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COLUMN

地域交通DX推進プロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」の背景をより深く知るための、地域交通やモビリティの識者による寄稿をお届けします。
都市・交通のシンクタンクに従事し将来のモビリティビジョンを描くスペシャリストとして活動する、計量計画研究所理事の牧村和彦氏によるコラム。海外でもコロナ禍を通じて交通産業は厳しい状況に直面してきた中、欧州ではどのような動きが起きているのか。牧村氏が紹介します。

MaaSに何故取り組むのか~先進国からの知見とは~
(計量計画研究所 理事 牧村和彦氏)

海外でもコロナ禍を通じて移動の価値や需要が変化し、交通産業は厳しい状況に直面している。そうした中、欧州では「ご当地MaaS」といわれるような官民連携によるデータ連携基盤の整備や様々な移動手段を束ねるデジタルサービスが整ってきているという。

競争が激化するモビリティ産業

 パンデミックを経て移動の価値が再考され、移動需要の減少が長きにわたり続いている国や都市もいまだあり、都市機能の回復にはまだまだ時間がかかる状況だ。わが国においても、バス会社の廃業やタクシー会社の廃業が続いており、小規模な事業者だけではなく大規模な事業者も厳しい経営環境の荒波にさらされている。

 欧米ではこの間、移動産業を支えるため、国家主導により数兆円を超える公共投資を続けている。ドイツに代表されるようにトリガー条項を中止し、月58ユーロで鉄道や都市内バス乗り放題となる移動支援や公正性(イクイティ)確保の対策が奏功し、移動需要がコロナ前を回復してきた都市も数多い。

 パンデミックを契機に移動産業のデジタル化、DX(デジタルトランスフォーメーション)が一気に加速し、欧米ではこれまで民間が先行してきたMaaSに対して、官民連携によるMaaSが一気に花開いた印象だ。全国レベルのMaaSに加えて、「ご当地MaaS」といわれる地域住民目線の移動の伴走型のサービスも1都市50万DL、100万DLなどの普及が次々と生じている。

新しい移動の価値をブランド化し急成長中のハンブルグのイメージ画像
新しい移動の価値をブランド化し急成長中のハンブルグ(筆者撮影)

 一方で、自動運転サービスの車両開発NAVYAの倒産、マイクロモビリティのBirdの倒産(カナダと欧州は対象外)、MaaSスタートアップのMaaS Globalの破産申請、LyftによるFREENOW買収など、いずれもスタートアップの企業を取り巻く厳しい経営も生じており、モビリティ分野の企業買収、企業統合も日常茶飯事だ。欧州では行政主導による都市交通経営が基本であり、その延長線上に移動のデジタル化があり、デジタル基盤を支える自国産業の育成や保護政策などとの激しい競争が今なお水面下で繰り広げられている。

 厳しい状況の中でも、スペインのIomob Technologies(アイオーモブテクノロジーズ)、エストニアのTraffi(トラフィ)、ドイツのHacon(ハーコン)、オーストリアのUpstream(アップストリーム)などのスタートアップ企業が異なる交通手段を統合し、予約から決済までを一元化するサービスをグローバルに展開し成長を続けている。

米国発ライドシェアのLyftに買収された欧州最大のMaaSプラットフォーマーFREENOWのイメージ画像
米国発ライドシェアのLyftに買収された欧州最大のMaaSプラットフォーマーFREENOW(筆者撮影)

MaaSに取り組む意義はデータガバナンスにあり

 この5年で欧州の多くの都市には、「ご当地MaaS」といわれる官民連携による移動伴走のサービス、様々な移動手段をワンチームで束ねたデジタルサービスの実装が整った。すでに10年以上前から民間企業が先導してきた経路案内サービスとは別に、行政が主体となり都市および都市圏の官民データ連携基盤を整えたといっても良い。いまや多くの都市では、スマホが移動の鍵となり、鉄道やバスの乗降利用だけでなく、カーシェアやシェアサイクル等の新しいモビリティサービスもこの一つの鍵で24時間いつでも利用できる新たな選択肢が増えた移動環境を実現した。

 ベルリンのMaaS責任者からは、「今から10年前、外資のライドシェアが本国に本格参入するのを契機に、交通事業者自らが都市の移動に関するプラットフォーマーになることを意思決定した」と話しを伺ったが、今でも印象に残っている言葉である。まさにこれこそが地域がMaaSに取り組む意義そのものであろう。これまでの鉄軌道や路線バスと新たなモビリティサービスをどう地域になじませていくかは行政の主命題であり、官民がデータを連携し、利害関係者や新しいプレイヤーとの調和を目指していく姿勢は、ごく自然のことともいえる。デジタル時代に対応したガバナンスそのものでもあろう。

ベルリン市内に200カ所を超えるモビリティハブのイメージ画像
ベルリン市内に200カ所を超えるモビリティハブを配備。
24時間MaaSアプリから利用可能(筆者撮影)

 またアントワープ市のMaaS責任者からは、「都市政策の観点で、誘導したい、推奨したい移動経路や移動手段の組み合わせがあり、それを実現するために我々はご当地MaaSを開発した」という話を伺い、自分達の地域は自分達が守り育てていくという強いメッセージ、強い意志を感じた。

 わが国では、とかくMaaSは様々な移動手段を一つに統合した次世代の移動サービスというような、利用者サービスの一側面のみが強調され注目されている点は残念でならない。地域の移動総量を常に把握し、鉄軌道や路線バスの適正な供給量はどの程度にするのか、シェアサイクルや電動キックボードのシェアの上限をどの程度にするのか、誰がどのようなプロセスでそれらを判断し、市民との協議も経て意思決定していくのか、これらの透明性の確保やデータによる論拠の形成は、市民からの信頼や地域の安全を守っていく政策手法として極めて重要であり、MaaSが大きな役割を果たしていることは言うまでもない。

 官民によるデータ連携やデータ活用というキャッチフレーズだけに踊らされることなく、わが国の移動と国民の財産を守り育てていくためには、データガバナンスと一体となったデジタル戦略、MaaSの社会実装への挑戦が引き続き大切だ。

プロフィール

牧村 和彦(計量計画研究所 理事、CoIU(コーイノベーション大学)教授、神戸大学客員教授)

モビリティデザイナー。東京大学 博士(工学)。JCoMaaS理事、JCOMM理事。都市・交通のシンクタンクに従事し、将来のモビリティビジョンを描くスペシャリストとして活動。内閣府、内閣官房、国交省、経産省、環境省、大商等の委員を数多く歴任。代表的な著書に、「MaaSが都市を変える(学芸出版社)、不動産協会賞2021」、「MaaS~モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ(日経BP、共著)」、「Beyond MaaS(日経BP、共著)、交通図書賞他」等多数

牧村 和彦さん(計量計画研究所 理事、CoIU(コーイノベーション大学)教授、神戸大学客員教授)のイメージ画像

Updated: 2025.11.28

文: 牧村 和彦(計量計画研究所 理事、CoIU(コーイノベーション大学)教授、神戸大学客員教授)

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