国土交通省
III 今後の鉄道整備の支援方策のあり方
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 IIの今後取り組むべき鉄道整備のあり方を踏まえ、今後の鉄道整備の支援方策のあり方について検討を加えることとする。

1.検討にあたっての立脚点

 鉄道は、公共交通機関として国民の日常生活を支えるとともに、地域の交通利便性の飛躍的向上等の地域社会の変革や大規模な空間の効率的占有を通じて、国土構造や都市構造のあり方等をも規定する、我が国社会経済活動にとって極めて重要な社会資本である。
 このため、将来の鉄道のあり方は、土地利用や都市整備、また、地域活性化方策のあり方等をはじめとして、個々のプロジェクトの動向等に対しても大きな影響を与えるものである。

 また、冒頭にも述べたように、地球環境問題の解決が国際的にも最重要の課題となっている今日、我が国においても、これまでのような自動車交通への過度の依存を改め、環境に与える負荷が小さく、安全な交通体系の形成を推進することが必要となっている。
 特に、地方中核都市圏等においては、先に述べたように、鉄道以外にも、バス、自家用自動車等多様な交通手段が活用され、これらが一体となって都市交通体系を形成しているが、鉄道の一層の活用を図るとともに、鉄道とバスの乗り継ぎの円滑化等による公共交通機関を中心とした総合的な交通体系の確立を図るという観点が、地球環境問題への貢献を果たす上でも重要である。
 このため、公共交通機関、とりわけ鉄道の一層の活用を図るという視点が極めて重要となっている。

 我が国における鉄道ネットワークの整備は、これも既に冒頭に述べたように、今日では、基本的には、ほぼ概成している状況にあるが、利用者の立場から見た使いやすさや、利用者に提供されているサービスの質という面では、なお多くの課題が残されている現状にある。
 このため、今日と将来にわたる利用者ニーズに的確に対応し得る、利用しやすく高質な鉄道ネットワークの構築に向けた整備を、今後とも推進していくことが必要となっている。

 ここで、我が国における鉄道という社会資本の供給、すなわち鉄道整備の系譜について、明治以降今日に至るまでの100有余年を概観すると、概ね次の通りである。
 受益と負担の関係に着目すると、いずれの時代においても、基本的には、利用者負担により整備に要する費用を賄うことで収支採算性を確保することが原則となっているところである。
 鉄道という財そのものの絶対量が不足していた時代には、国が主力となり、これを民間鉄道事業者が補完していたが、やがて明治末期には、幹線鉄道の整備は国の直轄事業として一元化された。
 その後、全国的な鉄道ネットワークの形成については国及び国鉄が、それ以外の地域内の交通については他の鉄道事業者が、それぞれ、主として担った時代が長く続いた。
 その際、大都市圏の通勤・通学輸送については、民間鉄道事業者が、都市圏の拡大に対応した沿線地域開発と一体化しつつ、都心部から都市郊外部に向けた鉄道整備を行い、国鉄もまた、通勤・通学旅客の増加に対応した都市圏内の鉄道整備に取り組んできた。
 他方、開発利益の内部化が困難な都市内鉄道である地下鉄事業については、資本費負担が極めて大きく、かつ、収支採算性の確保に極めて長期間を要するため民間鉄道事業者による実施が困難なことから、都市交通政策の一環として、地方公営企業が中心となって行ってきた。
 収支採算性を軽視した鉄道整備が頻繁に行われた等の結果、国鉄は破綻に至ったが、昭和62年の国鉄改革による国鉄の分割・民営化により、国鉄改革以降の近年の鉄道整備は、JRを含めた民間鉄道事業者が収支採算性の確保を前提として必要な鉄道を整備していくことが、基本となっている。
 さらに、今般の需給調整規制の廃止等に係る鉄道事業法の改正や、今後のJRの完全民営化の実施等により、民間鉄道事業者主導による整備という流れは、さらに定着するものと考えられる。

 このように、鉄道整備を誰の判断と責任で行うかは、時代とともに変遷してきているが、戦後、特に都市鉄道の分野において、利用者負担を原資にしつつ民間鉄道事業者が主体となって鉄道整備を積極的に進めることができたのは、高度経済成長に支えられて輸送需要が大幅に増加してきたことや、沿線地域開発等により外部効果を内部化することが可能であったことによるところが大きいと考えられる。

 しかしながら、今後の鉄道整備においては、
 近年の輸送需要の低迷、総人口の減少や少子・高齢化の進展等を背景とした、収益力が見込まれる路線の減少、
 沿線地域開発が成熟してきたことに伴う開発利益の内部化の困難化、
 市街化の進展等による建設費の高騰、建設期間の長期化、導入空間確保の困難化、運賃改定の困難化等とあいまった収支採算性の確保の困難化、
 利用者ニーズに応えるための在来幹線鉄道の高速化のための投資、通勤・通学混雑を緩和するための輸送力増強投資、高齢化社会に対応したバリアフリー投資、老朽化した既存施設に対する維持更新投資、駅の大規模改良や連続立体交差化事業等の都市整備との連携事業など、社会的必要性が高く利用者利便の向上にはつながるものの、鉄道事業者の収益向上には直接つながりにくい整備の必要性、
 鉄道ネットワークが基本的には概成したことに伴う近傍既存鉄道事業者等との調整の困難化
などを受けた先行きの不透明感を背景として、鉄道事業者の投資環境が悪化している。

 このため、利用者負担を原資にした民間鉄道事業者主導による整備に多くを期待することができなくなっており、このような整備手法が限界に近づきつつあるのも事実であると考えられる。
 換言すれば、健全な経営の確保を前提とした、民間鉄道事業者による従来のような積極的な投資のみに期待する場合、今後社会的に必要とされる鉄道整備が適時適切に行われないか、あるいは不足する等の事態が生じるおそれが生じてきている。

 今後の鉄道整備においては、こうした制約条件の中で、IIに述べたような取り組みを円滑に進めていくことが必要となっている。

 このため、今後の鉄道整備については、適切な水準の利用者負担を引き続き求めるという基本はいささかも変わるところはないものの、鉄道が極めて重要な社会資本であるという原点に今一度立ち返って、必要な整備を円滑に推進する観点から、民間鉄道事業者による整備が期待しがたい場合においてはその範囲内で公的主体(国及び地方公共団体)がこれを補完するため、適切にその役割を果たすことが求められている。
 この点は、今後とも民営化の進展など民間鉄道事業者主導による整備が基本であるだけに、今後の鉄道整備にあたっての重要な政策課題となっている。

 ただし、その際、とりわけ次の点に留意することが必要と考えられる。
 鉄道事業は、その便益を享受する利用者(乗客)が特定可能であり、したがって、原則として当該利用者の負担により整備に要する費用を賄うことが、公平の観点から見て重要であること。ただし、新線建設等の場合にあっては、近傍既設路線の運賃との間に著しい格差が発生しないよう留意すること
 国鉄が破綻に至った経緯を十分に踏まえ、厳格な費用対効果分析等を行い、収支採算性や効率的な経営の確保の観点から見て過大な設備投資が行われるようなことがないよう、効率的かつ重点的な整備を行うこと
 とりわけ、高速道路や航空等他の交通機関の今後の整備の進捗とこれによる利便性の向上など、他の交通機関との関係については十分考慮すること
 新線建設等や他の交通機関の利便性の向上が近傍既設路線に係る投資効果の減殺や運行回数の減少等のサービス水準の低下をもたらす可能性があることにも留意し、全体としての鉄道ネットワーク機能の強化を図ること
 需給調整規制の廃止等を通じた、市場原理に基づく鉄道事業の効率化、活性化という流れに違背することのないこと
 公的主体と民間鉄道事業者との間及び公的主体間の適切な役割分担を踏まえること

 以上述べたように、民間主導による整備を基本としつつも、これに期待しがたく、政策的に特に重要なプロジェクトについては、その範囲内で公的主体が適切に民間鉄道事業者の役割を補完することが必要と考えられる。

2.今後の鉄道整備の支援方策に関する基本的考え方

 (1)政策目標等のあり方

 今後の鉄道整備については、これまで述べてきたような考え方に則り、1.に述べた立脚点を踏まえつつ、国、地方公共団体及び鉄道事業者の三者が一体となって、中長期的に達成をめざすための共通の政策遂行上の目標を設定することが必要となっている。
 また、このような共通の「政策目標」のうち政策的に特に重要なものについては、国が「整備水準」として数値による指標を設定・公表することにより、国民にわかりやすく、かつ、明確に提示することが必要である。

 すなわち、これらの政策目標や整備水準を国民に提示することで、その達成に向けて、国、それぞれの地域の交通政策に携わる地方公共団体及び鉄道サービスを日常的に利用者に提供している鉄道事業者の三者が一体となって、共通の目標の下で鉄道整備に積極的に取り組むことが期待できると考えられる。

 このような意味で、今後の鉄道整備については、IIに述べた取り組みのあり方を踏まえ、次のような政策目標を掲げることが適当と考えられる。
<幹線鉄道に関する政策目標>
 全国高速交通体系の一翼を担うとともに、幹線鉄道ネットワークの骨格として重要な役割を果たす新幹線については、その重要性に鑑み、整備新幹線の着実な整備を進める。
 一方、新幹線(整備新幹線を含む)の効果を直接享受することができない地域については、概成している在来幹線鉄道の高速化を図るとともに、これらの在来幹線鉄道と新幹線とのアクセス性の向上や接続の円滑化(新幹線直通運転化等)等を図ることにより、新幹線と在来幹線鉄道とが連携した広域的な幹線鉄道ネットワークを構築する。
 また、地域間の連携強化に資する在来幹線鉄道については、鉄道特性を発揮しうる輸送分野において、高速化や利便性の向上等を図ることにより、その有効活用を図る。

<空港アクセス鉄道に関する政策目標>
 都市圏と国内外との交流の円滑化に資するため、主要空港のアクセス鉄道については、航空輸送の高速特性が十分発揮されるよう、速度、頻度等の点において、利便性の一層の向上を図る。

<都市鉄道に関する政策目標>
 大都市圏における鉄道は、大都市の機能を支える都市の装置であり、通勤・通学輸送のみならず、豊かで快適な都市生活を営む上で欠かすことのできない基幹的かつ必須の交通機関であることから、通勤・通学混雑の緩和、特に最混雑時間帯における速達性の向上(到達時間の短縮)、乗り継ぎ利便の向上、さらには、望ましい都市構造等のあり方を支える鉄道ネットワーク全体としての利便性の向上等を図る。
 地方中核都市圏における鉄道は、通勤・通学輸送や業務活動等の日常生活を支える重要な交通機関であるが、自動車交通を含めた都市交通全体の円滑化等を推進する必要があることから、鉄道の一層の活用を促進するため、鉄道機能やサービスの向上等を図るとともに、他の交通機関や都市整備との連携を一層強化する。

 また、政策目標のうち政策的に特に重要なものについては、これを実効あらしめるため、3.及び4.に具体的に述べるように、国が、地方公共団体、鉄道事業者等の関係者の意見を聴きつつ新たな整備水準を設定することが適当であり、その上で、公的主体が適切に民間鉄道事業者の役割を補完しつつ鉄道整備を推進することが必要である。

 以上述べたように、政策的に特に重要なプロジェクトとは、新たな整備水準の達成に向けて、その整備を推進する必要があるものであり、これについては、適切な水準の利用者負担を引き続き求めつつ、民間鉄道事業者による整備が期待しがたい場合においてはその範囲内で公的主体が適切に民間鉄道事業者の役割を補完することが必要と考えられる。

 さらに、上に述べた新たな整備水準を踏まえ、今後の鉄道整備をそれぞれの地域において個々具体的に進めていく上では、必要に応じ、それぞれの地域の実情に即した鉄道整備を推進するにあたっての整備方針を、地元協議会等の場において、国、地方公共団体及び鉄道事業者等の関係者が共同して策定することが適当である。

 なお、鉄道の分野においても、健全な競争関係を確保し、市場原理に基づいた利用者サービスの向上を図っていくためには、現在提供されている鉄道サービスの状況について、客観的かつ多面的に把握し、可能な限り体系的に利用者に開示・情報公開することにより、利用者ニーズの顕在化や利用者による評価を通じて、鉄道サービスの改善を促進していくことが必要である。
 このため、国、地方公共団体及び鉄道事業者による官民一体となった努力により達成し、提供されている鉄道サービス水準の現状については、IV2.に改めて述べるように、国が、「利用者サービスに関する指標」として、利用者に公表していくことが適当と考えられる。

 利用者サービスに関する指標が定着し、より成熟したものになれば、利用者サービスの一層の向上を図るため、地方公共団体、鉄道事業者等の関係者の意見を聴きつつ、その一部を、現状の改善に関する新たな整備水準として位置づけることも検討すべきである。

 (2)官民及び公的主体間の役割分担のあり方

 これまでも述べてきた通り、今後の鉄道整備についても、(1)に述べた政策目標等を踏まえつつ、民間鉄道事業者が、その経営判断に基づき、必要な整備を推進することが基本と考えられる。

 しかしながら、民間鉄道事業者による整備が期待しがたい場合において、整備すべき政策的に特に重要なプロジェクトについては、新たな整備水準の達成に向けて、その範囲内で公的主体が適切に民間鉄道事業者の役割を補完する必要があり、その際の公的主体間の役割分担に関する基本的考え方は、概ね次の通りである。
 影響が広域に及び規模が大きく、全国的見地から見て重要な整備新幹線の整備については、国が引き続きイニシアティブを発揮し、地方公共団体がこれに応分の負担を行うことにより協力することが適当
 我が国の幹線交通軸としての機能を担うとともに地域的な交通にもその役割を果たす主要在来幹線鉄道の高速化や、航空輸送とあいまって高速交通体系を形成することにより地域の活性化にも大きく寄与する主要空港のアクセス鉄道については、その整備の推進にあたり、国が地方公共団体と共同して取り組むことが適当
 地域的な交通を担う都市鉄道の整備については、その推進にあたり、新たな整備水準に照らし国が地方公共団体に対して支援を行いつつ、共同して取り組むことが適当。このため、国としては、支援制度の改善等の環境整備を適時適切に行うことも重要な責務
 ただし、地域的な交通を担う都市鉄道の整備であっても、政策的重要性は高いものの、旅客流動が広域にわたるため、民間鉄道事業者やこれを補完する地方公共団体だけでは整備の推進が期待しがたいプロジェクトについては、広域的な旅客流動の実態、事業規模等を勘案しつつ、国も、単なる環境整備にとどまらず、より積極的な役割を担うことが必要であり、その推進にあたり、国が地方公共団体と共同して取り組むことが適当

 国と地方公共団体の具体的な支援方法等については、上に述べたような国と地方公共団体との役割分担を踏まえて決定することが適当である。

 (3)現行支援制度の見直しにあたっての基本的考え方

 現行支援制度は、それぞれの鉄道の性格や機能に応じ、また、長い沿革と経緯の下で、徐々に築き上げられ、蓄積されてきたものであり、今日においても、これらの点を十分に踏まえる必要があるが、他方、(1)に述べた政策目標等のあり方及び(2)に述べた官民等の役割分担のあり方に鑑み、支援制度のあり方については、適時適切に見直しを図っていくことが基本的に重要である。

 この点で、今後とも、民間主導を基本として鉄道整備を推進するにあたっては、新たな整備水準に照らし必要がある場合には、まずは、その社会的必要性に鑑み、公的主体が民間鉄道事業者に対して適切なインセンティブを付与することができるよう、現行支援制度を常に見直すという視点が重要と考えられる。
 民間鉄道事業者に対して民間の資産形成に直結するような資金を国が直接投入することは現時点では困難であるが、より効率的な整備を図るため、従来のインフラ整備に対する支援方策の充実や民間鉄道事業者に対する新たな支援方策については、引き続き、幅広く検討する必要がある。

 また、公的主体が主導して鉄道整備を行う場合において、PFI(Private Finance Initiative)方式は、鉄道整備に要する投資規模の巨額さや懐妊期間の長さ等から直ちに活用することが困難な面もある。しかしながら、PFI法にみられるように、官民の責任分担やリスク分担を予め明確化する中で、民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用するとともに、財政資金の効率的な使用を図り、利用者に高質の輸送サービスを提供することが期待できるような場合については、この方式により整備を推進することについても検討することが必要である。

 さらに、例えば、
 公的主体が民間能力を活用して第三セクター方式により鉄道整備を行う場合においても、その整備を着実に推進するため、公的主体が自ら行う場合における支援のあり方を勘案しつつ、現行の支援制度について適切な見直しを行うこと
 都市機能の向上を図る上で重要な役割を果たすことが期待できる地上鉄道の整備に対しては、地下鉄整備の場合における支援のあり方を勘案しつつ、支援制度を適切に見直すこと  等
が必要である。

 また、公的主体の主導により行われる、民間鉄道事業者の役割を補完する鉄道整備については、必要に応じ、鉄道事業の収支採算性を見込む上で前提となる償還期間等のあり方についても、適切な見直しを図るべきである。

 さらに、都市整備との連携を推進するとともに、バリアフリー化やシームレス化の推進にも資する次のような整備に対しては、道路・都市部局の協力も得つつ、支援制度の充実を図ることが必要である。
地方中核都市圏等におけるLRT等の整備
駅及び駅周辺地域の総合的な改善
連続立体交差化事業
踏切道の改良  等

 このほか、現行支援制度については、鉄道整備の「社会的効用」(例えば、移動時間の短縮や快適性の向上等の利用者便益の向上、都市整備への寄与等)に着目した見直しを図るべきとの指摘や、鉄道整備を効率的に行わせるようなインセンティブが働きやすい補助制度とすべきとの指摘、さらには他省庁との連携を視野に入れた奨励的な制度を設けるべきとの指摘などもあり、これらの指摘についても、さらに検討する必要がある。

 なお、鉄道整備を進めるにあたっては、今後ますます、住民等の広汎な理解を得ながらこれを行う必要性が高まってくるものと考えられるため、整備計画案の策定の段階から、整備の費用対効果、整備財源、運賃水準等に関し、住民等に対する情報公開や住民意思の確認等を適切な方法で行うとともに、事業費の増嵩、輸送需要の低迷等に対する対処のあり方を明確化することが必要である。

 (4)整備の方式に関する基本的考え方

 (3)に述べた現行支援制度の見直しにあたっての基本的考え方を踏まえ、民間主導により鉄道整備を推進することを基本としつつも、政策的に特に重要なプロジェクトについては、公的主体が適切に民間鉄道事業者の役割を補完するため、現行の、第三セクターに対する補助等を通じた支援という形で積極的に関与する方式も必要に応じ活用することが必要である。
 また、公的主体の主導性がより強いものとして、地方公営企業による第一種鉄道事業としての鉄道整備は、引き続き有効な方式と考えられる。

 ただし、以上のような整備の方式や民間鉄道事業者に対する支援方策の見直しだけでは整備が困難な場合には、公的主体等がインフラを整備し、運行は運行事業者が効率的に行う「上下分離方式」も、整備の方式として検討する必要がある。
 このように、ここでは、運行事業者とインフラの整備主体とが原則として別人格であって、インフラの整備に公的主体が関与する場合を、広く上下分離方式と呼称することとする。

 上下分離方式は、インフラ整備の財源等に着目して理念的に大別すれば次の二方式に整理されるが、公的支援のあり方という点から見ると実質的には連続的なものとも考えられる。
「償還型上下分離方式」
 公的主体等が整備したインフラを運行事業者との契約等により有償で貸し付けること等により、最終的には、整備に要する資本費の全部又は一部は運行事業者や利用者において負担
「公設型上下分離方式」
 公的主体自らの財源によりインフラを整備・保有し、運行事業者を確保した上で、これを一定の考え方に基づき運行事業者に対して貸し付け

 上下分離方式の特徴は、概ね次の通りである。
 都市整備との連携や整合性を確保しつつ、鉄道整備を推進することが可能
 民間鉄道事業者に対してインフラ部分を開放するとともに、民間鉄道事業者をインフラ整備に係る過重な資本費負担や建設リスクから解放ないし軽減することが可能
 また、これにより、特に新線建設等の場合には、効率的な経営が期待できる民間鉄道事業者の参入や運行事業に関する競争促進が可能。これに関連して、競争的な参入等にあたっての適切なルールづくりや安定的な運行事業者の確保が必要
 反面、運行事業者とインフラの整備主体とが原則として別人格であるため、インフラ整備にあたり、収支採算性や効率的な経営の確保の観点から見て過大な設備投資が行われるおそれ。このため、安定的な運行事業者の確保が前提であり、運行事業者の経営判断に基づく安定的な運行の確保が、インフラの整備に先立って確認されることが不可欠
 また、安易な投資を誘発しないよう、整備の費用対効果、整備財源、運賃水準、輸送需要の低迷等に対する対処のあり方等に関する住民等に対する情報公開や住民意思の確認が、とりわけ重要
 インフラの整備主体と運行事業者との間の意思疎通が円滑に行われなかったり、利害が相反するおそれ。このため、インフラの整備主体と運行事業者との間の役割分担について、予め可能な限り詳細に取り決めておくことが必要。とりわけ、安全管理や保安対策に関わる事項の役割分担については、これが両者共通の明確な了解事項となるよう、特に留意することが必要
 関係鉄道事業者が相互に運行する際の線路使用料の徴収や、整備主体に対する受   益に応じた関係者の出資等を介して、関係者間の利害を調整することが可能。ただし、利害の適切な計測自体困難なものがある中で、関係鉄道事業者間や関係地方公共団体間の合意をいかに円滑に確保するかが課題(注)

 大都市圏など既に高密度の鉄道ネットワークが形成されている地域においては、新線建設を行った場合、近傍既存鉄道事業者の側から見ると、これが並行路線や接続路線、交差路線等の整備となり、自社の旅客流出による減収が生じる反面、いわば反射的利益として旅客の増加により増収となる鉄道事業者が発生する可能性や、通勤・通学流動等の広域化に伴い、鉄道が整備される地域と、通勤・通学者等が居住することから実質的に当該地域の住民が受益することとなる地域との間にミスマッチが生じる可能性が高い。
 これらの多数かつ複雑な利害調整の必要性は、それ自体、円滑な鉄道整備の推進にあたって重大な阻害要因となるものであるが、上下分離方式は、このような利害調整を行う上での有効なバッファーとして機能させることが可能と考えられる。
 ・ 一種の内部補助の活用方策として、公的主体等がインフラ整備を行う一方で、運行についてはこれと接続する既存鉄道事業者の活用を図ることにより、個々の路線ごと(整備区間ごと)に第一種鉄道事業者が出現することに伴う運行の非効率化や併算運賃による運賃の著しい格差の発生を回避し、利用者利便の向上を図ることが可能。これにより、例えば既設線相互間の接続線の整備、都市郊外部等への延伸線の整備等に対応することが可能
 ・ 同一のインフラ整備主体が複数の鉄道整備を行う場合には、整備時期に差のある路線の整備に要する資金が、全体として平準化される効果も期待できるとともに、高収益路線の収益を密接な関連性のある新線建設に充当すること(内部補助)が可能。ただし、今後想定される新線については、収益性の高い新線が必ずしも見込めないことが課題
 ・ 公的主体における安定的な財源の確保を図った上で推進することが不可欠

 上下分離方式がどのような鉄道整備になじむかは一概には言い難いが、新線か既設線かの別、事業規模の大小、資金収支を概ね30年〜40年程度で黒字化するために必要と見込まれる無償資金の比率、営業開始後の営業収支の見通し等の観点から、民間主導による場合を含めて類型的に整理すると、概ね次の通りである。
 比較的小規模な投資であって、相応の無償資金を前提とすれば長期的には調達資金の償還が可能で、営業収支上も良好であるものは、公的主体が民間鉄道事業者に対して適切なインセンティブを付与することにより、民間主導による整備を推進することが適当
 事業規模が大きい新線建設や既設線の大規模な改良であっても、相当の無償資金を前提とすれば長期的には調達資金の償還が可能で、営業収支上も良好であるものは、民間主導による整備が期待できる場合を除き、公的主体が適切に民間鉄道事業者の役割を補完することが必要。この場合、地方公営企業等による第一種鉄道事業としての鉄道整備によるか、または、整備の社会的効用が広域に及び、多数の地方公共団体や鉄道事業者が関係者となるものも多いと考えられることから、償還型上下分離方式によることが基本
 事業規模が大きい新線建設や既設線の大規模な改良であって、無償資金率が極めて高く、かつ、営業収支上も厳しい見込みにあるものは、公設型上下分離方式も検討することとなるが、その場合には、収支採算性の問題、受益と負担の関係がより希薄となること等の点に十分留意し、過大な設備投資が行われるようなことがないよう、その必要性については、より慎重な吟味が不可欠

 公的主体が適切に民間鉄道事業者の役割を補完しつつ行う鉄道整備において上下分離方式を採用する場合、インフラの整備にあたっては、第三セクター方式、特殊法人を可能な限り活用する方式など、さまざまな具体的方式の活用の可能性を比較・検討することが必要である。

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