6 旅行者保護


(1) 主催旅行の発達

  かつて,旅行業者は,専ら,顧客の求めに応じて乗り物の切符を手配し,宿泊の予約を取るといった業務を行っていた。いわば旅行者の運輸・宿泊サービスに対するアクセスを容易にする機能を果たしていたのである。
  旅行業のこのような側面は,現在もなお失われたわけではない。例えば,国鉄の乗車船券の約20%は旅行業者によって販売されているという事実などからもうかがえるように,乗車船券の代売や宿泊の手配は依然として主要な業務である。
  しかし,最近20年間の旅行業の発展の中で,旅行業者は,このような運送・宿泊機関に対して従属的な機能ばかりでなく,主体的,独立的な機能も果たすようになってきた。それを典型的に示しているのが,主催旅行,いわゆるパッケージ旅行の発達である。主催旅行は,旅行業者が旅行日程及び旅行代金の額を定め,旅行に必要な運送・宿泊等のサービスを組み合わせたうえで参加旅行者を募集するものである。旅行者にとっては,気軽に旅行を楽しめ,しかも価格が低廉であるという魅力があり,旅行業者にとっても,大量仕入れ・大量販売によるコスト・ダウンが望め,しかも積極的に集客活動を行うことにより潜在的旅行需要を喚起できるという利点があるため,昭和40年頃に始められて以来,とりわけ海外旅行の分野において急速に発展してきた。主催旅行の成功によって,旅行業者は,受動的な乗車船券や宿泊の斡旋代売業務から一歩を進めて,旅行サービスを組み合わせた旅行そのものを取り扱うようになった。これは,チケット・エージェントからトラベル・エージェントへの脱皮などとも表現されるが,今や旅行業は旅客輸送体系の中で特異な地位を占めるに至ったといってよいであろう。
  旅行業法にはこれまで特に主催旅行に関する規定は置かれていなかったが,57年4月,第96回国会においてその一部が改正された際,主催旅行の定義を置くとともにこれに関する規制を新たに設けるに至った。その主な内容は以下に述べるとおりである。

(2) 営業保証金の額の引上げ

  56年12月,ある中堅旅行業者が倒産したが,その2億円近い負債のうち約1億3千万円は682名の旅行者からあらかじめ収受した旅行費用等であった。広告活動により一度に多数の旅行者を集めることができる主催旅行では,このように旅行業者が多額の負債を負うこととなる危険が大きい。そこで,主催旅行を実施しようとする旅行業者が供託しなければならない営業保証金の額が引上げられることとなった。

(3) 標準旅行業約款と旅行業者の責任

 ア 標準約款制度の導入

      旅行者と旅行業者の間の契約関係を規律する旅行業約款については,現在,認可制がとられているが,新たに標準約款制度が取り入れられた。即ち,旅行業者が運輸大臣の定めた標準旅行業約款を使用するときには認可を受けなくてもよいこととしたのである。これは認可手続の簡素化とともに望ましい約款の普及を図ることをねらうものである。

 イ 主催旅行をめぐるトラブル旅行業者と旅行者との間で生ずるトラブルをみると,ほとんどは契約上即ち約款上の問題である。旅行業法に基づいて苦情処理業務を行っている社団法人日本旅行業協会が56年度に受け付けた苦情は262件であるが,旅行内容が契約と異なるというもの,旅行費用の精算に関するもの及び契約解除の際の取消料に関するものがそのうちの135件を占める。このようなトラブルの発生を防ぐためには,約款の内容を公平で合理的なものにするとともに,それをできる限り明確に規定することが必要である。

 ウ 旅行業者の責任

      56年7月に,イタリアで日本人団体旅行客が乗った貸切バスが交通事故を起こし4名の旅行者が死亡した。この事故の補償問題は現在もなお解決していないが,このような事故が生ずると,旅行を主催する旅行業者はどのような責任を負うのかが問題とされる。55年5月には,マニラ郊外でやはりバス乗車中に事故に遭った旅行者が旅行業者に対して損害賠償を請求していた訴訟につき,旅行者の訴えを退ける判決が出された。このような場合の旅行業者の責任を明らかにするには,まず旅行業者は旅行者との契約によってどのような債務を負っているのかを明らかにしなくてはならない。
      従来,旅行業者の取り扱う旅行業務の法的性格については,一般に次のように説明されてきた。即ち,旅行業者は,運輸・宿泊機関等と旅行者との間に立って当事者の一方のために代理,媒介又は取次をしているのであって,運輸・宿泊等の旅行サービスそのものについては,旅行業者ではなく,旅行サービス提供者が責任を負うというのである。
      このような伝統的考え方によるならば,旅行中に事故が生じたとしても旅行業者には何の責任も生じないことになる。しかし,今日の主催旅行のあり方をみるならば,この結論をそのまま容認しては衡平を欠くと言わざるを得ない。例えば,旅行業者は旅行者の代理人等の地位にあるといいながら,自らの利益も含めた旅行価格を一方的に定めその内訳を明らかにしない。また,旅行サービス提供者との間における契約内容も旅行者に知らせない。このような事情を考慮すると,旅行業者に自らが選択した旅行サービスの確かさについて旅行者に対し保証すべきである。即ち,旅行サービスに欠陥があり,そのために旅行者が被害を被った場合には,旅行業者に一定の限度でその損害を補償させるのが衡平にかなう(これを特別補償責任と呼ぶことができよう)。要するに,旅行業者は,基本的には旅行者の代理人等の地位にあり旅行サービスそのものについては責任を負わないが,主催旅行特有の事情のため若干原則を修正して限定された範囲内で責件を負うことにするのである。

 エ 標準旅行業約款と主催旅行保険

      以上のような考え方を踏まえて,現在,標準旅行業約款の作成作業を進めているが,新しい約款は従来使用されてきた旅行業約款とは次のような点で異なるものとなる見込みである。
     @ 主催旅行契約を独立した契約類型と考え,主催旅行契約約款と手配旅行契約約款とを分けていること
     A 従来使用されてきた旅行業約款の問題点を検討し,契約内容の変更や契約の解除に関する規定を全面的に改めていること
     B 特別補償責任の考え方を取り入れることとし,旅行業者は,主催旅行中に旅行者の生命,身体及び手荷物に生じた損害についてはあらかじめ定める額の補償金を支払うこととしたこと以上の3点である。
      特別補償責任により,旅行者は,例えば主催旅行中の事故により死亡した場合でも,海外旅行ならば1,500万円,国内旅行ならば1,000万円の補償を確実に受けることができるようになる予定であるが,このような責任は旅行業者だけでは到底負担しきれない。そこで,旅行業者の特別補償責任を担保するための主催旅行保険(仮称)の開発が進められている。

(4) 広告における記載事項

  主催旅行は,「商品」と呼ばれ,あたかも有体物であるかのように取引されているが,その良し悪しは事前に十分に検分することが難しいため,実際に旅行してみなくてはわからないという不確実な一面を持つ。旅行者にとって,新聞広告,パンフレット等の印刷物は,旅行についての情報を得るためのほとんど唯一の情報源である。このように重要な意味を持つ広告であれば,虚偽表示や誇大広告が行われてはならないことはいうまでもないが,同時に,旅行に関する最低限必要な事項は必ず記載されていなくてはならない。このため,主催旅行について広告をするときには,主催旅行を実施する者の氏名・名称,旅行者から収受する代金の額その他の事項を表示しなければならないこととされた。

(5) 旅程管理責任と添乗員の資質向上

  主催旅行では,旅行業者は旅行者に対して旅行日程を提示するが,それを具体化する個々の旅行サービスの手配の可能性については旅行者に知らせない。したがって旅行業者は旅行サービスが確実に提供されることについて責任を持つべきである。即ち,旅行業者は,旅行が不確実な要素に支配されやすいものであることを考慮して,旅行日程が確実に実施されるように手配を行うべきであるし,仮に何らかの事故によって当初の旅行日程に従った旅行ができなくなったときには代替サービスを手配するべきである(これを旅程管理責任と呼ぶことができよう)。このような考え方に基づき,主催旅行を実施する旅行業者は旅行者に対する運送・宿泊サービスの確実な提供,旅行に関する計画を変更せざるを得なくなった場合における代替サービスの手配その他の主催旅行を円滑に実施するために必要な措置を講じなくてはならないこととされた。
  また,添乗員を同行させる場合においては,主任の添乗員は原則として一定の研修を終了し一定の経験を積んでいる者でなくてはならないこととされた。これにより,添乗員の資質の向上が図られるものと期待される。


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