
[討議された内容の主要点]
○意識について、
・目的意識の明確化
・公がしっかりしないとだめである。
・楽しみがないと長続きしない
・刷り込み教育が必要だ
○情報について
・バーチャルと併せてリアリティが必要である。
・脱近代が必要である。
・価値があるものには誰もが反応する。
・情報は新鮮でなければならない。
・メーリングリストの力は大きい。
・情報は「情け」と「報せる」と書く。
○交流・連携について
・まずは隣町から始めよう。(参加者を増やすことが重要)
・数は力である。
・継続には酒の飲み数と交流が関係する。
・ホスピタリティが必要。
・衣食住足りて連携を知る。
・「酒の量×回数」が重要である。
○全体に関わること
・活動の効果をどう考え、達成度をどうやってはかるのか。そうした評価の仕組みをどうつくっていくのか。そのような流れができないと、やっていることの意味付けがうまくできない。
・交流は人が資源。人と人とのつながりを産業にすることが重要。
・団塊の世代の人を中小都市に集めて、テーマのない研究所をつくる。そこで団塊の世代たちが研究した内容などや人材を地域が活用する。
・全国で2000カ所の「人人センター」をつくり、それを交流サロンにする。
・社会構造が変わっているのに、官公庁は縦軸ばかりにこだわっているのがおかしい。横の連携にも取り組むべきである。
以上のように、人の意識や情報を越えて『よりよい交流を目指す』には何が重要で、何が必要かが討議されました。
[主な発言内容]
- 団塊の世代は社会のお荷物になっている。そこで団塊の人たちに田舎づくりをやろうではないかと呼びかける。みんな昔は田舎人だったのが都会に出て来て都会人のような顔をしているだけだ。そうした呼びかけの仕掛けをつくりたい。
- 交流、連携の中心になるのはコーディネーターである。彼らを地域の中で捜すよりは、外から呼んでくるほうが現実的である。また、どういう人を呼んだらいいのか。コーディネーターのレベルや地域が抱える問題によって求められるコーディネーターのタイプが違ってくる。連携コーディネーターのノウハウと地域のニーズをマッチングさせることが重要で、そうした場がつくれるといい。
- 都市住民と田舎住民の交流は、簡単なる観光から、定住的に近い交流の仕組みをつくってはどうか。都会の住民でありながら、一方では故郷の住民であるような新しい仕組みをつくりたい。
- 地域の問題意識にあわせてリーダーとなるべき人材をどうみつけていくのか。
- 最終的にはどこに住むのかを考える時代になってきており、「お試し定住システム」などの確立が急がれる。
- 地域文化、生活文化がないと交流したいとは思わないので、新しいネットワークを確立するなかでも、地域特有の伝統文化、風習、慣習なども残してほしい。
- 都市と地方の移動では、費用が高いので、「ふるさと割り引き切符」など移動しやすい仕組みづくりが必要である。
- 広域連携においては、一つの有力施設を複数の市町村で使う。
- 女性の知的欲求を交流、連携のツールに使うのもいい。「元気な地域は女性が美しい、きれい」であるが、キャッチフレーズ、あるいはキーワード。

[討議された内容の主要点]
・制度的な壁を破るという議論をしていたが、協調という視点が必要ではないか。これがいちばん大きな論点になる
・交流・連携を進めるためにマスコミの効果が大きい。
・「壁」「壁」という前にみんなが合意することが重要である。
・情報の共有化を進めると、人は集まってくる。そのためには、業界用語を手順を踏んで省いていって、言葉を分かりやすくしていくことが情報の共有につながる。
・地域を愛することを十分にやっていく。たとえば、地域の宝探しや地域資源の見直しといったプロセスのなかで、地域の人たちが自分の地域を愛するようになれば、地域は必ず変わってくる。
以上のように、交流・連携のためにシステムや仕組みづりを中心に討議がなされました。
[主な発言内容]
- 県境をこえた行政の枠組みが必要である。地域のなかで地域づくりを一所懸命考えている人がいるが、そういう人たちには行政から背局的に飛び込んでいったり、探す努力をするなどして支援を行うことが大事である。
- 厚生省の施設づくりは人口配分が基準となっているが、そうした考え方は改めるべきである。
- きちんとした計画のもとで、P(plan)D(do)C(check)A(action)をしっかり行うこと。
- 交流、連携のためには協調してくれる人がいなければならない。そすると意識が重要な視点となる。また、行政を考えると制度のことを考える必要がある。
- 自分たちは(行政サイド)は仕事として連携の仕事を行うことができるが、住民の意識としては、「何で隣の町の仕事をしている、だれのための税金を払っているのだ」といったクレームを受けることも少なくない。そのため、交流・連携の受け入れる組織づくりが必要かもしれない。
- 広域の連携をすすめるための組織がいま非常にたくさんできている。「制度なんて関係ないよ」と考えて進めていくほうがうまくいっている場合もある。
- 国立公園の周辺と連携した事業ができないかと、広域的に考えることが重要になってきている。国立公園は、ロケーションとしては非常に素晴らしいが、魅力が堅すぎる。原点にかえって地域の資源を発見しなければいけない。
- 「瀬戸内海学会」をコーディネートするような組織はできないのかと、行政サイドに問うと、「金がない」「だれかつくってくれる」「時間的余裕がない」といった答えがかえってくる。そうした態度をもう少し、変えられないのか。
- 広域交流はそのリーダーによって活動内容がずいぶん違ってくる。
- 地域交流や連携で、考えていること、やっていることをいかに発信するか、それを世論にするかが、ヘタクソである。仲間を、記者を人脈としてどう取り入れるのか。マスコミの役割が大きいので、マスコミを味方にする必要がある。
- 地域の人同士が交流する場がない。昔は駅が交流の場だった。車社会になってきて交流の場が消えた。
- 施設のなかには、リーダー(所長とか責任者)が「私がルールだ」という精神で、大成功しているケースがある。
- 既存の法律とか制度などにおいて、地域のニーズに答える柔軟性がほしい。またそうしたことを訴える場づくりが必要だ。
- 行政サイドは、参加した分だけ責任をもってやることが重要。
- 霞ヶ関から人を派遣されたことが、地方の首長にとってすごいことだというだけで終わってしまい、何も変わっていない。
- 田舎で浮き上がっている人をどうするか。それには外から外圧をかけてやるしかない。外から仲間にかけつけてもらって応援してもらう。それは、地域社会のなかでは重要ではないか。外圧には絶対に弱い。だからこそ交流がある。価値を共有する人たちが応援するという盛り上がりが必要である。
- 地域づくりの方法は確固たるものがない。ただ言えるのは「ささやくしかない」。
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