1 外航海運
ア 南北問題
国際海運秩序は,従来から,海運活動に対する政府の介入を最小限度にとどめるべきであるとする「海運自由の原則」のもとに形成されてきた。しかし,近年,大部分の発展途上国は,自国海運を育成し,商船隊を整備するため,政府自らが海運活動に介入し,一方的に自国船優遇措置(いわゆる国旗差別政策)をとっている。 外国政府による国旗差別政策は,民間ベースでは解決が難しいため,我が国を含む先進国は,必要に応じ政府レベルで是正を申入れているが,話合いで問題が解決しない場合であって我が国海運企業の利益が著しく害されるときには,対抗措置の発動を検討する必要がある。 (定期船同盟行動規範条約への我が国の対応) 国連貿易開発会議(UNCTAD)において海運問題が最初に顕在化したのは,定期船の分野であった。発展途上国から,自国船社の定期船同盟への加入による海運の振興,定期船同盟と自国荷主との協議のルール化等の要望が強まり,発展途上国と先進国の妥協の結果,昭和49年に同盟への加入要件,同盟内での輸送配分の決定,同盟と荷主との協議,紛争解決手続等同盟の行動の準則を定めた定期船同盟行動規範条約が採択された。この条約は,58年4月に西独及びオランダが先進国として初めてそれぞれ批准及び加入したため,58年10月に発効した。 我が国としては,南北問題の潮流の中で,今後の定期船海運秩序の形成における本条約の役割を認識しており,加入のための国内法制の整備につき鋭意検討を進めてきているところであるが,加入の方法については,米国及び欧州諸国等との間で,我が国の既存の国際約束との両立性に関して調整を行う必要があり,今後,引き続きこれら諸国との調整を図りつつ,加入の準備を進めることとしている。 (解決が持ち越された便宜置籍船問題) 便宜置籍船の排除を目的とした船舶登録要件の国際的統一を行うか否かについて,従来よりUNCTADで検討がなされてきた経緯を踏まえ,59年7月には,国連主催による船舶登録要件に関する国際合意づくりのための全権会議が開催されたが,旗国と船舶の間に資本,経営,船員配乗等の一定の経済的関係を維持すべきであるとする発展途上国と,船舶登録要件は各国独自の判断に委ねるべきであると主張する先進国との意見の隔たりは大きく,結論は60年1月の再開会期に持ち越された。 便宜置籍船にしばしばみられる責任関係の不明確性については,適切な是正策が講じられるべきであるが,国際条約によって,船舶所有関係における資本,経営,労働の自由な結び付きを一律に規制することには大きな問題がある。 (検討進むバルク輸送参入問題) 近年,UNCTADの場において発展途上国は,鉄鉱石,石油類等のいわゆるバルク貨物の輸送に関し,既存のバルク輸送市場には何らかの参入障壁が存在するため,発展途上国商船隊の市場参入が妨げられているとし,各国が発展途上国海運の公平な輸送シェアを確保するための適正な措置をとるべきであると主張してきている。これに対し,先進国は,バルク輸送は自由競争原理に基づいて運営されており,参入障壁は何ら存在していないので輸送シェアを定めることは適当でないと主張している。 この問題に関して,鉄鉱石,ボーキサイト等のドライ・バルクについての専門家会合が56年に,また,液体バルクのうち原油及び石油製品についての専門家会合が58年及び59年に開催され,参入障壁の有無については結論をみなかったが,発展途上国海運の市場参入が促進されるような環境の整備のための勧告を盛り込んだ報告書が全会一致で採択された。この結果,本年11月に開催される第11回海運委員会で本件に関する討議が行われることとなっている。 大量のバルク貨物輸入国である我が国にとって,これら貨物の安定的かつ効率的な輸送は必要不可欠であり,本件討議を重視している。 (今後の南北問題への対応) 我が国は,海運における南北問題に関して,OECD等の場を通じて先進諸国と共同歩調をとりつつUNCTAD等の場において合理的な解決に努めるとともに,発展途上国海運が健全な経済的基盤に立って発展することができるよう,発展途上国とも十分協議の機会を持つなど多様な対策を講じていく必要がある。
イ 米国の海運政策
新海運法は,船舶運航事業者間の協定の発効手続の簡素化,迅速化,独占禁止法の適用除外範囲の明確化など日本側にとって歓迎すべき内容もあるが,一手積契約(一定範囲の貨物の運送を専ら定期船同盟の加盟船社に行わせることとし,その見返りとして非契約荷主より低い運賃を適用する旨の契約)の禁止,インディペンデント・アクション制度(定期船同盟の加入船社が,10日間の事前通告により,同盟協定と異なる運賃やサービスを独自に設定することができることとする制度)の義務付け等,従来の定期船同盟の考え方とは大きく背馳する内容を含んでおり,その施行による影響については,施行後の運用をみなければ評価が困難な面がある。我が国としても,北米関係航路は極めて重要な航路であり,同航路の動向が,我が国海運企業の経営に及ぼす影響も大きいことにかんがみ,同法施行後の対応について関係者が真剣に検討する必要がある。
ウ 共産圏海運問題
一方,中国は,近年,一般貨物船を中心に着実に自国海運の育成に努め,特に最近では欧州,北米等の遠洋コンテナ航路にも積極的に進出している。同国は,海運同盟による航路運営には必ずしも積極的でなく,懸案となっている日中間定期航路開設も依然として難航している状況にあるので,今後の動向に注目する必要がある。
エ 定期航路における競争の激化
最近,北米太平洋航路,欧州航路等の我が国関係の主要な航路において,過度の運賃引下げ競争が展開されるなど輸送秩序が不安定になっており,定期船同盟が航路秩序の安定に果たしてきた機能が,近年低下しつつあるように思われるが,その要因としては,海上荷動き量が停滞し,船腹過剰状況が現出していること以外に,次のような構造的要因を無視できない。 (ア) コンテナ化の進展に伴い,サービスが均質化し,価格競争,船型の大型化競争に陥りやすいこと。また,リース制度の普及等により新規参入が容易になったこと。 (イ) 急成長を続ける極東中進国(地域)海運が,自国経済及び貿易の成長を背景とし,貨物の増大,コンテナバースの整備等に支えられ,低コストを武器に各航路に進出していること。 (ウ) 米国の海運政策の影響により,定期船同盟の航路秩序維持機能が低下しつつあること。 以上の諸要因からみて,定期船同盟の自律的調整機能のもとに運営されてきた定期船海運は,一つの転機を迎え,従来にも増して競争が激化していくことが予想される。 我が国海運企業も,このような状況に対処するため,激しい競争に耐えうるよう体質を強化するとともに,荷主のニーズに適時,適切に応えられるようサービスの向上に努めることが求められており,このためには,スペース・チャーターを含む運航体制,船型及び船隊構成等の航路運営のあり方について抜本的な検討を行うとともに,三国間輸送等海外事業への進出に積極的に取り組んでいく必要がある。
オ 近海海運問題
我が国近海海運業は,合理化の余地も乏しく国際競争力が弱いうえ,船腹過剰状態が続き,運賃市況の低迷もあって,極めて厳しい環境にある。 このため,近海船については,船腹過剰を防止するため建造を抑制しつつ,船舶整備公団との共有方式により省エネ合理化船への代替建造が実施され船隊の近代化が図られている。また,従来より,近海船については,国際競争力を回復するために海外貸渡方式による混乗が採られているが,59年2月船舶整備公団との共有船についても同方式を採ることが労使間で合意された。
(緊張が続くペルシャ湾)
ア 現状と問題点
天然資源に恵まれず四面を海に囲まれた貿易立国である我が国にとって,海上輸送の確保と我が国外航海運の健全な発展は極めて重要な意義を持っている。 しかしながら,現在,我が国外航海運は幾つかの大きな構造的問題に直面しており,これらの問題点に対する早急な対応策の確立が喫緊の課題となっている。 第1に,国際的にみると,深刻な状況にある海運市況は今後とも大幅な回復は期し難く,また,海運秩序をめぐる国際的な動きは前述したとおり,ますます複雑になってきている。 第2に,我が国をめぐる海上貿易量は,我が国経済成長率の鈍化,産業貿易構造の変化等により量的及び質的に変化してきている。 第3に,近年,日本商船隊の我が国貿易物資の輸送に占める積取比率は漸次低下する傾向がみられ,なかでも日本船の積取比率は40年代後半から長期低落傾向にある。一方,日本商船隊における日本船の割合は,45年当時75%であったが,57年では56%に減少してきている 〔4−2−1図〕, 〔4−2−2図〕。このような事態は,主として,40年代の後半から船員費の上昇,円切上げ及びその後の円高傾向等により日本船の国際競争力が著しく低下したことによる。
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第4に,船型の大型化,不経済船の売船等による日本船の減少の結果,海運企業は相当数の過剰な船員を抱えることとなった。船員雇用確保のため,外国海運企業等他の海運企業の船舶に船員を提供し,あるいは企業内職種転換,関連企業及び他産業への出向が行われているが,海運企業が労務提供先等から収受できる金額は所要コストの一部にすぎない場合が多い等このような雇用対策を長期的に維持するには問題点も多い。
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第6に,海運集約体制については,その確立された39年より20年を経過した現在では,船舶所有者の態様が多様化し集約体制参加企業のウエイトの低下がみられること,集約体制内部の関係についても状況に変化が生じてきていることなどに対応し,そのあり方を見直していくことが必要となってきている。また,定期航路運営体制についても,環境の変化に伴う効率的運営等の対応が必要となってきていることから,抜本的対策を確立することが必要である。
イ 海運造船合理化審議会中間答申
(今後とも必要な我が国外航海運) (ア) 我が国外航海運は,海上安定輸送力の確保と経済的安全保障に貢献し,我が国の経済社会の安定的発展に極めて重要な意義を持っており,今後とも,その経営の安定を図りつつ,これを維持していくことを基本とする必要がある。 (イ) @海運産業が長期的に安定した良質な海上輸送サービスを提供し,確固たる経営基盤を確立するためには自らの船舶,船員,運航技術を具備する必要があること,A日本船は日本人船員の職域確保のため,また国際紛争等による船腹の需給の逼迫その他の緊急事態における輸送力確保のために必要であること,B日本船は環境保全上,安全確保上優れていることなどの理由から,今後とも,日本人船員の乗り組む日本船を商船隊の中核として位置づける必要がある。 (ウ) 同時に,我が国外航海運を維持していくためには,我が国商船隊が国際競争力を保持し,海運企業が国際競争に耐え得る力を保持していくことが前提である。 (近代化船を商船隊の中核に) (エ) 今後の商船隊のあり方としては,日本船の乗組員の少数精鋭化をより一層推進して,近代化船を整備増強し,これを商船隊の中核とすることを目指す。近代化をはじめとする種々の努力によっても国際競争力の回復が当面困難な船舶については,できるだけ日本籍船として維持を図るため,海外貸渡方式を含めて労使が検討すべきである。また,船員制度の改革や船舶の建造の促進に効果的な措置等国際競争力のある日本船の整備を促進するための施策が必要である。さらに,海運企業の船隊は,近代化船を中核としつつ,コスト競争力の強い外国用船等を含めた各種船舶を組み合わせて経営上のバランスがとれ,かつ,荷主のニーズにも十分対応できるものとし,全体として国際競争力を有するものとすることが必要である。 (優秀な日本人船員の確保) (オ) 今後の日本人船員に求められるものは,近代化船を運航するより高度な船舶運航技術者であると同時に,その有する技術を営業,情報システム,船隊の管理等の諸部門に活用できる技術者でもあることであり,このような一定数の優秀な日本人船員は,我が国外航海運の健全な発展にとって今後とも必要である。また,船員の過剰問題への対応は極めて緊急の課題であり,労使協議等によるあらゆる努力が必要である。 (船腹量の見通し) (カ) 65年時点における輸送需要に見合った我が国商船隊の船腹量を推定すると,現状程度の積取比率を維持することを前提とすれば,商船隊全体としては約5,000万総トン程度,このうち日本船は約2,900万総トン前後と見込まれる。このうち,近代化船は,約2,000万総トン(約350隻)程度まで増強されることが望まれる。 (必要な海運企業の経営活性化) (キ) 今後ますます激化が予想される国際競争の中で,我が国海運企業が生き残りを図っていくためには,海運企業経営全般にわたる減量・合理化を進めていく必要がある。また,新規分野への進出,財務戦略の多様化あるいは経営の多角化など企業経営を活性化させる方向が重要であり,国の諸規制についても見直し緩和を行う必要がある。さらに,国際競争に耐え得る我が国海運企業の企業基盤を確立し,近代化船の建造等の投資を促進するための措置が必要である。 (ク) 集約体制及び定期航路運営体制の見直し等の未審議事項については,審議会で更に引き続き検討していくこととする。 以上が今回の海運造船合理化審議会の答申の概要である。
ア 船員制度の近代化
船員制度の近代化は,船舶の技術革新に対応した新しい船内職務体制を確立するとともに,乗組員を少数精鋭化することにより日本船の国際競争力を確保し,あわせて日本人船員の職域の拡大を図ることを目的としている。 52年以来,船員制度近代化委員会の下で作成された新しい職務体制と就労体制の試案に基づき,実験船による実験を行ってきたが,58年4月には,この実験結果を受け,甲板部,機関部両部の職務を行う運航士及び船舶技士が乗り組む少数精鋭の近代化船が法制度化された。 現在65隻の近代化船が,三等航海士及び三等機関士の職に運航士を充て,また,船舶技士を乗り組ませることにより,全体で18人の乗組員体制で運航を行っているが,60年までには,近代化船は150隻余りに拡大される見込みである。 さらに59年8月からは,第2段階の実験として,二等航海士及び二等機関士の職に運航士を充てるとともに,乗組員を更に少数精鋭化する実験が開始された。 こうした高度な技能を有する少数の船員により運航される近代化船は,59年8月30日の海運造船合理化審議会の今後の外航海運政策に関する中間答申においても,将来の日本商船隊の中核として,重要な位置付けを与えられているので,今後とも船員制度の近代化を積極的に推進していく必要がある。
イ 船員の資格制度に関する国際的動向と国内対応
53年7月に,船員の資質を向上させることにより船舶の航行の安全を確保するため,船員の知識・技能に関する国際的な最低基準を定めることを内容とした「1978年の船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約」(STCW条約)が国際海事機関(IMO)において採択され,59年4月に発効した。 我が国は,57年5月にSTCW条約の18番目の締約国となり,その国内対応措置として,船員法及び船舶職員法の改正を行い,58年4月から施行した。 同条約ではその実効性を担保するため,締約国が外国船舶の船員資格,当直体制等を監督する,いわゆるポートステートコントロールの規定を設けており,我が国においても,今後,先進海運国としてこれに積極的に取り組み,その責務を果たしていく必要がある。 一方,IMOにおいては,現在,STCW条約の適用対象外である漁船の乗組員について,商船の船員に準じた訓練,資格証明及び当直に関する国際基準を定めること,並びに65年を目途として国際的な導入が予定されている「将来の全世界的な海上遭難安全制度」(FGMDSS)の下における新しい船舶通信士の訓練及び資格証明に関する国際基準を設定することについて検討が行われている。 我が国では,既にSTCW条約の国内実施に際し,船員法及び船舶職員法において,漁船の乗組員に対しても商船の船員と同様の基準を適用したが,FGMDSSの導入に伴う新しい船舶通信士の海技資格制度については,今後,IMOの審議の動向を踏まえつつ,適切な国内対応を図っていく必要がある。
ウ 船員教育体制の充実
船員制度の近代化を円滑に推進していくためには,近代化船に乗り組む優秀な船員を確保する必要がある。 このため,57年12月の海上安全船員教育審議会の答申の趣旨に沿い,近代化船における運航士及び船舶技士制度に対応した教育を実施することとし,教育カリキュラムの変更等の教育体制の整備が図られ,海技大学校,海員学校及び商船高等専門学校においては58年度から,商船大学においては59年度からそれぞれ新制度に対応した教育が行われている。
エ 船員雇用対策
船員の雇用を取り巻く環境は海上荷動き量の停滞,国際的な漁業規制の強化等の影響により,非常に厳しい状況が続いている。 このような状況にあっては,離職船員に対する雇用促進対策はもとより,雇用船員に対する失業予防のための雇用安定対策を併せて講ずる必要がある。 このため,運輸省では,雇用促進対策としては,特定不況海上企業等からの離職船員に対して,「船員の雇用の促進に関する特別措置法」等いわゆる離職者四法により再就職の促進と生活の安定を図るための諸施策を講じ,また,船員職業安定所のネットワークを活用して迅速かつ効果的な広域職業紹介を行っている。 一方,雇用安定対策としては,(財)日本船員福利雇用促進センターを活用して,日本人船員の外国船への配乗あっせんとこれに必要な技能訓練及び内部登用に必要な上級資格を受有させるための技能向上訓練等を実施するとともに,陸上での就業に必要な技能資格を付与するための海技大学校分校における技能講習を実施し,さらに,59年度からは中高年船員職業訓練として陸の職業訓練校への入学の途を開く等の能力開発事業を強力に推進している。
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