COMmmmONSの設計を主導する国土交通省の内山裕弥氏、広島で公共交通の再構築に携わってきた研究者である呉高専教授の神田佑亮氏、モビリティジャーナリストとして国内外の交通サービスを取材してきた楠田悦子氏が集い、日本の地域交通が抱える根源的な課題と、そこにDXで切り込む新たなアプローチについて議論しました。
地域交通DX推進プロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」の背景をより深く知るための、地域交通やモビリティの識者による寄稿をお届けします。
都市交通計画を専門とし、複数の交通関連研究開発プロジェクトに従事する名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所 特任助教の早内 玄氏による寄稿第3回目は、鉄道や路線バスなどの移動サービスが行き渡らない地域における取り組み事例から、地域交通におけるデジタル化の効果を考察します。
「様々な移動サービスのデジタル基盤上の結節点」と位置付けられるMaaS。利用者の利便性向上や交通事業者の業務効率化はもちろん、システムやデータを介してサービスを提供する自治体や事業者が地域の持続可能なサービス実現に向け、ともに議論できる風土を醸成することにもつながっている。
デジタル化の効果は、きめ細かな情報を円滑に利用者へ届けられる点や、発券作業の省力化により運行・運営の効率化に寄与する点など、多岐にわたる。その一つに、データが正確・詳細かつ、利活用しやすい形態で残る効果が挙げられる。本稿では、デジタル化を通じて得られるデータが、地域の移動サービスにどのように寄与するか、愛知県西尾市の実例を題材に考えたい。
西尾市では、鉄道や路線バスでは移動サービスが行き渡らない地区へ、タクシーを活用した「いこまいかー」を提供している。自宅と居住地区内の主要施設(行政機関・商業施設・医療機関等)の間をタクシー移動する際、安価かつ定額(1台300円)で利用でき、メーター運賃との差額は自治体から事業者へ補填される。
「いこまいかー」は効率的な運行・運営にあたり課題を抱えていた。その一つが、幡豆地区への配車効率の課題である。東部の沿岸域に位置する幡豆地区には、鉄道駅での構内タクシーや、タクシー営業所がないため、同地区からの配車依頼には、他地区からの配車を要する場合があり、配車時間や回送距離の長さが課題となっていた。
また、利用者の認証・精算方式にも課題があった。従来の利用時には、行政が発行する利用登録証と精算用チケットを用いていたが、利用の都度、運転士は登録証を確認するとともに、チケットを受け取り、利用区間や日時を手書きで記録していた。利用者が負担する定額の利用料金とタクシー運賃との差額を集計し、行政による補填額を算出する際、当該記録を一枚ずつデータ入力する事務作業が行われていた。また、利用者は、利用回数の制限はないが、チケットを使い切った際は、市役所へ追加発行を依頼する必要もあった。
これらの課題に対し、2025年1月下旬より、幡豆地区内への車両待機運用と、登録証・チケットのデジタル化に関する実証実験が開始された。前者については、運行事業者へ協力金を負担し、地区内を運行する名鉄蒲郡線の東幡豆駅前に車両を待機させることで、配車依頼への迅速な対応を可能としている(図1)。
後者については、利用者の登録証・チケットを二次元バーコード化したうえで、予約管理や利用者の認証、利用実績の記録に利用可能とするドライバーズアプリ「デジタチ」を、内閣府SIP第3期「スマートモビリティプラットフォームの構築」課題の一環として開発した。運転士は利用者が提示する登録証の二次元バーコードを手元のスマートフォンで読み込み、利用者の認証を行うとともに、従来は手書きで残していた利用記録も、スマートフォン上で入力できる。車内での記録作業が軽減されたほか、営業所におけるデータ入力・集計作業が一切不要となった。
登録証・チケット運用のデジタル化は、事務作業の削減と合わせて、移動サービス設計に対しても効果をもたらした。デジタルデータ化された利用実績情報は、ウェブブラウザ上のダッシュボードを通じて、関係主体が簡単に確認できるようになった。このように、利用状況が「使える」データになったことで、当該サービスの利便性向上を、持続可能な形で実現する根拠が得られるようになった。
運行事業者の一社である名鉄東部交通の取締役社長 小島康史氏は、利用者にとっての使いやすさ向上や、精算事務業務の効率化と合わせて、リアルタイムで需要や利用状況の把握・管理ができ、またデータが蓄積する効果を感じていると語る。
運行事業者の一社である名鉄東部交通の取締役社長 小島康史氏は、利用者にとっての使いやすさ向上や、精算事務業務の効率化と合わせて、リアルタイムで需要や利用状況の把握・管理ができ、またデータが蓄積する効果を感じていると語る。
また、西尾市において「いこまいかー」を所管する市民部地域つながり課の鈴木氏は、データを活用できる体制になったことで、サービスの運営主体である自治体と、運行を担うタクシー事業者との関係が、受発注だけの関係ではなく、持続可能なサービスを共創する関係に変容した点に触れる。料金収入と費用の関係、利用傾向、車両の稼働状況などを、関係主体がデータを踏まえて議論できる風土が醸成されてきた。実際、2025年1月下旬より開始された、東幡豆駅前への車両待機運用の実証実験は、当初平日5日間全てを対象としたが、同年8月より週3日に変更された。この変更を通じ、待機運用のための協力金負担を含めて、取り組みの持続可能性確保に向けた検証を行うフェーズに到達できている。
このような設計は、先述のように「使える」データを介して関係主体が議論できる風土を醸成できたことがもたらした効果ともいえよう。自治体との共同研究契約を通じ、県内の大学がデータ分析やサービス設計に関与している点も肯定的に作用していると考えられる。
以上のように、システムやデータのデジタル化は、利用者にとっての利便性向上、運営の効率化に加えて、地域の関係主体が持続可能なサービスの実現に向けて共創する基盤を形成する、重要かつ地域交通の本質的な部分を担いうることを、本稿でご紹介した西尾市の例は示している。
※本稿に示す内容には、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の下で推進する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期/スマートモビリティプラットフォームの構築」(研究推進法人:国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)(NEDO管理番号:JPN23023)の成果が含まれています。
プロフィール
早内 玄(名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所 特任助教)
2022年、横浜国立大学大学院都市イノベーション学府にて学位取得(博士(工学))。日本学術振興会特別研究員を経て2023年より現職。都市交通計画を専門とし、名古屋大学COI-NEXT「地域を次世代につなぐマイモビリティ共創拠点」、内閣府SIP第3期「スマートモビリティプラットフォームの構築」をはじめとする研究開発プロジェクトに従事。2022年より2025年まで土木学会土木計画学研究委員会「MaaSの実践・実証と理論の包括的研究小委員会」幹事長、2024年より一般社団法人JCoMaaS事務局長。

Updated: 2025.12.25
文: 早内 玄(名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所 特任助教)
2025.08.29
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