺土地利用の規制をも含めた空港周辺地域の適切な整備を図るための制度を確立することにより,航空機騒音問題の根本的な解決を図るため,53年10月,特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法が制定され,同法に基づき新東京国際空港では空港と一体的な調和のある地域環境を形成するための周辺土地利用についての航空機騒音対策基本方針の策定作業を関係地方公共団体で進めているところである。

 イ 航空機騒音訴訟

      航空機の発着に伴う騒音,振動等により日常生活を妨害され,かつ精神的,身体的被害を受けていることを理由に,いわゆる人格権及び環境権に基づき,国を相手に一定時間帯の航空機の発着禁止及び損害賠償を求めたいわゆる航空機騒音訴訟は,44年に大阪国際空港周辺の住民により初めて提起されて以来,現在までに大阪国際空港及び福岡空港において合計7件(原告数4,555名)が提訴されるに至っている。
      このうち46年までに提起された3件(いわゆる大阪1〜3次訴訟,原告数263名)については56年12月16日に最高裁判所大法廷において判決が下されたが,その内容は,@一定時間帯の航空機の運航差止は原告の請求を却下し,A過去の損害賠償については,大阪高裁判決(1人当り115万円〜35万円)を認容し,B将来の損害賠償については原告の請求を却下するものであった。また,その他の訴訟については大阪地方裁判所,福岡地方裁判所に係属中である。
      更に,大阪国際空港については,これらの訴訟のほか,損害賠償を求める調停申請が公害等調整委員会に係属中である。


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