「『交通空白』を考える!私たちで創る、まちの移動のこれから - 交通政策アイデアソン in ひろしま」レポート
広島の学生と地域企業が挑んだ「交通空白」解消。バス停から観光まで広がる解決シナリオ

2025年8月9日、広島市内のport.cloudにて「『交通空白』を考える!私たちで創る、まちの移動のこれから - 交通政策アイデアソン in ひろしま」が開催された。広島都心部の活性化および新たな価値創造を目指す官民連携のまちづくり組織「広島都心会議」と連携し、学生を中心に若者が集まり、「交通空白」の課題解決や、地域の交通をもっと便利で持続可能とするための政策アイデアを考えた。
交通政策アイデアソン、広島で開幕
冒頭では、本イベントを主催する国土交通省 総合政策局モビリティサービス推進課 総括課長補佐の内山裕弥氏が挨拶に立った。
内山氏はまず、今回のアイデアソンについて「テーマを定め、提案を考え、議論を重ねながら、政策や事業につながるアイデアの種を生み出す場です」と説明。そのテーマが「地域交通」であると強調した。
「地域交通には、バスや電車、タクシー、近年広がりつつあるデマンドバスなど、さまざまなサービスがあります。しかし、この業界はどうしても狭い世界であり、外部の人が関わる機会は多くありません。そのため、新しい発想が生まれにくいという課題があります」と現状を指摘。
「地域交通は全国的に衰退し、路線減少が進む厳しい状況にあります。だからこそ、これまで交通業界に縁遠かった若い方々にこそ、この世界を知り、興味を持ち、専門外の視点から考えてほしい」と期待を寄せた。
最後に、「この取り組みは日本初の試みです。今後も継続的に開催できるよう、ぜひ活発な議論で盛り上げていただければうれしいです」と呼びかけ、挨拶を締めくくった。

メンターには、株式会社電脳交通 取締役COO 北島昇氏、広島県 公共交通政策課 主任 中和恵一氏、イノベーション・ハブ・ひろしま Camps 武村達也氏、フリーMC兼グラフィックファシリテーター 下岡優希氏、広島都心会議 事務局次長 諏訪正浩氏、広島電鉄株式会社 交通政策課長 進矢光明氏が参加。
審査員は、小田急電鉄株式会社 財務部課長 西村潤也氏、呉工業高等専門学校 教授 神田佑亮氏、国土交通省 内山裕弥氏が務めた。

国から現場まで、地域交通DXに向けた視点
インプットセッションには、国土交通省の内山氏、広島県の中和氏、広島電鉄株式会社の進矢氏、株式会社電脳交通の北島氏の4名が登壇。地域交通が直面する課題と取り組みについて、国・自治体・交通事業者それぞれの立場から語った。
「交通空白」の拡大と「COMmmmONS」が目指す地域交通DX
まずは、2025年4月に始動した地域交通DXプロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」について説明がなされた。
内山氏は、全国で少なくとも2,000地区以上で「交通空白」が存在し、利用者減や運転手不足を背景に路線廃止が加速している現状を指摘。地方都市では公共交通の分担率が極めて低く、事業者の9割が赤字を抱えている。

現在の公共交通には、「持続可能性」「利便性」「生産性」という3つの課題がある。その解決策のひとつとして国土交通省が推進してきたのがMaaS(Mobility as a Service)だ。しかし、これまでMaaS推進により100を超えるサービスが生まれた一方で、アプリの乱立や事業者間の分断など「サイロ化」が課題となっている。

COMmmmONSでは、サービス・データ・マネジメント・ビジネスプロセスの4つの分野で連携を進め、デジタル活用による標準化とベストプラクティス創出を通じて、地域交通の持続可能な仕組みづくりを目指すと説明した。

広島県における地域公共交通の課題
続いて登壇した広島県の中和氏は、県が進める交通政策の方向性について説明した。
まず、人口減少と少子高齢化という避けられない社会変化を前提に、県内では今後ほぼ全域で高齢化率が高止まりする見通しを中和氏は示した。そのうえで、供給側では運転免許保有者の減少やドライバーの高齢化、需要側では利用者の減少と収益性の悪化が深刻化していると指摘。特にバス路線の約7割が赤字となり、コロナ禍以降も収入が回復しきっていない現状を課題として挙げた。
さらに、広島県では国土交通省が調査した「交通空白」地区が少なくとも17カ所あり、把握しているだけでも県全体の面積の約11%、人口の2%が影響を受けていると説明。都市型の坂道団地や中間型の郊外など、多様な形態の「交通空白」が存在し、定義されていない「隠れ空白」を含めると実態はさらに広い可能性があると述べた。
こうした課題に対し、県では交通と他分野の連携による新しいサービス創出を推進。今年度からは実証運行を始めている。その一例が、呉市下蒲刈町での「マイカーを使った公共ライドシェア」だ。住民が自家用車を使って移動を担う仕組みを、法的手続きを経て地域公共交通として根付かせることを目指している。
中和氏は最後に、「人口減少という大きなトレンドの中で、利便性を確保しつつ持続可能な形で地域の移動を守ることが重要だ」と強調した。

オンデマンドから働き方改革まで、広電の取り組み
広島電鉄株式会社 交通政策課長の進矢光明氏は、同社路線の時刻表や利用実態を例に挙げながら、地域の課題と具体的な施策を紹介した。
進矢氏は、最低限の移動ではなく、車がなくても「人らしい豊かな人生」が送れる社会の実現を目指すべきだと強調。そのうえで、広島市内であっても特定の路線が日曜は運行ゼロであり、ある地区では夜間のバスが極端に少ないなど、利用者に深刻な不便をもたらす事例を紹介した。
こうした状況を踏まえ、広島電鉄では夜間オンデマンド交通「ナイトタイムデマンド」の実証運行や、コミュニティバスと路線バスの一体運行、さらに今年の夏からは路線バスとオンデマンド交通を組み合わせたハイブリッド運行を開始するなど、多様な取り組みを進めている。とくに宮島線沿線で導入した300円のオンデマンド交通では、車両デザインを工夫することで住民の認知度と利用が高まった事例も紹介した。
加えて、間接部門のデジタル化による業務効率化や、短時間勤務・週3日勤務といった柔軟な勤務制度の導入により、シニア層を含む幅広い人材が運行を支えられる体制づくりを進めていると述べた。
最後に進矢氏は、「会いたい人に“カンタン”に会いに行ける、行きたいところに“カンタン”に行ける社会をどう続けていくかを考えたい」と呼びかけた。

クラウド配車と共同運行で、タクシー業界の標準化へ
インプットの最後に登壇した株式会社電脳交通の北島氏は、タクシー業界が抱える深刻な課題と、それに対する同社の取り組みについて説明した。
電脳交通は徳島に本社を置く設立11年目のスタートアップ企業で、JR各社や大手タクシー会社など22の法人株主を持つ。競合も株主に名を連ねる「フラットな立場」で業界全体の標準化を目指し、タクシー会社向けクラウド型配車システムの提供と、そのシステムを活用した配車業務の代行を主要事業としている。
全国のタクシードライバーはピーク時の37万人から21万人まで減少し、地方タクシーの1日の売上額は東京の3分の1ほど。ドライバーの高齢化、法人タクシー会社の小規模化と倒産の増加、配車オペレーター不足や決済処理のアナログ作業など、業務の非効率性も大きな課題だ。また、東京圏ではアプリ利用が進む一方、日本全体では依然として電話を使った配車が多く、利用の半数にとどまっているという。
こうした状況に対し、電脳交通ではクラウド型配車システムを通じて地域のプラットフォームに連携させたり、複数のタクシー会社による共同配車や共同アプリ開発を支援し、地域全体で最適な配車を実現する取り組みを進めている。
ただしその一方で、地方では「会社を売ったと思われたくない」という風評や、営業権へのこだわりといった感情的な障壁が統合や再編の妨げになっているとも説明。北島氏は「数字やデータだけでは見えない感情やイメージを踏まえ、外部からの新しい視点でのアイデアが必要だ」と強調した。

広島市圏内の学生・若手社会人が向き合った未来の交通アイデア
成果発表会には5つのチームが参加。各チーム発表の持ち時間は7分、審査の基準は「独創性」「実現性」「プレゼンの完成度」。審査員は、小田急電鉄株式会社の西村氏、呉工業高等専門学校の神田氏、そして国土交通省の内山氏の3名。プレゼンの結果、「ぐっとGOOD」チームの「いどばたCarレンダー」がグランプリに選ばれた。




島から始めるやさしいライドシェア「いどばたCarレンダー」(チーム名:ぐっとGOOD)
「ぐっとGOOD」チームは、呉市の離島である大崎下島をモデルにした地域密着型のライドシェア「いどばたCarレンダー」を提案した。
島内ではこれまでも近所同士で“乗り合い”が行われてきたが、運転手不足や情報が伝わりにくいといった不便があった。そこで、紙のカレンダーや掲示板に「14時に外出します」「○○まで行きたいです」といった予定を書き込み、地域で共有する仕組みを考案。

「まずは紙ベースで近隣の顔見知りから始めて徐々に広げていき、将来的には電光掲示板やアプリで共有して、ライドシェアを広めていければ」と説明した。
さらに、ライドシェアに欠かせない保険については、島で「井戸端カレンダー応援商品」を決めて、それを買うとポイントがたまり、保険料に充てられるというユニークなアイデアも提案された。
一方で、知らない人を乗せることへの抵抗感や、運転手への対価をどうするかといった課題も残る。高齢者にとってデジタルはハードルが高いため、紙から始めて少しずつ広げていくような工夫も必要だとまとめられた。


快適な移動時間をつくる“動くコミュニティ”構想(チーム名:I Love Transit)
「I Love Transit」チームは、「快適な移動時間」をテーマに発表した。
まず、メンバー自身の経験から、公共交通の本数が少なく、通学や市内への移動が不便な現状が語られた。こうした課題を踏まえ、「利用者を増やすのは難しくても、すでに走っている車を活用できないか」という発想で、自家用車ドライバーと同じ方向に行きたい住民をアプリでマッチングし、少額の謝礼で乗せてもらう仕組みを提案した。

さらにもう一つの提案として、移動時間そのものを快適で有意義にするアイデアを挙げ、列車内にWi-Fiや睡眠スペース、掘りごたつを設け、勉強や休憩ができる「動くコミュニティ~ゆりかごから墓場まで」の構想を提示した。観光列車の事例から着想を得て、通勤・通学者から高齢者までが交流できる拠点としての活用策を描いた。
チームはこれらの提案がもたらすメリットとして、①学力向上、②地域交流の強化、③福利厚生の向上を挙げ、学校・自治体・企業を巻き込みながら学生の学習支援や高齢者の移動、地域コミュニティづくりにつなげたいとまとめた。


退屈な待ち時間を楽しく過ごせる「待ッチング」(チーム名:そらピー)
「そらピー」チームが提案したのは、乗り換え時の待ち時間を楽しく過ごす仕組み「待ッチング」。テーマは「来たる公共交通の役割分担を円滑に行うため、交通結節点を魅力ある空間にする」こと。電車・バス・ラストワンマイルという役割分担が進む一方で、地方では公共交通の利用率が都市部に比べて低い現状がある。その解決のカギを「乗り換え体験の充実」に見いだした。
チームは、マイカーにはない公共交通の魅力のひとつを「誰かと移動を共有できること」と捉え、そのうえで、待ち時間を気軽なコミュニケーションによって楽しく過ごせるようにする仕組みを考案した。
参考にしたのは香川県丸亀市で試験運用された「バスかめファン!」というアプリ。バス停を舞台に、投稿やコメントでキャラクターを育てるSNS的な仕組みだったが、本格運用には至らなかったという。

この先行事例を踏まえ、「双方向・匿名・リアルタイム」のコミュニケーションツールを提案。各バス停にカメラを設置してオンラインでつなぎ、リアルタイムに会話できるようにする。さらに「勉強」「読書」「ラジオ」といったテーマ別の部屋を設けて、同じ趣味や目的を持つ人同士をつなぐ仕組みを構想した。これにより、待ち時間を「退屈な時間」から「共有できる楽しい時間」に変え、公共交通の利用促進につなげる狙いだ。将来的には、全国のバス停や高齢者施設ともつなげ、交流の幅を広げたいと締めくくった。


SNSデータで掘り起こす、竹原の観光導線づくり(チーム名:観光と交通)
「観光と交通」チームは、竹原市における観光の偏りを解消し、地域全体の活性化につなげるアイデアを提案した。
竹原市には「うさぎ島」として知られる大久野島があり、多くの観光客が訪れている。しかし実際には、観光客の多くが大久野島だけを訪れ、市街地は素通りされてしまうのが現状だ。地域の交通や商業には十分なお金が落ちておらず、路線の活性化にもつながっていない。
チームは、この状況を改善するためにSNSデータの活用を考案。位置情報やハッシュタグといった投稿データを整理・数値化することで、隠れた観光スポットを掘り起こし、訪問者を誘導できるのではないかというものだ。

観光データを整理する仕組みやプラットフォームを低コストで構築できれば、観光客を有名スポットから周辺地域へ回遊させることが可能になる。広島県内では廿日市市も宮島に観光客が集中し、市内の消費が少ないという同様の課題を抱えており、竹原でも「有名地+隠れたスポット」という流れをつくることで、交通利用と経済効果の双方を高められるとまとめた。


学生活用と働き方改革で挑む、バスドライバー不足解消(チーム名:ノンストップ・ザ・バラエティ)
「ノンストップ・ザ・バラエティ」チームは、「ドライバーズシフト」と題して、バスドライバー不足の解消と交通空白の改善に向けたアイデアを発表した。
まず、ドライバー不足への対応として、学生を活用してバス会社に従属するライドシェアドライバーの不足を補うという案を提示。
学生にとっては移動費の補填や収入確保の機会となり、街に出ることで地域消費の増加にもつながる。また、車を持たない学生が多いことから、バス会社がレンタカー制度を導入し、一部収益を得る仕組みを考えた。さらに、学生ドライバーをラストワンマイルの移動にも活用し、「交通空白」の解消に役立てたいとした。

一方で、既存のバスドライバーの働き方やモチベーションを高める工夫も必要だと強調。具体例として、広島電鉄の「MOBIRY DAYS(モビリー デイズ)」のような交通アプリを活用して、利用者アンケートを通じて運転手へのフィードバックを集め、評価やモチベーション向上につなげる仕組みを提案した。そのほかにも、誕生日に私服勤務を認めて親しみやすさを演出する工夫や、SNSを通じてバスドライバーの存在を身近に感じてもらう試みを紹介。また、ゴミ収集車ドライバーの勤務実態をヒントに、半日雇用枠を増設することで柔軟な働き方を広げられるのではないかとも述べた。
チームは「利用者にとって身近な存在になれるバスドライバーを増やすことが、移動しやすい社会につながる」とまとめ、会場を盛り上げた。


アイデアから実装へ。未来への期待を共有
クロージングセッションでは、メンター陣からそれぞれの視点でコメントが寄せられた。
北島昇氏(電脳交通)
「短い時間で合意形成し、形にしていくのは本当に大変だったと思います。特に交通の領域は実現が難しい分野ですが、今日のように動いてみること自体が大きな一歩です。ぜひ経験を生かして、継続して形にしてほしいと思います」

武村達也氏(イノベーション・ハブ・ひろしま Camps)
「わずかな時間でここまで仕上げたのは素晴らしいことです。アイデアソンはこの場で終わることが多いですが、時間切れで消化不良に終わった部分は、ぜひ別の場でブラッシュアップし、ハッカソンなどにつなげてみてください」

進矢光明氏(広島電鉄)
「今日のアイデアはすぐに事業化されるわけではなくても、将来のタイミングで芽を出すものもあると思います。参加者やメンター同士でつながりを持ち続ければ、いずれ大きなチャンスになるはずです」

中和恵一氏(広島県庁)
「グランプリを取った『いどばたCarレンダー』は非常に参考になりました。私が担当している下蒲刈島でのライドシェア実証運行とも重なる部分があり、ぜひ今日のアイデアも取り入れていきたいです」

諏訪正浩氏(広島都心会議)
「交通空白は皆さんの身近にある課題であり、それを自分の生活と照らし合わせて考えた点がとても良かったです。『自分の生活を良くするためにどうするか』という視点を持ち続ければ、交通課題の解決にもつながると思います」

下岡優希氏(フリーMC兼グラフィックファシリテーター)
「グランプリの『いどばたCarレンダー』は、乗る人と乗られる人のメリットや負荷を、どうやって良いサイクルに乗せていくかという点をしっかり考えられていたという印象がすごく強かったです。今回は、みなさん発表に集中していたと思いますので、ほかのチームが何を発表していたかをグラレコでもぜひご覧ください」


最後に審査員から総評が寄せられた。
小田急電鉄の西村氏は、バス停を資産と捉える視点や観光と交通を結びつける発想に触れ、「長年の課題であるドライバー不足に対しても、若い皆さんのアイデアが新しい可能性を示してくれた」と評価した。

呉工業高専の神田氏は、「学生と一緒に考えたからこそ、大人だけでは出てこない提案があった」と強調し、「将来どんな制約に直面しても、自分の思いを持ち続けてほしい」と参加者にエールを送った。

国土交通省の内山氏は、「実現しそうなもの、現場感のあるもの、斬新なものなどいろんなアイデアがあり、初開催ながら大いに盛り上がった。今回考えたことをキッカケにして、「交通空白」を解消する具体的な取組にぜひつなげていっていただきたい」と述べ、イベントを締めくくった。

Updated: 2025.09.30
文: 松下典子(Noriko Matsushita) 編集: 北島幹雄(Kitashima Mikio)/ASCII STARTUP 撮影: 高橋智(Takahashi Satoshi)