はじめに はじめに


 運輸省は、一昨年12月、我が国の行政改革や経済構造改革等の推進が焦眉の急であることに鑑み、自由競争の促進により交通運輸の分野における経済活動の一層の効率化、活性化を図るため、従来の運輸行政の転換を行い、その根幹をなしてきた需給調整規制を原則として目標期限を定めて廃止することとした。
 このため、昨年4月に運輸政策審議会にモード別の部会が設置され、需給調整規制の廃止に向けた諸問題への対応を図るための環境整備方策等についての審議が開始されたところである。
 総合部会において取りまとめた「交通運輸の直面する政策課題と需給調整規制廃止に向けての今後の行政の役割について」は、これまでの運輸行政の手法が抜本的に変更されることに伴い、「需給調整規制廃止後の交通運輸政策の基本的な方向について」、今後の交通運輸の政策課題、官民の役割分担等の運輸行政のあり方の基本理念に係わる事項を取りまとめたものである。


1 我が国経済社会をめぐる環境変化
(1) 我が国内外における環境変化
 21世紀を目前に控え、我が国は以下に掲げるような大きな環境変化に直面しており、日本経済はいわゆる重層的転換点にきている。
 高次な成熟経済社会への転換等に伴う国民の価値観の多様化・高度化、我が国産業全体をめぐる高コスト構造と産業の空洞化等の諸課題に対応し、経済構造改革と財政構造改革の推進が焦眉の急となっている。このような状況の下、経済活動の効率化、活性化と同時に利用者の視点に立ち国民が真の豊かさを実感できる社会を実現するための取り組みが期待されている。
 また、情報通信技術の飛躍的発展、情報通信機器の低廉化と急速な普及等を背景とした高度情報通信社会の構築により、個人と企業、社会の関係等が大きく変化し、我が国の経済社会構造が大きな変革を迎えることが予想される。
 このような国内外における様々な環境変化に対応するため、市場原理と自己責任原則の下に自由競争を促進し、産業の一層の効率化・活性化、利用者ニーズの高度化に対応することが重要となっている。
・国際環境
 情報通信の高度化、輸送技術の飛躍的発達や自由貿易体制の拡大に伴い、人、モノ、カネ、情報が地球的規模で動く時代となり、企業がより有利な事業環境を求めて国を選ぶ、いわゆる大競争時代が到来しつつある。また、単に経済のボーダーレス化のみならず、人々の意識もボーダーレス化し、経済及び国民の意識の両面におけるグローバリゼーションが進んでいる。さらに、冷戦構造の崩壊以降、我が国をめぐる安全保障環境は複雑化するとともに、経済活動の地球的規模の拡大により、我が国は、環境、エネルギー、食糧問題等をはじめとする全地球的規模で対応すべき諸課題に対し、積極的に対応することが期待されている。

・国内環境
 我が国の経済社会は、成熟化する一方で、財政事情が極めて悪化するなど新たな局面に入っている。
 また、経済の成熟化に伴い、国民は個性的で自由な生き方を求めるようになるなど、価値観・意識等の多様化が進行している一方で、経済的な豊かさと国民のゆとりと豊かさの実感との間に乖離があることが指摘されている。
 一方、国内産業をめぐっては、従来型の企業中心的、集団主義的考え方や行動様式が新たな経済社会への転換を図っていく上での阻害要因となり、また、アジア諸国の急激な経済発展の中で、我が国産業の空洞化も進んでいる。
 さらに、平均寿命の延び、女性の晩婚化・非婚化などにより、我が国では他国に例を見ない速さで高齢・少子化が進み、21世紀初頭には今まで経験したことのない高齢社会への移行が予想される。

(2) 需給調整規制廃止の背景
(i) 「需給調整規制」とは、事業参入に当たっての行政の判断基準として、「需要と供給の関係を判断し、供給が多すぎると判断される場合に新規参入を認めない」という規制の一形態である。交通運輸分野においては、鉄道、バス、タクシー、旅客船、航空の各事業法において、モード毎にその特性による差異はあるものの、総じて「事業の開始によって当該路線又は事業に関わる供給輸送力が輸送需要に対し不均衡とならないものであること」を事業参入の要件の一つとしてきた。

(ii) これまで、交通運輸分野において需給調整規制が採用されてきた論拠は、各モード毎に一様ではないが、一般的には、その根拠として、過当競争による運輸サービスの質の低下、安全性の低下を防ぐとともに、市場における独占性を付与し、採算路線と不採算路線との間のいわゆる内部補助を容易にすることによって交通運輸サービスを確保し、また、モードによっては「規模の経済性」によって社会的により低い費用での生産を可能とすることを通じて、利用者に対して良質のサービスを安定的に供給し、利用者利便の確保を図ること等があげられる。
 特に、我が国経済の高度成長の時代には、大幅に伸び続ける需要の増大に対応した適正な輸送力の確保、それを支えるために必要不可欠な新規参入企業の質の確保を図る上で有効に機能してきた。

(iii) しかし、その後の自家用交通の顕著な普及拡大は、そのような公共用交通の参入規制の有効性を減少させた。また、近年の交通需要の一層の拡大は、もはや規模の経済性が作用しにくい段階に達しているとも考えられる。このような認識を背景として、需給調整によらなくても市場のメカニズムの中で所期の目的がよりよく達成される場合があるのではないか、あるいはこの規制の存在により却って効率的な事業運営が阻害される面もあるのではないかとの指摘がなされるようになった。すなわち、需給調整規制は既存サービスに関しては、内部補助による不採算サービスの維持、安全性・利便性の確保等の点において一定の役割を果たしてきたが、一方、その制度の下では、臨機に新たな運輸サービスを提供しようとする意欲のある事業者の参入が事実上妨げられることがあったり、また既存事業者のうちで効率性や進取の意欲に乏しいものであっても、事業の継続が可能となるようなことから、結果的に国民意識・国民生活の変化を反映した消費者のサービス需要の多様化への柔軟な対応が困難になるおそれも生じてきた。
 また、国際的な大競争時代の到来、情報化の進展に伴い、我が国の運輸企業が運輸サービスの向上、コストの削減を図るために、従来以上に事業の効率性の確保が求められることとなった。

(iv) このため、各モード毎の特性を踏まえつつ、利用者の新しいニーズに対応し、サービスの多様化を図り、利用者が望ましいサービスを自由に選択できるような環境作りや事業の効率化の促進によるコスト削減等を通して、利用者負担を軽減するため環境づくりが必要になった。
 このような近年における急速な環境変化の顕在化を背景に、需給調整規制の在り方の見直しが必要になったことから、行財政改革をめぐる審議の中における指摘等も踏まえつつ、経済・社会のさまざまな変化に対応して我が国の交通運輸分野における経済活動の一層の効率化、活性化を図るため、運輸省は、一昨年12月、需給調整規制の原則廃止の方針を表明した。


戻る