施設あるところに必ず人あり。洪水や渇水に備え、川に適切な量の水が流れるように、日々運用・管理を行っている人がいます。その最前線に立つ中原忠義さんに、利根川水系の中で、最大にして、その最奥部にそびえる矢木沢ダムで、平成28年の渇水を振り返ってもらいました。
矢木沢ダムは、総貯水容量2億m3を超える関東最大の水瓶で、利根川が渇水になると一番最初に矢木沢ダムから川に水を補給するので、貯水量の低下が目立つ、渇水の象徴的なダムとしてマスコミに取り上げていただくことが多かったですね。
矢木沢ダム・奈良俣ダムのある利根川上流域は、日本屈指の豪雪地帯で、その豊富な雪解けの水がダムの貴重な水源となっています。特に、矢木沢ダムは、貯めておける容量が大きい上に、流域面積が広くて山からの流出量(※ダムに入ってくる水の量)が多いことから、水を使っても回復し易いという特性があります。
今回の渇水でも、最初に矢木沢ダムをメインとして川に水を補給する運用を行なった結果、5月初旬にほぼ満水だったダムの水が、6月14日には貯水率が9%まで減り貯水位は、最大で約30mも貯水位が低下しました。この頃は、巡視船に乗るために湖面まで降りて、また上がってくるのも一苦労でした。この時点で矢木沢ダムからの補給は停止し、以降は奈良俣ダムにメインを切り替えて補給を行いました。
※位置関係は③の首都圏水インフラマップをチェック!! >
渇水は長く続くかもしれないので、持久戦に備える体制づくりも必要でしたし、通常行うダムの堤体や電気・機械設備の点検に加えて、貯水位が下がったことで普段目では見えない部分の点検も実施しました。貯水位低下が激しいときは、巡視船を使って、貯水池周辺の斜面の状況を確認したり、水質のチェックも頻度を上げて行いました。
一方で、渇水の状況を広く伝えるために、ホームページだけでなく、ツイッターに毎日写真を投稿したり、ドローンによる空撮動画や貯水データの掲示をしたり、マスコミの皆さんからの電話取材や来訪対応など、渇水ならではの業務はかなり多かったですね。
そうそう、職員が巡視船で湖面を点検しているとき、熊が泳いでいるのを見つけて激写しました。それをツイッターに投稿したら、6000件近くのリツイートと、71万件のインプレッション(※見た人の数)がありました。一見面白おかしい話ですが、これもダムの状況を広く知ってもらう取組の一環というわけです。
矢木沢ダムの貯水位が急激に下がり始めた5月下旬から6月にかけては、かなりの数の取材が集中して、一日中電話取材を受けていましたし、現地取材の要請も毎日のようにありましたが、多くの皆さんに節水意識を持ってもらうことは、ダム管理者としての重要な役目ですので、出来るだけ丁寧な対応に心がけました。
他にも、地元みなかみ町の協力を得て、管理事務所独自に作成したポスターを掲示してもらい、日々、貯水量のグラフを更新してもらったり、水源地域への感謝の思いを込めたメッセージ横断幕「水源地域への感謝!いま、みなかみ町のダムが頑張っています!!」を貯水池に設置するなど、いろいろ工夫しました。奈良俣ダムに設置した横断幕では、「満水のときはあそこですよ」と指さし説明する時に、カメラに映るよう設置位置も計算しました。職員みんなで様々な取り組みをやってきましたが、私としてはやはり取材対応が一番大変でしたね。
利根川上流には、私がいる矢木沢ダム・奈良俣ダムだけでなく、全体で8つのダムがあります。これらのダム群では、「統合運用」と言って、下流で必要な量をどのダムからどれだけ放流するか、その配分を効率的・効果的に決める全体調整を行っています。
各ダムからの補給量は、私たちが「統管(とうかん)」と呼んでいる、国土交通省利根川ダム統合管理事務所が、日々刻々と変化する河川の流況、気象情報、各ダムの諸データ等をもとに、各ダムと調整して決めます。渇水期間中は、毎日朝夕2回の会議で日々判断されていました。これは、土日祝日も含めて休みなく続きました。
下流で必要な流量の予測は、水文データと言って、過去の川の流量や水位などの情報や、降水量などの気象データと、河川からの取水実績、取水計画などから、数日先までの流量予測を行って検討します。そして、ダムからの補給量は、各ダムの貯水状況や、回復のし易さ、ダムから放流して下流に設定する基準地点に到達するまでのタイムラグ(※ここでは丸一日以上あります)を考慮します。さらに、利根川本川に至るまでの間に、支川からの補給があるかなども含めて、ベストの補給量を追求するための繊細かつ高度な判断が行われています。
それから各ダムは、統管から出される「放流指示書」に従ってダムの補給操作を行います。我々ダム管理者も、予測に必要となるデータを提供したり、無駄のない効率的・効果的なダム運用を統管と一緒に考え、どのような指示にも速やかに対応出来る体制を常に考えて準備してきました。(※図参照)
利根川上流8つのダムそれぞれが川への補給を行う。各ダムからの補給タイミング、補給量は「統管」が様々な情報を総合して決定し、放流指示(上:実物)を出す。その意思決定に必要な情報を、各ダムが統管に提供することもある。発電など、利水を行う機関との連携も重要。
結果的に、4月から取水制限が解除された9月2日までの8ダム全体からの補給量は、東京ドーム239杯分、約2億9,600万m3にのぼりました。そのうち、矢木沢ダム・奈良俣ダムからの補給量は約1億6,600万m3で、全体の56%を占めます。今回の渇水では、フル回転で大きな役割を果たしてきました。
この間、両ダムとも発電設備がある関係から、東京電力矢木沢発電所、群馬県企業局奈良俣発電所と連携して、昼夜問わず指定された時間に指定された量を確実に放流できるように対応してきました。
6月16日には、8ダムの貯水量低下に伴い、取水制限が10%により貯水量を温存する策がとられましたが、その裏では、もっと貯水量が減った時の「非常事態」を想定して、利水容量以外の容量活用の検討を行うなど(※参考図はこちら)、今回の渇水を凌ぐために、常に先を見据えた準備も並行して進めてきました。この頃は、過去にない深刻な状況も考えられる時期でしたので、やはり、緊張しましたね。
私は、これまで利根川上流の3つのダム管理所に勤務し、そのタイミングでそれぞれ大渇水を経験しています。下久保ダムでは昭和62年の首都圏渇水を、草木ダムでは九州から関東まで広い地域で起きた平成6年の列島渇水を、そして矢木沢、奈良俣ダムを管理する沼田総合管理所では今回の渇水を経験しました。
昭和62年の渇水は、期間が71日間で最大30%の取水制限、平成6年の時は、60日間で最大30%に及びました。今回の渇水では、79日間と長期間だったものの、取水制限は最大10%にとどまり、市民生活への直接的な影響は回避できました。しかし、途中までは過去にないペースで貯水量が減っていったので、もし、6月中旬以降の断続的な降雨がなく空梅雨だったとしたら、間違いなく歴史的な大渇水となって、首都圏が混乱する非常事態になっていたと思います。利根川の渇水に遭遇するたび、首都圏を抱える利根川の水事情はまだまだ厳しいことを実感します。
今回、渇水となって多くの取材を受けましたが、その際、私が心掛けたことが2つあります。一つは、ダムの役割と必要性を正しく知っていただくことです。洪水をため込んで下流側の洪水被害を防いだり、今回のように渇水のときはダムに貯めておいた水を川に補給したりと、河川の水を確実にコントロールできるのはダムだけです。これまでも、安全・安心な市民生活を送るために必要不可欠な施設であることを機会があるたびにお伝えしてきました。また、ダムによる水資源は、水源地域の協力があって生み出されるものですので、節水協力の呼びかけにおいては、水源地域への感謝の気持ちを持っていただくためのメッセージの発信にも努めました。
もう一つは、私が所属する水資源機構のPRですね。水資源機構の前身となる水資源開発公団は昭和37年に発足したのですが、当時は東京オリンピックを控えるなかで東京砂漠と呼ばれた大渇水の真っ直中でした。そんな中、国策として計画的に水資源開発を進めていくために設立されたのです。 以来、利根川の水を首都圏に導水する武蔵水路の建設や、水源ダムの建設など、これまで利根川・荒川を含む全国7水系で水インフラの建設・管理を行って、日本の発展に貢献してきました。
今回の渇水でも、貯水池の変化が分かる定点写真や、ドローンを使った空撮映像など、ホームページに掲載する情報の充実に努めてきました。これはもちろん、マスコミのニーズも考えてのことです。スタッフは限られていますが、現地取材の要請も断らずに何より優先して対応してきました。
こういった成果が、私たち組織の知名度アップにつながり、広域的な水供給の担い手として、多くの優秀な若い人達が、私たち水資源機構で仕事がしたいと希望して来てくれることを心から期待しています!