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「アプリ」ではなく「インフラ」を再設計する──「コモンズ」が切り拓く地域交通の未来

 「アプリをつくれば、移動は便利になる」と思われていたMaaS(Mobility as a Service)の初期。しかし実際には、移動体験に劇的な変化を起こせていない。技術やサービスのつなぎ直しだけでは解決できない本質的な課題も明らかになった。2025年度から始まった国土交通省の新プロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」は、こうした限界を打破するための戦略的DXプロジェクトだ。
 本鼎談では、COMmmmONSの設計を主導する国土交通省の内山裕弥氏、広島を中心に公共交通の再構築に携わってきた研究者である呉高専教授の神田佑亮氏、モビリティジャーナリストとして国内外の交通サービスを取材してきた楠田悦子氏が集い、日本の地域交通が抱える根源的な課題と、そこにDXで切り込む新たなアプローチについて議論した。聞き手は、ASCII STARTUP編集長の北島幹雄が務めた。

プロフィール

内山裕弥氏(国土交通省 モビリティサービス推進課 総括課長補佐)

1989年東京都生まれ。首都大学東京、東京大学公共政策大学院で法哲学を学び、2013年に国土交通省へ入省。国家公務員として、防災、航空、都市など国土交通省の幅広い分野の政策に携わる。法律職事務官として法案の企画立案や法務に長く従事する一方、大臣秘書官補時代は政務も経験。2020年からはProject PLATEAUのディレクターとして立ち上げから実装までを一貫してリード。2024年からはProject LINKSを立ち上げ。2024年7月から現職。

神田佑亮氏(呉工業高等専門学校 環境都市工学分野 教授)

交通計画や地域モビリティの実践研究をリードする専門家。民間コンサル・大学・官公庁連携の現場で、災害時の交通確保や地方MaaSなどに多数関与。PMP(Projecet Management Professional)の資格を持ち、標準化やデータ利活用にも精通。近年は国交省の交通政策審議会委員も務め、現場と政策をつなぐ“交通まちづくり”の第一人者として活躍中。

楠田悦子氏(モビリティジャーナリスト)

心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化と環境について考える活動を行っている。『LIGARE』創刊編集長を経て、2013年に独立。「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」などの委員を歴任。スタートアップのナレッジ共有DIMENSION NOTE元編集長、グロービス経営大学院大学MBA英語 卒。

「便利なアプリ」では解決しなかったMaaSの限界

——MaaSという概念が話題になったのは、政府の「未来投資戦略2018」に初めて登場した2018年ころからでした。それから長年が経過し、なぜいま改めて地域交通DX推進プロジェクトCOMmmmONS(コモンズ)としてスタートしたのでしょうか。

内山:MaaSという言葉が注目を集め始めたころ、多くの方が「便利なアプリを作れば、移動の課題は解決する」と期待していたと思います。でも、現実にはなかなかうまくいかなかった。それは、単にツールを導入すればよいという話ではなく、もっと構造的な課題があるのだと、私自身も実感してきました。

 国土交通省としても、これまで制度論と補助事業を中心に交通政策を進めてきた経緯がありますが、デジタル技術をどう活用していくかという観点は、まだ発展途上だと思っています。だからこそ、現場の声に耳を傾けながら、柔らかく議論の輪を広げていく必要があると感じています。

神田:MaaSって本来は「人の移動を便利にする」ために交通を統合して、街を活性化しようという発想だったはずなんですよ。ところが、最初に「アプリをつくること」が入口になってしまった。それで一気にアプリ開発が盛り上がってしまったが、「どうも違う」と気づいたころには、もう全国でAIオンデマンド交通の導入が進んでいた。

 もちろん交通空白の解消という意味では意味があったけれど、「移動のバリアってそもそも何なのか?」という議論にはなかなか至らなかった。あと「利用者にとって便利であれば、情報さえ提供すれば自分で判断して動く」と提供側が思い込んでいた点も問題。実際には、もっと受け身な行動をする人が一定数いる。そのユーザー像を再設定しないといけない。

楠田:サービスの入口ばかりに目が向いて、交通事業者側の改善に目が届かなかったのも大きいです。バス会社や鉄道会社が「これなら事業として成り立つ」と思えるような仕組みにはなっていなかった。だから、現場のモチベーションも高まらなかったんです。

“レベル論”では見えない、日本型MaaSの課題

——MaaSという言葉が広がる中で、「アプリさえあれば何とかなる」という空気が一時的に強まったけれど、移動の不便さや行動のバリアは、単なる情報提供やツールでは超えられなかったと。

内山:日本のMaaSについては、よく「国際的な基準に追いついていない」といった言われ方をします。実際、欧米の先進事例と比較されて、「レベルが低い」「進んでいない」と評価されることも少なくありません。でも、そういった議論が本質を突いているかというと、少し疑問を感じています。

地域交通におけるデジタル技術活用に関する調査研究レポート イメージ画像
MaaSはそのサービスの統合度合いによって、0〜4の5段階が定義されている(地域交通におけるデジタル技術活用に関する調査研究レポート

楠田:「レベルで語ること自体が正しいのか?」というところは、私も思うところがありますね。何をもって“遅い”とするのか。国際的な基準をそのまま目指すのが正しいのか。日本における現場の課題や制度、産業構造を踏まえないまま、単にレベルやフェーズで測ろうとしてしまうのは本質を見失いやすい。

神田:私はむしろ「レベル1(検索や運賃などの情報が1つにまとまり、複数の交通モードを利用した目的地までのルートを検索可能な「情報」が統合された状態)でもいい」と思っています。入り口が低くても構わない。問題は、そこからちゃんとレビューして次に進めるかどうか。例えば、自動配車や乗り合いなどのAIオンデマンド交通を導入しても、「実際どうだったのか?」「どんな問題が見えたか?」というレビューの場がきちんと用意されていない。だから、いつまで経っても次のステップに行けない。

内山:確かに。欧州型のMaaSは、サービス統合やデータ利活用の面で進んでいる一方で、日本では“統合の手前”で止まっている印象があるんですよね。「アプリを良くしていこう」と言っても、それは表面的な話に過ぎません。問題の根っこにあるのは、業務プロセスの非統一な状況や、交通事業者間の商流の違い、さらには業界ごとのDXリテラシーの差といった構造的な部分なんです。

定義より行動。
いま現場が直面しているDX課題とは

——海外事例との比較や「MaaSのレベル」といった議論は、導入初期にはわかりやすい指標として重宝されましたが、日本の現場では、制度や産業構造、ユーザーの行動といった文脈が異なり、本質的なサービス変革につながっていないわけですね。求められているのは、目の前の実践をどう評価し、次にどうつなげていくかという視点でしょうか。

楠田:私はMaaSの定義やレベルにこだわる議論に違和感を持っています。やるべきことははっきりしているんです。スマートフォンの普及やAI、少子高齢化、働き方改革──こうした社会全体の変化に合わせて、交通もアップデートしなければならない。

 交通事業者も、自社だけで完結できない時代です。他社や自治体との連携、データ活用、マーケティング、運行管理のデジタル化……。そういった当たり前のことをやればいいんじゃないでしょうか。

内山:“自社の中だけでのDX”では足りなくて、複数事業者や自治体、地域全体での統合が必要なんですよね。だからこそ、COMmmmONS(コモンズ)では標準化と共創の基盤づくりを進めています。

楠田:政策の枠にも引きずられてしまう傾向がありますよね。補助金を取るためにMaaSをやってみる、という流れになってしまったケースも少なくありません。もちろん補助事業の活用は重要ですけど、それだけを目的にしてしまうと、抜本的な地域交通の再設計という発想が育ちません。

——「交通空白」の本質も、単に交通の空白を埋めることではなく、地域に持続可能な交通の仕組みをいかに築くかということですね。

 「『交通空白』の解消」という言葉は、近年急速に普及してきた地域交通におけるコンセプトだ。制度設計や予算事業においても、政策目標を端的に伝えるキーワードとして重宝されている面がある。しかし本質は、単に空白を埋めることではなく、地域に持続可能な交通の仕組みをどう築くか。楠田氏の指摘は、地域交通の課題解決に向けたアプローチを一過性の取り組みに終わらせないための、根本的な視点を投げかけている。

「COMmmmONS(コモンズ)」とは何か?──地域交通DXを4つの柱で捉え直す

——このような現状をふまえ、国土交通省ではどのような取り組みを目指すのでしょうか。

内山:国土交通省にモビリティサービス推進課が設置され、様々な支援制度を整えた2019年以降、日本でもMaaSサービスが多数立ち上がりました。結果、全国に100以上の「MaaS的な取り組み」ができましたが、それが社会を大きく変えたかというと、微妙です。むしろアプリが乱立し、事業者・サービス間の“サイロ化”が進んでしまった面もある。

 それを踏まえて、2025年から始まった新しい地域交通DXプロジェクトがCOMmmmONS(コモンズ)です。特徴は、DXの対象を「サービス」だけでなく、「データ」「マネジメント」「ビジネスプロセス」の4領域に広げたこと。これらの領域を網羅的にDXするすることで、持続可能な地域交通を実現していこうというアプローチです。

 例えば、チケット1枚を買うだけでも、バス、電車、デマンド交通で仕様が違う。ABT(アカウントベースドチケッティング)方式を導入しようにも、QRコードの規格がバラバラ。共通インターフェースを整えるだけで、全体の構造が変わる余地があります。

地域交通を変えるには“OSから”。DXの本丸に迫る

——長年にわたり、交通事業者はそれぞれが独自の仕組みや運用を築いてきましたが、その蓄積が結果として“つながらない”構造を生み、統合的なデータ活用を困難にしているわけですね。こうした断片的な仕組みを一つひとつ解きほぐし、社会全体で共有・活用できる“共通財産”へと整えていくことに価値がありそうです。

神田:交通業界は、アプリは進化したけれど、「OS」が古いままです。それは技術的な意味だけではなく、交通事業者や行政の“考え方”も含めて。ネット社会になって人やデータがつながる時代になっているのに、交通業界の中では「隣の会社とはシステムが違う」「別のベンダーが入っていて統合できない」といった状態が続いている。

内山:現場レベルでは、「本当は統合したいけど、仕組みが違うから無理」という声も多い。業務のルール、システム、インターフェース……それらがバラバラなままだと、シームレスなサービスを実現するのは不可能です。これこそが、私たちがCOMmmmONS(コモンズ)で解決しようとしている核心部分です。

神田:例えば、バスのダイヤ編成システムにしても、どの地域でも使われていますが、ベンダーが違うと連携できません。「標準に合わせると今の業務が変わってしまう」「投資が重いから手が出せない」──そんな事情で、現場は旧システムを使い続けています。

 でも、私たちがパソコンのOSをアップデートするとき、「ソフトが動かなくなるかも」と思いながらも、結局はアップデートしますよね。交通の世界にも、あの“思い切ってやってみる”精神が必要なんじゃないかと思います。

内山:実際には、ロングテール型の業界構造が壁になります。中小の交通事業者が多くて、1社ごとにシステム刷新や業務改革を求めるのは現実的じゃない。だからこそ、国として財政面だけではなく、技術や業務フローの標準を作って「統合しやすくする」ことが求められます。

神田:GTFSなどではデータ形式の標準化までは国もやってきたけど、「じゃあそのデータをどう使うのか」「どのシステムでどう処理するのか」という運用設計までは踏み込めていない。行政の限界もあるし、民間だけに任せるには荷が重い。

楠田:だから人材育成も必要になりますよね。交通事業の現場では「経営戦略を描ける人材」が少ない。小規模事業者では経営企画部門すらないことも多い。そうなると、「そもそもどこを目指すのか」が描けない。

内山:経営企画部門がなければ、業務連携や統合など事業者間の連携をデザインすることは難しい。事業規模が小さすぎて、人も予算も足りない。そのような状況で、単純に業務や運行の連携・協働の掛け声だけ上げても現実的ではありません。事業者間や事業種間の連携・協働を推進するためには、主役となる事業者の方々が共通で利用可能なアセットが必要です。

神田:事業規模を拡大してスケールを取る道もありますが、私は「モード横断の統合」も可能性があると思っています。バスとタクシーを分けて考えるのではなく、地域のモビリティ全体を担う「モビリティマネジメントカンパニー」をつくるイメージです。

楠田:ある地方における共同経営のパターンでは、複数の交通事業者の経営企画部門を統合して、ビジョンや戦略の部分だけを一緒に考える形を取っていました。運行管理とは切り分けて、頭脳を共通化する。それでも機能する可能性はありますよね。

誰が旗を振るのか? DXを支えるマネジメントの空白

——「便利なサービス導入」にとどまるようなDXでは、持続可能な公共交通は実現できないと。みなさんの発言に共通するのは、システムや業務の“根っこ”をそろえることで、ようやくサービス改善や人材育成も機能するということでしょうか。

神田:例えば、同じ国土交通省でも建設分野では、工事や設計の成果物を電子納品するのが現在では当たり前です。でも運輸の分野では、いまだに紙で提出する手続きが多い。例えば、バス路線のダイヤ改正の届出も、まだ紙なんですよね。

 これを、「3年以内に全部電子化します」と決めれば、現場は混乱するかもしれないけれど、一気に進むと思うんです。標準化とか統合とかって、そういう“強い決断”がないと実現しない。

内山:長い歴史の中で、道路運送法に基づく手続きは抜本的に変化していません。運行系統の変更や事業申請も、前提が“人が読む紙の書類”になっていて、デジタル処理しにくいフォーマットになっている。オンライン申請の動きが進んでいますが、この設計思想は変化していません。

楠田:だからこそ、今、国が本気で「業務標準の整備」と「制度のアップデート」に取り組むべきなんです。こうした“基盤整備”が中途半端なままだと、各社がバラバラに投資して、結果として二度手間・三度手間になってしまう。長い目で見れば、国がしっかりリードする方がコストも低くなります。

神田:あと大事なのは、「誰が地域の交通マネジメントを担うのか?」という視点です。いまの地域公共交通計画って、行政と事業者の会議体になっているけど、数字を見ながら経営的な議論をする場にはなっていないんですよ。例えば、「今月の売上は?」「交通系ICの利用率は?」「来月はどうするか?」という、民間企業では当たり前の会話がない。だからこそ、月ごとにデータを持ち寄って議論する“交通経営会議”のような場が必要です。

楠田:最初は簡単な会話からでいいのでしょうね。「今月、乗客数どうだった?」「あの路線、人減ってるよね」みたいな雑談が、次第に戦略的な議論につながっていくのではないでしょうか。デジタル以前に、組織と文化の話なんですよね。

神田:行政がマネジメントの主導権を持とうとしても、現場感がないと空回りする。かといって、バス会社だけに任せても大きな変革は起きない。だから、官民の“中間”に立つ新しいプレイヤーや仕組みが必要なんです。

データは語られる場があってこそ──広島の“月1会議”

——技術や資金以上に、仕組みと文化を動かす視点が求められているわけですね。

神田:2019年、広島県の庄原市でMaaSの実証が始まりました。その際に特徴的だったのが、交通・観光・まちづくりの関係者が、毎月1回集まる定例ミーティングを4年間、欠かさず続けたことです。

 最初は「とりあえず集まって話してみよう」というところから始まりました。バス会社は営業所単位で利用者数や売上データを持ってきて、観光施設は入込客数を出す。そういう“持ち寄り型”の会議を毎月やることで、だんだんと「じゃあ来月はこの数字を深掘りしてみよう」「この動きは何が原因だったんだろう」といった議論が生まれるようになった。

楠田:データ活用というと、つい高度なツールを使った分析を想像してしまいますが、実はExcelレベルのデータでも十分なんですよね。大事なのは、「その数字をもとに、関係者が話し合う文化」があるかどうか。

内山:特に公共交通では、データはあっても“使われない”ケースが多いです。運行日報やICカードの明細があっても、それがマージされず、活かされていない。だからまずは、簡単な形でも「見る・語る・考える」場をつくることが第一歩。

神田:例えば、「この月は観光施設の来場者が減った」という事象があったとします。翌月の会議では人流データを分析するチームに投げて、「20代〜30代女性の流入が減っていた」といった示唆が返ってくる。そうやってPDCAを自然に回せるようになるんです。

内山:データを出すことに抵抗はないのでしょうか?

神田:最初から「出せ」といってもなかなか。気軽な参加を促して、他社のデータを見ていくうちに「うちも出してみようか」と思うようになる。信頼を積み上げる形でデータが流通するようになるんです。

楠田:雑談から始めて、少しずつ組織化されていけば、それが自然に「地域版経営会議」のような存在になっていくんですね。

スタートアップが根づくには、“仲間”と“受け皿”が必要

——COMmmmONS(コモンズ)のプロジェクトでは、先進的な技術やビジネスを進めるスタートアップの参加も多いですが、お話いただいたような地域交通の現場へどのように浸透させているのでしょうか。

内山:COMmmmONS(コモンズ)ではスタートアップとの共創も重要な柱です。交通業界って、新規参入が非常に難しいんです。中小事業者が多くて、業務システムもばらばら。投資体力も限られていて、スケールもしづらい。でも、そういう中でもチャレンジしている若い会社がいます。例えば、コモンズのプロジェクトでは、株式会社TRILL.という創業したばかりのチームで「法人の遊休車両を使ったカーシェア」を実証しています。

神田:TRILL.のように「共同使用」の制度を活用するアイデアは、可能性がありますね。従来のカーシェアではなく、銀行や企業が所有している営業車両などを、夜間や休日に一般利用者に開放する。ドライバーはいるけど車がない、というライドシェアの課題も解決できるかもしれない。

楠田:でも、スタートアップがそれを“地域に溶け込ませる”には、やっぱり人との接点が必要です。「誰と話せばいいか分からない」「自治体の予算サイクルと合わない」など、現場との距離が障壁になってしまう。

神田:だからこそ、先ほどお伝えしたような「月1会議」の存在が活きてくる。そこにスタートアップが入ってくることで、「うちの地域でも一緒にやってみようか」という声が自然に上がる。そうやって実証が広がり、実装に近づいていくんです。

内山:COMmmmONS(コモンズ)ではこのほかにも、全国で複数のバス会社を束ねている「みちのりホールディングス」とも、業務プロセスを標準化するプロジェクト(バス業務標準化プロジェクト)をやっています。今はそれぞれの会社で違う帳票管理、ダイヤ作成、車両台帳……などやっており、全部が違う。でも、標準化すれば大きなスケールメリットが生まれる。

楠田:こういう効率化、標準化といった話には、現場からは「コンサルっぽくて距離を感じる」という反応があるかもしれません。でも、30代・40代の中堅社員はみんな「このままじゃダメだ」と感じている。そこにリーチできる仕組みが必要ですね。

「検索すらいらない公共交通」へ。理想のユーザー体験とは

——COMmmmONS(コモンズ)以外で、近年の地域交通DXに関するプロジェクトでみなさんが注目しているものはありますか?

神田:私が今注目しているのは、広島で導入された「乗り放題サブスク型定期券」です。広島市内の路面電車とバス全社を対象に、約100の電停・バス停で乗り放題になる。定期券の価格を少し下げた結果、利用者が増え、収益も増えました。

内山:それ、僕も知っています。240円均一の「シティパス」ですよね。この範囲内ならどこでも移動できる仕組み。定期券なのに単純往復じゃなくて、エリア内なら自由に動ける。こういうのは面白いですよね。

神田:最終的には、公共交通を“何も考えずに使えるもの”にしていきたい。今のMaaSの発想って、「検索して、選んで、予約して」という流れですけど、実際のユーザーはそこまで能動的じゃない。

内山:僕、プロジェクト管理ツールとか、いくつかのクラウドサービスを有料で使っているんです。最初は「ちょっと高いな」と思っていたんですが、気づけば手放せなくなっていて、もう数年使い続けています。

神田:それこそが、サブスクの本質ですよね。意識せずに使い続けて、ちゃんと価値を感じている。公共交通も、検索してその通りに乗るだけで自然に使える。そんな“日常”をつくっていきたいです。

内山:日常に溶け込ませる使い方の動きとしては、群馬県での取り組みもあります。マイナンバーとSuicaを連携させて、市民割引の実証をやりました。ABT方式なので、柔軟な料金設定が可能です。国や市が補助原資を出して「市民は安く乗れる」仕組みを試したわけです。

神田:最初は事業者も慎重なんですよ。「収入が減るんじゃないか」「新しいことはやりたくない」という声もある。でも、実際にやってみて「利用者が増えた」「増収につながった」となると、空気がガラッと変わるんですよね。

制度・現場・技術をつなぐ、“次の10年”の共創基盤

——私たちの日常の移動体験は、もっと便利で使いやすく、持続可能な取り組みにできそうですね。

楠田:今日の話を通じて改めて感じたのは、地域や企業が「いま、やるべきDX」にどう向き合うかが一番の鍵だということ。COMmmmONS(コモンズ)は、その本質をしっかり見据えている取り組みだと思います。

神田:交通業界全体を変えていくには、業務、データ、組織、マネジメントといった地味だけど重要な領域をしっかり整えていく必要があります。MaaSはもう“入口”でしかない。本質はもっと奥深いところにある。

内山:私としては、COMmmmONS(コモンズ)を通じて「同じ志を持つ仲間」を集めたいと思っています。行政の中にも、民間の中にも、「このままじゃいけない」と感じている人はたくさんいる。その人たちがつながり、知恵を出し合い、共通の土台をつくっていく。それができれば、地域交通はきっと変えられると信じています。

Updated: 2025.08.29

文: 松下 典子(Noriko Matsushita) 編集: 北島 幹雄(Mikio Kitashima)/ASCII STARTUP 撮影: 森裕一朗(Yuichiro Mori)

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