三 高潮及び津波に対する安全性
1 控訴人らの主張
(一) 高潮時の危険性に関する控訴人らの主張を、控訴人らの権利侵害の観
点に立って要約すると、伊勢湾台風後に名古屋港高潮防波堤が設置された
ことにより、高潮時の木曽三川河口部の潮位は著しく上昇するので、高潮
の危険が増大し、伊勢湾台風時の高潮の波高は少なくともTP6mないし
8mはあり、これと同程度の高潮が発生した場合、ゲート操作が間に合わ
ず高潮がゲートにぶつかり、あるいはゲートが全開となっていたとしても
ゲートに波が打ち付けられて眺ね返ることにより、高潮時の揖斐川の負担
が重くなり、揖斐川堤防が溢氷、決壊する危険が増大し、揖斐川沿いの地
域に居住する別紙第一及び第二控訴人目録記載の控訴人らの生命、身体、
財産等が危険にさらされる、というものである。
(二) また、津波時の危険性に関する控訴人らの主張を、同様の観点に立っ
て要約すると、過去の記録にある熱田の津波高からみて、想定される津波
の段波津波高4mを採用すべきであり、その場合、本件堰があることによ
り、理想段波の標高が1.17m上昇し、その結果津波が堤防を越えるこ
ととなり、また、計画堤防天端高を約5m上回る波(波状段波)が堤防に
打ち上がり、津波時の揖斐川の負担が過大になり、揖斐川堤防が溢水高波
等で決壊する危険が増大し、揖斐川沿いの地域に居住する別紙第一及び第
二控訴人目録記載の控訴人らの生命、身体、財産が危険にさらされる、と
いうものである。
2 原判決の引用
当裁判所も、高潮及び津波に対する本件堰の安全性は肯定できると判断す
る。その理由は、次に付加訂正するほか、原判決理由欄第八の三及び四(2
38丁表7行目冒頭から258丁裏2行目末尾まで)の記載と同一であるか
ら、これを引用する。当審証人□□□□の証言は、上記認定を左右しない。
原判決241丁裏4行目「行っている」とあるのを「行い、その後長良川
河口堰に関する施設管理規定7条2項1号に右検討の趣旨に治う規定がおか
れた(乙280の1)」と改め、同6行目冒頭から同7行目末尾までを削除
し、247丁裏6行目「乙第27号証」の次に「及び第277号証」を加え、
同10行目末尾に「また、□□□□の検討書(乙27)の表―2のRpの値の
算出過程に不相当な点はなく(乙290、弁論の全趣旨)、その数値の精度
が低いと認めることはできない。」を加え、249丁裏4行目「矛盾するこ
と」の次に「、最大偏差については「286」という数値を前提にして、乙
第二○○号証付図4Model3に照らし、時間ピッチで潮位の変化をみる
と、J10―11・I16―17の潮位は、20時30分までは付近の他の格子と同
水準で上昇しながら、20時50分のところで付近の他の格子の潮位変化と
大きく異なり、突出して上昇することになって不自然であること(乙27
6)」を加え、254丁表8行目「高くなる」の次に「傾向がある」を加え
る。
3 高潮について
(一) 高潮については、平成6年度調査報告書(乙264の1・3―39頁
ないし43頁)によれば、本件堰の本体部分が完成した後である平成6年
9月29日、同年台風26号接近の際には、名古屋港では戦後3番目の高
さの最高潮位(TP2.23m)を観測し、本件堰下流の最高水位もTP
2.49mとなる高潮を観測したが、その際のゲート操作状況をみると、
本件堰下流の水位がTP2.10mに達する約1時間20分前に全開状態
とする操作を完了したことが認められる。上記事実によると、上記の名古
屋港及び本件堰下流の高潮の潮位に照らし、高潮時の木曽三川河口部の潮
位が名古屋港の潮位に比して著しく上昇するとは認め難いし、高潮時の潮
位の上昇にゲート操作が間に合わなくなるといった事態も想定し難い。
(二) 当審証人□□□□は、伊勢湾台風の際、三重県長島町松ケ島の住民□
□□□が、伊勢大橋の方に逃げた際、長良川河道の波が伊勢大橋のトラス
に眺ね返されて長良川左岸堤防に押し寄せ、堤防を越えて、堤防を破壊し
たのを目撃した旨証言する。しかし、同旨のパンフレツト「NAGARA」
40号(乙325)の記載に照らし、□□が伊勢大橋に逃げたのは、同地
域に出水があった後、すなわち堤防決壊後であるともみられ、同人が堤防
決壊当初の状況を目撃したという点には疑問が残るところであって、上記
証言をたやすく信用することはできない。
そして、前記認定(原判決理由欄第七及び上記2の引用部分の認定事実)
及び平成6年度調査報告書によると、本件堰設置地点の計画堤防天端高は
TP5.8mであり、ゲートを全開状態とした場合のゲートの下端高はT
P5.8m以上となるものであり、長良川河口部における潮位がTP4.
5m以下の高潮の場合、水理模擬実験及び数値シュミレーションの計算結
果上、本件堰地点の高潮の波の高さ(潮位に波のうちあげ高を加えたも
の)がTP5.8mを越える事態は生じないところ(乙27、183)、
戦後最高であった昭和34年9月26日の伊勢湾台風時の名古屋港におけ
る潮位はTP3.89mであったから、その高潮の波の高さもTP5.8
m以下であったと推認され、この点は、上記(一)の平成6年台風26号の
高潮観測結果からみても相当性がある。
そうすると、控訴人ら主張のように伊勢湾台風時の高潮の波の高さがT
P6mないし8mあったとは到底認められず、むしろ、本件堰付近におけ
る高潮の波の高さがTP5.8m以上となる事態は希有の事態であると認
められるのであり、このような希有の事態を想定して本件堰の安全性に疑
いがあるとするのは合理的でないというべきである。
4 津波について
津波については、平成6年度調査報告書(乙264の1・3―136頁な
いし3―167頁)によれば、現在の伊勢湾の海岸地形データ等をもとに数
値シュミレーションにより、東南海地震、安政東海地震、チリ地震、伊勢湾
断層による想定地震における各地震津波を計算すると、長良川河口沖におけ
る最大津波高は、安政東海地震(1854年12月23日、マグニチュード
8.4)における約2.3mであることが認められ、これと上記2の認定事
実(特に、古い地震の津波の記録に記載された値は、沖合の津波の高さより
高くなる傾向があること)、控訴人らの主張に関係する宝永地震(1707
年)当時の熱田は、現在の名古屋とは地形的事情を異にすること(乙279)
を併せ考慮すると、長良川河口沖の段波津波高が4mとなることは希有の事
態であると認められ、このような希有の事態を想定して本件堰の安全性に疑
いがあるとするのは合理的でないというべきである。
そして、上記平成6年度調査報告書によれぱ、長良川河口沖における最大
津波高を安政東海地震と同じ2.3mと想定し、その津波が満潮時に長良川
を遡上するとして数値シュミレーションにより計算した結果によると、本件
堰地点下部の最高水位はTP3.7mとなり、本件堰の存在を考慮しても、
津波が堤防を乗り越える事態は生じないと認められる。
5 高潮、津波と控訴人らの被害との因果関係
ところで、上記3(二)の□□証言にある伊勢湾台風当時の決壊箇所は伊勢
大橋東詰から南側約200mの長良川左岸堤防であるが、証拠(乙139)
によれば、伊勢湾台風当時、伊勢大橋西詰から南側の揖斐川右岸堤防は約2
km以上にわたり決壊が存しなかったこと(伊勢大橋から数百メートル上流の
揖斐川右岸堤防には決壊箇所が存する。)、また、前記(原判決)のとおり、
本件堰の上下流域を含む7.2粁地点より南側の長良川、揖斐川の堤防は、
伊勢湾台風当時と異なり、コンクリートで被覆された三面張構造の高潮堤防
とされ、波浪の越波があっても破堤しない構造となるものであること(三面
張とする補強工事は既にかなりの部分が完成している。乙333及び弁論の
全趣旨)からみて、仮に、控訴人ら主張のような高水位の高潮ないし段波津
波高が生じ、その際、波が、堤防天端高より高い位置にある本件堰のゲート
にぶつかり、あるいは打ち付けられて眺ね返ったとしても、これを原因とし
て本件堰から約500m西側の揖斐川右岸高潮堤防の溢水や堤防決壊を来す
といったことば容易には想定し難く、また、仮に、眺ね返った波により本件
堰付近の揖斐川右岸高潮堤防で溢水が生じたとしても、これが本件堰から約
2km下流の揖斐川右岸沿いに住む別紙第二控訴人目録記録の控訴人らの被害
の発生に影響することや、さらに、本件堰に起因して、本件堰から約8km上
流の海津町付近揖斐川左岸堤防の溢水や決壊が生じるとか、本件堰から約1
7km上流の海津町内に住む別紙第一控訴人目録記載の控訴人らに被害が発生
するといったことも想定し難い。結局、本件において、高潮ないし津波時に、
本件堰に起因して上記各控訴人らに被害が生じるという因果関係を認定する
ことは全くできないというべきである。
6 まとめ
以上によると、高潮ないし津波の際、本件堰が、揖斐川沿いに住む前記控
訴人らの生命、身体等に具体的な危険を及ぼすものと認定することはできな
い。
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