国際化時代に乗り遅れないために

 

第2回『国際競争力向上のための国際人流の課題』

 

 


21世紀初頭のわが国の目標の一つに、わが国の産業・経済の国際競争力の強化がある。この実現に向けて、自由競争への規制緩和等の制度改革とともに、産業活動等を支える交通等の基盤整備が必要であるといわれる。今回はこうした視点から、特に人流面で必要な交通基盤のあり方を探った。
 

 

[背景]

§わが国の国際競争力の評価

 わが国の国際競争力を多面的に評価した場合、科学技術は高いが、国際化、政府、インフラ等が低くなっている。近年は、経営や財政も下がっている。

 

§アジアで進展するハブ空港・港湾整備

 国際人流を左右するハブ空港や港湾の国際交通基盤の立ち後れは、欧米のみでなく、アジア諸国との競争においても顕著である。

 

§コンベンション・観光でも立ち遅れ

 人的交流について、わが国の各都市でコンベンション都市・国際観光都市を目指す動きがあるが、欧米諸都市やシンガポールや香港等に比べ、質量ともに立ち遅れている。

 

§欧米をめざす研究者

 研究者の交流について、従来からの対欧米交流に加えて、アジア交流の進展が最近の傾向としてみられる。

 

 

論点:

 

 ・国際競争力の向上に資する交通基盤整備はどのようなものか?
 ・諸外国の交通の優れた点とわが国への導入の課題は何か?
 ・企業のグローバリゼーションを支える交通基盤はどのようなものか?

 

 

[ゲストスピーカー]







 


 国民の海外旅行が増え、アジア諸国や日系人労働者の姿も増えたわが国であるが、国際会議や研究交流、国際ビジネスの面での交流は、欧米はもちろん、シンガポール等にも及ばない。こうした状況を変えていくために、交通基盤としてはどのようなことが必要かを議論するために、海外事情通の以下のお二方をお招きした。
 







 

 












 


天野 昭(あまの あきら)
(株式会社ニューメディア
          代表取締役)
 月刊雑誌「ニューメディア」等の発行人。ニューメディアやニュービジネスに関する執筆・講演・企画等に携わりコンベンションビジネス事情に詳しい。今回は海外コンベンション都市の実状と旅客交通等についてお話ししていただいた。
 












 


渥美 裕之(あつみ ひろゆき)
(三菱商事株式会社
   企画開発部 企画室 課長)
 国際的なビジネスを展開する企業社員として、米国ロスアンゼルス駐在をはじめ豊富な海外経験を持つ。今回は、米国と日本の交通事情の比較などを中心に、自身の経験に基づいたお話をしていただいた。

 












 

 


国際交流先進都市の事例から(話題提供:天野氏)
 

●シンガポールの事例

 リー・クアンユー前首相は、シンガポールにおいて、MICE(マイス)産業(Meeting,Incentive,ConferenceまたはConvention,Exposition)を振興させるために、インフラにおける「TF」重視政策をとった。

 この「TF」とは、トランスポーテーション(24時間空港の整備や魅力あるエアラインづくり)、テレコミュニケーション(高度情報通信都市化)、ツーリズム(安全で顧客本位の都市づくり。アフターコンベンションの充実)、ファイナンシャルセンター(金融拠点化し、優秀な人材を世界から集める)の4つである。

 シンガポールは、1965年の建国当初からTF重視のインフラ整備を軸に、MICE産業の振興に努めた結果、当国は欧米の下請け・模倣中心から脱却し、90年代にはいわば「知的所有権本位国家」への転換に成功した。


[コラム:無料シンガポール市内観光(Free Singapore Tour)]
 シンガポールでは、観光振興の一環として、政府がトランジット客向けに、以下のような無料観光ツアーを提供しており、好評を得ている。
 (ツアー内容)
   中心地区、金融街、チャイナタウン(中国福建寺院、アルアルパー回教堂)を通過
   [晴  天  時]小船(Bumboat)に乗って川下り、東海岸
   [雨  天  時]郊外のショッピングセンター、公団住宅街を通過
   [ツアー開始時刻]10時、13時、14時、15時、16時、17時、18時、19時の計8回
            (所要時間2時間)

 

 

●ラスベガスの事例

 米国ラスベガスは、カジノの街からの脱却を図り、安全なまちづくりとファミリーエンターテインメントの向上に力を入れている。特に、ホテルからの税収を、まちづくりに還元するとともに、コンベンションビューローの充実も図っている。また、無料イベント、ホテルや劇場におけるエンターテインメント、ショッピングセンター、マルチメディア活用型ゲームセンターなど多様な集客施設を充実している。さらに、地元住民向けの郊外エンターテインメント施設も整備している。

 わが国からは、福岡からのチャーター便を皮切りに(1997年)、現在は成田からの定期便のみであるが、将来、わが国の各都市からこのようにけた違いのコンベンション機能をもつラスベガスへ定期便が出るようになると、国内の関連する観光産業は打撃を受けるのではないだろうか。


[コラム:ラスベガス市のコンベンション戦略]
 ラスベガス市のコンベンションセンターの利用費は、1 Square Foot(1日)につき20セント、これ以外に準備と後片付けの時間の会場使用代として、1 Square Footにつき10セント請求される。これは、他都市に比べかなり割安である。
 一方、ラスベガス市内のすべてのホテルは、利用客にOccupancy Taxと呼ばれる10%の税金を請求することが義務づけられており、この税収の一部がコンベンション会場費の一部
負担し、会場費を安く設定できるのである。
    Las Vegas Convention & Visitors Authority ワシントンDC事務所の回答より
           http://www.lasvegas24hours.com/contact/ct_plan.html
 

 

●わが国のサービス産業に必要なもの

 日本のホテル産業が低迷しているのは、不況の影響だけでなく、日本のサービス産業の空洞化が進んでいるためではないか。今後、航空の利便性が一層高まると、日本のサービス産業も国際競争に巻き込まれるため、従来の「安全性」というメリットだけでは勝てなくなる。

 「人・モノ・カネ・情報」の次に大切なのは「サービス」。このサービス向上のためには、キャラクターやエンターテインメントを活かした「魅力づくり」が必要である。

 このため、競争力をつけるには、道路のようなインフラ整備とともに、「人を迎える雰囲気づくり・装置づくり」が大切である。

 


駐在時代の経験からの日米交通比較(話題提供:渥美氏)
 

●米国の交通事情

 1986年から91年にかけて米国ロスアンゼルスに駐在し、西海岸のベンチャー企業への投資、共同事業やベンチャーキャピタルへの出資等に携わった。当時は、会社までの約20マイル(35キロ)を車で通勤していた。

 米国の交通事情を考える際のポイントは次の3点である。

@国土の広さ   必然的に航空機や車が発達する。

A合理性と効率性 ユーザーの立場で、いかに使いやすくするかを考えた

ムダのない交通システム

B自己責任    自分の責任において周囲に迷惑をかけないことを重視。

 

●米国のクルマ社会について

 高速道路は全米でほぼ無料の文字通りフリーウェイとなっている。また、道路は車線が多く、ループ(環状線)が整備されているが、ロスアンゼルスでは朝夕には4車線でも渋滞するほど車の絶対量が多い。また、すべての道路に名前があるので、カーナビがなくても、目的地に容易にたどり着けるようになっている。さらに、交通法規にメリハリがあり、歩行者に配慮していれば柔軟な対応が可能となっている。

 一方、クルマ社会への反省として、排ガスの環境・健康に与えるダメージを考え、カーシェアリングやゼロエミッション車の導入を進めてきている。(但し、カーシェアリングはその専用車線の設定により、逆に車線数が減少し、渋滞の原因となるとする反省も多い。)

 

●航空機

 シャトル便は30分、1時間ごとに発着するので、予約なしでも利用可能であり、荷物がなければゲート直前でのチェックインが可能であるなど、簡便で合理的である。また、空港の駐車場が充実している上に、レンタカーの活用で航空機を降りた後の乗り換えがスムーズになっている。

 さらに、航空会社の統廃合が進んだ結果、低料金・利便性向上が実現し、サービスのバリエーションが広がるなど、競争原理もはたらいている。

 

●鉄道

 NY周辺やサンフランシスコ等で通勤に供されているほかは、主たる交通手段になっていない。公共交通としてより、「ゆとりとリラクゼーション」の場として利用され、高齢者やこどもがゆったり風景を見て旅行を楽しむ手段となっている。

 一方、環境問題への対応策として鉄道を見直す動きもあり、LAでも、1991年ブルーライン、レッドライン等の鉄道がスタートしたが、渋滞緩和にどれだけ成果があったかは不明である。

 

●バス

 バスの利用者は、車が買えない低所得層というイメージがあり、米国では、バスは車や航空機の補助・二次的な位置付けにある。

 


ディスカッション再録:諸外国と比較したわが国の交通事情について
 

●米国の公共交通と都市事情

Q:幹線交通としてのバスはないのかもしれないが、住宅地と駅を結ぶようなシャトルバスはないのか。

A:駅に巨大な駐車場があるので、たいてい車で移動してしまう。

A:例えばLAの場合、必ずしもダウンタウンが中心ではなく、ビバリーヒルズ、オレンジカウンティなどの複数の拠点があるため、人の流れも多方向を向いている。また、ダウンタウンは治安が悪く、歩行に適さない。こうした状況から、もっぱら車が利用されるなど、主要な交通システムは各都市ごとに異なっている。

A:米国では、まず取り組むべきは安全なまちづくりであり、放っておくと都市に低所得層が流入しているので、治安に配慮しなければならなくなる。例えば、アトランタでは、オリンピックの際に、スラム街を空港のそば(住宅地から遠く、空港の清掃やケータリングなど一定の雇用の場がある)に移転させている。

A:最近、NYの治安がよくなったのは、米国経済の好況の影響もある。

 

●外国人にとって便利な方がよいのはクルマか公共交通か

Q:我々が外国人としてある都市に行ったとき、車が使いやすいのと、公共交通が使いやすいのとでは、どちらが早く現地生活にとけ込めるだろうか。

A:車が使いやすい方が早いのではないか。例えば、フランスの鉄道などは外国人に非常にわかりにくい。これに比べれば、車の方が自由に動けるので、皮膚感覚として現地に早くなじめるのではないか。

 

●外国人がみたわが国の交通は

Q:視点を変えて、外国人は日本の交通にどんな印象を持っているのだろうか。

A:初めて来日した人は日本語が難しくきびしいと感じるだろうが、2回目以降になり慣れてくると2カ国語表記が普及していることに感嘆している。しかし、道に名前がついていないことも外国人からはわかりにくいと指摘される。

A:米国では、PVA(最近ではベトナム戦争で負傷した人たちが加入する団体)が、公共交通機関をつくるときに、アナウンスの音量や車椅子の使い勝手等について査定をするなど大きな存在になっている。

 


[コラム:PVAの活動]
 アメリカ麻痺退役軍人会(PVA:Paralyzed Veterans of America)は1946年設立、脊髄関連の障害、疾病の結果、麻痺のある退役軍人のニーズによって設立された全国的なサービス組織で、一般大衆の寄付で運営されている。良質なヘルスケア、リハビリテーション、脊髄の障害や疾病を持つ人々の完全なる市民権を保障するために活動する組織。
 

 

●良いコンベンションとは

Q:都市の魅力を向上するためにも、良いコンベンションは大切だが、どうしたらよいか。

A:そのためには、目的税の活用による料金の優遇等を通じて、国内外の良いコンベンションを持ってこなくてはならない。また、アフターコンベンションの魅力づくりとして、エンターテインメントの充実、特にファミリー客を想定する必要がある。

また、集客数の季節変動をなくして雇用を安定させること。そのためには、定価ではなく時価のようにきめ細かな料金設定をして、常に人を呼ぶよう努める。

東京は、こうした面が欠けており、この20年間で国際的コンベンションの大半を失い、京都など他の都市に奪われている。

 

●今後のコンベンション都市競争の展望

Q:国内外のコンベンション競争における今後の展望はどうか。例えば、アジアで開催するコンベンションの場合、東京はシンガポールに勝てるのか。

A:シンガポールの戦略は優れて一歩先んじている。リー・クアンユー氏は、女性(国際会議出席者の夫人)にとって魅力あるコンベンション施設づくりをした。例えば、ショッピングや観劇を充実させるなど。また、ホテルマネージャーには、秘密を厳守するドイツ系スイス人を充てるなど、サービスの国際的レベル向上に努めた。

 

Q:コンベンション都市における交通の条件とはどのようなものであろうか。

A:空港からのアクセスが第一。例えば、福岡などは空港から近いが、あとはすべて空港から遠く、これでは人を呼べない。

A:那覇もよいのではないか。札幌は十分な土地がある割には空港が遠い。

日本は、何といってもコンベンションの歴史が浅い。ラスベガスは1955年頃から、コンベンションを軸にしていくことを決めていて、それ以降の蓄積がある。

日本の場合、東京より関西の方が可能性があるのではないか。例えば、美術館を開放して賓客を接待するなど、地域の財産を活かしたアイディアなどがほしい。

 

●ビジネスの視点でみたわが国の交通

Q:商社の目から見た場合、企業活動のしやすさという面において、交通の果たす役割はどのようなものか。米国と日本の違いはあるか。

A:日本企業の中でもかってはNYに本社があったが、現在では、機械・金属といった各業務ごとに「より需要家(メーカー)に近く、交通の利便性の高いところ(例えばハブ機能を持った空港があるなど)」に移転する動きが出てきている。今後、日本でも、このような傾向が出てくるのではないか。東京でも、分権・分散は始まっているが、まだ萌芽段階といえる。

A:例えば、移動体通信の中心地はサンディエゴ。サンディエゴの空港は古いが、空港から30分以内でファルコンなどの大企業に行ける。こうしたファンクションやビジネスユニットの集積により、さらに企業が集中する。

東京は一時外資が引き上げたが、賃料が下がったことや、優秀な人材やインフラが整っていることから、情報産業・金融系を中心に再び東京への外資の集積が始まっているのではないか。ただし、都心ではなく甲州街道沿いや川崎などに集中している。

 


(研究会を終えて)
 諸外国で、交通サービスの優れた都市をみていくと、その他の都市サービスの魅力も優れている。
 そこで、わが国の都市の交通整備は、観光やコンベンションなどのその都市の交流促進戦略とクルマの両輪にして進めるべきであろう。このように、海外から多くの人に来てもらうようにするためにという観点からみると、整備すべきわが国の交通のネックとして、空港アクセス、道の案内板などの道路交通環境などが課題であることが明らかにされた。また、高齢者向け交通整備を進めるしくみなどについても、米国のPVAの活動など、参考になる事例があった。
 

 

 

第3回研究会へ(本文のみ、図表はPDFファイルを参照ください)

 

総合的な交通体系のページへ