(2)安全で安心できる国土の形成

イ 激甚な水害・土砂災害の頻発
 平成11年は、大きな水害・土砂災害が相次ぎ、各地に爪跡を残した(表2−VIII−1)。
1) 6月末梅雨前線豪雨
 梅雨前線により、6月29日早朝から1時間に100mm前後の大雨が九州で降り始め、夕方から夜半にかけて、強い雨の地域は中国、近畿地方へと移った。広島県内では325件の土砂災害が発生し、それによって24人の死者が出た。また、福岡市で豪雨による内水及び河川の溢水により、市内中心部の地下街が浸水し、ビルの地下室で1名が死亡した。全国で死者38人、行方不明者1人、負傷者78人、住家の全半壊及び一部損壊743棟、床上床下浸水20,069棟の被害が発生した(写真2−VIII−1)。
2) 7月上旬梅雨前線豪雨
 東日本や北日本に南からの暖かく湿った空気が流れ込み、7月10日から14日にかけて、山沿いの地方や太平洋側の地方で大雨となった。宮城県松島町の鶴田川右岸が破堤し、鹿島台町住宅や水田が浸水し、福島、栃木、茨城では昨年に続き浸水被害が発生した。死者1人、負傷者3人、住家の全半壊及び一部損壊51棟、床上浸水261棟、床下浸水1,880棟の被害が発生した。
3) 「弱い熱帯低気圧」による大雨
 8月13日からの「弱い熱帯低気圧」の影響で、東日本を中心に大雨となった。降り始めからの雨量は埼玉県、群馬県、栃木県、東京都の山沿いで400mmを超え、群馬県ではがけ崩れや土石流が発生し、埼玉県を中心とする関東地域で多くの浸水被害が発生した。神奈川県山北町の玄倉川の中州でキャンプをしていた13名が洪水に流され死亡する惨事となった。この大雨により、死者16人、行方不明者1人、負傷者11人、住家の全半壊及び一部損壊63棟、床上床下浸水5,987棟の被害が発生した。
4) 台風16号災害
 9月14日から15日にかけ、台風16号及び日本海にあった前線の影響により、九州から東北南部の広い範囲で大雨となった。岐阜県内では500mmを超える豪雨により、がけ崩れ、土石流及び河川の氾濫が発生し、愛媛県においても土石流や浸水による大きな被害が発生した。また、長野県安曇村でのがけ崩れでは、上高地で観光客ら約1,300人が孤立した。この台風により死者6人、行方不明者3人、負傷者12人、住家の全半壊及び一部損壊61棟、床上浸水248棟、床下浸水2,049棟の被害が発生した。
5) 台風18号と前線に伴う大雨
 9月24日に熊本県北部に上陸した台風18号は、中国地方を通り抜け、日本海に抜けた。台風が直撃した熊本、山口を中心に九州、中国地方で高潮による大きな被害が発生し、熊本県不知火町松合地区では24日早朝、高潮が堤防を超えて民家を襲い、12名が死亡した。この大雨により死者31人、負傷者1,211人、住家の全半壊及び一部損壊111,606棟、床上浸水4,947棟、床下浸水14,697棟の被害が発生した。
6) 10月末の大雨による被害
 10月27日から28日にかけ、台風なみに発達した低気圧の影響により関東から東北の太平洋側で大雨となった。青森県では八戸市を中心に、また岩手県では軽米町を中心に、家屋の浸水などの被害が発生した。この大雨により、死者4人、行方不明者1人、負傷者7人、住家の全半壊及び一部損壊253棟、床上浸水1,449棟、床下浸水4,073棟の被害が発生した。
ロ 国土基盤の現状
 我が国の国土は地形、地質、気象、地理的に極めて厳しい条件下にあり、自然災害から国民の生命、身体及び財産を守るため、安全で安心できる国土づくりを行うことは最も基礎的な課題であるといえる。
 我が国の国土は、約75%が山地であり、山から運ばれた土砂の堆積により形成された沖積平野に多くの人口が居住し、高度な社会・経済活動が営まれており、国土の約10%の洪水氾濫区域に全国の人口の約2分の1、資産の約4分の3が集中している。一方、欧米諸国では地盤の高い洪積平野が多く、河川は流路が長く勾配も緩いため、洪水による被害は局所的・限定的である。こうした事実は、欧米諸国と比べ、我が国にとって治水がいかに重要な国土保全政策であるかを物語っている(図2−VIII−2)。
 これまで着実に治水施設の整備を進めてきた結果、水害による浸水面積は減少してきているが、水害や土砂災害の被害額は、氾濫区域の市街化と資産の集積により傾向としては減っていない。このことは浸水面積1ha当たりの水害・土砂災害被害額(水害密度)が大きく増加していることからもうかがえる(図2−VIII−3)。
 また、近年の各種産業の電子化・高度化により、工場の操業停止や交通・通信・ライフラインなどの都市機能の長期の麻痺等、多大な影響を国民生活・経済に与える。一方、被災者の精神的な苦痛、地域のイメージダウンや復旧のための労力も被害として極めて大きい。さらに高齢社会の到来により災害弱者の増加も懸念される状況にある。
ハ 安全な社会基盤の形成
 今日の我が国の治水施設の整備は、平成11年度末現在でもその整備率は当面の目標に対して全河川で約57%、土砂災害対策についても20%にとどまり、欧米諸国の河川の整備水準と比較しても極めて不十分なものといわざるを得ない。21世紀初頭までに当面の目標を達成し、最低限必要な国民の安全を確保する上でも、今後とも治水施設等の整備を計画的かつ強力に推進していく必要がある。
ニ 危機管理対応型社会の構築
 一層安全で、暮らしやすい国土を形成し、また、災害が発生した場合でも、迅速で的確な対応を可能とするように、以下のようにソフト・ハード両面で対策を進め、危機管理対応型社会を構築していく必要がある。また、その際には国民一人一人が自らの生命等は自ら守るという考え方に基づいて判断し、行動することを念頭に置いて、対策を講じることも必要であると考える。
1) 危機管理対策の確立
 治水施設の整備による安全度の向上に加えて、危機管理対策により、被害の最小化を図ることを治水事業の本来の使命と位置付け、水防体制の拡充、洪水ハザードマップ等の公表の推進等の施策を推進していく必要がある。
2) 総合的な都市雨水対策の確立
 都市型の浸水被害に対応するため、地下放水路の整備や雨水貯留浸透等の下水道整備と連携した総合的な雨水排水対策を実施する必要がある。
3) 河川情報伝達による減災
 今後、水災害・土砂災害に対する被害の最小化をより一層進めていくため、市町村長、防災機関及び住民の的確な防災行動につながる情報の提供を重要視し、i)河川に関するデータの一元的管理及び提供体制の確立、ii)情報の網羅性の確保、iii)情報のわかりやすさの向上、iv)情報提供ルートの多様化、v)平常時からの災害情報の提供、vi)防災計画における河川情報の収集・提供に関する内容の充実について施策を展開する必要がある。
4) 壊滅的被害の回避
 万一、計画規模を上回る洪水が発生しても、破堤に伴う壊滅的な被害の発生が回避できるスーパー堤防や、越水・浸透への耐久性が高い堤防の整備を行うとともに、地震により堤防が沈下した場合の浸水被害を防止するための河川・海岸堤防の耐震性向上対策を実施する。
5) 抜本的再度災害防止対策
 上流部における災害復旧等に伴う流量増に対し、下流部において集中的かつ機動的に治水対策を実施する河川災害復旧等関連緊急事業、激甚な水害を被った地域における河川激甚災害対策特別緊急事業などの活用による抜本的再度災害防止対策を進める必要がある。
6) 地下空間における緊急的な浸水対策
 平成10年11月に国土庁、運輸省、消防庁と合同で「地下空間洪水対策研究会」を発足させ検討を行ってきた。平成11年6月末梅雨前線豪雨により、福岡市で地下街が浸水し、ビル地下で死者がでる事態となり、さらに7月には東京都新宿区で自宅の地下室が豪雨により浸水し死者がでる事態となった。研究会は福岡市の水害直後に現地調査を行うとともに、8月には「地下空間における緊急的な浸水対策の実施について」を取りまとめ、関係機関に対応を依頼した。これを受け関係機関では地下空間洪水対策について、検討が進められている。
7) 高潮防災対策の充実
 平成11年9月台風18号の襲来に伴い、八代海及び周防灘において甚大な被害が発生し、熊本県不知火町松合地区においては、高潮により多数の方々が亡くなった。このため、建設省をはじめとする関係7省庁で、「高潮災害対策の強化に関する連絡会議」を開催するとともに、さらに、学識経験者の参画を得た「高潮防災情報等のあり方研究会」を開催したところである。
 この中では、高潮発生メカニズム及び防災施設の現況、防災体制の現状等の検証を踏まえて、i)高潮観測データの連携活用及び高潮予測情報の改善、ii)災害危険度評価手法の開発とハザードマップの作成、iii)警戒・避難システムの確立、iv)住民への高潮防災知識の普及などの高潮災害対策の強化に関する検討を進め、得られた成果を地方公共団体等に示すとともに、今後の施策へ反映することを目指すこととしている。
ホ 総合的な土砂災害対策
1) 情報提供や警戒避難措置、住宅等の立地抑制も含めた対策の必要性
   〜土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律の制定〜
イ)6月末梅雨前線豪雨による甚大な土砂災害の発生
 梅雨前線により広島県沿岸部では、平成11年6月29日早朝より降り始めた雨は、同日の昼過ぎから強くなり始め、呉市では、15時から17時にかけて時間雨量が60mm/hを連続して超すなど記録的な集中豪雨となった。降り始めからの総雨量は、広島市の魚切ダムで6月28日の23時から29日の17時までに255mmを記録した。この豪雨により広島市、呉市を中心に甚大な土砂災害が発生した(表2−VIII−2)。
 この災害は予測の難しい突然の集中豪雨に加え、土石流危険渓流数、急傾斜地崩壊危険箇所数がともに全国第1位の広島県の地形条件や山裾に展開した宅地という条件が重なり、同時多発的に土砂災害が発生した。
ロ)総合的な土砂災害対策に関するプロジェクトチームにおける検討
 この激甚な土砂災害の発生に鑑み、建設省は平成11年7月8日建設省防災国土管理推進本部を開催し、その恒久的な施策のあり方を検討するため、「総合的な土砂災害対策に関するプロジェクトチーム(座長:河川局次長)」の開催を決定し、検討を進めてきた。検討結果の概要は以下のとおりである。
i)土砂災害防止のための総合的な対策に関する法制度の整備
 土砂災害を警戒すべき区域を法的に位置付け、住民への周知を徹底し、当該区域内での情報提供・警戒避難体制の整備、住宅や災害弱者関連施設の立地規制、既存住宅の移転促進対策、土砂災害防止施設の整備を内容とする法制化に向けて、河川審議会に「総合的な土砂災害対策のための法制度の在り方」について諮問して検討を進める。
ii)総合的な土砂災害対策に関する支援措置
 新たな法制度の検討と併せ支援措置として以下の項目について検討する。
・全国土砂災害基礎調査の推進
総合的な土砂災害対策を進めていくため、危険箇所の状況、土砂流出の発生と被害規模の関係等についての全国的な調査を国及び都道府県で実施。
・家屋移転者等に対する融資制度の導入
土砂災害を警戒すべき区域として制度的に位置付けられた区域からの移転等が必要とされた家屋についての融資制度の導入。
・土砂災害情報相互通報システムの構築
住民の早期避難と災害時における市町村等の迅速な防災体制を強化するため、行政と住民の情報交換を促進する土砂災害相互通報システムを構築。
ハ)河川審議会における検討
 これらプロジェクトチームの検討結果を踏まえ、建設大臣は、土砂災害のおそれのある区域への住宅等の立地抑制等に関する法制度を中心に、総合的な土砂災害対策のための法制度の在り方について河川審議会に諮問し、平成12年2月に答申がなされた。答申は、土砂災害の危険箇所数が増加を続けていることから、新規立地規制や建築物の安全の確保のための措置を講じることなどが提言されている(図2−VIII−4)。
ニ)土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律の制定
 この答申を受け、建設省は、既存の事業関連諸制度と相まって総合的な土砂災害対策を講じるため、土砂災害のおそれのある区域についての危険の周知、警戒避難体制の整備、住宅等の新規立地の抑制、既存住宅の移転促進等のソフト対策に関する新たな法制度として「土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律」を国会に提出した。平成12年5月8日に公布され、平成13年4月1日から施行される(図2−VIII−5)。
2) 災害弱者関連施設に係る総合的な土砂災害対策
 平成11年は、既に述べた6月末梅雨前線豪雨による土砂災害をはじめ、全国47都道府県で1,501件の土砂災害が発生し、尊い人命や貴重な財産が失われている。6月末の梅雨前線豪雨により広島県において土石流、がけ崩れで亡くなった24名のうち高齢者、障害者等の災害弱者は13名を占めるなど依然として多くの災害弱者が土砂災害の犠牲となっている。このため災害弱者に係る土砂災害対策が強く求められている(図2−VIII−6)。
 建設省が平成10年9月に実施した土砂災害を受けるおそれのある災害弱者関連施設の立地条件に関する緊急点検調査によると、全国の災害弱者関連施設約13万9,000施設のうち、約14%にあたる約1万9,000施設が土砂災害を受けるおそれのあることが判明した。この調査結果を受け、文部省、厚生省、林野庁、建設省、消防庁は、災害弱者関連施設に係る総合的な土砂災害対策を実施するため、平成11年1月に都道府県知事等宛に、i)国土保全事業を積極的に推進すること、ii)災害弱者関連施設の管理者に対して情報の提供を図ること、iii)警戒避難体制の確立など災害弱者関連施設における防災体制の確立を図ること等を旨とした共同通達を発出した。この通達を受け都道府県は災害弱者関連施設に対して、説明会の実施や危険区域図の配布・避難訓練等ソフト対策を実施するなど土砂災害に対する注意を呼びかけた。また災害弱者関連施設のうち、自力避難が困難な者が入所・入院している施設で、現在までに土砂災害対策施設の整備に未着手で、土砂災害防止の対応が緊急的に必要な約1,600ヶ所については、2003年までに警戒避難体制の整備及び砂防ダム等の土砂災害防止施設の設備を行うこととしている。
 また、急傾斜地崩壊対策事業においては平成12年度より災害弱者関連施設に関する事業の採択基準を緩和し、より一層の対策を講じているところである(図2−VIII−7)。

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