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地域交通の課題解決を、デジタル技術の活用によって最前線で進めるスタートアップ。その一つであるPathfinder株式会社は、便利な片道レンタカー「カタレン」を手がけています。代表取締役の小野崎悠介氏に、その取り組みやCOMmmmONSにも通じる目指す姿を聞きました。

もう返却のために運転しなくていい。移動の自由を広げる片道レンタカー「カタレン」

「返すために戻らないと……」レンタカー利用の小さなストレス

 旅行や出張でレンタカーを借りた経験はありませんか。行きのドライブは楽しくても、帰りは「渋滞に巻き込まれるくらいなら電車で帰りたい」と思うことも。けれど、借りた車は出発地点に戻さなければなりません。

 また、たとえ片道利用ができても、乗り捨て料金は高額です。利用者にとっては「高すぎて諦める」原因になり、事業者にとっても「回送にコストがかかる」「車両稼働率が下がる」といった負担がかかります。実際、返却された車を元の店舗に戻すには、別のドライバーを手配し、その人をまた電車やバスで送り返す必要があります。ガソリン代や人件費だけでなく、余分な移動によるCO₂排出など環境負荷も避けられません。

 こうしたレンタカーの不便さの解消に挑んでいるのが、Pathfinder株式会社です。同社が展開する片道レンタカーサービス「カタレン」は、借りた車を好きな場所で返せる仕組みを提供し、移動の自由度を大きく広げようとしています。

学生時代の自由な移動体験が原点。商社から起業へ

 Pathfinder代表の小野崎悠介氏がモビリティに強い関心を持ったのは、学生時代にさかのぼります。大型バイクの免許を取得し、週末ごとに知らない街へ出かけたときの感覚。行動範囲が一気に広がり、景色や人との出会いにワクワクした体験が原点となりました。

 大学院では自動運転に関わる研究に携わり、留学先の米国ではDARPA(米国防総省 国防高等研究計画局)の自動運転チャレンジや創業初期のテスラにも触れ、「これは社会を大きく変える技術になる」と確信したそうです。帰国後は、起業を見据えて豊田通商株式会社に入社。商社の立場からモビリティサービスや新規事業開発に関わり、産業の最前線を経験しました。

 小野崎氏は 「自動運転時代には片道利用の仕組みが必ず必要になる。でも、当時は誰も手をつけていなかった。だったら自分がやろう、と決意しました」と振り返ります。

 レンタカーが自動運転になれば、利用したあとは空の車両が戻るのが当たり前になります。もし片道利用の仕組みが整っていなければ、効率的な配車運用はできません。そこで「自動運転が普及する前に、片道の仕組みを先に作る」ことに着目したそうです。

 こうして2020年1月にPathfinderを創業。しかしその直後、コロナ禍に直面しました。大手レンタカー会社との提携や資金調達も進まず、暗闇の中で模索を続ける日々。物流マッチング事業に活路を見出し、少しずつ実績を積みながら、約2年かけてようやく片道レンタカー事業の実証にこぎつけました。

 「マッチングモデルなので、利用者と車を両方そろえなければサービスが成り立たない。動き出すまでが一番大変でした」

 苦しい時期を乗り越えて2022年3月に「カタレン」を正式リリース。そこには、効率化だけでなく「移動の自由さを取り戻したい」という強い思いが込められています。

Pathfinder株式会社 代表取締役 小野崎悠介氏 イメージ画像
Pathfinder株式会社 代表取締役 小野崎悠介氏

大手と連携、自社カーシェアも。片道利用を当たり前に

 片道レンタカーサービス「カタレン」の仕組みはシンプル。レンタカー会社が片道利用で車庫のある場所へと戻さなければならない車を、利用者が“安く”借りて目的地まで運ぶ。事業者は回送コストを削減でき、利用者は割安で片道利用できるという、双方にメリットのあるモデルです。

 従来、レンタカー会社は「東京で借りて京都で返す」といった利用があった場合、会社側が高いコストをかけて回送していました。一見すると、大手レンタカーチェーンなら全国に事業所があるので、そのまま京都の店舗で利用を終えられそうにも思えます。しかし実際には、車庫法の規定により「車は登録されている営業所に戻さなければならない」というルールがあるため、わざわざ元の店舗に返す必要があったのです。

 「例えばお客さんが東京で借りて京都で返したいとき、我々に車を預けてもらえれば、弊社の仕組みで安く京都から東京まで戻しますよ、という仕組みです」(小野崎氏)

 さらにPathfinderは、自社でも「フリーフロート型」のカーシェアを展開しています。フリーフロート型とは、利用者が好きな場所で借りて、好きな場所で返せるスタイル。制度的には店舗型のレンタカーとは扱いが異なるため、「営業所に返す」手間がありません。加えて、Pathfinder独自のアルゴリズムで車の配置を最適化することで、利用者が自由に借りて返せる仕組みを実現しています。

 現在は東京・大阪・名古屋を中心に、月100台規模で稼働。空港や主要駅周辺にも拠点を広げており、利便性は着実に向上しています。すでにトヨタレンタカーや駅レンタカー(JR西日本)とも実証を進めており、大手レンタカー会社との連携によって利用できる範囲は一気に拡大しつつあります。

 「返却のために戻らなくていい、という価値は想像以上に大きい。利用者は空港や観光地からそのまま帰れますし、事業者にとっても回送の負担が減り、車両稼働率が高まります」(小野崎氏)

 利用シーンも広がっています。旅行では、新千歳空港でレンタカーを借りて道内を巡り、旭川で返却して飛行機で帰る、といった使い方が可能に。引越しでは、荷物を積んで片道で済ませられるほか、近年は災害時の避難や物資輸送といった非常時の活用も注目されています。

 将来的には複数のレンタカー会社をまたいで利用者と車をマッチングできるようにする構想も進行中です。もしこれが実現すれば、「どのレンタカー会社を選ぶか」ではなく「どこからどこまで移動したいか」で検索できるようになり、片道利用はさらに身近なものとなります。

標準化とデータ連携で、交通サービスはもっと自由につながる

 片道レンタカーは、一社だけの努力では広がりません。複数の事業者が連携し、共通の基盤でサービスを展開することで初めて広域的な利便性が実現します。

 「移動はひとつの手段だけで完結するものではありません。新幹線や飛行機に乗り換えるのは当たり前ですよね。だからこそ、標準化やデータ連携が進めば、もっと自由に移動を組み合わせられるようになるはずです」と小野崎氏。

 例えば、空港に到着した利用者がアプリでレンタカーを予約し、地方都市まで片道で移動。現地ではシェアサイクルに乗り換え、帰りは鉄道で都市部に戻る。こうした複数の交通手段をまたいだ移動が、シームレスに行えるようになるのが理想です。

 この考え方は、国土交通省が進める地域交通DX推進プロジェクトである「COMmmmONS(コモンズ)」の目指す姿とも重なります。交通や地域サービスを横断的につなぐための共通基盤づくり。その枠組みの中で、片道レンタカーも大きな役割を果たせる可能性があります。

 データや仕組みが標準化されれば、鉄道・航空・地域交通といった他のサービスとの連携も容易になります。結果として利用者にとっての移動の自由度は飛躍的に高まり、地域全体の活性化にもつながるでしょう。

Pathfinderがピッチで使っているイメージ図
Pathfinderがピッチで使っているイメージ図

レンタカーの効率化から自動運転のインフラへ

 Pathfinderが描くロードマップは3段階です。まずはレンタカー市場で効率化を実現すること。次にそのコアである「需要予測と車両配置のマッチング技術」を、カーシェアや電動キックボードといった短距離モビリティにまで応用すること。そして最終的には、自動運転時代の最適配車基盤として進化させることを目指しています。

 小野崎氏は、「片道レンタカーで実績を積めれば、全国で100万台規模のレンタカー市場を効率化できます。その知見を他のモビリティに広げ、やがては自動運転時代のインフラにしていきたい」と語ります。

 未来の交通は効率化だけでは終わりません。返却という制約を取り払うことで、旅行や引越しはもちろん、日常の移動もより自由で豊かなものになります。移動は単なる移動手段ではなく、人の暮らしを前向きにする体験そのものになっていくのです。

 「好きなときに好きなところへ移動できる社会を実現したい。移動は人をワクワクさせ、暮らしを豊かにします。交通事業者や異業種の方々と協力しながら、自由な移動の未来を一緒につくっていくのが目標です」

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 Pathfinderの挑戦は、単なる便利なサービスにとどまりません。利用者と事業者の両方にメリットをもたらし、業界全体の効率化と持続可能性を高める取り組みです。そして、COMmmmONS(コモンズ)が掲げる標準化、連携・協働の考え方とも響き合い、日本の地域交通の未来像を指し示しています。

 「返す場所に縛られない移動」によって、交通手段の組み合わせの選択肢が広がります。誰もがどこにでも自由に行けるようになり、人々の移動が増えることで、地域経済やコミュニティの活性化にもつながっていくのです。

Updated: 2025.10.31

文: 松下 典子(Noriko Matsushita) 編集: 北島 幹雄(Mikio Kitashima)/ASCII STARTUP 撮影: 森裕一朗(Yuichiro Mori)

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