平成19年度観光の状況
第I部 観光政策の新たな展開
第2章 環境保全を通じた持続的かつ魅力ある観光
第1節 観光と環境を巡る国際的動向
国際観光の振興及び発展を目的とする国連の専門機関である世界観光機関(UNWTO)によると、2006年において各国が受け入れた外国人旅行者数の総数は8億4,639万人(前年比5.4%増)と過去最高を記録するなど、近年、観光分野は世界規模で着実に発展している。観光による人的交流や経済活動の更なる進歩及び発展が期待されている中、UNWTOは、観光関係者が2008年において常に認識していなければならない課題として、地球温暖化を始めとする環境問題への対応を挙げている。
2007年は、UNWTOを始めとする多くの国際機関等や観光関係の国際会議において、環境問題、中でも気候変動の観光分野に与える影響及び環境問題への観光分野の取組の方策に関する議論が活発に展開された。
1)第2回気候変動と観光に関する国際会議(2007年10月、スイス・ダボス)
2007年10月、世界観光機関(UNWTO)、国連環境計画(UNEP)及び世界気象機関(WMO)が共催する「第2回気候変動と観光に関する国際会議」が、世界経済フォーラム(WEF)及びスイス政府の後援の下、スイスのダボスにおいて開催された。
本会議は、2003年にチュニジア・ジェルバで開催された「第1回気候変動と観光に関する国際会議※」の議論を深化させるべく開催され、観光分野は環境との関係で重要な役割を担い、持続可能な発展のためには観光分野の取組が不可欠であるとの共通認識に基づき、「ダボス宣言」(副題「気候変動と観光:グローバルな課題への対応」)が採択された。
「ダボス宣言」の主な記載事項:
●環境は観光分野において重要な財産であり、また、観光分野は、気候変動及び地球温暖化の影響に敏感である。観光分野からの二酸化炭素排出量は、総排出量の約5%と推計されている。
●気候変動及び貧困削減への世界的取組における観光分野の果たす役割の重要性にかんがみ、環境・社会・経済・気候の相互の影響を反映した真に持続可能な観光を促進するための一連の政策を至急導入する必要がある。
●観光分野は、持続的発展のためには国連の枠組みの下、気候変動に早急に対応し、温室効果ガスを削減しなければならない。そのためには、以下の取組が必要となる。
・運輸及び宿泊分野から排出される温室効果ガスを削減すること
・観光産業及び観光地を気候変動に適合させること
・既存及び新規のテクノロジーをエネルギー効率向上のために活用すること
・貧困国及び貧困地域を援助するための財源を確保すること
2)観光と気候変動に関する大臣会合(2007年11月、イギリス・ロンドン)
2007年11月には、ロンドンにおいて、「観光と気候変動に関する大臣会合」が開催され、上記「ダボス宣言」について、参加各国の観光担当大臣から強力な支持が表明され、同宣言で部門別に取り組むことが期待される事項を積極的に履行するべきであるとした。
一方で、気候変動への対応は、観光分野に過度の負担とならないようにすべきであるとの指摘や、取組に当たっては発展途上国への配慮が必要であるとの指摘、民間部門も相応の負担をするべきであるとの指摘がなされた。
3)第17回世界観光機関(UNWTO)総会(2007年11月、コロンビア・カルタヘナ)
2007年11月に開催された「第17回世界観光機関(UNWTO)総会」においては、150か国を超える加盟国が参加し、上記議論を踏まえ、さらに観光分野として気候変動に適応する緊急の必要性があるとの共通理解が構築された。しかしながら、一方では、「ダボス宣言」についての全面的な支持の表明には至らず、むしろ、気候変動への対応が発展途上国の経済発展の妨げとなることがないよう、また、貧困撲滅及び国連ミレニアム開発目標の達成というより高次の目標の達成の障害とならないようにすべきであるとの留保が付された。
経済協力開発機構(OECD)の観光委員会においても、「持続可能な観光」に関する議論が行われており、環境、特に気候変動に関する課題が取り上げられている。気候変動に関しては、観光分野の今後の発展にとって中長期的に最も重要な戦略テーマになると認識されている。
2007年5月にベルギー・ナミュールで開催された第79回OECD観光委員会では「アルプスの気候変動~冬季観光の適合と自然災害マネジメント~」についてOECD環境政策委員会事務局から報告が行われた。報告においては、積雪の減少に伴う冬期観光客の減少、居住地の拡大に伴う自然災害に対する社会基盤整備問題という、アルプスにおける気候変動がもたらした二つの主要な課題に対する適応方策に焦点が当てられ、気候変動に係る課題対応のコスト、官民の役割分担等が言及された。また、国連環境計画(UNEP)や世界観光機関(UNWTO)等の他の国際機関と連携して課題に対処することが必要であるとされた。
2007年11月に開催された第80回OECD観光委員会では、欧米を拠点として企業・国際機関・非政府組織等とのパートナーシップに基づきカーボン・オフセット促進にむけた取組を行っている企業が、その活動内容について発表を行うとともに、持続可能なクリーン開発メカニズムの在り方としての自主的カーボン・オフセットや、NGOや旅行業界等との連携の必要性、各国における温室効果ガス削減及び吸収プロジェクトを紹介した。
アジア太平洋経済協力(APEC)の観光ワーキンググループでは、観光はアジア太平洋地域における雇用創出や投資・開発の促進のための重要な要素であるとして、域内における持続可能な観光を実現する観点から議論が行われている。その政策目標として、1)観光ビジネスに関する阻害要因の除去、2)観光客及び観光商品・サービス需要の増加、3)観光分野がもたらす様々な影響の長期的・持続的な調査・分析・管理、4)観光が、経済・社会発展のための手段であるという認識と理解の向上、という4つの目標を掲げている。また、各国の取組内容を取りまとめた「持続可能な観光経営の優良事例集」を作成し、ノウハウ及び情報の共有を図っている。
2007年10月にインドネシアのバンドンで開催された第31回APEC観光ワーキンググループにおいては、オーストラリア、インドネシア、ニュージーランド及びタイから気候変動と観光に関する国内での取組について報告が行われた。観光ワーキンググループで気候変動と観光をテーマに位置付けて議論したのはこれが2回目であり、APECにおいても、観光と環境、中でも気候変動に観光分野として如何なる対応を行うべきかについて関心が高まってきている。
オーストラリアでは観光産業は雇用の7%を創出するほどの重要産業であり、1992年から国家的な観光戦略として「持続的な観光開発」に取り組んでいる。オーストラリアの観光政策において、財政的支援の配分で、特に重点が置かれたのは、1)社会基盤開発(遊歩道や標識、野生動物観察台等の革新的なデザインや技術)、2)基礎研究、観察・記録、地域的なエコツーリズム計画、3)省エネ、エコツーリズム教育、事業開発及び市場調査の研究・教育であった。
また、その支援の成果としてエコツーリズム認定プログラムがあり、エコツーリズムに関する研究・出版や、エコツーリズム教育、オーストラリア旅行者向けの啓発ビデオ、地域のエコツーリズム開発ガイドの作成等が行われている。
オーストラリアでも、特にエコツーリズムの開発や運営に前向きで、「持続可能な観光」に配慮しているクインズランド州では、州政府として認定プログラムを積極的に支援して、州立公園・野生生物局・観光産業の連携を強化し、入園料等市場構造に基づいた長期計画を作成した。この計画は策定以来何度も更新され、研修・講習会や自助のための手引書といった実務的な取組等で支援している。
スペインのマジョルカ島にあるカルヴィア市は美しい海岸線を資源に1960年代から80年代後半に急速に観光地化したが、地域の容量を超えた観光客による負荷がかかるようになり、経済の衰退や環境面の悪化をもたらした。
カルヴィア市は、島の環境悪化や観光の大衆化といった事態に直面し、「持続可能な観光」を目指すこととした。行政、産業、地元住民の代表からなる会議において、地域の持続可能性を高めるための地域行動計画を策定することが全会一致で決定した。この行動計画は、学識経験者や実務家、民間が協働して作成し、人口や生活の質、環境、文化遺産、経済、都市計画、水・エネルギー・廃棄物の6つのテーマで構成され、97年には「ローカルアジェンダ21」として承認された。
「ローカルアジェンダ21」の実現には、都市計画が重要な手法として用いられ、景観を破壊するホテル等が取り壊されたり、都心部のビル建設が制限されたりした。また、環境保全の取組として、野生動物や生態系を保護するために海浜公園や保護地区が設立された。
さらに、カルヴィア市の取組の特長は、観光客と地域住民の生活との関係を一体化させるところにあり、その多くが観光産業に従事する移民者や観光客に対して、舞踊やスペイン語の教室を開いたり、文化的なイベントを催し、その参加を促しつつ、マジョルカ流の生活への融和を図る取組が行われた。
南アフリカでは、1994年の民主化以降、持続可能な発展の考え方が取り入れられ、政府の推進により観光が持続可能な発展のための重要な産業の一つとなっていった。
南アフリカの観光政策は1996年の「観光の発展と推進に関する白書(White Paper on the Development and Promotion of Tourism)」を基本としており、「持続可能な観光」の原則は、観光政策の中心に明確に位置付けられている。
また、同白書を受け、「責任ある観光指針(Guide for Responsible Tourism)」が策定されたが、同指針は、公的機関や民間に法的枠組みを与えるとともに、事業者団体や地域団体の自主行動規範の改善への活用を促している。また、州政府は、この指針作成の過程にすべて関与しており、指針の普及・促進を支援し、「責任ある観光指針」の考え方や「観光白書」に沿って観光の役割を生み出し、州の観光政策を発展させてきた。
さらに、同指針がより実践的に個別企業に役立てられるよう、「責任ある観光手引書(Responsible Tourism Handbook)」が作成され、他企業の事例や、企業が受けられる支援等を紹介している。
「第1回気候変動と観光に関する国際会議」では、多くの国、特に小さな島国や後進国においては気候変動と観光との関係が経済的重要性を持つことが強調され、参加した42か国の公的機関や民間セクター、NGO等に対して、気候変動に関する意識の喚起と気候変動に関する国際的な取組への参加と協力を促すとともに、観光セクターにおける効果的な対応と緩和策を講じることを求めるジェルバ宣言が採択された。
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