1 需給調整規制廃止と「安全の確保」及び「消費者の保護」 1 需給調整規制廃止と「安全の確保」及び「消費者の保護」
(1) 交通運輸分野における需給調整規制の廃止と市場原理の導入
 従来より、鉄道、バス、タクシー、旅客船、航空等の交通運輸分野においては、需要と供給のバランスを判断し、新規参入について一定の制限を行う需給調整規制を行ってきた。需給調整規制は、路線や航路などに係る供給輸送力と輸送需要との調整を行うことにより、各モードごとに一様ではないものの、一般的には、過当競争によるサービスの質の低下や安全性の低下の防止、市場における独占性の付与により採算路線と不採算路線との間のいわゆる内部補助を容易にすることによるサービスの確保等を通じて、安全かつ良質な運輸サービスを安定的に供給し、国民の利便性の確保を図ることを目的として行われてきたものである。特に、これまでの我が国の経済成長の時代においては、右肩上がりの需要の増大に対応した適正な輸送力の確保、運輸サービスの質の確保等を図る上で効果があった。
 しかしながら、引き続き豊かな経済社会を実現するためには、社会全般における規制を緩和・撤廃し、又は、事前規制から事後的な措置へと移行することを通じ、市場原理及び自己責任原則の導入を図ることにより、経済社会を活性化していくことが現下の喫緊の政策課題となっている。このような状況の中で、交通運輸分野における需給調整規制を行うことは、既存のサービスの質の確保を図るという面で引き続き機能しうるとしても、
 ・ 国民生活の変化を反映し、利用者の多様なニーズに対応して創意工夫を凝らした適時適切なサービスの供給
 ・ 既存事業者におけるより効率的な事業運営努力
等が阻害され、結果的に利用者の利便の確保が困難になるおそれも出てきた。
 このため、交通運輸分野においても、原則として旅客輸送サービスの供給を自由化することにより、交通運輸事業者の創意工夫及び市場における公正かつ自由な競争を通じた事業活動の効率化・活性化を図り、交通運輸サービスの多様化や高度化、運賃の多様化や低廉化等交通利用者の利便の増進を図るため、平成11年度から遅くとも平成13年度までに、鉄道、自動車交通、海上交通、航空の各分野において、現行の需給調整規制を原則として廃止することとしている。

(2) 需給調整規制廃止後の「安全の確保」「消費者の保護」に関する基本的な考え方
 「安全の確保」「消費者の保護」は交通運輸サービスを提供する上で極めて重要な課題である。交通がますます高度化し、多様化していく中で、「安全の確保」「消費者の保護」は一層重要な課題となっている。
 需給調整規制の廃止は、市場原理と自己責任原則の下に競争を促進し、事業活動の効率化、活性化を通じてサービスの向上・多様化、運賃の低廉化等を実現していくことを目的とするものであり、事業者が提供しようとするサービスの質、量、水準及び内容については基本的には当該事業者の経営判断と責任において決定されるべきものである。
 しかしながら、需給調整規制の廃止に伴い、今後、交通運輸の事業分野への新規参入が容易となるが、経費の節約等による安全性の低下やサービスの質の低下などにより、「安全の確保」「消費者の保護」の面で利用者が不利益を被ることがあってはならない。
 このため、利用者が、引き続き安全で安心して利用できる質の高い交通運輸サービスを享受できるようにするために、需給調整規制廃止後の「安全の確保」「消費者の保護」のあり方について十分な環境整備が必要である。
 需給調整規制の廃止に伴う「安全の確保」「消費者の保護」のあり方に係る環境整備方策についての基本的な考え方を整理すると以下のとおりである。

 「安全の確保」「消費者の保護」への対応方策は、基本的には、それ自体の必要性によってあり方が定められるべきであって、需給調整規制の有無にかかわらず、その時点での社会的費用等を勘案して対応方策の選択がなされるべきであるが、他方、需給調整規制は「安全の確保」「消費者の保護」に一定の効果をもたらしてきたことも否定できない。
 したがって、需給調整規制廃止に伴い、新規参入が容易になることで、いろいろな事業者が出現することになり、また、競争の激化に伴う経費の節減等により、結果として安全性の低下やサービスの質の低下がもたらされることも懸念されることから、これらに対応するための方策の方法、対象、内容を必要に応じ改善、充実させていくことを検討すべきである。
 この場合の具体的な制度設計に当たっては、市場やモードの特性に十分配慮する必要があろう。
 また、「安全の確保」「消費者の保護」を目的とした対応方策といえども、市場における競争に何らかの影響を与えることに十分留意すべきであり、これらの方策が、合理的な範囲を超えて競争制限的な効果を持つものとならないよう、技術の進展や社会経済状況の変化に応じ、不断に見直していくべきである。
 さらに、行政として対応方策を採る場合には、手続の透明性を高めるとともに、その内容について説明責任を果たしていくべきである。

 なお、「消費者の保護」という概念は極めて広く、「安全の確保」や「生活交通の確保」も含まれているが、これらについては別に言及していることから、「損害賠償能力」「意見・苦情への対応」「情報提供」等の項目について検討の対象とした。


2 「安全の確保」に関する行政の関与のあり方

(1) 行政の関与の理由
 安全性を欠く交通運輸サービスを提供する事業者は、利用者の信頼性を失い、最終的には市場から淘汰される。しかしながら、利用者は自分自身が利用する公共交通機関の安全について事前には完全な情報を知り得ないか、たとえ知り得ても内容が極めて専門的であるために、安全な交通運輸サービスについて適切な選択を行うことができず、結果的に利用者が損害を被る可能性がある。
 また、万一事故が発生した場合には、人命の喪失、経済活動への影響、公共交通機関の信頼失墜など多大な社会的損失が生じるおそれがある。
 さらに、事業者はその責任による事故を発生させた場合、被害者に対して損害賠償責任を負うが、保険や司法制度による救済はあくまでも人命の喪失等に対する事後的な補償手段にすぎない。
 これらのことから、「安全の確保」については、市場による自律的調整の機能に任せきることはできず、引き続き、安全基準の設定、定期的な検査制度等事故を未然に防止するための方策が不可欠である。併せて、事故の未然防止に最大限努めたとしても完全には防止することは困難であることから、万一事故が発生した場合においても、被害を最小限に抑える等の観点から今後とも適切な施策を講じることが必要である。

 また、「安全の確保」に関する国と地方公共団体の役割に関し、安全基準の策定については、人命や財産の安全の確保について国が責任をもって一定の水準を担保する必要があること、交通運輸サービスは一の都道府県の範囲を超えて広域的に提供されることが多く、基準の統一を図ることが事業者と利用者の利便に資すること、といった理由から、国が専門的な見地から全国的・統一的に基準の策定を行うことが適当である。その際には、地域の特性にも配慮すべきである。

 なお、「安全の確保」は、生命、財産に係わる極めて重要な問題であり、今後とも交通運輸サービスの最も基本的な課題として、交通運輸行政の根幹をなす分野であると考えられる。そもそも「安全の確保」は、事業参入、事業運営面のあり方、乗員の資格のあり方、輸送機器・施設の技術基準、検査体制のあり方、事故原因の究明及び対応方策のあり方等が総合的に講じられることによって担保されるべき課題である。運輸政策審議会総合部会では、このうち主に事業参入、事業運営面のあり方等に関する視点を中心に審議したが、安全に係る問題は、技術的施策に極めて関わりの深いものであることから、このような技術的事項も含めた安全に係る問題については運輸技術審議会等における検討結果、審議状況等と整合性をとりながら、事業形態の多様化等の社会経済状況の変化、事業活動の効率化に配慮しつつ、別途、総合的に検討する必要があると考えられる。

(2) 「安全の確保」のための具体的措置

(i) 事業参入に係る制度のあり方
 今後、需給バランスの観点からの参入規制の廃止に伴い、新規事業者の参入は容易となる。しかしながら、交通運輸の分野において一旦事故が生じた場合の被害の甚大さ、社会的影響の大きさや他人の生命・財産の輸送を担うという事業の特性等に鑑みれば、いかなる者でも事業に参入できるという訳ではなく、参入に当たっては、競争市場に参加する資格要件として、まず一定の安全水準を保持しうる者であるか否かについての客観的な審査を行い、事故の未然防止と安全水準の低下の防止を図ることが必要である。
 このため、交通運輸分野への事業参入に際しては、モードによる差異があるものの一般的には、引き続き、当該事業者の事業内容が安全基準に適合していること、安全な運行を確保する適確な事業遂行能力を有していることなどの資格要件についての審査を行うことが必要である。
 なお、審査は必要最小限の事項について行うこととするとともに、審査事項について不断の見直しを行うことが肝要である。

(ii) 事業運営に係る制度のあり方
 事業者の参入に当たっての審査についての考え方は前述のとおりであるが、参入時点での審査は、その後の事業運営における安全性を継続的に保証するものではなく、例えば、新規参入者の増加により、競争が激化することが予想され、事業者の事業内容が悪化し、経費の節減や労働条件の悪化等による安全性の低下などにより、結果的に利用者が不利益を被るおそれがある。
 このため、安全に関する参入資格を得て参入してきた者は、法令に基づく安全基準を遵守する等常に所定の安全性の確保に努めることは当然であるが、行政としても安全に関する立入検査等により定期的に事業者の安全性の保持に関する確認を行い、万一、事業者が安全上不適切な輸送を行っている場合又は事故を起こした場合等には改善の勧告又は改善命令、事業停止命令等の厳正な行政処分を行う等事後的に適切な措置を講ずるという手法が有効である。
 安全に関する立入検査等については、新規参入による事業者数の増加、利用者に対する安全に関する情報の適時適切な提供の必要性等を考慮すれば、検査の回数の増加、検査対象事業者の重点化、検査内容の充実、検査結果の公表等、効果的・効率的な検査体制づくりを目指すべきである。また、行政処分については、その発動要件の明確化及び公平性・透明性のある客観的な運用を行うべきであり、これらにより、監視機能の実効性を高めていく必要がある。

(iii) 利用者への情報提供のあり方
イ. 利用者への情報提供の必要性
 事業者と利用者の間に生じる安全に関する情報の量・質の格差を完全に解消することは困難であるが、利用者が事業者を選択するための判断材料として利用者の役に立つ情報、例えば、輸送機器の不具合発生状況、事故原因に関する情報など安全に関する情報について情報公開を推進することは、事業者の安全に対する意識や利用者の安全への関心を高め、選択意識の向上を促す上で非常に重要であり、結果として、市場メカニズムを有効に機能させることとなる。
ロ. 情報提供のあり方
 情報公開の推進に当たっては、行政及び事業者が各々の役割に基づき、透明性と公平性の考え方を徹底させつつ行うことが重要であるが、第一義的には事業者が自己の情報を積極的に提供するよう努める責務があるものと考えられる。
 行政は、利用者の適切な選択に役立てるという観点から、事業者による正確・公正な情報の提供を促すとともに、安全に関する情報を収集し、国民に公正、中立な情報を提供し、「安全性」という内容的に極めて専門的で利用者が充分理解することが困難な情報を適切に評価し、利用者にわかりやすく提供するなど、事業者による情報公開の補足的な役割を果たす必要がある。
 また、情報の提供の方法については、利用者からの情報へのアクセスが容易となるよう配慮すべきである。

(iv) 事業者の責務・交通従事者の資質の確保等
イ. 事業者の責務
 事業者は、安全な運行(航)の確保のために、(i)運行管理体制(運行の責任体制、組織体制)の整備、(ii)運転者、保安要員等交通従事者に対する安全教育訓練体制の強化・充実、(iii)事故・緊急時の体制の整備、(iv)労働法令の遵守等適切な労働環境の整備等に努めることが必要である。
 また、事業者は、常に交通従事者を指導、監督するとともに、運転者の適性診断や健康診断の実施を通じ、その資質の保持に努める必要がある。
ロ. 交通従事者の資質の確保
 交通従事者は、交通運輸サービスの提供のための第一次的な当事者であり、仮に、当該交通従事者が、運転取扱が未熟であったり、運転取扱等安全に関する法令・規則を遵守しない場合、また、心身の健康状態に重大な欠陥がある場合等には、運行(航)の安全の確保に重大な影響をもたらし、ひいては事故を発生させるおそれがある。
 このような交通従事者の資質を確保することは、安全で良質な交通運輸サービスを提供していくうえで根幹をなすものである。現状では、交通従事者の中でも運転または操縦を行おうとする者について、運転もしくは操縦に関する知識・技能が一定の水準を超え、また身体検査基準に適合すると認める者に限り、運転又は操縦の資格を与える制度がある。これらの資格制度は安全の確保の手段として引き続き重要であるが、他方で技術の進展等を踏まえて不断に見直していくことが必要である。
ハ. 専門家の育成等
 安全の確保の分野は、技術進歩が急速に行われている分野であり、十分な技術的審査能力を保持していくには、安全に関する検査など安全規制に携わる職員について、高度かつ専門的な知識を有するスペシャリストとしての育成に努めることが適当である。
 また、監視機能の実効性を高めるためには、関係省庁との連携を一層密にしていくことが必要であろう。


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