経済の量的拡大を先導し生活水準の大幅な向上をもたらした20世紀の文明が地球環境の有限性に直面するとともに、高度情報化にともなって拓ける新地平を前にして、大きく変貌を遂げようとしている。21世紀への移行期に当たる今、キャッチアップのための開発が結果として東京一極集中をもたらしてきた20世紀という時代を超えて国民意識や時代の潮流に大きな転換が生じつつあり、21世紀の経済社会の在りようを展望すると、国土とそれを構成する地域とをめぐる諸状況は、戦後の50年間のそれとは大きく異なるものになると見通される。
1 国民意識の大転換
我が国は、20世紀型の経済発展を通じて経済の量的拡大を遂げてきた一方で、生活、環境、文化、産業の面で様々な問題を抱えている。そのような状況を背景として生じた、価値観、生活様式の多様化は、我が国の経済社会が個性の尊重、多様性の重視という観点に立って、効率性の向上と併せて人の活動と自然との調和を含めた質的向上を目指すべき段階に入ったことを示している。
欧米諸国への経済面でのキャッチアップが達成され、経済が成熟化するのと並行して、人々の価値観も物の豊かさより人と人とのふれあい等心の豊かさを重視する方向に変化してきている。また、自らの子供に依存しないで老後の生活を送ることができる経済的に自立した高齢者層が出現しており、しかも、医療水準の高まりもあって、これらの高齢者の健康水準は以前に比べてかなり良好となっている。このような元気で豊かな高齢者の社会参加が進展しつつあることは、経済社会の各方面において、質や熟度の高さを重視する潮流を生み出している。
キャッチアップを効率的に進める中で形成され、定着してきた画一的、横並び志向の制度や慣行にも、暮らしの選択可能性を狭めたり、新しい産業の展開を妨げるなど時代の変化に対応できなくなっている面がみられる。自己責任の下での消費者や事業者による選択の幅を広げる方向で規制緩和が推進され、地方公共団体の自主性及び自立性を高める方向で地方分権に向けた制度の見直しが進められている。ボランティアやNPOも活発さを増し、これを支援するための制度の検討が進められている。教育の分野では、創造力のある人材の育成を目指して、個性や得意分野を尊重するようになっている。雇用の面においても、労働の参入や転出をしやすくする方向での諸制度の見直しを始め大きな変化の兆しが現れている。
都市化が進み、日常の中で自然に親しむ機会が減少するにつれて、生活の利便性よりも自然とのふれあいを重視するという自然志向の高まりがみられ、自由時間を過ごしたり、子供を育てる場として、自然の豊かな地域を高く評価する人々が増えている。清浄な水、空気を求める人々の欲求が強まるなど生存基盤としての環境も強く意識されるようになっている。また、「克服すべき自然」という観念にとらわれない、人と自然との新たな関係が模索される中で、自然災害への対応についても、災害を未然に防止する方向だけで考えるのではなく、その発生を前提にいかに柔軟に対応するかという考え方が広まりつつある。
女性の社会進出が拡大を続ける中、性別にこだわらない多様な生活様式が求められるようになってきている。家事、子育てや家族の介護の負担が著しく女性に偏っていること、女性が継続して働くことができる条件が未整備であること等女性の社会参画を妨げている要因をできるだけ取り除こうとする機運が盛り上がりをみせている。少子化による人口減少局面が目前に迫ってきた結果、子育ての負担を社会全体で担おうとする動きがある。大幅増が見込まれる高齢者の介護をどう負担するかも国民の大きな関心事項になっている。
以上まとめると、量よりも質、所得や収入を上げることよりもゆとり、新しさや刺激よりもくつろぎが尊ばれるようになっている、 自由な選択と自己責任が重視されるようになっている、 自然がかけがえのないものとして再認識され、自然の価値により重きが置かれるようになっている、 男女が性別による固定的役割分担にとらわれず、社会の対等な構成員として、あらゆる分野に参画し、ともに責任を担おうとする考え方が浸透しつつある、というように新しい価値観への転換が進みつつある。それに応じた新しい文化と生活様式の創造が求められている中、国民は、新しい暮らしの立て方を可能にする国土のあり方を模索し始めるとともに、国土づくりへの主体的な参画の機会を求めている。
2 地球時代
今や地球全体が様々な意味において一つの圏域と化しつつある。
温暖化等地球環境の悪化が一層進行するおそれがあるとともに、地球規模での食料、資源やエネルギーの供給制約が表面化する可能性が高まっている。地球環境の保全と循環型資源利用を推進するための国際的枠組みは強化されつつあり、その中で、国土の自然を将来世代や世界と共有する資産として引き継いでいくための取組が行われていこうとしている。
企業は、最適な活動の場を求めて国を選択するという傾向を強めており、個人のレベルでも、広く世界を舞台とする人々の活動が日常化しつつある。このことは、国境を越えた地域間の競争がさらに厳しいものになることを意味する。地域は生活環境の質、自然や文化の豊かさ、知的資本の充実度、生産基盤の効率性、交流基盤の質の高さ、特に、グローバルネットワークとの接続性等多面的な魅力を問われることとなる。こうした中で、高コスト構造を是正すること等を目指して進められている経済社会構造の抜本的な改革は、地域の発展にとって決定的に重要である。
中国、アセアン等の経済発展により、21世紀には我が国と他のアジア諸国との交流量が飛躍的に増大すると見込まれる。これにともない、現在は欧米等遠隔の諸国との大都市間交流が中心となっている我が国の国際交流が近接した地域間の直接的な交流を含む多様な展開を示すものへと変わろうとしている。
3 人口減少・高齢化時代
我が国の総人口は、少子化を主因にこのところ急速に伸びが鈍化してきており、21世紀初頭にピークを迎えた後しばらくして本格的な人口減少局面に入ることがほぼ確実であり、同時に高齢化が一層進行すると見込まれる。その結果、全国的に地域の担い手たる人々の減少と高齢者の増加という形で地域社会が大きく変容することとなろう。高齢化にともない21世紀初頭以降には経済成長率の低下、投資余力の減少が進行すると見込まれるが、これを目前にして、経済の効率化や技術革新の促進、国土基盤投資の重点化、効率化等が一層推進されている。
一方で、人口増加がみられなくなった局面では、増え続ける人口を支えるという当面の必要に迫られた都市的土地利用への転換圧力が全国総体としては、低下し、長期的な視野の下に国土づくりを進めることができる可能性がある。高齢化には、社会参加の意欲も高く、自由度の高い生活を享受できる人々が増加するという積極的な側面もあることを忘れてはならない。
4 高度情報化時代
21世紀初頭において、国内に限らず地球的な規模で時間と距離の制約が克服され、対面に近い双方向の交流環境が実現すると見込まれ、経済社会の様々な側面において情報通信の果たす役割が飛躍的に高まろうとしている。
距離や移動にともなう障害が克服されると、住む場所や働いたり学んだりする場所の選択の幅が拡がるとともに、知見、情報へのアクセスの地域間格差は解消に向かい、情報格差は居住地よりも個人の資質や意欲によって決まることとなる。自然や文化の豊かさ等居住地としての魅力に関する情報の入手が容易になることは人々のモビリティをさらに高めることになろう。
テレワーク(情報通信を活用した遠隔勤務)による交通の代替、電子媒体による印刷物の代替等は、適切に行われる場合には資源やエネルギーの節約となり、環境負荷の低減をもたらすこととなる。
情報通信分野を中心にして新たな産業の出現が期待されるとともに、多くの分野において今後不可欠となるグローバルな情報資源へのアクセスが全国どこでも可能になり、経営の意思決定等本社機能を含めた企業立地の自由度が大幅に拡大することとなろう。
このように、我が国においてもより自由で開かれた社会が形成されるとともに、集積の低さや大都市からの距離といった克服困難な不利な条件を抱えていた地域社会に今までにない発展の機会がもたらされようとしている。特に、全世界が一体となった情報空間を生かす創意工夫がそうした地域の発展をリードする重要な要素の一つとなろう。