2 自動車をめぐる市場開放問題への対応


(1) 自動車をめぐる審査・検査問題の背景

 ア 我が国における乗用車輸出入の不均衡

      (輸入1台に対して輸出は108台)
      我が国の基準・認証制度に係る最近の欧米との間の摩擦問題は,我が国と欧米とのここ数年にわたる貿易収支の不均衡がその根底にあると考えられる。なかでも,自動車は,先進諸国の基幹産業であるだけに関心は高く,このため貿易摩擦の象徴的な存在の一つとなっている。57年の我が国における乗用車の輸出入は,輸入3.5万台に対して輸出が377万台と輸入1台に対して輸出が約108台の比率となっており,この輸出入の比率は最近10年間を通じての一貫した基調である。我が国以外の主要自動車生産国における乗用車の輸出入の状況をみると,輸入1台に対する輸出台数の比率は,西独2.62(輸出219.4万台/輸入83.7万台:57年),米国0.12(同35.3/306.8),英国0.34(同31.3/93.4),フランス1.48(同146.4/99.2)となっている。
      このため欧米各国は,我が国に対して輸出自粛を求めたり,差別的輸入制限等を行うなど我が国からの乗用車の輸出を抑制しようとする一方,我が国に自動車の輸入拡大のための市場開放努力を求めている。
      我が国は,輸出の自粛を行うとともに,自動車の輸入について,完成車及び主要自動車部品の関税の撤廃等様々な市場開放努力を重ねるとともに,自動車の審査・検査に関しては,後述の様々な改善措置を図ってきたが,欧米各国における乗用車の輸入台数との隔たりが依然として大きいこと,また,外国製乗用車の輸入台数が54年以降低迷していること 〔2−3−9図〕などが,欧米自動車生産国との間で自動車の審査・検査問題のくすぶり続ける背景となっている。

 イ 各国における自動車基準・認証制度の相違

      (各国の事情に応じた基準・認証制度)
      現在,自動車の基準及び認証制度については,主要自動車生産国において,それぞれの国の歴史的,社会的,地理的,経済的な背景や国民の自動車の安全,公害防止等についての意識を反映して,異なるものが採用されている。
      すなわち,基準については,日本,米国,欧州(英国,西独,フランス,イタリア,スウェーデン)等の各主要生産国においては, 〔2−3−10表〕に1例を示すように異なったものを定めており,また,認証手続についても各国毎に自国の法令に基づく手続を定めており,米国のように同一国内においても連邦法と州法でそれぞれ定めている例もある。さらに,相互認証制度を採用しているEC域内においても,その対象は装置別の認証にとどまっており,車両全体としての認証については実施されていない状況である。

      したがって,自動車を他国へ輸出するためには,各輸出相手国におけるそれぞれの基準に適合するように仕様変更等の対策を行ったうえ,各国の手続きに従い認証を受けることが必要となっている。

(2) 欧米との自動車問題協議のこれまでの経緯

 ア 米国関係

      米国については,自動車審査・検査問題に関し,50年以来日米自動車問題協議の場で検討が続けられ,審査官の海外派遣,外国作成試験データの受入れ等の改善措置がとられてきた。
      その後米国からは56年10月安全・騒音に関する自己認証制度(Selfcertification)の採用の申し入れがなされ,このため57年12月には,日米運輸省の専門家が両国の自動車型式認証制度について技術的な意見交換を行った。自己認証制度は,主要自動車生産国では米国のみが安全規制及び騒音規制に関し採用している(排ガス規制については国が事前審査を実施している。)もので,自動車メーカーが国の審査・検査を受けることなく自由に販売でき,国は安全性を事後的に確認する制度であるため,事故の未然防止を基本としている我が国の考え方とは相容れないものである。したがって,我が国は,日米間の協議の場で繰り返し自己認証制度の採用を受け入れられない旨回答している。このような日米両国の制度の違いは,安全確保等に関する政府の役割についての日米両国民の考え方の相違がその根本にあると考えられる。

 イ EC関係

      ECの主要自動車生産国は,我が国と同様に事前審査制度を採用しているため,我が国に対する要望は,個別かつ具体的であり,日・ECハイレベル協議の場で検討されてきたが,これまで,審査官の海外派遣,公的試験機関による試験結果の受入れ,外国作成試験データの受入れ等の改善措置を講じるとともに,57年6月にはECから要望の強かった公的試験機関の追加承認を実施してきた。また,我が国における輸入自動車のシェアの大半を占める西独からは,個別に意見書等が提出され,これらのうちで合理的で実施可能な強度計算書の削除等について改善措置を講じてきた。

(3) 基準・認証制度等連絡調整本部決定に基づく市場開放対策

  (大幅に簡素化された型式指定の手続,要件等)
  56年央から,対日貿易収支の悪化を背景に,我が国の規格,輸入,投資,サービス,産業政策等広範囲の問題について市場開放を求める動きが米国,次いでECから起こり,同年10月以降経済対策閣僚会議を中心に政府を挙げて取組みが行われ,同年12月には市場開放対策等の対外経済対策,57年1月にはいわゆる第1弾の市場開放対策,同年5月にはいわゆる第2弾の市場開放対策,58年1月には「当面の対外経済対策の推進について」が決定された。さらに,58年1月の決定に基づき,内閣に設置された基準・認証制度等連絡調整本部が市場開放の観点から基準・認証制度について全面的な見直しを行い,同年3月に本部決定を行った。
  自動車関係では,第1弾の市場開放対策や58年1月の対外経済対策等に基づき,輸入検査手続等の改善について多くの項目を実施してきたが,同年3月には,57年5月に導入された少数台数取扱制度の適用対象の拡大等が図られた。
  また,58年3月の本部決定においては,@外国自動車メーカーが型式指定制度を直接利用できることを明確化するための道路運送車両法の改正,A型式指定の手続及び要件の大幅な簡素化,B基準の国際的調和作業への積極的な参画とともに,当面の措置としての欧米との基準の整合等の方針を決定した。同決定に基づき,道路運送車両法の一部改正を含んだ外国事業者による型式承認等の取得の円滑化のための関係法律の一部を改正する法律案が58年4月に国会に提出され,5月に成立し,公布され,8月から施行された。また,法律の施行と時期をあわせて型式指定の手続きを大幅に簡素化する改善を行った。これにより,我が国の認証制度は,世界の主要自動車生産国では最も簡素化されたものの一つとなったと考えられる 〔2−3−11表〕。さらに,同年10月には保安基準について所要の改正を行った。

  この結果,米国等から要望されていた登録前の自動車1台毎について行われる検査の省略については,国による自動車1台毎の個別検査を必要としない型式指定制度の手続及び要件の簡素化が行われ,米国の要望に実体的に応ずることとなった。改善措置の実施細目等の検討に当たっては,両国専門家レベルによる意見交換を頻繁に重ねた結果,米国政府からは改善措置について一応の評価が得られている。
  また,欧州のうち西独から型式指定制度の改善措置の一部に関し企業秘密に触れることとなるおそれがあるなどの問題が提起されたが,西独経済大臣と運輸大臣との会談等を通じて関係者の理解を求める努力を行った結果,改善措置を歓迎する旨の表明がされた 〔2−3−12表〕

(4) 市場開放問題の今後の見通し

  (望まれる新制度の活用)
  我が国の自動車に係る輸出入の極端な不均衡は当分の間続くことが予想され,このため,我が国の審査・検査手続が貿易摩擦問題の一つとしてとりあげられる可能性が消えることはないと考えられる。なぜなら,輸入の不振の原因は我が国の審査・検査手続にあるとする認識が内外ともに払拭されるには相当の期間を要すると考えられるからである。
  我が国における輸入自動車の販売価格については一般的に輸入自動車が国産車に比較してかなり割高となっているが,58年6月の総理府の附属機関である貿易会議・製品輸入対策会議の報告において乗用車の販売価格を諸外国と比較した結果によると,外国製乗用車の我が国における販売価格は,当該乗用車の生産国以外の諸国におけるそれと比較してほぼ同等であるか,あるいは下回っており,我が国の市場が閉鎖的であるとの指摘が当を得ていないことを示している。輸入車の不振の主要な原因としては,価格のほか,車両のハンドル位置,サイズ,仕上り,装備やアフターサービスの体制の問題が影響しているものと考えられる。前述のように58年3月の本部決定に基づき,自動車の認証制度について最大限の簡素化措置が実施されたところであり,今後は輸入車関係者が車両のサイズ,仕上り,装備や燃費などの点で我が国の市場に合った自動車を投入するとともに,新しい制度の活用により一層の販売努力を傾注し,輸入の拡大が図られることが望まれる。一方,日本側からは,我が国の自動車基準・認証制度について,今後とも諸外国の自動車関係者に対する情報提供,意見交換等により意志疎通に努め,海外自動車メーカー等の理解と認識を深める努力を続けるとともに,長期的な観点から後述する基準・認証制度の国際的調和活動に積極的に参画していくことが重要である。
  なお,基本的には,輸入拡大により輸出入の不均衡を是正することが重要であり,58年10月に経済対策閣僚会議において決定された総合経済対策に含まれる各種の輸入促進対策の成果が期待されるところである。

(5) 基準・認証制度の国際的調和活動への参画

  (ECE専門家会議での我が国の積極的な取組み)
  自動車は日米欧のいずれの国にとっても重要な貿易産品であり,国際的商品として自由に流通することが望まれており,そのためには,各国が国情に応じて定めている自動車の基準の統一化が必要となってきている。
  55年5月には,我が国においても「貿易の技術的障害に関する協定」(ガット・スタンダード・コード)が発効し,その目的の1つである国際規格及び国際認証制度の発展が自動車の審査・検査に係る行政のうえで長期的な観点から重要な課題となっている。
  国際的に統一された自動車基準がない現時点において,基準等の国際的統一化に中心的役割を果たせる機関は,安全,公害等に係る基準・認証制度について欧州内統一規則の作成を行っている国連欧州経済委員会自動車安全公害専門家会議(ECE・WP29)である。WP29は,欧州各国が加盟している「車両の装置並びに部品の認可条件の統一及び認可の相互承認に関する協定」(1958年ジュネーブ協定)に基づき活動を行っている機関であり,欧州諸国のみならず米国,オーストラリア,日本等主要自動車生産国が参加している。我が国は,52年からWP29に毎回出席し,規則作成の動向を把握するとともに,各国と情報交換を行ってきた。現在,特別作業部会等において欧米間の統一基準の作成作業が進められつつあり,特にブレーキ,灯火器,衝突時乗員保護等の分野の作業は大きな進展をみせており,米国,オーストラリア等欧州域外国の積極的参加と相まってECE規則は,次第に実質上の国際基準としての位置を固めつつある。
  我が国も,前述の58年1月の市場開放対策及び同年3月の本部決定において基準の国際的調和のための活動に積極的に参画することを決定しており,この方針のもとに,ブレーキ基準調和特別作業部会を58年4月に日本において開催したところであるが,今後も,他の分野へより一層積極的な参画を行うとともに,基準案への意見提出,技術データ提供等を行い,我が国の意見を十分に反映させながら,基準等の国際的統一化を推進していくこととしている。
  一方,認証制度の国際間の統一については,1958年ジュネーブ協定に加盟した諸国相互間では,自動車の特定装置に係る相互認証制度が採用されており,それが欧州域外まで発展する可能性もある。このため,我が国としても,その動向に注意を払いつつ,加盟の可能性について検討することとしている。


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