- 基本的な対応方針
去る2月26日に山陽新幹線で発生したJR西日本の居眠り運転において、当該運転士が睡眠時無呼吸症候群(SAS:Sleep Apnea Syndrome)であったことが判明した。SASは睡眠中に呼吸が止まった状態(無呼吸)が断続的に繰り返される病気であり、その結果質の高い睡眠を十分とれず、覚醒時に強い眠気等を招くことを特徴としており、居眠り運転による事故につながることが指摘されている。現在、日本における潜在患者は、約200万人という報告もあり、交通機関の運転従事中にこうした症状が発生することに伴う事故を如何に未然に防止するかが大きな問題となっている。
この問題は、鉄道のみならず、陸・海・空の各交通機関に共通する問題であり、安全な交通サービスを安心して国民が享受する上からも一日も早い対策が急がれている。
一方、SASは適切な治療により劇的に症状が改善される病気であり、早期に発見する方法やその治療方法も確立されているとのことから,交通事業関係者にとっては,交通安全の確保を図る観点で、運転従事者のSASを早期に発見し、適切な治療の実施継続と併せ厳正な健康管理の下で運転業務に携わる運行管理体制を確立することが極めて重要である。
なお、効果的に対策を実施するため、各交通機関の特性を十分考慮することが必要であり、今般、本問題への対応が急がれたことから、既に各交通機関ごとに対策を開始しているところであるが、「交通事業に係る運転従事者の睡眠障害に起因する事故等の防止対策に関する連絡会議」における検討を踏まえ、今後、以下の「2.交通機関ごとの具体的な対応策」に示すとおり、総合的に対策を推進する。
有効な安全対策の前提は、潜在的なSAS運転従事者の早期発見と、適切な治療の実施継続であることに鑑み、運転従事者に対する「SAS問題」への認識向上の取り組みとSAS検診の促進及び運転従事者が「SASであるとの診断」を得た場合には速やかに医療専門家の治療と指導による厳正な健康管理の下に置く等の措置により、安全な交通を確保する運行管理体制を整備するよう交通事業関係者への周知と指導の徹底を図る。 その際、SAS問題対策として、乗務資格の喪失等の措置をとらざるを得ない場合は別として、「SASであると診断」された者に対し、不利益な措置とならないよう十分留意する。
また、言うまでもないが、SAS問題への対応のみならず、あわせて飲酒運転の防止など交通安全確保について引き続き所要の措置を講じるよう指導の徹底を図る。
- 交通機関ごとの具体的な対応策
(1)鉄軌道交通関係
@地方運輸局を通じて鉄軌道事業者(運転従事者3万7千人)に対して、SAS等に起因する可能性のある事故事例等を再調査するとともに、これらの症状に対する認識を新たにし、健康管理や対応等について必要な措置を講ずるよう指導。
A鉄道局とJR各社や民鉄事業者の代表者の安全担当部長等から構成される鉄道保安連絡会議を開催して、各社の取組状況等を確認するとともに、SAS等に関する省内の検討状況や、必ずしもこの病気と診断されたことのみで運転従事者の資格を喪失させるものではないが、速やかに的確な対応をとる必要のあることを説明。
B上記@及びAを踏まえ、鉄軌道事業者においては、専門医の意見を踏まえ、社員に対してSASの正しい知識を啓蒙すること、チェックシートの活用などによる自己評価・申告を行える環境を整備すること、及び必要な場合には医師の診断・検査が円滑に進むよう自社の病院や診療所等に診断や治療に必要な設備の充実を図ることについて検討を行い、それぞれ準備を進めており、今後とも適切な対応をとるよう徹底。
(2)自動車交通関係
@専門医の指導を受け、SASの症状、自己判断方法、診断・治療方法等について自動車運送事業者・運転者向けに平易にまとめたビジュアルなSAS対応マニュアルを作成。
SASの診断・治療が可能な医療機関について情報収集を実施し、全国の約500の医療機関リストを作成。今後、対応可能な医療機関の拡大に応じてリストを改訂。
A上記@のSAS対応マニュアルと医療機関リストを事業者団体を通じて全国の自動車運送事業者(運転者数:バス約11万人、タクシー約40万人、トラック約84万人、計約135万人)に配布するほか、業界機関紙等に掲載し、以下のとおりSASに関する健康管理等の徹底を図る。
- ア.運転者、運行管理者から人事・労務管理者に至るまで、SASに関する正確な情報を周知徹底。
- イ.運転者に対し、早期発見と治療により健康な者と同様な乗務が可能であることを踏まえ、マニュアルに基づく眠気テストによる自己判断と事業者に対する自主的な申告を早期に行うよう指導する。その際、SASであることのみを理由とした不利益な措置に結びつかぬよう配慮し、自己判断や自主的な申告がより一層促進される環境を整備。
- ウ.点呼等において運転者の睡眠状況に十分注意し、SASの疑いがあった場合には、乗務への適切な配慮を行うとともに、産業医等を通じ、又は@の医療機関リストに掲載された医療機関での早期診断・治療を指導。
BSASに関する健康管理や対応等に関し、自動車事故対策センターが行う運行管理者等指導講習及び貨物自動車運送適正化事業実施機関が行う巡回指導において指導を徹底。
(3)海上交通関係
@厚生労働省、船員関係指定医団体等から、SASの症状、簡易な発見方法、治療方法等について情報収集を実施。
A上記@を踏まえて、船舶所有者及び船員(約10万人)に対して、業界機関紙、安全衛生講習、訪船指導時等の適切な機会を捉えて所要の情報を提供し、SASについて正しく理解するとともに、その早期発見、治療等に努めるよう、注意喚起を図る。また、船員法指定医に対して、定期的健康検査の際にSASの早期発見に努めるとともに、治療等について適切に対応するように指導する。さらにSASに知識、経験を有する指定医の協力を得て、船員災害防止協会が簡易にSASを検診できる器具(パルスオキシメータ等)を用いて、巡回して実地指導を行う。
B上記Aの活動を踏まえ、船員の船舶所有者に対する自主的な申告を促進するほか、船員の自主的な申告を踏まえ、適切な対応をとることを船舶所有者に対して指導。
(4)航空交通関係
@航空関係者に対し、以下のとおり、注意喚起及び健康管理の徹底等を図る。
- ア航空事業者及び操縦士(約7千5百人)
- (ア)SASが航空業務の実施に支障をきたすおそれのある疾患であり、航空身体検査証明基準上も不適合であることを周知徹底。
- (イ)その一方で、適切な管理を受けることを条件に、SASであっても航空身体検査証明を発給された事例もあることを紹介。
- (ウ)日常の健康管理においてSASの徴候、併発症等に十分注意し、SAS等が疑われる場合は精密検査を受けることを指示。
- (エ)病的ではない睡眠不足等については、航空身体検査基準上不適合ではないものの、安全上の支障のないよう、日常の健康管理に努めるよう指示。
- (オ)特定本邦航空運送事業者、コミューター会社については、期日を定めて、本件への対応ぶりについての報告を指示。
- イ指定航空身体検査医(国土交通大臣の指定を受け、航空身体検査証明を行う医師)
- 上記ア(ア)及び(イ)に加え、航空身体検査の実施に当たって、SAS等に十分注意して、申請者の既往症のチェック及び問診を実施し、SAS等が疑われる場合は精密検査を受けさせ、その結果を踏まえて判定を行うよう指示。
A(財)航空医学研究センターにおいて、航空業務におけるSASの影響、健康管理の際の留意点、航空身体検査時の留意点等について調査研究を開始したところであり、その結果を踏まえ、さらに航空関係者に必要事項を周知する。