いま大人こそ楽しんでみる

毎年のように水害が発生し、気候変動は身近に感じるものとなりました。そして今後も、地球の気温上昇とともに、

洪水の流量が増える

と予想されています。そのため、一人一人が水害のリスクを認識し、それを自分のことと思う「自分事化」によって、 命や財産を守ることや、大切な人を助けていくことが重要になっています。

しかし... 「水害」とか、「防災」と聞くだけで、心の扉がサっと閉じてしまう人も多いと思います。できれば、前向きに、無理なく水災害のことを自分事化できないか? カワナビvol.14では、その答えを探しに、

「流域治水の自分事化検討会」

(略称)のメンバーである指出さんにインタビューをお願いしました。

川で遊び、地域の活性化に取り組む

『ソトコト』編集長インタビュー

『ソトコト』編集長
指出一正さん

1969年、群馬県生まれ。企業・国・地方自治体が推進する多数のプロジェクトに参加する。それらの活動や、「社会や環境がよくなって、そしておもしろい」をテーマとしたメディア『ソトコト』の制作を通じて、地域の活性化を進めている。国土交通省

「流域治水の自分事化検討会」

(略称)委員としての顔も。趣味はフライフィッシングで、好きな魚はイワナとタナゴ。

川も「買える」と思っていた

────「流域治水の自分事化検討会」に続き、今回もありがとうございます。今日は、検討会でも提言されていた、「楽しく」水害のことを自分事化する方法をお話いただきたいです。その本題に入る前に、どうしてアウトドアの世界に入ろうと思ったのですか?

僕の出身は群馬県高崎市で、利根川水系の烏川が流れています。小学2年生の頃から魚釣りが大好きになって、 放課後になるとその烏川でオイカワとかフナとかを釣って時間を過ごしていました。川の中は、UFOとか宇宙人とかの世界と同じように、 自分たちとは違う、ドキドキしたりワクワクしたりする空間なんじゃないかと、そんな風に思いを馳せていたのですが、魚を釣ると、 なんとなくその空間が感じ取れるので、好きになっていったのが元々です。川にはクラスメイトもいるし、学年や学区が違う人もいて、 友達関係が広がりました。学校でもない、家でもない、サードプレイスのような違う社会に出合えたのは河原だったという感じです。これは大事な原体験ですね。

あと、小学4年生くらいの時、環境教育のテーマに公害があって、川で魚が死んでしまっているドキュメンタリーフィルムを見る機会が多くて、 心を痛めたんです。自分が好きな世界が汚れていってしまうのは、やっぱり悲しいなと思って。これが綺麗になる社会になっていくといいなと考えて、 国土庁(※現国土交通省)の作文のコンクールがあったので、「川を買う」っていうタイトルで応募しました。川が汚れていくのであれば、自分が買って管理した方がいいんじゃないかと。林業にも関係していた父親が山を買ったと言っていたので、川も買えるんじゃないかと思ったんですが、小学4年生の時に、ナショナルトラストっぽい考えがあったんですね(笑)。

そういったことが原点となって、釣りと山登りが好きになって、アウトドア雑誌の編集部に大学4年生から入って、 そのまま環境というテーマに広がる形で仕事をしています。今、まちづくりや地域づくりの話を川に例える事が多いので、 子供の時から川に接していたのは良かったなと思いますね。

川に親しんだまちづくり

────ドキドキワクワクの空間を釣りで感じる、その原体験が人生に大きく影響していますね!  指出さんにとっては、川が身近だったことがよくわかるのですが、川の存在は人それぞれですね。

僕は今、神戸市の住吉川のすぐ近くに住んでいます。鮎がたくさんあがってくる、灘(※兵庫県神戸市東灘区)の皆さんがものすごく大事にしているところで、 その市民性も気に入って、川のほとりに暮らしています。家を選ぶとき、散歩するのにも1、2分で水辺に出て行けるいい場所だと思いましたね。川には生活排水が入らない設計になっていて、子供たちや若者たちが大勢いて活気がある、理想的な都市型の河川だなと思います。

ただ、少し怖い川でもあり、増水すると危険なんですよ。でも、市民はそれもちゃんとわかっていて、愛される場所として川が日常にあるんです。要は、神戸のみんなが、川に背を向けない生活をしているところが気に入ったところですね。水辺で友人と語り合ったり、川遊びをしたり、 散歩やジョギングしたり。当たり前のように、まちのカフェと同じように川に親しんでいて、水害のリスクも生活の一部として認識されているんです。

だから、「水害リスクの自分事化」への近道は、多分、川に親しむのが一番だと思うのですけれども、 世代によって川との距離はまちまちだろうなって思うんですよね。例えば、デパートに夢を描いていた世代と、 ネットでモノを見てワクワクする世代は、お互いに見ている場所や空間が違いますよね。川と親しんでいた世代とデパートで高いものを見てワクワクしていた世代は結構近いかもしれないけれども、今の若い人たちが川を見てワクワクすることがあまりないのかもと、正直思います。

でも、川に背を向けないで、川に向かってまちが作られているところは、まちに関わりたいと思う人たちがそこに現れた時、 第一印象が半端なくいいんですよね。花に水をやっているのが川沿いの風景としてあると、いいまちだなっていう印象になるわけです。これからもっと、エンターテインメント性で水辺に人を引き込むようなことが出来ると、いろんな人達が来ると思うし、水害のリスクを考える機会も増えますよね。

大人こそ水辺で遊び直す

────人によっては距離が異なる川ですが、川の存在が意識できれば、 水害のことも自分事と思えるかもしれませんね。

はい。ただ、大人がもっと水辺で遊ばないといけないだろっていうのが僕の考えで、大人が遊んでいれば、その親を見て子供も覚えるのですが、川や水辺で遊ぶことが、 1990年代や2000年代の若いファミリーからはごっそり抜け落ちてしまっているように感じます。日本の場合、野外教育は子供のためという前提が強くて、今まで野外で遊んだことのない親世代が、 自分の子供を専門家に託すケースが多くて、もちろんそれも大事かもしれないけれど、大人の水辺での遊び直しも大事だと思います。

よく、釣りを教えてくださいって若い世代のファミリーに言われるんですけど、嫌ですっていうんです。わざと心を鬼にして(笑)。大人がしていることを子供が一緒にすれば良い体験になるし、 知らない人に教わるよりは、親のような近い大人と子供が感動を共にした方がいいんじゃないのかなと。実際に水害が起きた時にも、それが何かしらに役立つかもしれませんからね。

川の石はヌルヌルしてるんだなとか、実は凸凹で歩きづらいんだなとか、川の流れって実はこんなに強いんだなとか、 そういったことを知ってもらうには、やはり平時の時に遊びとして川を見てもらうことが大事だと思いますね。濁流は簡単な流れじゃないこともイメージできるし、 平時にも、危ないところと楽しいところの両方があることを知っておくといいと思うわけです。

家がない、水道がない、エアコンがない、気候の影響を全て受ける・・・ そういうネガティブな状態で川で遊んでいることを、面白い! と思っているわけですから、 実は、災害に一番近い遊びが、アウトドアやキャンプかもしれません。つまりは、そういう遊びの経験が災害の時に役に立つし、水害のリスクを自分のこととして捉えられるきっかけになるんだと思います。

胸元に笛を付けておく

────普段はいい遊び場だから、川遊びで川のことを知っておくと、後々も良いわけですね。アウトドアではいろいろなギアやグッズがありますが、 災害の時にも役に立ちそうなものはありますか?

いっぱいありますよ。例えば、僕は渓流に入る時に胸元に笛を付けています。強く吹かなくても遠くまで聞こえるやつです。何かあった時、誰かが助けに来てもらえるように付けていますが、 地震の時も自分の位置を見つけてもらうことが大事ですよね。釣りをしていても、家に帰れるかわからない、水が急に増えるかもしれない、道に迷うかもしれない、1人で夜を過ごさないといけないとか、 そういった緊急事態がいつでも想定されるわけです。だから、釣り人とかキャンプをする人は、身一つで、歩ける状態でコンパクトなグッズを持っているんですけど、そういうものは有事の時にとても役に立つと思います。

濡れてもいいものと、そうでないものをしっかり分ける装備も大事で、ウェーダーと呼ばれる、暑い日でも寒い日でも身体をちゃんと守ってくれる、ゴム長みたいなものも持っています。これは、急に増水した時は危ないと思いますが、足元を守ってくれる長靴がついているので、浸水しているところでも使えます。あと、ウェーディングシューズというものも使っています。これが実は、ヌルヌルした所を歩くとか、災害後に、片付けをする際に結構役に立つだろうなと想像しますね。

住んでいない場所へ行ってみよう

────アウトドアが好きではなくても、持っておくといいものとか、それを目にすることで、有事のことに想像が及ぶことがありそうですね。では最後、 気候変動が進んでいく社会の中で、私たちが、個人としてどんなことをしておくといいと思いますか? アドバイスをお願いします!

そうですね、なるべく住んでいる土地以外に足を運ぶことが大事かもしれません。僕たちは基本的に住みやすいまちに住んでいることが自然という感覚を持っているけれども、 いざ災害が起きて、避難所に詰めたときには、ジェネレーションのギャップも感じるし、ロケーションのギャップも感じると思うんですよ。その場所で自分を健康に保つためには、ルーティンとは異なる、 そういったギャップに慣れておくことが大事ですね。

例えば、中山間地域に行くと、水を地下から汲み上げていたり、意外なものが自給自足だったり、普段の暮らしとは違うものに触れることができます。炭で何か作っているのを見ると、エネルギーに興味を持つこともあります。東日本と西日本でも文化が全然違うこともあるし、「地域や社会は変化する」ことを知っておくのが大事ですよね。

僕らは普段、変わらない事が当たり前の世界を生きているので、水害が起きるとパニックになるかもしれませんが、「変わるのが当たり前」という認識を持っていれば、 心にゆとりが生まれ、有事の時もうまく立ち回れるのではないでしょうか。歯ブラシがないとか、小さな有事は移動した先で起こるじゃないですか。そういったことを積み重ねておくと、うまく変化に適応できるように思います。

金魚や熱帯魚も、水換えなどの刺激を与えることで大きく美しくなると聞いたことがありますが、人間もそうなんじゃないかと思いますよ。

楽しいことがある川に目を向けて欲しい! (まとめ)

指出さんの家の近くには、烏川の氾濫で殉職した救護隊の塔があり、駄菓子屋さんもあって、そこが小学生の待ち合わせ場所、溜まり場になっていたそうです。すると、その塔に書いてあるものをなんとなく見て、 「あ、ここまで水が来るんだな」という意識も持ったそうです。普段はスルーしてしまうかもしれませんが、こういう「伝承碑」も川に目が向くきっかけになります。

私たち河川管理者は、みんなが川に目を向けて、楽しいことも通じて水害を自分事化し、変化に適応していく意識が、まちを安全にしていく行動につながっていくことを願っています。今、日本では、みんなで(byALLで)取り組む治水対策を「流域治水」として推進していますので、ぜひ、自分事と捉えて欲しいです。60秒の動画にまとめたのでぜひご覧ください!

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