1 ニーズの多様化


  近年,輸送需要は,高度経済成長期と比較して伸びが低くなるという量的な変化をみせているが,質的にも,従来の輸送サービスの受け手・利用者としてのものから,各個人の価値感に応じ,主体的にサービスを選択する多様化への傾向を強めつつある。
  既に第1章にもあるとおり,輸送機関別旅客輸送量分担率の推移における公共交通機関の利用の減少と自家用乗用車の利用の増加,また,公共交通機関の中でも,大都市近郊の国鉄・私鉄並行区間での国鉄の競争力の低下,地方空港のジェット化等による航空輸送の成長や高速道路網の進展による高速道路利用の増加とその一方での国鉄輸送需要の減少は,利用者が輸送サービスの高速性,快適性,正確性,利便性,運行頻度,運賃等の要因に基づき,多様な選択を進めてきた結果でもある。
  このような質的変化の背景を需給両面からとらえると,供給サイドでは,各種交通機関の発達により,同一の交通目的に対して,代替関係のある複数の輸送サービスが提供され,利用者にとって選択の幅が広がったことがあげられる。交通市場は,既に,供給サイドの独占的地位が低下し,競争状態にあるといえよう。一方,需要サイドでは,主体的に輸送サービスを選択するための諸条件が整ったことがあげられる。第1に,我が国の1人当たり国民所得は,昭和55年度には,46年度の2.6倍となり,この所得水準の上昇に伴い,輸送サービス選択に当たって所得面での制約がより少なくなったものと考えられる。また,選択の材料である情報が多量に,かつ,容易に入手できるようになったことがあげられるが,ニーズの多様化を加速したものとして,自家用車の普及を見逃すことができない。自家用車の普及率は,46年には26.8%であったが,グループ単位で他人に邪魔されずに行動できることや時間に拘束されずに行動できること等の特性が選好されるようになり,56年には普及率58.5%,ほぼ1.7世帯に1台の割合まで普及し,業務,観光,レクリエーション等に利用されるなど国民生活に密着したものとなっている。自家用車の普及は,自己の保有する交通手段により交通目的を達成しうる条件を整え,自家用車とその他の交通手段とを主体的に選択しうる環境を生み出すこととなったものと考えられる。
  輸送サービスに対するニーズの多様化に加え,観光旅行の動向にも,自然・名所旧跡の見物よりもスポーツ・娯楽をすることを目的とした旅行が増加するといった旅行目的の多様化や,団体旅行型から小グループ(ファミリー)型への旅行形態の変化が見られるなど質的な変化が生じてきている。
  海外観光旅行(団体旅行)の動向をみると,目的地での行動が決められたいわゆるセット旅行よりも目的地での行動の自由なものを好む率が高い。55年における海外観光旅行に関する調査によるとセット旅行を好む旅行者のシェアは3割強であるのに対して目的地での行動の自由なものを好む旅行者のシェアは6割近くに上っている。また,海外観光旅行におけるいわゆるパッケージ商品も当初の添乗員のついた周遊型から目的地での自由行動型やスポーツを組み込んだもの,一定のテーマを掲げたものが発売されるに至るなど著しく多様化が進んでおり,主要旅行業者3社のパッケージ商品のコース数は,47年当時の350から57年2,400と約7倍に増加している。
  輸送サービスに対するニーズの多様化傾向や観光旅行の質的変化が,今後,旅客輸送需要全体にどのような影響を与えるかは,現時点でこれを判定することは困難である。しかし,国民の生活意識の高度化,多様化に伴い,輸送サービス選択に当たっての材料として,サービスの質がますます重視されることになるものと考えられる。交通市場における競争が活発化するにつれ,利用者ニーズに合致しなければ市場競争力を失う結果につながることから、輸送サービスの提供サイドでは,利用者ニーズの的確な把握とニーズに対応した多様なサービスの提供やサービスの質的充実に努めることが必要となってこよう。


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