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 平成16年は,我が国の海難史上で最大の犠牲者を出した「青函連絡船洞爺丸の遭難」(昭和29年9月26日)から丁度50年目に当たっていました。奇しくもこの年に,観測史上最多の台風が上陸し,各地に浸水や土砂の流出による大きな災害の爪痕を残し,海上においても,船舶が走錨して浅瀬に乗り揚げたり,転覆・沈没したりして尊い人命と貴重な財産が失われました。
 そこで,海難審判庁は,台風海難防止の一助にするため,平成16年に上陸した台風によって発生した海難をはじめ,過去の台風海難から得られた教訓などのほか,旅客船,フェリー及び内航船に対するアンケート調査結果から明らかとなった台風避難の実態や,錨泊限界についてのシミュレーション計算結果などを取りまとめ,今般,「海難分析集(台風と海難)」を発刊しました。

第1 台風に伴う海難の発生状況
第2 台風海難の事例
第3 台風避難アンケート
第4 特別寄稿 台風下における内航船の錨泊に関する検討
第5 シミュレーション計算結果と錨泊限界
台風避難時の注意事項と錨泊地情報

 第1 台風に伴う海難の発生状況
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 平成16(2004)年に上陸した台風は10個で,観測史上最多(平年2.6個)となり,うち7個の台風が瀬戸内海を通過し,室戸岬,広島及び石廊崎の各気象官署では最大瞬間風速が60m/sを超えるなど,日本各地で暴風が吹き荒れた。

※実線は台風,破線は熱帯低気圧又は温帯低気圧を示す。
※期間は,日本上陸日から温帯低気圧などに変わった日,最大風速及び最大瞬間風速については
 各気象官署における最大の数値をそれぞれ示している。

*台風18号と23号による主な海難
 外国船の海難で多くの犠牲者が!
 台風18号では,九州と中・四国地方が台風進路の右半円に入り,特に,瀬戸内海では長時間にわたって暴風が吹き荒れ,山口県笠戸島沖で錨泊中の貨物船トリ アルディアントが乗り揚げて,乗組員20人全員が死亡・行方不明となったほか,広島港内で岸壁係留中の貨物船ブルーオーシャンが沈没し,乗組員4人が死亡した。
 また,台風23号では,富山湾で錨泊中の練習帆船海王丸が走錨して乗り揚げ,30人が負傷したほか,伏木富山港内で岸壁係留中の旅客船アントニーナ ネジダノバが,避難時機が遅れて離岸できなくなり,そのまま転覆した。
 第2 台風海難の事例
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 Case in 1954  青函連絡船の遭難と海難原因の究明
     洞爺丸:青函連絡船 4,337トン 乗組員111人 乗客等1,203人 貨車等12両 函館港→青森港
     発生日時・場所:昭和29年9月26日22時45分 函館湾(台風避泊中)
     沈没時の気象等:雨 南西風 風速20m/s 波高3m 低潮後1時間
     死亡・行方不明者:1,155人(乗組員73人 乗客1,041人 国鉄職員等41人)
海難の概要
 青函連絡船の洞爺丸は,台風15号が接近する中,函館港函館桟橋を出港し,青森港に向かった。しかし,函館港外は既に大時化となっていたので函館湾で避泊したが,強風と波浪のため走錨し,函館湾七重浜沖合の浅瀬に乗り揚げ,転覆・沈没して乗客等計1,155人が死亡・行方不明となった。
 また,このとき,青函連絡船の「第十一青函丸」「北見丸」「十勝丸」「日高丸」の4隻も函館湾で相次いで沈没し,4隻の乗組員計275人も死亡・行方不明になった。
 第3 台風避難アンケート
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1 アンケート調査の実施
(1) 対象船及び調査期間
 平成16年の上陸台風10個のうち,いずれかの台風で避難し, 無事に凌ぎきったフェリー等及び内航船を対象に,平成17年1〜3月の3箇月間実施した。
(2) 調査項目
 上陸台風のうち,影響が大きかった台風(1〜3個)を選び,その時の避難方法,錨地の選定,錨泊状況,走錨の有無,台風避難に際して注意した事項など,約40項目にわたって調査を行った。

2 回答結果
 延べ872隻から回答 100トン以上の825隻分を分析
 延べ872隻から回答(1隻から複数の回答もあり,延べ回答数を示す。)があり,そのうち,100トン以上のフェリー等及び内航船825隻の回答について分析した。
 船種別では,フェリー等が296隻,内航船では,油タンカーが228隻,ケミカル・特殊タンカーが148隻,一般貨物船が78隻などとなっている。
 また,トン数別にみると,フェリー等では3,000トン以上からの回答が121隻と最も多く,次いで,700〜3,000トンが115隻,100〜700トンが60隻となっている。内航船では,700〜3,000トンが156隻と最も多く,次いで,200〜500トンが145隻,3,000トン以上が116隻などとなっている。
3 避難状況
 避難状況をみると,錨泊によるものが706隻(86%)で,フェリー等の214隻(72%)と内航船の492隻(93%)がそれぞれ錨泊して台風を凌いでいる。また,フェリー等では,錨泊すると風圧面積や振れ回りが大きく走錨のおそれがあるとして, 70隻(24%)が専用の岸壁・桟橋などに係留していた。
 フェリー等では72%,内航船では93%が錨泊
4 錨泊方法
 フェリー等214隻の錨泊方法をみると,単錨泊が117隻(55%),双錨泊が97隻(45%)となっており,3,000トン以上の大型船では単錨泊が多く,700〜3,000トンの中型船では係駐力を確保するため双錨泊が多くなっており,100〜700トンの小型船では半々となっている。
 また,内航船492隻では,単錨泊が184隻(37%),双錨泊が308隻(63%)となっており,3,000トン以上の大型内航船では,単錨泊・双錨泊とでほぼ同数であるが,中小型船では双錨泊の方が多くなっている。
 フェリー等では55%,内航船では37%が単錨泊
5 海域別の錨泊状況
 全錨泊船700隻(錨地不明の6隻を除く。)の錨泊海域をみると,瀬戸内海(大阪湾を除く。)が342隻(49%),東京湾が82隻(12%),伊勢湾及び三河湾が68隻(10%),大阪湾が63隻(9%)などとなっている。
 また,回答数が多かった函館湾,陸奥湾及び青森湾,東京湾,伊勢湾及び三河湾,大阪湾,香川県小豆島周辺,高松港沖,燧灘,広島湾及び呉港,山口県上関周辺,徳山下松港付近,周防灘,福岡湾並びに八代海の14海域について,それぞれ海域ごとに錨泊状況を取りまとめた。
* 東京湾
 東京湾では,82隻のほとんどが水深20mより浅い海域で錨泊しており,9隻が走錨し,そのうち6隻が東京湾を縦断した台風22号によって走錨している。
 海上保安庁の発表によると,「台風22号の通過時に東京湾で錨泊していた373隻のうち90隻が走錨したが,海難に至らなかった。」とされている。
 台風22号で走錨した6隻(うち5隻が右半円)は,いずれも機関を使用していたが,風速40m/sで走錨している。 また,走錨しなかった7隻が,台風22号通過時に最大瞬間風速50〜57m/sを観測している。



6 錨泊方法と走錨の実態
 アンケートでは,双錨泊における錨鎖の角度,風や波を受ける方向,機関の使用方法などについては調査しておらず,また,船舶の大小や錨地の条件が異なる中で分析するには,調査項目や回答数が決して十分とは言えないが,ここでは,フェリー等及び内航船の錨泊方法,水深D(m)と使用錨鎖の長さ,風速と波高との関係などの錨泊実態から,機関を使用しなくても走錨しない目安と走錨危険ライン,さらに,機関を使用しても走錨に至る錨泊限界について検証してみる。 
 この中で,60年以上前の旧日本海軍の艦艇が錨鎖長の目安としていた略算式『4D+145m』『3D+90m』について,錨泊実態と対比しながら,それぞれの錨泊方法や風向風速・波高といった外乱条件ごとに,錨泊の限界などについて検証を進めて行くことにする。
 なお,風速及び波高については,走錨船にあっては走錨時の風速と波高を,非走錨船にあっては錨泊中における最大瞬間風速と最大波高を示す。
(1) 単錨泊
 単錨泊していたものは301隻で,そのうちフェリー等が117隻,内航船が184隻となっている。比較的条件の良い錨地で錨泊していて機関を使用しなかった165隻では,わずか10隻が走錨しただけであったが,一方,機関を使用した136隻では,半数近い65隻が走錨している。走錨時の風速と波高についてみると,機関不使用船では,風速の平均が27m/sと平均波高が2mであるのに対し,機関使用船では,35m/sと3mと大きな差があり,台風の進路に近く,風が極めて強かったため,機関を使用して凌いでいたことがうかがえる。
(2) 双錨泊
 双錨泊していたものは405隻で,そのうち,フェリー等が97隻,内航船が308隻となっている。(双錨泊での錨鎖の節数は,片舷の錨鎖の節数をいう。)
風速40m/sを超えると機関使用でも走錨率が急上昇! 双錨泊での限界風速か?
 双錨泊としていた405隻のうち,機関不使用が250隻(走錨船6隻),機関使用が155隻(走錨船60隻)となっており,双錨泊として係駐力を確保し,かつ,機関を使用していたものの,それでもなお4割が走錨している。また,機関不使用船では,錨地での風速の平均が33m/sで,平均波高が2.2mであったのに対し,機関使用船では,39m/sと2.8mとなっていることから,風速40m/sは,もはや双錨泊でも限界風速と言うことができる。


 第4 特別寄稿 台風下における内航船の錨泊に関する検討
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 内航船の錨泊時の安全性に関連して,台風のような厳しい海象条件下における錨泊時の振れ回り運動等に及ぼす外乱の影響について,シミュレーション計算に基づいて検討を行った。
 本検討では,種々の条件について仮定を設けている。即ち,まず船体の振れ回り運動において錨鎖の運動は考慮せず,いわゆる横運動のみを考慮している。また,内航船の主機特性,プロペラ性能等については標準的な性能・特性を考慮している。さらに,振れ回り運動中の錨鎖の運動やそれらの運動に伴う係駐力の変化等は考慮していない。従って,厳密にはこのような要素が錨泊時の船体の振れ回り運動や走錨等に影響を及ぼすことも考えられるが,ここでは概略の目安として,風や波などの外乱が船の振れ回り運動にどの程度寄与するのかについて検討している。
 計算対象船とした499型一般貨物船については,単錨泊の場合には錨鎖の節数を増やしても走錨を生じる外乱の条件に大きな差は現れなかった。一方,双錨泊の場合については,単錨泊の場合よりも厳しい外乱条件下での錨泊が可能となるという結果が得られた。749型油タンカーについても,499型一般貨物船と同様な傾向が見られた。694型カーフェリーについては,他2隻の計算対象船と比較して風圧面積が大きいため,風による影響を大きく受け,単錨泊の場合には走錨を生じやすくなるが,双錨泊の場合には,錨鎖の節数を増加させるにつれて走錨を生じることなく錨泊が可能となる外乱の条件の範囲が広がるという結果が得られた。


 第5 シミュレーション計算結果と錨泊限界
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単錨泊では,波高が高くなると錨鎖6節と8節で錨泊可能範囲に大きな差が出ない
 → 波漂流力の影響で錨鎖にかかる張力が大きく,錨鎖の着底部分が増加しない
 → 係駐力の増加に繋がらない
 シミュレーション計算結果についてみると,単錨泊では,錨鎖長の略算式3D+90mに相当する6節から4D+145mに相当する8節に錨鎖を2節伸ばしても,錨泊可能範囲(非走錨)は,6節の場合とほぼ同様の結果を示しており,錨泊可能範囲が大きくは広がらない。これは,錨鎖を長くすると,着底部分が増してその部分の係駐力が増加することになるが,風圧力に比べて波浪による波漂流力の影響が大きく,波高が高くなるに従って錨鎖に働く張力が著しく増加するため,着底部分が少なくなり,全体として係駐力に十分な余裕が発生しないことによるものである。もちろん錨鎖を長くすることで,カテナリー長が十分に長くなって錨鎖に加わる衝撃力を緩和することができるなど,走錨防止に一定の効果があることは言うまでもない。

双錨泊では,カーフェリーでも姿勢が安定
 風圧面積が広く,単錨泊では振れ回りが大きいカーフェリーも,双錨泊とすることで船体姿勢が安定し,錨泊可能範囲が大きく広がることから,最大風速時の風向に対して双錨泊として錨鎖を十分に伸ばし,可変ピッチプロペラやスラスターをフルに活用すれば,かなりの荒天を凌げるのではないかと思われる。

風に対する遮蔽があり,うねりが侵入しない底質良好な錨地であれば,
   風速20m/sまでなら略算式3D+90m,30m/sまでなら4D+145mを
   錨鎖伸出量の目安とすることができる
 アンケートにおいては,シミュレーション計算条件のうち,風や波の方向,双錨泊時の錨鎖の角度,機関の使用区分などが不明のため,両者の結果を正確に比較することはできないものの,アンケートの中で類似した条件を持つ回答を抽出し,シミュレーション計算結果と走錨の有無について比較したところ,37隻中26隻(70%)がほぼ合致した。
 また,アンケート結果からみた錨泊可能条件と走錨危険ライン及びシミュレーション計算結果からみた錨泊限界は,下表のとおりである。
 これらを総合すると,60年以上前に旧日本海軍が錨鎖伸出量の目安としていた略算式は,現在においても,良好な錨地において単錨泊する場合には,風速が20m/sまでならば3D+90(m)を,風速30m/sまでならば4D+145(m) をそれぞれ錨鎖伸出量の目安とすることができる。

 台風避難時の注意事項と避泊地情報
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 アンケートの参考事項欄に,台風避難の方法や避泊地の情報等が寄せられており,その主なものを避難海域別にとりまとめた。
 東京湾




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