水管理・国土保全

  

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湧別川の歴史


 湧別川という名はアイヌ語の「イペ・オ・イ」(魚・豊富である・所) に由来しています。
 開拓当時の湧別川流域は鬱蒼とした原生で覆われていたため、人々はまず木を伐りだして開墾し、その肥沃な土地に畑を広げていきました。開拓期の湧別川流域は、漁業・農業・林業の3つの基幹産業が原動力となって発展しはじめました。




 今から約1万2千年から2万年前の旧石器時代、狩猟を行う人々は、湧別川の源流に近い白滝村に露頭する黒曜石から作られた石器を手に、マンモスやナウマン象を追って環日本海を巡っていたと考えられています。
 黒曜石とは、真っ黒なガラス質の石で、「湧別技法」と呼ばれる手法により、当時としては最高級の石器に作り上げられました。


黒曜石の石器

 湧別川流域に初めて和人が入植・定住したのは1790年(寛政2年)と言われ、河口付近に漁番屋を置き、その後、内陸の平野部へと鍬を入れていきました。  明治15年には、農業移民が湧別に入りその後、明治30年に屯田兵が入って開拓を再開し、上流域へと進んでいきました。




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