わが国では、大量の住宅供給や産業立地のためニュータウンの開発が各地において行われ、その過程において都市づくりを行うために必要な制度・手法が整備されてきた。しかし、新首都を開発・整備するという試みは、近代以降では初めての経験であり、これまでの都市づくりにはみられない次のような特徴を有している。
加えて、これを契機に、先導的な制度が積極的に導入されることが、首都機能移転のもたらす重要な効果の一つとされていることも忘れてはならない。
以上のことから、新しい時代にふさわしい日本の新首都づくりを確実なものとするため、これまでの都市整備とは異なる思い切った新たな制度・手法を導入して取り組む必要がある。
このような観点に立って、以下に述べる制度・手法は、必ずしも現行制度にとらわれることなく、新首都の都市づくりに真にふさわしいものとしての望ましい方向を提示することとする。
新首都の都市環境は、新しい時代の日本をあらわし、先導的な都市づくりを行うため、象徴的な景観や「ゆとり」と「美しさ」を備えた居住空間を形成・保持することが何にも増して求められている。また、質の高い都市環境を短期間に熟成させ、長期間に及ぶきめ細かな保全管理がなされるべき必要性を考えると、従前の土地所有者に造成後の宅地の所有権を委ねたまま、建築規制などにより対応する方法には限界があり、より積極的な手法の導入が必要である。
また、新首都の自然的環境としては、広大な圏域に小都市群が散在する都市構造とすることから、開発地区の外側、即ち、小都市と小都市との間にある自然的環境の保全が重要な課題となってくる。このような広い地域を対象とした自然的環境の保全を図るためには、公的機関による対応とともに地権者の協力や参画を図り得る手法の導入が求められる。
以上のことから、新首都づくりでは、政治・行政の中心地にふさわしい美観と風格を保持し、環境との調和・共生を図るため、土地利用の高度なコントロール手段を必要としている。これらを確実に実現するためには、新首都という都市を国民共有の資産と位置づけ、圏域全体を国民に開かれたいわば公園都市のように考え、規制のみに頼ることなくさらに能動的な方策を講じることが必要である。
具体的には、公的主体が圏域内の土地をできるだけ広範に取得し、公的主体が土地の所有権を保有しつつ土地利用管理を行う方策を中心に、次のような制度・手法とすることが望ましい。
公的主体による土地所有を原則として、新しい日本の顔となる新首都にふさわしい都市づくりを行うためには、相当な規模の土地取得を比較的短期間に行う必要があり、これを円滑に進めるための制度・体制の整備が不可欠である。
同時に、新首都の建設は、一定の圏域内に相当規模の公共投資を行うものであり、都市づくりに伴う地価上昇を当て込んだ土地投機の発生が懸念され、その防止に十分な対策を講じておくことも必要である。
特に、新首都に特有の問題として、都市づくりの着手に先立って、将来の国家の政治・行政の中心地を建設すべき一つの地域を選定するという手続きが公正かつ透明に行われる必要があり、また、その手続きに相当の期間がかかることも考えられるため、手続きの期間中に土地投機が発生し、移転先の地域が確定して土地の取得に取りかかる以前に地価が上昇して、事業の実施に支障をきたすこととなるおそれがある。
これらの課題に的確に対応するためには、制度・手法の面では、土地投機を抑制しつつ広範な土地取得を行っていく必要があることから、単に規制のみによる手法に頼るのではなく、土地投機防止と土地取得促進を一体的に実施し得るような能動的な対応を図ることが効果的である。
また、土地投機を未然に防止するためには、移転先地が正式に決定される以前の時点から、土地を売買する者に対して、投機的な土地取引を行うことが結果的に利益にならない何らかの措置が適用されることが、明確に示されている必要がある。
さらに、土地取得に当たっては、既存の地域社会との協調や従前の土地所有者の生活に配慮する観点も重要である。
以上を考慮して、具体的には次のような制度・手法とすることが望ましい。
新首都の建設は、特定の地域において展開されることから、国の政策としての要素と地元の自治体の政策としての要素を当然に併せ持つものであるが、これまで実施されてきた大都市地域での住宅供給や地域の産業振興などのプロジェクトとは異なり、国の中枢機能が立地する都市の建設という特別な国家的公共性を持つものである。このため、国自身が第一義的な責任を持って都市建設を行い得る特別な措置の導入が必要である。
また、新首都づくりは、数百平方キロメートル(数万ヘクタール)という広大な圏域を対象としたプロジェクトであるとともに、建設開始から約10年で「国会都市」を建設した後、圏域の乱開発の防止や自然環境の保全を図りつつ、さらに数十年かけて数百ヘクタール程度の小都市を順次段階的に建設していくプロセスをとる長期的なプロジェクトである。このような広域・長期のプロジェクトでは、従来のマスタープラン方式のように完成した全体像を当初にすべて決定することは、詳細な予測が困難であるばかりではなく、その後生じる状況の変化に対して決定された計画が硬直的に働き、かえって支障を生じるおそれがある。このため、都市づくりにおいて、基本的な方針としては一貫性を保ちつつも、具体的な計画についてはその見直しを柔軟でしかも機動的に行い得るような、特別な計画手法の導入が必要であるとともに、計画の確実で円滑な実現のため、圏域全体に及ぶ一体性と建設期間を通じた一貫性を持って実施に当たることのできる強力な体制を確立することが不可欠である。
以上のことから、新首都づくりの計画・事業の方法としては、以下のようなものが望ましい。
●新首都づくりの統括機関として、新首都建設に一元的な責任を有する特別な国家機関を設立し、その責任を全うするための権限として、この機関に、新首都づくりの基本的な方針の策定、新首都づくりに係る諸施策の総合調整等の権限を付与するものとする。
● 都市づくりに関する企画立案、新首都における面的開発事業及びそれに関連する公共公益施設整備事業については、国の設立する一の事業主体が一元的に行うこととする。
●このほか、新首都の土地利用、都市施設等に係る計画の策定、圏域内の開発行為等の許認可及び上記の事業主体が行うに適さない新首都建設に関する各種事業の実施についても、原則として、国の責任のもとに行うこととする。
●国又は国の設立する事業主体が事業を行うに当たっては、地元地方公共団体とも十分協議、調整を図りつつ、必要に応じ、その協力を得ながら事業を行うこととする。
●一方、新首都づくりに当たって民間の活力を活用することも重要である。商業施設の企画・運営など民間事業主体の創意工夫や事業意欲を活用することがふさわしい事業については、国の設立する事業主体と民間事業主体との適切な連携が図られるように配慮する。
新首都の都市づくりは国民的なプロジェクトであるので、そのプロセスが国民の目から見てわかりやすく進められるとともに、各方面からの知恵を集め、国民一人ひとりが何らかの形で参加しているという意識を持てることが大切である。このため、都市づくりの進め方においても、次のような点に留意する必要がある。
新首都づくりは、特定の地域における都市づくりのプロジェクトであることから、従来からその地域で生活してきた人々や地元地方公共団体の理解と協力なしには進められないことは言うまでもない。しかしながら、一方で一国の政治・行政の中心地を建設するということの性格上、特定の地域での問題にとどまらず、国民共有の財産となる都市としての新首都の創造と運営という国家的観点からの公共性をも併せ持つものである。このため、圏域内の地方公共団体や住民自治のあり方についても、他の一般の都市とは異なる課題がある。特に、都市建設を実施中の間は、都市建設が基本的には国の責任のもとに実施されるべきものであることから、都市づくりに関する国と地元の地方公共団体との役割分担のあり方については、十分に検討されるべき事項である。
同時に、都市づくりが広大な圏域にわたって一体的に行われていくことを考えると、都市化に伴い多様な行政サービス需要が急激に増大するほか、圏域内の地域構造が大きく改編されることが予想される。このため、移転先の地方行政機構についても、こうした変化に的確に対応できるよう、生まれ変わる圏域にふさわしい形態に改編されることが課題となろう。
また、新しい都市づくりに伴って生じる地元との利害調整や街づくりに関する合意形成の方法、地元の地権者の開発利益の享受のあり方、地方公共団体の負担や国の援助に対する考え方など、実施に当たって検討されるべき課題も少なくない。
移転先地の地方行政制度の問題については、その地域の特性により様々な対応が考えられることから、今後、具体的な移転先の地域が選定される段階以降において、十分な検討を行い、適切な方法を選択することが必要である。
新首都の都市づくりは、特定の地域に対して様々な公共投資がなされる事業であり、とりわけ都市づくりの初期の段階においては比較的短期間に相当規模の投資が集中的に行われる必要がある。このため、事業の迅速な実施のため所要の財源が確保されるとともに、各種の公共投資について新首都建設のスケジュールにおいて必要な投資が適切な時期に行われるように、事業の総合的な進行管理が一括して行い得るような措置の導入が必要である。
また、新首都の建設は、都市自体が国民共有の資産として形成されるように行われるべきことから、各種施設の整備においても永く後世に残すべき質の高いストックの形成がなされるように特に配慮するとともに、「国会都市」など主要な開発地区の土地については、公的主体が土地を保有しつつ土地利用の管理を行う「リースホールド方式」とすべきことから、これらの財源や投資のあり方についても適切な選択がなされる必要がある。
さらに、新首都の建設は、基本的には国の責任において行われるべき事業であることから、新首都の建設に伴い地元の自治体に生じる負担については、業務代行等の措置を含め、国が適切に支援することを原則とすべきである。
新首都づくりに係る財源の問題については、将来移転先地として選定される地域の立地特性や建設時における財政状況などによって検討に当たっての前提条件が異なるものであり、その詳細なあり方については、今後適切な時期において検討されることが望ましい。
以上に提示した新首都の都市像や都市づくりの制度・手法は、現時点では具体的な移転先地を想定できない状況のもとで、望ましい姿やあり方を一般的に整理したものである。
したがって、今後、具体的な移転先地が選定される段階において、移転先地の地理的特性などに対応して、より詳細な検討が必要である。
ただし、新首都づくりの制度・手法のうち土地対策に関連する事項等一部のものについては、その後の都市づくりの円滑な実施に向けて、移転先地を選定する段階において同時に措置がなされる必要がある。