2 運輸における規制の見直し


(1) 運輸における規制の見直しの概要

 (運輸事業の特性と公的規制)
  運輸事業は,通勤・通学輸送,業務交通,生活交通等国民の足としての旅客輸送サービスや,引越・宅配貨物,生鮮食料品等の生活必需物資,機材,資材,工業製品等の産業物資等生活や産業活動に不可欠な貨物輸送サービス等を提供する事業であり,国民生活の安定向上及び社会経済の維持・発展に欠かすことができない公共的な事業として重要な役割を担っており,また各業種により差はあるものの,次のような特性を有している。
 @ 利用者の生命や財産の安全を確保する必要があるばかりでなく,第三者も含め特に安全の確保や環境の保全が要請され,したがって,事業の適正な運営が不可欠となること。
 A ストックがきかず,しかも需要に波動のある輸送サービスを不特定多数の者に安定的に供給する必要があること。
 B 過疎地,離島の交通の確保等シビルミニマム的性格を有すること。
 C 空港,港湾,道路等公的でありしかも空間的に制約された施設を利用する事業であり,限られた容量を効率的に活用する必要があること。
 D 労働集約性が強く生産性の向上の余地が少ない分野が多いこと。
 E 中小零細であるため経営基盤が脆弱な企業が多いこと。
  運輸事業については,このような特性を有することから,運輸事業の経営を自由な市場原理に委ねた場合には,需給のアンバランスに伴う輸送サービスの一方的な欠落や質の低下,運賃料金の極端な変動や不当な運賃料金の設定,安全・環境水準の低下等様々な弊害が生じることとなる。
  したがって,利用者が必要な輸送サービスを安全かつ良好な状態で,安定的,効率的に受けることができるようにするという運輸行政の目的を達成するため,おおむね次のとおり各種の規制が行われており,このような規制は,業種により強弱の差はあるものの,今後とも,何らかの形で必要であると考えられる。
 @ 利用者保護の観点からの規制(運賃料金規制,約款規制等)
 A 安全確保の観点からの規制(運航(行)管理者制度,乗務員の資格規制等)
 B 経営基盤の安定確保等事業の適正な運営の確保の観点からの規制(需給バランス等を配慮した参入規制,運賃料金規制等)
 C 非常時における輸送の確保の観点からの規制(運送命令等)
 D 上記の諸目的を担保するための規制(事業改善命令等)
 (規制の見直しの必要性)
  しかし,一方において,規制の具体的な内容や運用が時代の変化に対応できなくなったり,あるいは,日常の行政が許認可事務に埋没してしまったりしては,種々の弊害が生じることとなる。
  したがって,規制は行政目的達成のための手段であり必要最小限度の範囲であるべきとの認識に立って,運輸事業が経済社会情勢の変化に対応して,利用者の利便を増進する良質なサービスの提供に積極的に取り組んでいけるようにするとともに,国民負担の軽減等を図るため,そのあり方を常に見直す必要がある。
 (海外の動向)
  なお,海外においても,アメリカを中心に規制の見直しの動きがみられ,運輸関係でも,トラック,バス,航空等について規制の緩和が図られている。これらの規制緩和の効果に対する評価については,1983年アメリカ大統領経済諮問委員会年次報告のようにおおむね良好と評価しているものもあれば,倒産の増加や地域的なサービス供給の途絶の発生等のマイナス面を指摘するものもあり,まだ評価が固まっていないのが現状である。また,我が国と外国とでは,その輸送構造や規制の方法等が異なるため単純な比較は困難であるが,運輸省としても,規制りあり方の見直しに資するため,今後とも,海外の動向を注視していくこととしている。
 (検討委員会の設置と第1次報告)
  運輸省では,59年7月の大幅な機構改革を機として,同年9月省内に「事業規制その他の規制のあり方に関する検討委員会」を設置し,所要の検討を進めている。
  規制の見直しの手順としては,まず,許認可事務手続の簡素化,運用面の改善等の当面の合理化措置について早急に結論を得,実施できるものから速やかに実施することとし,60年3月末に第1次報告を取りまとめたが,その対象は,運輸の各分野に及んでおり,またその内容は,@規制の整理,緩和,運用の改善等,A技術水準の向上に対応した改善及びB行政手続の簡素化となっており,総件数は437件に及んでいる。
 (臨時行政改革推進審議会の答申)
  一方,臨時行政改革推進審議会においても,規制緩和の問題が取り上げられることとなり,運輸省としては,同審議会における審議にも対応しつつ,規制のあり方についての検討を進めてきており,60年7月,同審議会から「行政改革の推進方策に関する答申」が出され,そのなかで運輸関係の規制のあり方についても多くの指摘を受けている。その内容は,参入,約款,運賃及び設備等規制の各分野にわたっており,そのうち主なものを例示すると次のとおりである。

 ア トラック事業

     @ 区域トラック運送事業の事業区域の設定について,経済交通圏への拡大の推進を図る。
     A 近距離路線事業と区域積合事業あるいは区域限定事業と特定事業が同一の市場において混在していることなど,規制と現実との間にかい離が生じているので,事業区分の見直しを行うとともに,規制のあり方を検討する。

 イ バス・タクシー事業

     @ 大都市近郊における住宅団地等への深夜輸送対策として,i)バス終発時刻の延長,ii)深夜バスの導入,iii)乗合タクシーの導入を行う。
     A タクシーの増車を認める場合には,旅客に対するサービス等の業績を重視するなど,事業者の実態に対応したものとする。

 ウ 航空事業

     @ 東京,大阪等の主要空港の整備状況等を考慮しつつ,航空3社の事業分野の見直しを含む競争政策の導入を図るとともに,事業計画の認可等について緩和の方向で規制のあり方を見直す。
     A 地方の航空需要の変化に対応した地域内航空システム(いわゆるコミューター航空システム)を確立するため,同分野への参入の円滑化等を図る。

 エ 海上運送事業

     @ 39年に確立された外航海運集約体制をめぐる状況の変化や問題点に対応しつつ,集約体制に関する国の規制を極力少なくする。
     A 北米航路のスペースチャーター体制については,企業が最も適切な運航方法を自己の経営責任において選択することができるよう,弾力化を図る。
     B 船舶安全法に基づく大型船舶の検査については,(財)日本海事協会の活用範囲を拡大するなど,民間検査機関等の積極的活用を図る。
      また,以上のほか,運賃,料金規制に関して,営業割引の運用の弾力化や幅運賃,幅料金の採用等が,約款規制に関して,標準約款制度の導入や標準約款の制定,公示が,複数の事業について,指摘されている。
      なお,政府は臨時行政改革推進審議会の答申を受けて,60年9月,「当面の行政改革の具体化方策について」を閣議決定し,そのなかで,答申で指摘された事項等について,その実施のための具体的なスケジュールが決定された。
      運輸省としては,この閣議決定を踏まえ,答申で指摘された事項等を着実,かつ,計画的に実施に移すとともに,今後とも引き続き,経済社会情勢の変化に対応した規制の見直しを進めていくこととしている。

(2) 規制の見直しの主な具体例

  規制の見直しの主要な具体的事例は,以下のとおりである。

 ア 外航海運に係る規制の見直し

      39年に確立された外航海運集約体制をめぐる状況の変化や問題点に対応するため,60年6月の海運造船合理化審議会の答申を踏まえて,海運集約体制に関する規制を緩和し,海運企業が自律性を発揮し,活力ある企業経営が行えるようにした。
      また,北米航路のスペースチャーター体制については,前述の答申を受けて,企業が自己の経営責任において単独運航,共同運航等さまざまな方法の中で最も適切な運航方法を選択することができるようにした。

 イ 航空企業の運営体制の見直し

      我が国航空企業の運営体制については,45年閣議了解及び47年運輸大臣達(いわゆる「45・47体制」)に基づき,日本航空が国際線及び国内幹線全日本空輸が国内幹線ローカル線及び近距離国際チャーター,東亜国内航空が国内ローカル線及び幹線を運航することとなっているが,その後の航空をめぐる内外の社会経済情勢の大きな変化に対応して,航空企業の運営体制のあり方を見直すこととし,60年9月には,運輸政策審議会に,「我が国航空企業の運営体制のあり方に関する基本方針について」を諮問し,現在,同審議会において航空部会を設けて,審議が進められている。

 ウ 運賃の営業割引についての運用の弾力化

      国内航空運賃の営業割引については,利用者の運賃負担の軽減と需要喚起を図る観点から事業者の創意が活かされるよう,60年2月,その運用の弾力化を図ることとした。これを受けて,60年6月,航空会社から申請のあった年末年始夫婦割引,受験生割引等の導入,団体包括旅行割引等の拡充について,速やかに認可し,各種割引運賃の充実が図られることとなった。
      また,乗合バスの運賃及び旅客船の運賃についても,60年6月,利用者利便の向上と需要の喚起を図ることを目的として,運賃に係る営業割引についての運用の弾力化を図った。

 エ 標準約款制度の導入等

      自動車運送事業,旅行業等については,既に標準約款制度(運輸大臣が標準約款を定め,これを公示し,事業者がこれと同一の約款を用いる場合には,約款の制度に係る認可等の手続を要しないこととする制度)が導入されているが,この制度を旅客船事業及び倉庫業についても導入することとし,このための海上運送法の一部改正法案及び倉庫業法の一部改正法案を「許可,認可等民間活動に係る規制の整理及び合理化に関する法律案」の一部として,60年10月,臨時国会に提出した。
      また,既に標準約款制度が導入されているトラック運送事業についても,最近における宅配便の進展を背景として,主として利用者の保護の充実を図る観点から,60年9月,宅配便について新たに標準運送約款を制定,公示した。

 オ その他

     @ 民間検査機関等の積極的活用の観点から,船舶安全法に基づく大型船舶の検査について,(財)日本海事協会の活用範囲を拡大することとし,このための船舶安全法の一部改正法案を「許可,認可等民間活動に係る規制の整理及び合理化に関する法律案」の一部として,臨時国会に提出した。
     A 以上のほか,省内検討委員会の第1次報告の内容については,その後の追加改善事項200件を含め,「運輸省関係行政事務の簡素合理化及び整理に関する省令」(60年4月及び6月公布)等により,逐次実施に移しており,これによりi)規制の整理,緩和,ii)技術水準の向上に対応した改善,iii)各種申請書類,報告書類の簡素化と提出部数の削減等の行政手続の簡素化を図った。

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