3 交通運輸行政の役割についての基本的考え方 3 交通運輸行政の役割についての基本的考え方


 今般の需給調整規制の原則廃止は、民間活動を可能な限り市場原理に任せる、あるいは市場原理を可能な限り活用するという考え方に基づき実施するものである。市場原理は優れた仕組みであり、行政が市場の補完を行う場合、かえって効率性を損なうおそれがある場合もあることを十分考慮する必要があり、行政の関与は必要最小限とすることが原則である。
 他方で、このような考え方により民間活動を優先したとしても、我が国における経済社会をめぐる環境変化に対応しつつ、第2章に掲げる交通運輸をめぐる諸課題の解決を図っていくためには、以下に掲げるように今後も引き続き一定の行政の役割が求められるところである。
 ところで、前章でも掲げたように、交通運輸の分野には多種多様なモードが存在しており、各モードごとにそれぞれ個別特有の事情があることは勿論のことである。しかしながら、以下は、各モードの個別事情をとらえて整理するのではなく、各モードに共通する事項について整理し、交通運輸分野を一括りとして、行政の役割についての基本的考え方をまとめたものである。
 なお、この行政の役割の整理にあたっては、「行政関与の在り方に関する基準(行政改革委員会官民活動分担小委員会)」において示された行政の関与の可否に関する判断基準を参考とした。
 また、需給調整規制の廃止に伴い、中小企業の経営の安定、雇用の確保等の問題が生じることが予想されるが、このための環境整備方策について、各モード毎の特性を踏まえつつ検討することが必要である。

(1) 「市場原理の活用のための交通運輸の課題」への行政の役割
(i) 交通インフラの整備による市場環境整備
 国際的あるいは国内的な人、モノの移動ニーズに対応するため、国際ハブ空港・港湾、高速鉄道、国内基幹空港の整備、物流拠点の整備等を重点的かつ緊急に行う必要があるが、これらの交通インフラの整備には多額の資金を長期的に要すること等から、民間による投資は望みにくく、交通基盤整備による競争環境の整備が必要である。

(ii) 新たなニーズに対応したサービスの供給
イ. 社会における利用者ニーズの変化、これまでサービス供給を阻んできた諸条件の変化、交通運輸サービスの現状等の情報を幅広く潜在的事業者等に公表するなど、国際市場における我が国企業が特性を発揮できる事業分野の開拓、国内市場における新しい可能性を秘めたサービスの提供に資するための積極的な情報提供が必要である。
ロ. 新しいサービスを生み出す可能性のある新技術は将来性が不確実でしかも多額の費用が必要となるケースが多いため、それに対する支援が必要である。
ハ. 新しいサービスの開始には様々な不確定要因に伴うリスクが存在することから、新たなサービスの円滑な提供を促すため、こうしたリスクを軽減するための措置が必要である。
ニ. 新技術の開発、活用の促進という観点から、経済活動と密接に関連する既存の技術基準について、安全の確保を基本としつつ、技術の進展、ハードとソフトの連携等を踏まえ、その必要性、内容の妥当性、効果等について不断の見直しを行い、新たな時代に見合った内容のものに改めることが必要である。

(iii) 競争の促進措置による市場環境整備
イ. 航空、海運分野において公平な競争を促進するための国際交渉、輸送機器等の国際標準化・国際整合化への対応といった運輸事業を展開する際の多国間・二国間の国際調整が必要である。
ロ. 競争市場を機能させるための空港スロットの調整ルールの設定等競争的な市場環境を整備し競争を促進させるための機能が必要である。

(iv) 良質かつ低廉なサービスの供給
イ. 近年の情報通信技術の革新を踏まえ、情報通信機器等を活用したコスト削減を図り、高度化する荷主のニーズに対応していく必要があるが、個々の事業者による対応のみでは非効率であり、情報化を効率的に進めるための標準化が必要である。
ロ. 陸上、海上、航空輸送の全分野にわたってサービスを高度化させるための衛星利用による位置確認システム(GPS)など新技術の開発・活用が必要である。

(2) 「市場原理の活用のみでは十分に対応できない諸課題」への行政の役割
(i) 域内における円滑な交通運輸の確保
イ. 通勤混雑の緩和等を図るための鉄道等のインフラ整備(新線建設、複々線化等)については、その投資採算性から、民間単独による整備は期待しがたく、インフラ整備に対する支援が必要である。また、オフピーク通勤の推進を図るための関係者間における連携、調整が必要である。
ロ. 交通渋滞の緩和を図るため、走行環境の整備、大量交通機関の利用の社会的意義を広く理解してもらうための広報活動が必要である。
ハ. 通勤混雑の緩和、交通渋滞の緩和等による都市の生活環境の向上を図るためには、交通インフラの整備といったハード面の施策と交通事業の運営等のソフト面の施策を一体的に遂行することが必要である。
ニ. 需要が少ないことから採算がとれず、市場原理に任せていてはサービスが提供されないこととなるバス路線、離島航路、離島航空及び鉄道路線については、地域住民が日常生活を送る上で必要不可欠な足となっているものがあり、また、需給調整規制の廃止に伴い、都市部も含め、サービスの低下が懸念されることから、こうした生活交通サービスの維持等については、その範囲や維持手法、維持条件を明らかにし、所要の措置を講ずることが必要である。
ホ. 地域の足の確保に関しては、今後の地方分権推進委員会での地方分権のあり方についての議論も踏まえ、国と地方の行政主体の役割分担を明確化することが必要である。

(ii) 安心して利用できる交通運輸の確保
イ. 需給調整規制の廃止を通じて市場原理によるサービスの向上が期待されるものの、交通運輸サービスは、特に旅客輸送にみられるように、プロである運輸事業者対素人としての利用者の間の取引であり、利用者からみて選択のしにくい面もある。このため、市場原理の活用をもってしては十分な対応が期待できない利用者利益の確保のための方策につき、運賃の高騰、運転手の資質の低下等の防止を図るための措置が必要である。
ロ. このうち、特に運賃などの価格規制については、競争の促進により利用者負担の軽減、サービスの多様化等を図るため、ゾーン制、上限価格制への移行など一層の弾力化を図りつつ、できる限り緩和することが必要である。ただし、他方で、非競合路線において利用者に過度の負担を強いる価格設定、他者を市場から排除する略奪的な価格設定など市場原理に委ねるだけでは利用者の利益に合致しない場合も想定されるため、運賃などの価格について、利用者の利益を確保するための必要最小限の機能が必要である。
ハ. 利用者の自由な選択を促すために、判断の基礎となる情報の開示の促進、情報へのアクセスの容易化等情報の偏在の是正が必要である。

(iii) モード間の連携・調整の強化
イ. 空港ターミナルへの鉄道の乗り入れ、港湾の整備と道路の連携等の結節点整備によるモード間連携が必要である。
ロ. 高度道路交通システム(ITS)等の新技術については、自家用交通と大量交通機関との関係を前提とした効率的な開発・利用や各モード間にまたがる効率的な開発等を行う必要があり、こうしたモード間調整が必要である。
ハ. 交通渋滞緩和を図るためには、道路、鉄道等のそれぞれの特性を踏まえた交通需要の転換、調整を図る交通需要マネジメント(TDM)施策の企画立案等モード間の調整が必要である。
ニ. モード間の連携を円滑に進めるためには、我が国経済社会をめぐる環境変化に柔軟に対応し、競争条件の整備をはじめとする新たな政策について、国の関係省庁間、国と地方の連携・調整が従来以上に重要性を増している。

(iv) 安全で災害に強い交通運輸の確保
イ. 交通運輸の分野では、事故の発生が人命損害につながる可能性が高いことから、従来より安全の確保は交通運輸の最も基本的な課題である。特に、需給調整規制の廃止に伴い、市場原理の活用が安全の確保を損なうことのないような措置、新技術の開発・利用等による安全の確保、技術の進展に伴う基準の見直し、安全に関する国際協調等が必要である。
ロ. また、交通運輸施設等の耐震性の向上、リダンダンシー(代替輸送手段、経路等)の確保に際しての関係者間での密接な連携など災害時の交通運輸における危機管理対策が必要である。

(v) 高齢者等に利用しやすい交通環境の整備
 交通機関においては、高齢者、障害者が健常者と同様に移動できるような施設整備が公平性の観点からも望まれるところであるが、その費用負担に鑑み、民間による自主的な整備は期待しにくい。また、需給調整規制廃止により市場原理の活用が進められる中、このような施設整備の必要性は引き続き高まっていくと考えられ、このための鉄道駅におけるエレベーター整備等に関する指針作成・設備助成、リフト付きバスへの助成等が必要である。

(vi) 「環境にやさしい交通体系の形成」への対応
イ. 地球温暖化問題や窒素酸化物の排出問題等の環境問題は、広域的に、また将来世代に対し悪影響を及ぼすものであるが、民間による自主的な対策は期待しにくく、このような外部不経済の拡大がさらに進む恐れがある。このため、低燃費車等の技術開発及び普及促進、公共交通機関を中心とする大量交通機関の利用促進、モーダルシフトの推進とトラック輸送の効率化など物流の効率化の推進等による環境問題への対応、環境に関する国際協調等が必要である。
ロ. 環境問題への対応のための交通流円滑化対策等については、陸・海・空の各モード間の連携・調整の強化、及び交通インフラの整備といったハード面の施策と交通需要マネジメント(TDM)等のソフト面の施策との一体的な遂行が必要である。


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