1 発展途上国に対する経済協力


  我が国は,発展途上国の経済・社会開発に対する自助努力を支援することによって,その経済・社会の発展,国民福祉の向上と民生の安定に寄与するとともに,これによって世界経済の均衡のとれた成長と安定を確保することを目的として経済協力を行うこととしている。
  このため,我が国は,昭和53年7月にボンで開催された主要国首脳会議で,政府開発援助(ODA)を3年間で倍増するよう努力する旨を表明し,55年にその目標を達成した。更に,56年1月に,1980年代前半5か年間のODA実績総額を1970年代後半5か年間の総額(106.8億ドル程度)の倍以上とするよう努めることとし,このため,今後5年間におけるODAに関する予算総額をこれまでの5年間の倍以上とすることを目指すなどの措置を内容とするODAの中期目標を新たに設定し,積極的な経済協力の実施に努めているところである。
  ODAの中で大きな割合を占める鉄道,港湾,空港等運輸関係基盤施設の整備等に対する発展途上国からの経済協力要請は質的,量的に拡大しており,運輸省としてはその効率的な遂行を確保していくことが重要となっている。

(1) 運輸部門の経済協力の意義

  運輸関係基盤施設の整備等運輸部門の経済協力は,発展途上国の経済,社会の発展にとって重要性が高く協力要請も多いため,我が国の対外経済協力において大きな割合を占めている。即ち,資金協力では,我が国政府直接借款総額の18.4%(商品借款を除くと23%,41〜56年度累計実績)となっており,運輸部門の内訳は,過去5年間(52〜56年度)の合計額で港湾41.1%(運河を含む),鉄道21.9%,空港15.0%,その他,船船・海運,観光等22.0%となっている。また,技術協力についても国際協力事業団(JICA)の開発調査案件数の15%(53〜56年度実績)が運輸部門に係るものとなっている。
  このように重要な役割を有する運輸部門の経済協力の意義としては,次の諸点があげられる。
  第1に,発展途上国が経済発展を遂げ,また,政治的安定を図るために運輸関係基盤施設の整備は極めて重要である。即ち,発展途上国は,原材料や製品の輸出入,輸送のための基盤施設整備が十分でない場合が多く,これらの輸送を確保するための鉄道,港湾等内陸部から港までの輸送回廊を整備することがその経済発展を図るためには必要不可欠の前提である。また,発展途上国においては,国内の経済発展の不均衡や人的交流,情報交換等が十分確保されないために,社会的緊張を生み,社会的,政治的な安定を欠くことがある。このような場合,通信網の整備とともに幹線鉄道網,空港,拠点港湾等の交通ネットワークの整備は,国土の均衡ある発展,民生安定等の視点から極めて効果的である。
  第2に,運輸部門における協力は,長期的かつ広範な協力効果を有する。即ち,運輸基盤施設に対し我が国が協力を行うことは,協力の時点で発展途上国の期待に沿うものであるのみならず,当該援助の成果が50年,100年と長期にわたり存続し,相手国の国民の生活に役立つとともに,また,広く相手国の国民の目に触れることから我が国の協力の効果は極めて大きいことが期待される。特に港湾,空港,運河等は,当該発展途上国以外の諸外国の利用にも供されるものであることから,当該途上国のみならず,世界経済の発展に資するものであり,我が国の協力のPR効果も大きいと考えられる。
  第3に,我が国の経済協力は発展途上国の経済・社会開発,民生の安定,福祉の向上の自助努力を支援することを目的としているが,鉄道,港湾等の交通インフラの整備,海上輸送路の整備等の運輸部門に対する経済協力は,当該途上国の経済・社会発展に資するのみならず,安定的な国際物流ネットワークの整備ひいては国際貿易の発展につながり,我が国を含む世界経済の調和ある発展に資する面が大きいと考えられる。かかる観点からこのような協力を進めることは,我が国と被援助国との友好関係の強化,発展途上国の経済的,社会的,政治的安定を通じて,我が国の総合安全保障にも寄与することとなる。

(2) 運輸部門の経済協力の概要

  以上の意義を有する運輸部門の経済協力として,我が国は次のような協力を行っている。

 ア 資金協力

 (ア) 無償資金協力

      無償資金協力は,発展途上国の経済・社会の発展,民生の安定と福祉の向上に寄与することを目的としており,農業,医療・保健,教育等住民の生活水準の向上に直結した基礎生活分野での援助,人造り援助を中心に援助を実施している。運輸関係案件では,バス,トラック,漁業調査船,訓練船等の基礎的施設の供与が大宗を占めている 〔2−2−10図〕

 (イ) 有償資金協力

      運輸関係基盤施設整備案件は,運輸部門の経済協力の意義において述べたとおり,発展途上国の経済開発と福祉の向上に欠かせない経済社会基盤施設の一つとして,我が国の有償資金協力(円借款)のなかでも大きな割合を占めており 〔2−2−11図〕,その内訳は 〔2−2−12図〕のとおりである。56年度においては,18件,総額1,268億6,700万円に及ぶ運輸関係プロジェクト借款の交換公文が締結されている 〔2−2−13図〕。これらの運輸案件は発展途上国のニーズに応じて多岐にわたっているが,プロジェクト類型別に最近の協力の例をあげると次のとおりである。

 a 輸送回廊の整備

      (中国)
      中国は,2000年を目標とする近代化政策を推進しているが,経済建設のなかでもエネルギー,交通運輸の分野に特に重点を置いており,石炭等の資源の安定的輸送を確保するための山元から積出港湾に至る輸送回廊の整備に対する我が国からの経済協力への期待は大きい。

      これまで鉄道,港湾整備のための5プロジェクトに対して54年度,55年度において,2回にわたり約660億円の円借款が供与されているが,56年度においては,更に総額400億円の円借款の供与に係る交換公文が行われた。
      (エジプト)
      スエズ運河は,欧州と中東,アジアを結び世界経済の発展のために大きな役割を果たしているが,運河の拡幅,増深を行うことにより,大型船型の船舶の通航が可能となり,世界の物資流動の円滑化が期待される。我が国は,このプロジェクトに協力するため,最大通航可能船舶を従来の6万重量トンから15万重量トンに拡大する運河拡張第一期計画に対し,50年度以降4回にわたり総額800億円の円借款を供与している。
      (ブラジル)
      ブラジルは,中進工業国の一つとして工業化政策を推進しているが,運輸部門では鉄鋼,アルミ等の鉱産物や大豆等の穀物の輸送を図るための工業港整備を重視しており,56年度においてツバロン港改修等のためのプロジェクトに対し総額220億円の円借款の供与に係る交換公文が行われた。

 b 鉄道整備

      (インドネシア)
      インドネシアは,ジャカルタ首都圏の人口増に対応して,都市交通の混雑を解消するため,今後1990年までにジャボタベック圏都市交通整備計画を遂行することとしており,昭和56年度には約55億円の円借款の供与に係る交換公文が行われた。

 c 観光開発,空港整備等を通じた人的交流の促進

      (タイ)
      タイは,アジア地域,欧米,中東との人的交流を更に活発にし,また国際観光を振興するため,国際空港の整備に力を入れているが,56年度において,バンコック国際空港拡張のため約140億円の円借款の供与に係る交換公文が行われた。
      (インドネシア)
      インドネシアはボロブドール及びプランバナン両史跡を中心とする考古学公園の整備及びバリ国際空港の拡張の計画を推進している。これらのプロジェクトは同国の文化遺産の保存,社会経済基盤の整備等の面で重要であるのみならず国際観光地として諸外国から多くの人を集めうるようになるため,国際的に相互理解を深める効果も期待される。56年度においては,史跡公園整備に約30億円の円借款の供与に係る交換公文が行われた。

 イ 技術協力

      発展途上国は,経済社会基盤施設を整備するための専門的知識,技能を有する技術者が一般に不足しており,運輸関係基盤施設整備,都市交通管理運営,自動車の検査・整備,海運経営,造船,船員教育,海上保安,観光振興,気象等,運輸に関する多種多様な技術協力の要請が多くの国から寄せられている。運輸省はこれら発展途上国に対する政府間ベースの技術協力としてJICAが実施する研修員受入れ,専門家派遣,機材供与,開発調査事業,開発協力事業,プロジェクト方式技術協力等の推進に協力している。
      56年度における運輸関係の研修員受入れは,集団研修が22コースにおいて234人,また個別研修が30件,延べ118人に対して実施された。
      特に,集団研修の研修員受入れはこの10年間において倍増しており,発展途上国が運輸関係の技術者養成を重視していることがうかがえる。また,56年度における運輸関係専門家派遣は,長期専門家75人,短期専門家79人の合計154人に達しており,10年前と比較し,長期専門家が約4倍,また,短期専門家が約3倍に増加し,発展途上国に対する技術移転が幅広く進められている。
      更に,発展途上国の経済社会開発等に関する計画の策定,フィージビリティー・スタディを行う開発調査事業の56年度における実績は 〔2−2−14図〕のとおりであり,都市交通整備,鉄道整備,港湾整備,空港整備等,発展途上国の要請に応じ多岐の分野に及んでいる。運輸関係の開発調査案件は,10年前と比較し,約3倍となっており,我が国の高水準の運輸技術が発展途上国の開発に大きく貢献している。

 ウ 運輸プロジェクト推進のための施策

      運輸部門の経済協力の効率的な推進を確保するためには,発展途上国における経済の発展状況,地理的社会的制約,開発計画のニーズ等に差異がみられるため,具体的にどのようなプロジェクトに対する協力を行うことが当該発展途上国にとって望ましいかを事前に十分調査,検討,調整しておくことが必要である。このため,運輸省は46年度以来発展途上国の社会経済の現状,経済・社会開発計画,交通事情,鉄道,港湾,空港等の運輸基盤施設の整備状況等の調査及び具体的協力案件の発掘並びに我が国の協力案件としての妥当性に関する調査検討を進めている。更に,発展途上国の運輸関係の上級管理者を我が国に招へいし,発展途上国の開発ニーズ等に関する意見交換を行うとともに我が国の優秀な運輸技術と我が国の協力可能分野の理解の増進に努めている。また,運輸関係技術は我が国の場合,従来から政府等に集中し,民間ベースの運輸コンサルタントの人材が不足する傾向にあるため,運輸関係の民間コンサルタントの育成を図り,経済協力に機動的,弾力的に活用しうるよう努めている。
      また,近年の大プロジェクトといわれる第二パナマ運河建設構想についても,運輸省は積極的な協力を行うこととしている。パナマ運河は,我が国と北米,中米,南米各東岸を結び,我が国への資源の輸入及び我が国からの製品の輸出上重要な通航路となっており,我が国経済の発展に大きな役割を果たしている。また,中南米諸国が貿易を通じた経済発展を図るためにも重要な通航路となっている。しかしながら現行のパナマ運河は1914年に建設された間門式の運河であり,最大約6万5千重量トンの船舶しか通航できず,近年の船舶の大型化の傾向に対応できず,更に通航量についても2000年頃には最大通航可能量を超す需要が見込まれ,長期的観点からパナマ運河の代替運河の建設の必要性が指摘されてきた。
      第二パナマ運河の建設構想については,このほどアメリカ,パナマ間においてフィージビリティー調査の調査体制,手法,資金手当等を検討するための準備委員会が設立され,我が国もこれに参加する運びとなっている。
      海運貿易,船舶の航行安全,運河の建設,管理,運営等に豊富な技術的蓄積を有する運輸省としては,国際協力の推進,我が国に関連する輸出入物資の国際輸送の確保等の見地から,本準備委員会に出席する等その審議に積極的に参加協力していくこととしている。


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