長良川河口堰建設差止請求控訴事件判決(H10.12.17)



 四 地盤漏氷
  1 控訴人らの主張     地盤漏水の間題に関する控訴人らの主張を、控訴人らの権利侵害の観点に    立って要約すると、本件堰の堰上流水位をTP1.3mからTP0.8mの    間に保つように管理することにより、長島輪中及び高須輪中の堤脚部の地下    水圧が2.2倍以上高くなるが、被控訴人が施工する平面排水対策工は地下    水圧低下の十分な効果を上げないため、ガマ(自噴水)の増加による堤体の    力学的強度の低下及び堤脚基部での土粒子の移動により堤防の安全性が低下    し、堤防が洪水により決壊する危険が高くなり、高須輪中に居住する別紙第    一控訴人目録記載の控訴人らの生命、身体、財産が危険にさらされ、また、    長良川から堤地内への浸透水の増加により、内水排除が一層困難となり、上    記控訴人らに重い負但を負わせ続ける、というものである。   2 原判決の引用     当裁判所も、漏水対策工の構造、機能に大きな間題はなく、第一線承水路    が地下水圧低下の機能を有し、暗渠排水管の目詰まりにより堤防の安全性を    害することはなく、乙第95号証の解析のために採用された前堤条件が妥当    性を有し、これを前提に検討すれば、本件堰の運用開始後、いわゆるパイピ    ング現象が発生するおそれがあるとはいえず、これらと異なる控訴人らの主    張は採用できないと判断する。その理由は、次に訂正するほか、原判決理由    欄第九の一ないし三3(三)(258丁裏4行目冒頭から296丁裏1行目末    尾まで)の記載と同一であるから、これを引用する。     原判決258丁裏7行目「現状よりも」を削除し、同9行目から同10行    目にかけての「現在」とあるのを「本件堰運用開始前の」と改め、261丁    裏2行目「現状」とあるのを「ブランケット工施工前」と改め、276丁表    7行目から同10行目までを削除し、281丁裏2行目「現在」並びに29    1丁表5行目、同6行目、同9行目、294丁裏4行目、295丁表3行目    及び同丁裏3行目の各「現状」とあるのをいずれも「本件堰運用開始前」と    改め、上記各「現状」を除き上記引用部分におけるその余の各「現状」とあ    るのをいずれも「漏水対策工施工前」と改める。   3 新たな数値解析     証拠(乙183、191、302、303の2、304、305、307    )によれば、被控訴人は、乙第95号証とは別に、改めて、解析断面として    9.8粁付近及び16粁付近を選定し、本件堰建設後の河川水位をTP1.3    mとし、地質、地形等に関し乙第95号証より詳細かつ正確な資科、モデル    に基づき、基本式を改め、計算精度を高めるための工夫等をし、実際の観測    結果と整合する適切な定数の値を用いた上で、有限要素法を用いて浸透流の    数値解析を行っているが、その解析結果からみると、堤外地にブランケット    工を施工し、堤内地に堤脚水路、承水路、排水路等を整備するとともに、排    水ボンブを整備して運転し、承水路、排水路等の水位を適切に管理すること    により、堤防基部の地下水面を十分安全に保持でき、パイピング現象発生の    おそれはなく、堤防の安全性が損なわれないことが認められる。   4 本件堰運用開始後の状況    (一) 証拠(甲29、乙95、264の1、275の1、2、291の1、     315の1、329の1)によると次の事実が認められる。     (1) 河口から一六粁地点の長良川右岸高須輸中内堤防西端直下(堤内法      先から3m地点)に設けられた観測井金廻bPにおける地下水圧(地表      面に対する地下水圧)は、漏水対策工施工前(長良川水位TP0.3m)      においてプラス0.54mであったものが、本件堰完成後堰上流水位を      TP1.3mに保って調査をした平成6年10月21日の実測値をもと      に計算すると、マイナス0.2mとなった。同様に堤内法先から87m      地点に設けられた観測井金廻bQにおける地下水圧は、漏水対策工施工      前(長良川水位上記同)においてブラス0.37mであったものが、上      記同日マイナス0.6mとなった。     (2) 上記両観測井における浅層地下水位は、ブランケット工施工前の昭      和48年11月には概ねTPプラス0.3mからTPマイナス0.2m      の範囲で変動していたが、本件堰の本格運用開始時(平成7年7月6日)      前後においてTPマイナス0.5m以下で推移し、ゲートの降下による      顕著な変化はなく、その後平成9年9月30日までの間、降雨や水路位      置の変動による影響以外に、継続的な上昇傾向や特異な変動は存しない。     (3) 高須輪中における表層地下水位は、平成7年4月1日から平成9年      9月30日までの間、本件堰の運用開始による水位上昇があったものの、      その後、降雨や水路位置の変動による影響以外に、継続的な上昇傾向や      特異な変動は存しない。また、堤体内の表層地下水位は、堤防の安全に      直接関係すると考えられるが、上記期間中、上記と同様、本件堰の運用      開始による水位上昇があったものの、その後、降雨や水路位置の変動に      よる影響以外に、継続的な上昇傾向や特異な変動は存せず、特に、高須      輸中の15.8粁付近の堤体内表層地下水位については、上記水位上昇      後、微増微減を繰り返すものの、概ねTPプラス0.1mないし同0.4      mの範囲で推移しており、漏水対策工完成前の一六粁付近の平均的な堤      防墓部地下水位(乙183図6・5―3)と大きく異ならない水準であ      る。     (4) 平成6年度から平成9年度前半までの間、被控訴人の職員らにより      本件堰の上流及び下流の長良川流域を対象に行われたパトロールによる      目視視察によると、すべての調査日において堤防法面からの漏水は認め      られなかった。       また、上記同期間中、被控訴人が委嘱した住民モニターによる目視視      察により、高須輪中における堤防からの漏水又は湿潤化の指摘が合計6      件(平成6年度2件、平成7年度2件、平成8年度1件、平成9年度前      半1件)あったが、いずれも降雨が堤体に浸透した後ゆっくりと浸出し      てきているもので、晴天が続くと徐々に解消されていくものであった。       さらに、上記同期間中、同モニターらによる高須輪中堤地内の湿潤化      の指摘が合計8件、高須輸中堤地内の水路へのしみだし・浸透水等の指      摘が合計19件あったが、対策を講じた結果あるいは経過観察によるも、      いずれの指摘についても、その後問題点が継続的に上昇又は増加するよ      うな状況にはない。    (二) 上記事実によると、木件堰の運用開始後において、漏水対策工は円滑     に機能しており、高須輪中の堤脚部の地下水圧が2倍以上高くなるといっ     た事態は生じておらず、堤脚基部での土粒子の移動の増加は生じていない     と推認され、長良川から高須輸中堤地内への浸透水の増加や地下水圧増加     に基づくガマの増加も生じていないと認められる。   5 控訴人らの主張に対する判断     控訴人らは、上記4において堤内地下水位を下げているのは、主として平    面対策工(特に、暗渠排水管の排水機能の寄与が大きい。)によるものであ    るとし、その排水管理の責任は高須輪中土地改良区連合に移転するところ、    将来数年から数十年後、さらには百年後以降に、各所で暗渠排水管等の目詰    まりが生じて大規模改修が必要になった際、土地改良区の財政能力を超える    事態が生じることは確実であり、また、目詰まりにより地下に水道(みずみ    ち)が生じ、これが気づかれなければ、堤体の安全性からは最も危険なもの    の一つとなる旨主張する。     しかし、証拠(上記4の各証拠、乙274、弁論の全趣旨)によれば、高    須輪中内の地下水位観測及び前記モニターらによる堤地内の目視監視は今後    とも継続される予定であること、平面排水対策工等の漏水対策工の機能に異    常が生じた場合は、まず地下水の挙動に変化が生じる筈であること、前記の    とおり(原判決268丁裏及び269丁表)、暗渠排水管は、地表面近くに    埋設されており、目詰まりを起こせば周辺の地表面が湿潤化するので発見は    可能であるとみられることが認められ、逆に、本件において、隠れたる水道    が生じてこれが堤体の安全性を損なうに至るまで長年気づかれずに経過する    ことや今後高須輸中内の各所で平面対策工につき同時に大規模改修が必要な    事態が生じることを予測させる具体的、客観的証拠は存しない。また、上記    各証拠によれば、平面対策工等の漏水対策工の機能に異常が生じ、土地改良    区で対応できないような場合には、行政機関や関係者らで構成される輪中地    域連絡協議会を開催し対策を検討する態勢が整えられており、さらに、建設    省や被控訴人において、堤防管理の面から対策を講じることもできると認め    られる。そうすると、平面排水対策工の機能に異常があるのに、これが発見    されず、あるいは対策が講じられず、そのため洪水などで堤防が決壊する、    あるいは別紙第一控訴人目録記載の控訴人らにとり内水排除の重い負担が継    続するといった事態が生じると予測することはできない。(なお、控訴人ら    は、単に一時的に堤内地下水圧を現状程度に下げられることの立証では、被    控訴人の立証は不十分であり、その水圧の低下が、本件堰の湛水が続く半永    久的な期間維持できるということを合理的疑いを容れないまでに立証すべき    である旨主張するが、地盤漏水の問題は災害時の危険の間題ではなく、人格    権が侵害される具体的危険の存在についての客観的証明責任は、別紙第一控    訴人目録記載の控訴人らにあるのであって、上記のようにモニタリングや協    議会など、水圧異常の発見やその対策のための態勢が存することについて立    証がなされている本件においては、本件堰の湛水が続く半永久的な期間、水    圧の低下を維持できないことを裏付ける具体的事実が存するならば、これを、    上記控訴人らにおいて合理的疑いを容れないまでに立証する必要があると解    されるから、上記主張は採用できない。)   6 まとめ     以上によると、上記4のとおり、本件堰の運用開始後現在までの間、地下    氷圧の増大に起因する前記控訴人らの生命、身体等への危険及び内水排除の    負担の増加に関し、何ら実証的事実は存せず、このことと上記2、3、5の    認定を併せ考慮すると、本件堰の運用に起因する地盤漏水により、別紙第一    控訴人目録記載の控訴人らにつき、将来、生命、身体等への危険や受忍限度    を越える生活負担増が生じるという事実は認定することができない。