(建設行政の3つの転換期)

 これまで、我が国は色々な面で幾度もの転換期を経てきた。こうした転換期においては、住宅・社会資本整備の分野でも様々な対応が要請され、それに応じた努力が重ねられてきた。現在も、人口増加社会から人口減少社会への転換、最適工業社会から多様な知恵の時代への転換、経済社会の国際化・情報化の本格的な展開など大きな転換期にあることは様々な場面で指摘されている。ここでは、過去の大きな転換期の中から、戦後間もない時期と第一次石油危機時の二つを取り上げ、当時の住宅・社会資本分野での対応がどのようなものであり、現在に引き継がれてきたかを振り返ってみたい。

〈昭和24年:新技術の導入で閉塞状態を打開した時代〉
 まず、昭和24年に書かれた第1回の建設白書の記述を見てみよう。昭和23年7月に建設省が設置され、満一周年を期に書かれた第1回建設白書は、「建設省が設置されてから、この七月十日で満一周年を迎える。終戦後の国土建設は、従来の軍備至上の建前から大旋回して平和国家を建設し、狭い国土に限られた資源で多くの人口を養うという課題に当面している。」という言葉で始まる。我が国が総力戦として戦争を遂行する中で社会資本の維持管理が十分に行われなかったための国土復興への深刻な危機感に関する記述が随所にみられる。例えば、
 「河川の災害は近年累増している。その原因は……河川工事は戦時中に後回しに取り扱われ勝ちで、維持修繕が不十分であった等が挙げられる。」
 「我が国の道路は戦時中放置されて顧みられず、加えて戦災を蒙り、舗装道と言わず砂利道と言わず極度に荒廃し、産業経済上の重大な隘路となっている。」
 当時の我が国は人口の過剰が問題であったのに対し、現在では近い将来始まる人口減少が憂慮されているという点、当時は戦時中のアメリカ軍の爆撃による主要都市の徹底的破壊がもたらした社会資本の維持補修の不足が既に問題を引き起こしていたのに対して、現在はまだ切実な問題が起きている訳ではないという点で違いはあるが、社会資本の適切な維持管理が重要な問題となっている点では共通である。当時は「連合軍最高司令官から、日本の道路及び街路網は破損が甚だしく、日本経済再建の障害となり、このまま破損するに委せておくと日本国民は貴重な物的財産を失うと警告し、維持修繕に関する五ケ年計画をたてるよう覚書が出たので、補修に重点をおいて一九四八年以降の五ヵ年計画を建てるとともに、新たに、「道路の修繕に関する法律」を制定」するという形で対応が図られている。
 終戦後間もない当時において早急な復興を図るために、積極的な機械の導入が図られている。昭和24年建設白書には「国土再建の事業を能率的に遂行するためには、機械力の充実を図らねばならない。これがため、昨年度四億円の建設機械整備費を以て直轄事業の機械化施工の促進を期した。これによって購入した機械は浚渫船、ドラグライン、モーターグレーダー、ヂーゼルショベル等約一三〇台で……」と記載されている。モッコとショベルによる人海戦術の域を脱しなかった我が国の土木建設業界は、終戦によってアメリカ式の大規模な機械化施工技術が導入され、革命的な進展を遂げたといわれている。建設機械の使用は今日ではあまりにも当たり前のことになっているが、昭和23年暮れの経済安定9原則(いわゆるドッジライン)により財政均衡、企業の合理化が求められ、不況による閉塞的状態にあった時代の大きな転換点において新技術の積極的な導入が、事態を打開し、新しい展望を開く上で大きな役割を果たした一例である。
 なお、この時期においては、戦争で疲弊した国土の建て直しのため、全国で戦災復旧や産業振興を旗印に応急対策を中心とした事業が進められたが、一方で、将来の発展基盤の基礎を築くため、空襲により多大の被害を被った215の都市のうち被害が甚大であった115都市が土地区画整理による戦災復興事業を行う都市として指定された。この中には、東京や神戸などその後事業の計画や範囲を縮小したり事業進捗が遅れた都市も多かったが、首長や行政、住民の熱意と協力により、100m幅員の街路(名古屋、広島)や緑豊かな並木道や公園・広場(青森、仙台、前橋、富山、徳山、熊本、鹿児島など多数)など現代も「都市の顔」として市民の誇りと愛着の源となっている良好な社会資本ストックを生み出した都市も多い。
〈昭和49年:高成長から安定成長へ、「事業の重点化」と「環境・省エネ」〉
 次に、第一次石油危機が起こり、我が国経済が高度成長期から安定成長期へと大きく転換した当時の建設白書(昭和49年)を見てみよう。この白書では「今後は、少なくとも長期的には成長率のある程度の減速は避けられないと見られている。」という前提に立って、以下のような記述がなされている。
 「公共投資の伸び率は長期的に見て従来より低下することになろう。……したがって、このような状況では長期的視点にたって最大の効果を発揮するような事業を選択し、重点的実施をはかることが要請されているといえよう。」現在、我が国では長期的な人口減少に伴う労働力の減少や高齢化に伴う貯蓄率の低下がもたらす資本投入の減少などから、経済成長率の減速が懸念される状況にある。したがって、昭和49年建設白書が指摘する事業の選択と重点的実施はそのまま現在に通じる課題でもある。
 また、「成長率の減速は反面、社会変化のスピードが従来より落ち着いたものになることを意味する。従来の社会資本整備は、高度成長に伴う社会変化のスピードとスケールがあまりにも大きかったため、これへの施設整備の対応を急ぐ必要から短期的な事業実施の効率性が最重要視され、ともすれば長期的な計画性や地域社会の環境に対する配慮に欠ける面があった。今後、経済社会の安定化に伴い、社会資本整備を長期的計画に従って真に効果的かつ着実に実施していくことが可能な状況になってきたといえよう。」との記述もあり、経済成長の減速をプラスにとらえて、社会資本整備に活かしていこうという発想がみられる。石油危機後、確かに成長率は減速し、ある意味では社会変化のスピードは落ち着いたものになった。それに合わせて社会資本整備においても、環境保全やゆとりとうるおいを追求する取組みが行われ、一定の成果をあげた。現時点で将来を長期的に考えると、成長率がさらに減速するかどうかは明確ではないが、その懸念がないとはいえない状況である。また、情報化・国際化など大きな社会変化の要因はあるものの、人口増加の終焉や人口移動の沈静化など、社会資本で早急に対応すべきものとしての社会変化はより落ち着いたものになると考えられる。したがって、今後、社会資本整備は長期的計画に従って真に効果的かつ着実に実施していくことが重要になっているといえる。
 また、「省資源・省エネルギー対策の推進が急務とされる今日、なかでも多大の資源エネルギーを消費する社会資本整備事業は、その実施に当たって新工法・新材料の開発、発注施工体制の合理化等資源エネルギー節約対策が必要となろう。」と述べられている。これ以降、我が国の省資源・省エネルギー対策は急速に進んだ。ここでも、転換期を乗り切るための技術の活躍があった。

〈現在は第3の転換期:1)「国土と環境」に関する新たな取組み〜『環境の世紀』に向けた建設行政における「環境の内部目的化」による循環型社会への対応〜、2)総合的な「国土マネジメント」への転換〉
1)「国土と環境」に関する新たな取組み〜『環境の世紀』に向けた建設行政における「環境の内部目的化」による循環型社会への対応〜
 我が国の環境行政は、大きく分ければ、公害行政((旧)公害対策基本法など)と、自然環境保全行政(自然環境保全法など)の進展という2つの流れを中心に発展してきたが、こうした区分のみでは対応のできない新しい課題に対し、政府は中央省庁共通の政策課題として、環境行政の総合化に取り組み、順次施策の拡充強化を図ってきた。
 特に近年においては、平成4年(1992年)6月リオ・デ・ジャネイロ(ブラジル)で開催された地球サミット(環境と開発に関する国連会議/UNCED)を機に顕在化した地球環境問題や持続的発展が可能な社会の構築等のため、環境の保全についての基本理念や基本的施策等を内容とする環境基本法が制定された(平成5年11月公布・施行)。
 住宅・社会資本整備を担う建設行政にとって環境問題への対応は最重要課題の一つであり、環境基本法やこれに先立つ平成5年(1993年)6月の豊かな環境づくり委員会(建設大臣の懇談会)の提言「豊かな環境づくりのために」を踏まえ、平成6年(1994年)1月、「環境政策大綱」を策定した。その中で、建設行政における「環境の内部目的化」(諸制度、費用対効果の判断基準等に「環境」の視点を明確に位置付け、住宅・社会資本整備に際しての環境対策を付加的政策ではなく施設本来の姿の一部として講ずること)を目標に掲げ、住宅・社会資本の整備に当たって、自然環境の保全・回復に努めるとともに、自然環境と調和のとれたゆとりとうるおいのある環境の創造に向けた諸施策を推進しているところである。その結果、大綱策定時には、住宅・社会資本整備の環境に対する効果を目に見える形で示し、国民の理解を促進するための環境リーディング事業が、今日では標準的な事業手法となるなど、着実な成果を上げてきている。
 また、環境への負荷をできる限り低減する循環型経済社会の形成に向けた取組みが政府として進められており、本年5月、「循環型社会形成推進基本法」及び建設分野における「建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律」がともに成立した。
 一方、近年、地球環境問題の深刻化、ダイオキシン類やいわゆる環境ホルモン等の新たな化学物質問題の顕在化など、環境をめぐる諸情勢は大きく変化してきている。
 このため、美しく健全な国土・地域づくりと環境への負荷の少ない循環型社会の構築に向け、環境の視点からの住宅・社会資本整備・管理等のあり方に関して有識者から幅広くご意見をいただくために、建設大臣の懇談会として「国土と環境を考える委員会」を本年6月に開催したところである。
 なお、詳細については、「第2 国土建設施策の動向」の「「I 環境政策の展開」を参照されたい。)

2)総合的な「国土マネジメント」への転換
 我が国はバブル経済崩壊後、少子高齢化、グローバル化、環境問題の地球レベルでの深刻化、高度情報社会の急速な進展など歴史的な大転換期を迎えており、戦後の経済社会を支えてきた経済社会全体の仕組みや国民の意識が大きく変革している。
 建設行政も需要に合わせて足らざる住宅・社会資本を整備するという「国土建設」から、住宅・社会資本ストックの有効活用や自然環境の保全等を含めた総合的な「国土マネジメント(整備・利用・保全)」に転換し、美しく安全な国土、安心でゆとりある快適なくらし、魅力と活力ある都市・地域づくりを目指すという基本的考え方が打ち出されている。併せて、公共事業の入札・契約制度の改革や、事業評価の実施などにより、透明性・公平性・効率性の高い公共事業実施のあり方や、地方分権の流れの中での国と地方公共団体の的確な役割分担が見直されてきた。

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