2 増大する運輸部門の役割
我が国経済の拡大,国際的な相互依存関係の深化等に伴い,我が国の果たすべき国際的役割も増大するとともに,経済の各般にわたって国際開放体制への対応が求められるに至った。このような状況において,運輸部門においても国際的な視点から,我が国経済の安定成長確保,国民生活の維持等のために的確に政策を樹立,推進していく必要性が大きくなっている。
運輸部門が直面している国際的な課題は,経済の安定を確保し,国民生活を維持するため必要とされるものと,諸外国との友好関係を強化し,我が国が国際社会における地位を確保するために必要とされるものとの二つの側面に大別できる。
(1) 経済の安定と国民生活維持のための役割
ア 外航海運の整備
我が国は四面海に囲まれた島国であり,資源に恵まれないため,加工貿易国として経済を発展させてきており,鉄鉱石,石炭,木材,石油等の原材料物資やエネルギー源の大宗を海外から輸入し,工業製品を輸出する貿易構造をその経済の前提としている。
このため,経済発展を確保し,国民生活水準を維持するためには,外航海運活動が極めて重要な役割を果たしている。技術レベルの高い日本人船員の乗り組む技術革新の粋を集めた経済性の高い日本船を中核とした,我が国の外航海運商船隊は,輸出入物資を安定的に輸送することを可能ならしめ,国民の日常生活維持に不可欠な機能を果たしている。
近年のごとく国際情勢の流動が激しい状況では,対外依存度の大きい我が国経済として,原材料供給国の多角化等の経済的安全保障対策の必要性が叫ばれているが,輸送力の確保はその前提であり,輸出入物資のほとんどすべてを輸送している外航海運の重要性は今後とも増大するものと思われる。
イ 国際航空貨物輸送拡大への対応
日本経済の産業構造高度化に伴い,運賃負担力の大きい高付加価値製品の輸出が増大しつつあるが,これらの製品は迅速性を特徴とする航空輸送に適した貨物である。国際航空貨物輸送は,現時点では,数量的にはウェイトは小さいが,これらの製品を生産する産業の我が国経済におけるウェイト増加とともにその重要性も増大していくものと見込まれる。
ウ 海洋法条約による新海洋秩序の形成
海洋は,海運活動の場であり,輸送路として重要である。新海洋法条約による海峡通航の自由維持はとりわけ,我が国の海上輸送活動に重大な影響を有するものである。
また,海洋はレクリエーションや漁業活動の場であり,金属資源,石油等の採掘の場でもある。したがって海洋法秩序形成に我が国としても積極的に参加し,我が国の国益に沿った秩序を実現し,必要な経済活動の場を確保していく必要がある。
これらの海洋における活動の円滑な遂行に不可欠な情報が,海図や海潮流,気象等に関するデータである。これらの情報提供はいずれも運輸行政の重要な責務の一つである。
更に新海洋秩序に関連して,海上における捜索救難活動に関し各国が責任を分担し合い,世界的な規模での救難体制を確立するための「1979年の海上捜索救難に関する国際条約」が採択された。我が国としても,我が国の周辺海域における活動の安全を確保するとともに,先進海洋国としての国際的な責任を果たすため,発展途上国の海上における捜索救難体制の整備に積極的に協力していく必要がある。
エ 国際運輸関連業の発展
海運,航空,造船,観光等の国際運輸関連業は,我が国貿易経済の発展を支える重要産業であり,雇用を提供し,国際収支等の動向に与える影響も大きく,これら産業の健全な発展を図ることが国民経済的に必要である。
(2) 国際社会における我が国の地位確保のための役割
国際社会において今後,我が国が諸外国との友好関係を強化し,その地位を保全し,その良き一員として貢献していくために運輸部門としても果たす役割は大きい。
ア 国際協力の推進
対外依存度の大きい我が国経済の今後の発展には,世界経済全体の発展が不可欠である。その意味で,経済,技術両面からの国際協力は,我が国自身のためにも必要とされ,また経済大国の責務としてもその拡大が要請されている。
運輸部門における国際協力は,鉄道,港湾,空港等のインフラストラクチュアの整備にかかわるものから,海運,造船,海上保安,気象等各般にわたる。これらのうち特に大きなウェイトを占めているのが,運輸関連のインフラ整備である。これらの施設整備は,発展途上国の経済開発の基礎として極めて重要な意義を有していること,施設自体が長期的に多数の利用者の利便に供されるため,我が国の協力についてのPR効果が極めて大きいこと等の特徴があり,今後も,発展途上国からの要請に応じ,適切に対処していくことが重要である。
また,我が国の外航海運活動については,前述のごとく今後とも我が国経済にとり重要な役割を果たしていくものと考えられるが,同時に,発展途上国からは定期船海運,バルク輸送への参入を求める声が大きいことも考慮し,先進海運国として,海運企業経営技術の移転,船員の養成等の協力を積極的に推進していくべきであろう。
なお,国際協力は本来,相手国のニーズを的確にとらえ,その要請に沿って行われるべきものであるが,協力の結果として相手国と日本との友好関係が強化されるという効果がもたらされることを考慮すれば,今後,国際協力を推進していく上で,我が国経済の発展に不可欠な海空両面にわたる輸送路の確保の観点を外交,通商,エネルギー,食料の確保等の観点とともに十分確立していくことが重要である。
発展途上国に対する協力に加えて先進国との国際協力も政治,経済面での結びつきを緊密化する観点から重要である。運輸部門については鉄道技術協力等を推進していく必要があろう。
イ 国際交流の推進
我が国の輸出入貿易は,世界の自由貿易体制の下で我が国経済の成長に伴い大きく拡大してきた。しかしながら,70年代の石油危機以降,世界的な景気後退を背景とした欧米や発展途上国の保護主義的傾向の台頭もあり,我が国経済もいわゆる貿易摩擦問題に直面するに至った。
この貿易摩擦自体はもちろん国際的な産業調整問題であり,経済的な性格を有するものであるが,その解決策の一環として欧米諸国から要求されている事項には,我が国の文化的慣行や国民生活の現実についての理解の不足が反映されているように思われるものがある。
欧米諸国にとっても,発展途上国の多くにとっても,我が国は極めて遠い国であり,なじみのない国であろう。貿易摩擦を解消するためにも,あるいは,良き隣人としての地位を確保するためにも,より一層,人の交流を促進し,我が国の実態を理解してもらうための努力を積み重ねていく必要がある。その手段として,国際観光の果たす役割は極めて大きい。
国際観光の定義も今や拡大して人的交流全般を促進する活動を意味すると考えることができよう。
「百聞は一見に如かず」という。一度でも訪日し,日本を見た人は,日本への距離を身近に感ずるであろう。また,日本社会も全般的に国際経済開放体制に対応していくことが要請されているが,日本人が外国を自分自身で体験することは国際的視野を持つという方向で大きな教育効果を与えるものであろう。一時的に不慣れな日本人旅行客の行動が,外国人に誤解を与えるという一時的な問題が生じようが,長期的に,日本人の海外旅行をも促進すべきと思われる。
また,国際航空路の整備も国際交流にとり不可欠である。このための前提条件となるのが国際空港の整備である。我が国の国際空港の機能の制約により外国からの新規乗り入れや増便の希望に応じられない等の問題が生じており,このため,首都圏及び近畿圏の国際空港の整備を推進することが必要である。
ウ 国際経済問題への対応
運輸部門でも,造船,自動車関連で,国際経済問題に直面している。これらに的確に対応することも,我が国の国際社会における地位を確保するために重要である。
(ア) 造船
従来から我が国として国際協調を旨として,欧州諸国と経済協力開発機構(OECD)造船部会等の場を通じ,話し合いを続けてきた。欧州側は我が国の新規受注量の相対的シェアが短期的に上昇するたびにそれを問題視する動きをみせるが,我が国は,基本的には,欧州諸国が構造改善を積極的に推進し,国際競争力を回復させることが解決策であることを主張し,欧州諸国が船価補助等の直接助成に依存することをやめるよう求めてきた。しかしながら,第三造船諸国の急成長,海運市況の下落等,造船をめぐる最近の環境悪化は著しく,欧州諸国の造船も極めて苦しい状況にあるので,今後とも欧州側が我が国に対し種々の対応を求めてくる可能性があるが,我が国としては,OECDの場等を通じ,ねばり強く話し合いを続け,我が国の主張に理解を得るよう努力する必要がある。
(イ) 自動車
運輸省の担当している検査制度,安全・公害基準をめぐり,欧米諸国から改善の要求が出され,我が国としても可能な範囲で,制度,基準の改善を行ってきた。自動車の検査制度は差別的なものでなく,むしろ外国車に様々な便宜措置がとられており,制度等がいわゆる非関税障壁であって,我が国の自動車輸出入の不均衡の要因となっているとの指摘は当を得ておらず,輸入拡大のためには,むしろ欧米側に一層の努力が求められていると考えられる。しかしながら我が国としては,今後とも,我が国の制度につきPRを進め理解を求める努力を行い,欧州経済委員会等における国際的基準作り等には積極的に参加していくとともに,欧米諸国と不断の接触を図る等により,国際的に協調する姿勢を示していく必要があろう。
|