1 運輸をめぐる経済社会情勢の変化
(高度成長-都市化とモータリゼーション)
我が国経済の高度成長は,おおむね30年代後半における所得倍増計画を始まりとして48年の石油危機まで続いた。この間に急速に進展した人口の都市集中は,都市においては鉄道輸送力の絶対的不足と道路交通のマヒをもたらし,地方においては過疎現象により輸送需要の大幅な低下をもたらした。
また,道路整備の進展と相まって40年代に入って加速度的に進行したモータリゼーションは,鉄道,バスなどの公共輸送機関に深刻な影響を与えた。この結果,鉄道による貨物輸送量は45年度をピークとし,国鉄とバスによる旅客輸送量は49年度をピークとして減少に転じた。
さらに,この間の航空輸送の発展も,鉄道の長距離旅客を減少させた。
(石油危機と安定成長経済への移行)
我が国経済は,48年の石油危機を経て安定成長経済に移行し,54年の第2次石油危機をも克服して,ここ数年3%台の成長を続けるに至ったが,このような低い経済成長の継続は,運輸の面にも少なからぬ影響を及ぼした。
すなわち,大都市圏交通や航空輸送などの分野を除いては,年々拡大していく需要に対し経済成長のボトルネックにならないように輸送力を整備充実するという時代から一転して,旅客輸送,貨物輸送ともそれぞれ一定のパイの中で厳しい競争を展開することを余儀なくされ,運輸事業は,経営の合理化を進める一方,輸送サービスの質的充実を図っていかなければならない時代を迎えることとなった。
(総合的な政策の遂行へ)
このような経済社会情勢の変化と輸送機関相互間の厳しい競争の結果は,大きな輸送構造の変化につながり,50年代に入ると運輸行政は一層これらの都市化,モータリゼーション,競争状態などを前提とした総合的な視点の保持と政策の遂行を必要とするに至った。
(国民意識の多様化・高度化)
また,国民の生活水準は,安定成長経済への移行後も着実に向上し,時間価値が一層高まるとともに,企業行動の面においても省エネルギー,省力化を通じたコスト意識の浸透が図られ,輸送に対する要求も高速性,利便性,快適性,随意性,安全性などのより高度な,また,多様なものへと質的に変化してきた。
例えば,高速性への需要の高まりは,新幹線や高速道路の整備,航空輸送のジェット化,貨物輸送における鉄道からトラックヘの転換を促し,利便性への要求は,郊外電車の都心乗り入れ,都市バスの運行改善,コンピューター化された切符の予約発売,あるいは電話一本で荷物が送れる宅配便などを生み出し,快適性への要求は車両の冷房化やデラックス化をもたらし,随意性の要求はマイカーの普及をさらに促進した。また,安全性の確保という利用者の厳しい要求に基づき,事故の発生を減少させるため,行政及び事業者は不断の努力を続けてきた。
(産業構造の変化)
さらに,安定成長経済への移行とともに産業構造の変化が進行し,基礎素材型産業の生産の伸びが鈍化する一方,加工組立型産業が大きく成長し,製品の「軽・薄・短・小化」も進んでいる。また,第三次産業のシェアが拡大し,サービス経済化が着実に進行するとともに一次,二次産業の中でもサービス部門が拡大している。
こうした産業構造の変化により,貨物輸送の分野では,原材料輸送が伸び悩み,機械等製品輸送が増加するなど需要の内容が大きく変化するとともに,輸送量自体もGNPが増加するほどには伸びなくなってきている。また,サービス経済化や情報化の進展にあわせて,運輸事業も単に人や物を運ぶだけでなく,宅配便サービスに見られるように情報ネットワークと結びつけて荷物の追跡管理を行ったり,商品の配達輸送においても販売業務に一歩踏み込んだ付加価値が求められるようになってきている。
このような状況の下で貨物運輸事業の実態は,貨物が荷送人の手から荷受人の手に至るまでの輸送,保管,積換え,梱包などの業務を一事業者がすべて兼業するといった総合的な物流事業へと発展する傾向を示している。
(利用者の視点に立った運輸行政へ)
このような利用者の輸送に対する需要の高度化・多様化に対応するためには,大都市圏の旅客輸送においては,異なる輸送機関の乗り継ぎ施設の改善,運賃制度の見直しなど,従来の「タテ割り」行政では対応し難い多くの課題を解決しなければならず,また,地方圏における公共輸送機関の維持についても,鉄道かバスか,公営か民営か第三セクターかなど鉄道行政なり自動車行政単独では対応しきれない多くの問題をかかえている。さらに,産業構造の変化などを背景にした荷主の輸送機関に対する厳しい選択やより高度なサービスヘの追求に応えていくため,貨物運輸事業は経営の総合化や情報化などの努力を迫られている。
このような状況の進展に対応して,運輸行政は,輸送機関に着目した「タテ割り」行政から地域における交通の確保,貨物流通の一元的把握という利用者の視点にも立った「ヨコ割り」行政へと転換することを必要としてきたのである。
(国際化の進展と国際関係事務の有機的展開)
さらに,我が国経済の国際化の進展があげられる。世界貿易が拡大し,国際間の相互依存関係が深まる中で,我が国のGNPは世界経済全体の約1割を占めるに至っている。これに伴い,国際運輸市場に占める我が国の海上輸送及び航空輸送市場の地位が向上していることから,諸外国の我が国運輸市場への関心が高まっており,また,我が国の海運政策,航空政策は世界の注目を集めている。したがって,これら政策をめぐる世界各国との調整が大きな問題となってくる場合が多くなっている。
我が国としては,こうした背景のなかで,外航海運及び国際航空の両分野で,安定的な輸送を確保するための国際秩序を形成することが重要となってきている。
また,国際貨物輸送の需要の構造変化が進み,外航海運,貨物航空と外国における陸上輸送が相互に連携,補完する状況がますます活発化しており,最近の小型貨物の増加等の現象もあって国際複合一貫輸送が一層進展している。
国際協力の面では,鉄道及び港湾が占めるウエイトが高いが,個別輸送機関の施設整備のみならず,発展途上国の交通体系をより効率的にかつ総合的に整備するための要請が高まりつつある。また,発展途上国に外貨獲得の機会を与える国際観光施設に係わる国際協力もこれらの国々の経済発展に資するものであり,この点については,関連交通機関との連携を図りつつ当該国の国際観光のための協力を推進していくことが適切である。
また,国際観光政策の面では,国際運輸政策と関連づけた外客の総合的な受け入れ体制を整備することによって国民レベルでの国際交流を推進することが一層重要になっている。
これらの点から明らかなように,国際運輸,観光及び国際協力を従来に比べてより有機的に遂行していくニーズが高まっている。
(大幅な機構改革を実施)
運輸省では,既に40年代中頃から,総合的な交通政策や貨物流通政策などの必要性を認識し,「ヨコ割り」組織としての政策企画部門を設置してこれらの行政課題に意欲的に取り組んできたところであるが,56年7月には運輸政策審議会から「長期展望に基づく総合的な交通政策の基本方向」について答申を得,輸送構造の変化と輸送サービスの質的向上への要請に応えるため,これらのニーズに十分応えられるサービスの提供を確保するとともに,ニーズに適合することのできない輸送分野についてはこれを合理化し,全体として効率的かつ質の高いサービスの提供に努める方向へと政策の重点を移行させてきている。
また,58年3月に出された臨時行政調査会の最終答申では,運輸省の組織について「交通機関別の組織から,基本的に政策を中心とした主要な行政ニーズに対応した組織に改め,運輸行政の総合化と効率化を積極的に推進する必要がある」との指摘を受けている。
このため,運輸省は,59年7月1日をもって,24年の省設置以来初めての大幅な機構改革を実施することとした。
|