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「『交通空白』を考える!私たちで創る、まちの移動のこれから 交通政策アイデアソン for Students」レポート

「利便性」と「持続可能性」の間にある現実解 女子学生が描く未来の交通

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2025年9月27日、津田塾大学千駄ヶ谷キャンパスにて「『交通空白』を考える! 私たちで創る、まちの移動のこれから 交通政策アイデアソンfor Students」が開催された。本イベントは、国土交通省が進める地域交通DXプロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」の一環として実施され、学生が主体となって地域交通の未来を描くことを目的としている。学生たちが1日をかけて「交通空白」解消に向けた取り組んだアイデアソンの模様をレポートする。

 午前中のインプットセッションではまず、国土交通省 総合政策局 公共交通政策部門 モビリティサービス推進課 総括課長補佐の内山裕弥氏が登壇し、COMmmmONS(コモンズ)の取り組みとその狙いを解説した。

 「交通空白」の背景には、事業やサービス、データが縦割りになっており、相互に連携せず、利便性や効率を下げている構造的な課題がある。国土交通省が進める地域交通DXプロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」では、事業者間の業務やシステムを標準化して、決済方法や認証を共通化することで「どの交通もつながる」仕組みを整備し、地域交通を社会基盤として再構築しようとしている。内山氏は「行政や交通事業者だけで解けなかった問題に、新しい視点とアイデアを持ち込んでほしい」と語った。

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国土交通省 総合政策局 公共交通政策部門 モビリティサービス推進課 総括課長補佐 内山 裕弥氏

 続いて、呉工業高等専門学校 環境都市工学分野 教授の神田佑亮氏が自治体の課題を解説した。神田氏は、「行きたい時間に行けない」という時間的空白も深刻だと指摘。利用減と運転手不足でバスが減便し、乗合タクシーやデマンド交通などが広がる一方、運行の費用や安全管理、人材育成など運用負荷が課題になっているという。問題は地方だけでなく都市にも潜在し、夜間の「移動の足」不足は地域経済にも影響する。また自治体としては、予算確保・制度の難しさに加え、マネジメント人材も不足している。そのため、全国に通用する“横展開可能なモデル”づくりが必要だと強調した。

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呉工業高等専門学校 環境都市工学分野 教授 神田 佑亮氏

 小田急電鉄株式会社 財務部 課長の西村潤也氏は、事業者の視点から「交通空白」を整理した。人口減少で利用者も減る一方で、運転士不足・設備老朽化・電力費等でコストは上昇。自家用車に頼れない高齢者の増加で公共交通の「需要」はむしろ伸びるも、「供給」は限界に直面している。既存の手段では対応しきれない領域が拡大し、都市近郊や島嶼部でも空白が進行している。地域ごとの差異を踏まえ、移動の価値・目的にテクノロジーを組み合わせ、新たなサービスを設計すべきだと述べた。

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小田急電鉄株式会社 財務部 課長 西村 潤也氏

 株式会社電脳交通 取締役COOの北島昇氏は、タクシー業界の現状を説明。運転手数はピーク時の40万人から約20万人へ半減。国内のタクシー事業者約5,600社のうち7割が車両15台以下と少規模であり、投資・採用も困難な状況だという。地方では配車もままならず、需要がある時間帯に供給が追いついていない。解決策として、コールセンターや配車の共同化・コストシェア、地域共通の配車アプリの整備、連携を推進するための仕様の標準化などを挙げた。また、人口減で市場が縮小する中、細分化よりも規模効果を生む仕組みづくりが必要だとし、「現場の困りごと」から逆引きで解決策を考える姿勢を呼びかけた。

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株式会社電脳交通 取締役COO 北島 昇氏

 この後、参加者は個人個人でのアイデア出しに挑戦。その中から共感したアイデアを軸にチームを編成し、午後から7チームに分かれてアイデアソンの作業を進めていった。

ファシリテーターを務めた池澤 あやか氏 イメージ画像
ファシリテーターを務めた池澤 あやか氏
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 夕方には、各チームが練り上げたアイデアを発表した。学生ならではの自由な発想と、実現を見据えた具体的な提案が次々と飛び出した。各発表に対しては、午前中に講師を務めた4名が審査員として質疑や講評を行った。以下、7チームによる成果発表と講評の様子を紹介する。

「あえて減便」で人を集める。「待ち時間を、“まち”時間に~地域連携して待ち時間をなくす~」(カフェテリア・ブレインズ)

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 チーム「カフェテリア・ブレインズ」は、バスの減便が利用者減を招く悪循環を断ち切るため、「減便しても、人が集まる仕組みをつくる」という逆転の発想を提案した。

 具体的には、バス停近くに書店やカフェと連携した“バス待ちスポット”を設け、ワンドリンクで読書を楽しめる空間を整備。ピーク時以外は減便してコストを抑える一方、待ち時間を快適に過ごせる環境を整えることで1本あたりの乗車率を高め、収益改善につなげる。地域店舗とのポイント連携アプリも提案され、「待つ時間をまちの活性化に変える」構想だ。

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 内山氏は「事業者は誰になるのか」と問い、チームは「自治体が統括し、商店や町内会が運営」と回答。西村氏は「減便することで逆に人を集めて効率化につなげる発想は目から鱗」と評価した。

安全性と効率を両立するヒッチハイク型「ライドシェアの新しい形」(ペイ)

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 チーム「ペイ」は、事業用トラックへの同乗によるヒッチハイク型ライドシェアを提案した。

 ライドシェアは注目されているが、そもそもの免許所有者が減少傾向にあり、新たなドライバーの確保は難しい。そこで、すでに走っている事業用トラックに同乗する仕組みを構想した。利用者は、免許を持たない学生や高齢者、長距離運転が苦手な人などを想定する。ドライバー側も副業として収入を得られるほか、乗客との会話で眠気防止になるなどの利点を挙げた。また、相乗りによって交通量を減らし、環境負荷の軽減を目指した。

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 神田氏は「公共交通が届かない場所への移動に焦点を当てるとより魅力的」と助言。また、北島氏はライドシェアに事業用トラックを選択した理由を質問。同チームは、事業者であるため車両やその位置が管理されているなど、どのような人と同乗するのかわからない一般の車よりも安全であると考えたと回答。北島氏は「法人を介した事業用トラックという選択が安全性の確保にもつながる」と理解を示し、新しい発想を評価した。

電動自転車を生活インフラに。再配置と共助で持続可能にする「電チャ生活100」(にゅーbalance)

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 チーム「にゅーbalance」は、電動自転車のシェアリングによる地域経済活性化を提案した。

 発表者は、自身の出身地ではバスが1日5便しかない環境を原体験として紹介。観光向けではなく、住民の生活に根ざしたシェアサイクルを考案した。住民は無料、観光客は有料とし、AIとGPSで運用の最適化を目指す。利用にあたっては、規定外エリアへの駐輪や長時間放置はマナー違反としてペナルティを科して秩序を維持するとともに、需要の高いポートに返却するとポイントを付与するなどして運用を効率化するシステムを設けるという。

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 子育て世帯への支援として、各ポートには子どもを乗せられるタイプや2人乗りの自転車も配置。さらに、自転車とバスを組み合わせて使えるよう、バス前部に自転車ラックを取り付ける案も提示した。

 内山氏は「実現性が高く、再配置コスト削減の発想が優れている」と評価。神田氏も「不要になったママチャリの再利用も有効」とアイデアの広がりを指摘した。

SNSのバズりから交通を作る「地域発・バズり循環型モビリティ」(いげなるゆいり)

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 チーム「いげなるゆいり」は、「移動を地域価値に転嫁する」をテーマに、「地域発・バズり循環型モビリティ」を提案。SNSでハート型の窓が話題になった京都・正寿院の例を挙げ、「バズっても交通が不便で観光需要を取りこぼしている」という課題を指摘。観光とエンタメを融合し、乗ること自体が体験になる次世代モビリティを構想した。

 SNSで拡散中の“バズスポット”をAIが分析し、週替わりで運行ルートを提案。地元タレントによるガイドや限定運行で特別感を演出する。自治体が本格的な観光整備に着手するまでの“つなぎの交通”として、地域の経済循環と人材活用を支援する仕組みだ。

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 内山氏は「路線新設には許認可など時間がかかるため、既存手段を活用した実装を検討するとよい」とコメント。西村氏は「観光貸し切り型の需要は高く、収益モデルとしても現実的」と評価した。

女性のセカンドキャリアとドライバー不足を解消する「ママタクシー」(ほぼ鈴木)

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 チーム「ほぼ鈴木」は、子育て中の女性が活躍できる新しいタクシーサービス「ママタクシー」のアイデアを発表した。

 タクシードライバー不足が深刻化する中、女性ドライバーは全体のわずか4%にとどまる。一部の事業者は女性採用を進めているが、男性中心の職場環境では働きづらく、定着につながっていない。そこで、子育て中の女性がセカンドキャリアとして働けるよう、タクシードライバーの育成から派遣までを担う専用会社の設立を提案した。

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 保育園からの急な呼び出しや体調不良にも対応できる柔軟な勤務体制を整え、女性が安心して働ける環境構築を目指す。また女性ドライバーへの安心感を付加価値として盛り込み、収益化を見込む。安全面では、ドライブレコーダーの設置や料金設定の工夫でハラスメント対策を準備するという。

 内山氏は「女性ドライバーの指名サービスを導入している事業者はあるが、女性ドライバーだけのタクシー会社というのは新しい」と評価。北島氏も「“女性の会社”という明確なコンセプトは人材確保の大きな強みになる」とコメントした。

住民の声で路線をつくる。潜在需要を可視化する「空白マップ」(そば茶)

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 チーム「そば茶」は、参加型アプリ「空白マップ」を提案。赤字によるバス路線の減便が増える中、通学手段としてバスが使われていた地域では、本数の少なさやアクセスの悪さからさらに利用者が減り、自家用車での送迎が増えるという悪循環が起きている。また、路線バスの代替としてオンデマンド交通が各地で導入されているが、コストが高く持続性に欠ける点も課題だと指摘した。

 そこで、住民が「バスを通してほしいルート」を投稿できる参加型マップを構築し、潜在需要を可視化して路線設計に活かす仕組みを提案した。地域の学校や病院などから集まる要望を分析し、ニーズの多いルートには「オンデマンド試験運行」を実施する。バス事業者と地域をつなぐ仲介的な役割を果たす点が特徴だ。

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 西村氏は「交通事業者としてもニーズ把握に役立つ。交通版コンビニ立地分析のような可視化ビジネスの可能性がある」と述べた。神田氏は「路線バスとデマンド交通の“間”を埋める交通として可能性を感じる」とコメント。さらに内山氏は「先月、中国を視察したが、現地ではクラウドソーシング型で日々の運行データを収集・分析し、リアルタイムに路線計画を立てている。そうした事例を踏まえても、こうしたサービスは十分に実現し得る」と語った。

“通学・福祉・観光”を支える地域循環スクールバスモデル「一台三役!~平日は通学、昼は福祉、休日は探検~」(粉物LOVER)

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 チーム「粉物LOVER」は、スクールバスを地域交通として再活用する仕組みを提案した。

 多くの学校では登下校以外にスクールバスが稼働しておらず、空き時間が有効活用されていない。そこで、朝夕は生徒・教職員の通学用、昼は一般開放して駅や病院、大型スーパーを巡回、休日や長期休みは高齢者送迎や観光利用に充てる「三毛作運行」を構想した。通学という固定需要で収益を安定化させながら、日中や休日に地域の移動課題を補完する。

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 神田氏は「時間帯ごとの需要を的確に組み合わせた優れたモデル。収益性を算定してみる価値がある」と評価。西村氏も「年間を通じて稼働率を維持できる、事業者にとって理想的な提案」とコメント。内山氏は「行政としても実現を目指しているテーマ。実装には費用負担や車両仕様など多くの調整が必要だが、非常に現実的な視点」と述べた。

 各チームの発表後には、津田塾大学OGであり、Plug and Play Japan株式会社でモビリティ領域を担当する唐澤舞氏がコメントを行った。「学生の皆さんが1日で考えたとは思えないほど完成度が高く、素晴らしいアイデアばかりでした。交通の領域はまだまだ男性中心ですが、本来は誰にとっても身近なテーマ。女性や学生が自由に議論し、PoC(概念実証)や事業化へと発展させていく動きが増えれば、日本の交通はもっと良くなるはず」と語った。

Plug and Play Japan株式会社 Managerの唐澤 舞氏 イメージ画像
Plug and Play Japan株式会社 Managerの唐澤 舞氏

学生たちが示した、交通課題へのアプローチ。グランプリは「ママタクシー」

グランプリを受賞したチーム「ほぼ鈴木」 イメージ画像
グランプリを受賞したチーム「ほぼ鈴木」

 審査の結果、グランプリにはチーム「ほぼ鈴木」の「ママタクシー」が選ばれた。そのほか、津田塾大学賞をチーム「粉物LOVER」の「一台三役!~平日は通学、昼は福祉、休日は探検~」が、オーディエンス賞をチーム「にゅーbalance」の「電チャ生活100」が受賞した。

 講評では、メンター兼審査員の4名がそれぞれの立場から総評を述べた。

 北島氏は「今日は皆さんお疲れさまでした。個性的なアイデアばかりで、生活者視点が活きていてとても新鮮でした。スタートアップの立場としては、この中でひとつでも、さらに深掘りしてPoCや事業化につなげていただけるとうれしい」と今後に期待を寄せた。

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 西村氏は「非常に楽しませてもらった。ヒッチハイクや空白マップのチームは苦しみながらも最後までうまくまとめていた。“バズスポット”の企画も事業者として参考になる。私たち交通事業者が普段取り組んでいる課題を、皆さんが自分の体験として理解してくれたことが何よりうれしい」と述べた。

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 神田氏は「交通業界は本当に男性が多く、女性が少ない。今日はこれまで見落としていた気づきをたくさんいただいた。少し手を加えればすぐビジネスになりそうな企画もたくさんあった。交通は支援してくれる人が多い分野。やればやるほど広がっていくのが交通ビジネスの面白さ。これをきっかけにぜひ関心を持ってほしい」と語った。

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 内山氏は「まさにこういうのがほしかった、というアイデアがたくさん出てきて、このアイデアソンを実施して本当によかったと思いました。グランプリの『ママタクシー』のように、我々だけで考えていると的外れな発想に陥りがちですが、皆さんの提案には生活の実感がある。政策や技術開発のシーズにもなりますし、今回の経験を今後の就職や研究にも活かしてほしい」とまとめた。

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 学生たちが生活者の視点から交通課題に向き合い、実現性のある提案を示した今回のアイデアソン。1日の議論を通じて、多様な立場から地域交通の未来を考える貴重な機会となった。

Updated: 2025.10.31

文: 松下典子(Noriko Matsushita) 編集: 北島幹雄(Kitashima Mikio)/ASCII STARTUP 撮影: 曽根田 元(Gen Soneda)

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