U.中山間地域における交通サービス活性化事例

 これまでみてきたように、中山間地域における交通は厳しい局面に立たされていますが、関係者の工夫により、地域交通を守るための取組が実を結んでいる地域も少なからずあります。こうした事例をみることにより、地域交通の維持方策の手がかりを探ることとします。

1.国内事例

@山梨県中富町の場合

 中富町は、甲府駅から電車で1時間、そこからバスで15分の山間の町です。この町の交通の特徴は、「町有バス」による交通サービスの提供です。

 この町有バスは、集落と学校や病院、役場を巡回するもので、本来的に、患者、学生の輸送を目的としており料金は無料。一般の人も利用することができます。以前、中富町では、乗合バスの他に、児童・生徒が通学するためのスクールバスや、病院へ通う患者のための通院バスなど、町が目的に応じた交通サービスを提供していましたが、「町有バス」の誕生により、このバス1台でこれらすべての役を担うこととしました。

 

 

A岩手県東山町

 1台で何役もこなしてしまうバスは、岩手県東山町にもみられます。東山町では、東磐交通が、町から委託をうけて、「廃止路線代替バス」を運行していますが、このバスを活かした注目すべき取組を進めています。東磐交通は、廃止路線代替バスの他に、町内のある企業から委託を受けて、従業員の送迎バスを運行していました。そして、この2つがほとんど同じルートを走っていることに着目し、企業の協力を得て、従業員に通勤定期を利用してもらう形をとり、その企業送迎バスと廃止路線代替バスを一本化しました。

 また、町内の一部では、病院や在宅福祉施設などへ向かう高齢者に、週2回、いわゆる「福祉バス」と呼ばれる交通サービスが提供されていましたが、やはり、廃止路線代替バスのルートとかなり重複していました。そこで、週2回、従来の福祉バスのルートを、廃止路線代替バスが迂回して運行する方法に切り替えたのです。同じように、スクールバスの一部についても、廃止路線代替バスへ取り込んでいます。

 さらに、運転手は路線バスの運行時には、宅配便の集荷も受け付けています。まさに、何でもこなすバスの好事例です。

 

 

 

2.海外事例

 海外においても、多機能のバスやバスとタクシーの中間形態の輸送サービスなど、先進的な取組がみられます。我が国にそのまま適用できるわけではありませんが、その考え方は大いに参考になります。 

@ポストバス(英)

 イギリスのポストバスは、郵便集配車が、高齢者や障害者を乗せて、集落と地方都市との間を輸送するバスで、郵便集配と住民輸送という2つのサービスを1台のバスで一度に提供する交通サービスです。

 

 

 イギリスでは、10数年前、バス事業の規制緩和が実施され、路線への参入・撤退が自由化されました。しかし、事業の採算性のとれない過疎地域では、赤字路線から、民間バス事業者が撤退し、交通サービスが提供されなくなる可能性がありました。そこで、こうした地域のバス路線を維持するために「補助金入札制」が導入されました。補助金入札制では、まず、自治体が、運行補助を行う路線を決定し、その路線に対する運賃や運行頻度などのサービス内容を提示します。そして、このサービスの提供に対する自治体からの補助金額を入札にかけ、原則として、最低価格を提示した応札企業が落札します。

 補助金入札制の応札は、民間企業のみならず、郵便事業を行う「ロイヤルメイル」などの公営企業にも認められています。ロイヤルメイルは、イギリス各地で、郵便集配車を運行しているため、それに人を乗せれば、他の事業者に比べて、低コストで輸送サービスを提供することが可能です。実際、ロイヤルメイルが落札する例も多く、ポストバスは地域交通の担い手として重要な役割を果たしています。郵便集配車が旅客輸送を行うことは我が国では認められていませんが、補助金入札制による効率的な地域交通サービスの提供や、1台2役という形態についての考え方は、我が国でも参考になると考えられます。

 

 

Aダイアル・ア・バス(英)

 イギリスの「ダイアル・ア・バス」は、基本的には走行ルートや運行ダイヤが決まっているものの、電話で前もって予約をすれば、当日、自宅の前にバスが止まり、町の中心地にあるショッピングセンターなどの目的地まで交通サービスを提供してくれるドア・ツー・ドアのサービスです。利用者にとっては、タクシーのように自宅まで送迎してくれる便利さをもちながら、定時・定路線で乗合型のサービスを提供しているという点ではバスに似た安定的なサービスであり、両方の利点をうまく組み合わせた効率的な運行形態といえます。イギリスでは、こうしたサービスが、高齢者や障害者の外出を支援しているのです。

 

 

3.事例が示唆するもの

 こうした事例をみると、それぞれの個別の目的に応じて提供されている「スクールバス」「福祉バス」「通院バス」、「企業送迎バス」、さらには、郵便配達や宅配便などの輸送サービスが、乗合バスとうまく組み合わさると、バス1台でたくさんの交通サービスを効率的に提供できることがわかります。

 「交通サービス」と「異分野」が、相互に連携している、ということです。

 「教育」「福祉」「医療」のそれぞれの分野で提供される交通サービスや、郵便や宅配便などの異なる分野の輸送サービスすべてを、その地域の「輸送資源」として捉えることによって、これらの資源を連携した新たな交通サービスの形態を創りあげ、地域の交通システムにうまく組み込むことができると考えられます。

 これまでは、「生活の足」を守る取り組みには「異分野との連携」という視点が少なく、むしろ連携は難しいとさえ考えられてきました。しかし、取り組みが実を結んだ例をみれば、少し考え方を変えるだけで、わが国に新しい地域交通の形を生み出すことが可能ということができます。

 

 

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