II 需給調整規制廃止後における旅客鉄道事業制度のあり方
3 運賃に係る制度のあり方
(1)現行運賃規制の考え方
 現在、鉄道事業の運賃及び特急料金等の料金については、鉄道事業法に基づき設定・変更ともに認可制が基本となっている。
 また、運賃の認可制に係る具体的な規制方法は、従来、個々の鉄道事業者ごとに当該事業者に係る個別コストの積み上げによる総括原価方式を採用してきたが、これについては、(i)利用者利益の増進、(ii)経営効率化の促進、(iii)鉄道事業者の自主性の確保、(iv)透明性の向上と規制コストの軽減を図る観点から、平成9年1月に、次のとおり新しい旅客鉄道運賃制度が導入されたところである。
(i)上限価格制を導入し、認可対象となる運賃水準及び運賃体系は上限のみとし、鉄道事業者は上限運賃の範囲内であれば報告のみによって運賃の設定・変更を可能とした。

(ii)原価計算の期間である平年度をこれまでの1か年から3か年に延ばした。

(iii)ヤードスティック方式を強化することにより、上限価格の上限値の算定に際しては鉄道事業者の原価をそのまま使用するのではなく、効率的な鉄道事業者にはボーナスを、非効率的な鉄道事業者にはペナルティを与えることとした。

(iv)公共料金に係る事業としては初めて情報公開のルール化を図った。

(2)今後の運賃規制の取扱い
 今後の鉄道運賃規制のあり方の検討に際しては、利用者利益の保護を第一義的に考え、これと規制緩和の趣旨である市場原理、鉄道事業者の自己責任原則の活用等とのバランスを図る必要がある。その意味で、新しい旅客鉄道運賃制度は、これらの観点を踏まえた規制方式であるが、さらに今後とも鉄道、航空、バス等における需給調整規制の廃止をはじめとする規制緩和が進行していく中で、鉄道市場における競争環境がどのように変化していくか等を踏まえつつ、鉄道運賃規制のあり方について検討を行っていく必要がある。
 需給調整規制の廃止後における鉄道市場については、他の交通機関相互との競争が一層活発化していくものと想定されるが、その一方で路線、地域等により程度の差はあるものの鉄道輸送サービスが支配的ないし優位な地位にある場合が多く、運賃について市場原理が十分に機能する状況にはなっていないと考えられる。また、鉄道利用は利用者が事実上鉄道事業者の設定した運賃等で利用せざるを得ないという一種の附合契約であり利用者に価格交渉力がないことを踏まえる必要がある。したがって、鉄道運賃等の規制については、今後とも利用者利益の保護の観点から行政が一定の関与をしていく必要がある。
 一方、今後は都市間交通を中心に交通機関相互の競争の活発化に伴い、運賃が競争戦略の重要な手段としてなお一層活用されることが想定されることから、今後の鉄道運賃規制については、このような状況に機動的・弾力的に対応していけるよう措置する必要がある。そこで、現在鉄道事業法の運用として実施している上限価格制については、上限運賃のみを規制するという原則を同法において明確に規定する必要がある。また、今後は、利用者利益の増進、公正な競争市場環境の整備等に留意しつつ、(i)経営効率化インセンティブの強化、(ii)運賃設定に係る鉄道事業者の自主性・自由度の拡大、(iii)透明性向上と規制コストの軽減等をさらに推進していくこととし、これらの観点が十分活かせる方向で現行規制の見直し・改善を図っていくものとする。
 また、運賃規制方式として、行政が物価指数等の外生的な数字を用いて運賃改定率の上限を設定し、鉄道事業者にその範囲内での自由な運賃水準及び運賃体系の設定を認める方式である「プライスキャップ制」が従来から議論されてきている。
 このプライスキャップ制については、(i)鉄道事業者の原価に関係のない外生的な数字(例えば、CPI−X、CPI:消費者物価指数上昇率、X:生産性向上努力率等)に基づき価格の上限を定めるため経営効率化インセンティブが強く働くこと、(ii)運賃体系等の設定・変更に関する鉄道事業者の自主性が高いこと、等のメリットが指摘されている。
 その一方で、プライスキャップ制については、(i)価格の上限値の算定に際し、鉄道運賃において原価に関係のない物価指数等の外生的な数字を用いることについて、合理的な方法が確立できるのか、(ii)経営効率化のメリットを利用者に適切に還元するためには上限値を定期的に見直す必要があるが、その見直し期間、方法等をどうするのか、等の課題が指摘されている。そこで、プライスキャップ制については、これらの指摘を踏まえつつ、さらに引き続き検討していく必要がある。
4 利用者利便・安全等の確保のために必要な措置
(1)情報公開のあり方
 鉄道事業者は利用者に対してサービス内容、運賃、鉄道事業への投資状況・将来構想をはじめとして事業に係る経営内容等の情報を幅広く積極的に提供することが期待されている。また、鉄道事業者や行政が情報を公開することにより、(i)利用者の適切な商品選択の可能性が高まる、(ii)利用者等の評価を通じ、施設整備も含めて輸送サービスレベルの向上の可能性が確保される、(iii)運賃水準について利用者の理解が深まる等の効果が生じると考えられる。したがって、今後、鉄道事業者や行政による情報提供を促す仕組みや情報公開制度について検討すべきである。
 その際、公開の対象となる情報、公開する際の情報の形、公開主体、公開手段、情報公開が実際に行われるような仕組み等について検討する必要がある。なお、列車遅延・運休等で利用者が不利益を被る場合があり、マイナス情報については、より積極的に開示することが期待されていることにも留意すべきである。また、旅客鉄道事業においては「鉄軌道業の情報提供ガイドライン」に基づき鉄道事業者が主体となって情報を提供する仕組みが最近設けられたところであることから、この仕組みの施行状況も踏まえる必要もある。

(2)利用者利便と安全の確保のための行政の関与
 行政の鉄道事業者に対する関与については、鉄道事業者の自主性・主体的経営判断を基本的に尊重するとの前提で検討する必要がある。利用者の利便や安全が阻害されると考えられる場合または現に阻害している事実があると認められる場合においては、行政が関与を行うことが必要である。しかし、その手段、内容については必要最小限のものとすべきである。

(3)鉄道技術行政のあり方
 鉄道技術行政の分野においても、安全水準等は低下させないことを前提としながらも、鉄道事業者の創意工夫を最大限に生かし、鉄道事業の活性化を図る制度へ移行することが求められている。また、技術革新の進展や鉄道事業者側の技術的経験の蓄積が進行している。そのため、今後の鉄道輸送サービスの安全、利用者利便の確保に係る規制をはじめとする行政関与のあり方等鉄道技術に係る制度全体の枠組みについて別途専門的に検討を進め、今後の鉄道技術行政の基本的あり方を明らかにする必要がある。


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