第2節 社会への影響
 
 人口の動きが社会に及ぼす影響について、ここでは環境問題、世帯の変化等による生活支援機能の変化、住宅・社会資本とゆとりの三点を考える。
 まず、環境問題であるが、我が国の人口が減少していけば環境に対する負荷は総量として低減する可能性があると一応はプラスに評価できる。しかしながら、人口減少が実際に環境負荷の低減に結びつくとも言えず、例えば、最近の人口の増減率と環境負荷の増減率の関係を見てみると、電灯消費量は人口減少県であっても大きく消費量は伸びている。これは大量消費・大量廃棄の生活様式が定着し、人口減少の影響を打ち消すような一人当たりのエネルギー消費の伸びがあるためと考えられる。
 
人口増加率・電灯消費量増加率(1990〜1995年)
 
また、現在の我が国の都市の人口密度と千人当たりの自動車保有台数の関係を調べてみると、人口密度の低い都市ほど保有台数が多い傾向があり、今後都市の人口規模の小規模化と郊外化が進み、非都市圏においても広大なる過疎化が進行する結果、我が国における自動車依存度はますます高まり、環境に対する負荷も高まる可能性がある。このように、人口の減少を環境負荷の低減に結びつけるためには様々な工夫と努力が必要であり、住宅・社会資本分野においても、その建設、利用、廃棄・処分の各段階で環境に対する負荷を最小化することが求められる。
 
乗用車保有水準と可住地人口密度(人口5万人以上の市町村)
 
 次に、人口が減少する中で、従来個人の帰属先として意識されてきた家族や地域がそれぞれに変容し、生活支援機能の変化として現れてくる可能性がある。まず、世帯の小規模化と高齢化がもたらす影響がある。東京都の消費生活総合センターの調べでは、高齢者の消費者トラブルに関する相談は、近年増加傾向にあり、その内容は土地・建物・設備に関するものなどが多い。今後、自己決定や自己責任が求められる機会が多くなる一方で、同居者のいない単身高齢者が増加する社会においては、日常生活の色々な局面で困難やトラブルが増えていくと考えられる。
東京都消費生活総合センターに寄せられた高齢者の相談件数
 
さらに家族の機能だけでなく、地域のつながりも変化していくと考えられる。高度成長期以来の過疎化の進行により、集落機能も次第に低下してきており、農業集落数は減少してきている。こうした中で、最近、都会に出た子供世代に呼び寄せられて都会に移住するいわゆる「呼び寄せ老人」という人たちが現れている。こうした例は大都市周辺部で特に多く、東京都の八王子市や町田市などでは75歳以上の後期高齢者の転入率が極端に大きくなっている。
 
年齢階層別人口転入率(1985〜1990年)
 
 人口が減少すれば生活空間に余裕ができ、ゆとりの生活が実現する可能性がある。しかしながら、ここでもゆとりの実現はあくまで可能性であって、必ずしも容易ではない。まず、人口減少が地域的に不均等に進行し、本当に必要なところでゆとりが生まれることにはならず、人口と住宅・社会資本の余裕のミスマッチが生じることとなる。また、住宅・社会資本の中には、今後の社会情勢の変化により生じてくる新しい社会の要請に十分に対応できないものも出てくると考えられ、人口の減少を利用してゆとりや豊かさを実現していくためには、既存の住宅・社会資本ストックの機能が長期間にわたりできる限り総合的なものとなるよう不断に改良を加えていかなければならない。また、人口減少や世帯の小規模化それ自体は住生活のゆとりの実現に寄与すると考えられるが、将来においても、個々の世帯と居住する住宅の間にミスマッチが存在している可能性がある。例えば、若年家族世帯が狭小な借家住まいを強いられる一方、単身となった高齢者が広壮な住宅に居住するという可能性も考えられる。こうしたミスマッチは賃貸住宅市場等が未発達であるためであり、人口減少によるゆとり実現のチャンスを生かすため、制度インフラの整備等住宅市場が適正に機能するような条件整備が必要になる。
 
持家住宅ストックと居住者のミスマッチ(世帯類型別持家住宅の延床面積分布)
 
 以上のようなことを考えると、人口減少をゆとりの実現につなげるためには工夫と努力が必要であることが分かり、「人口減少社会においては一人当たりの住宅・社会資本ストック量が増え、自然にゆとりの生活が実現するからもう新たな整備は必要ない」という議論も性急であることが分かる。
 住宅・社会資本の一人当たり整備指標は、既存の住宅・社会資本ストックがある中でミスマッチを伴いながら人口が減少していく社会では、必ずしもゆとりや豊かさを示すものではなくなる。一人当たり整備指標に限らず、これまでの住宅・社会資本の整備水準は一般に「どれだけ整備したか」という供給者の立場に立ったアウトプット指標で把握されることが多かったが、これに加えて今後は「整備した結果、利用者のニーズをどれだけ満足させたか」という利用者の立場に立ったアウトカム指標の確立も必要である。