第1章 我が国の住宅・社会資本整備の回顧と現況
明治以降の我が国の社会資本整備を振り返ってみる。公共投資の配分をみると、治水、鉄道、道路、生活基盤と時代の要請に合わせて投資の重点は変わってきており、社会の要請に対して的確に対応してきたといえる。近年においては、情報通信インフラや物流ネットワーク、都市構造再編等新たな経済発展基盤への投資が重視されてきている。今後も少子高齢化による地域の人の動向、国際競争力確保への対応等も十分見極めつつ、真に必要な分野への重点的投資を行うべきである。
現在、人口増加社会から人口減少社会への転換、最適工業社会から多様な知恵の時代への転換、経済社会の国際化・情報化の本格的な展開など大きな転換期を迎えている中で、建設行政においては、1)最重要課題の一つである環境問題への対応として、「環境の内部目的化」による美しく健全な国土・地域づくりと環境への負荷の少ない循環型社会の形成に向けた取組み、2)「国土建設」から住宅・社会資本ストックの有効活用や自然環境の保全等を含めた総合的な「国土マネジメント(整備・利用・保全)」への転換による美しく安全な国土、安心でゆとりある快適なくらし、魅力と活力ある都市・地域づくり等が求められる。
戦後の住宅・社会資本整備は着実に大きな成果を挙げてきた反面、私権と公共事業の関係には大きな課題が残されている。
社会資本整備や都市計画は、安全で快適なまちづくりや道路・河川など社会経済基盤の整備を通じて『公共の福祉』(個々の人間の個別利益に対して、それを超え、ときにそれを制約する機能を持つ公共的利益)を増進するために行われるものである。しかしながら、現実には、公共事業における一坪地主運動に見られるように、事業に反対する立場から、事業の遅延を意図して用地買収を手間取らせるような活動が行われ、公共事業の進捗に大きな障害となっているケースも見受けられる。事業の公共性及びその結果としての私権に対する公共の福祉の優先・尊重に関する意識を国民全体が向上させ、一定の公正な手続きに基づいて適正に決定された事業に対してはその決定を尊重する、という認識を持つことが期待される。
公共事業に臨む行政側の姿勢としては、事業の計画段階から、関係する情報や行政の方針を公開したり必要な説明を行い、意見聴取や住民参加など住民と対話する機会を設けるとともに、事業の採択等においては整備効果の定量分析等の事業評価などを併せて進めていく必要がある。同時に、地域住民の側としても、事業が実施されたことによって地域全体あるいは国全体の国民の暮らし・経済に与える影響など、一個人の私権を超えた公共の問題についても考慮するという「公の精神(パブリックな問題についてパブリックな立場で考える視点)」を醸成し、そうした意識を持ちながら事業に積極的に関わっていく姿勢が大切である。
我が国はこれまでの一貫した公共投資の積重ねにより、急速に社会資本ストックを形成してきた。その結果、我が国の住宅・社会資本整備の水準は着実に向上し、総体としては、未だに欧米水準に達したとはいえないものの、指標によっては達したものもある。しかし、もともと、住宅・社会資本の整備水準を国情や条件の異なる欧米水準と比較して一つの目標とする考え方は、豊かさを実現するという目的のためにはかなり大雑把な捉え方であり、今後は、「整備した結果、利用者のニーズをどれだけ満足させたか」という利用者の立場に立ったアウトカム指標の確立も必要になっている
(図表参考)。
また、「国土の均衡ある発展」という視点から住宅・社会資本整備の現況を見ると、1人当たり所得や交流可能性の面で地域格差は縮小傾向にあるが、下水道普及率など社会資本整備に関して地域格差が残されている。「国土の均衡ある発展」は1)基礎条件の改善、2)地域間格差の是正、3)人口と産業の適正な配置の三つの面が中心と考えられてきており、これらはなお重要であるが、これまでの達成度や地域の「自立の促進」「個性の発揮」「持続可能性」等の要請に調和した概念がより強く求められている。
1.住宅・社会資本整備に対する新たなニーズ
我が国の高齢化社会へ向かうスピードは他の西欧諸国に比較して2倍も速く、2050年には65歳以上の人口は総人口の32%になると予測される。建設省においては、「生活福祉空間づくり大綱(平成6年)」により住宅・社会資本整備を進める上で少子高齢社会に対応することはその目標の一つとして内在化されてきており、近年においては、街のバリアフリー化を促進するために、特に鉄道駅と周辺道路、駅前広場等については「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律(交通バリアフリー法)」の活用や、高齢者等が自動車交通に頼らない「歩いて暮らせる」コンパクトな街づくりを進めている。また、高齢者が安心、快適で自立して生活できる居住環境を整備することも必要である。
また、住宅・社会資本の品質の確保は重要な課題であり、建設省においては、平成10年2月に「公共工事の品質確保等のための行動指針」を定め、公正さを確保しつつ、良質なモノを低廉な価格でタイムリーに調達する責任を「発注者責任」として明確にし、また、コンクリート落下による一連の事故を受けて、建設省・運輸省・農林水産省による「土木コンクリート構造物耐久性検討委員会」が設置され、平成12年3月に提言が取りまとめられたところである。さらに、「住宅の品質確保の促進等に関する法律」が平成12年4月1日に施行され、住宅性能を契約の事前に比較できるよう新たに性能の表示基準を設定するとともに、客観的に性能を評価できる第三者機関が設置されるほか、性能評価を受けた住宅に関わるトラブルに対しても紛争処理の円滑化、迅速化が図られることとなる。
2.公共投資の効果
公共投資は、豊かで安全な国民生活や経済発展の基盤となる社会資本整備を担う財政支出であり、安全な国土、安心でゆとりある快適な暮らし、魅力と活力ある都市・地域づくりや経済発展の基盤づくりを果たす役割がある。その効果としては、それによって形成される社会資本が国民一般に利用されることにより、長期にわたって経済を活性化させ、国民生活を豊かにするというストック効果と、公共投資の実施が短期的な有効需要を創出するというフロー効果がある。
まず、ストック効果については、国民の日々の暮らしや経済活動の中で、便利で効率的になった、経済活動が活性化してきたという形で実感できることが多い
(図表1−3−8)。また、社会資本には、国内経済における生産活動の中で、「労働力」や機械設備等の「民間資本」という生産要素と同様に経済を活性化させる効果(社会資本の生産力効果)があり、社会資本ストックの伸び率が大きいときはTFP(全要素生産性)の伸び率も大きいという関係が認められる
(図表1−3−11)。
次に、フロー効果について見ると、公共投資は、民間需要の低迷が続きデフレ・スパイラルの懸念もあった経済状況において景気の大きな下支え効果を果たしてきたほか、公的需要の波及効果を通じてGDPを押し上げる「乗数効果」や、建設部門のみならず幅広い産業分野における生産を誘発する「生産誘発効果」を有している
(図表1−3−14、1−3−16、1−3−17)。
また、公共投資の拡大が最近の財政赤字の主な原因であるとする議論のあるところである。我が国財政をみるに
(図表1−3−15)、平成11、12年度においては、減税の実施や景気後退に伴う税収不足のための特例公債によるところが大きい。なお、道路特定財源制度は、道路整備を推進するため受益者となる自動車利用者がそのための費用を負担するという制度である。
3.社会資本整備における効率性・透明性の追求
公共事業は国民からの税金等の負担により賄われているものであり、社会資本の利用者である国民の満足を得られるようなサービスを提供することが最重要課題となってくる。個別の公共事業の整備効果については、公共事業の効率性・透明性の向上に向けた取組みとして、事業採択段階における費用対効果分析の活用を含む事業評価を今後とも着実に実施することなどが重要であり、また、国、地方公共団体ともに、公共工事のコスト縮減と品質確保への不断の努力や、透明性の高い公共事業の入札・契約制度の改善に引き続き取り組むことも同時に課題となってくる。一方、どの事業を採択していくのかについても、国民の納得が得られる形で説明をする責任(アカウンタビリティ)をまっとうすることとともに、国民に対してのコミュニケーションを促進することも必要となってくる。これらの前提として、国民の判断と行政への信頼の基となる情報を可能な限り適切に公開することも忘れてはならない。また、PFIの手法を活用することにより、財政資金の効率的使用を図りつつ、より国民のニーズに効率的に応えることも今後重要となってくる。
4.住宅・社会資本の維持修繕 〜 ストック・メンテナンスの世紀 〜
社会資本のストック効果が発揮されるには、適切な維持管理を適時行うことにより、長期にわたって国民の社会経済生活において活用されることが必要となる。
「建設工事着工統計調査報告」(建設省)によると、建設市場全体でみて、元請完成工事高に占める維持・修繕工事高は13.4兆円(平成10年)とされており、全体の17.5%を占める
(図表1−3−21)。
将来生じる社会資本ストックの維持・更新の需要を見るため、建設省所管公共投資総額が一定の伸びで将来にわたり推移するとした仮定をおいて、新規投資額、維持投資額、更新投資額及び災害復旧投資額の割合がどのように変化していくのか、一定のモデルによる推計を試みると、構築してきたストック量の増大に併せて維持・更新工事がこれまでになく大きな部分を占めることが分かる。このため、公共事業の内容としては、新規投資を中心に新たな社会資本を提供する視点ではなく、既に築いた社会資本ストックを長期間にわたって使用する視点からの維持・更新による社会資本整備が中心となることに留意しなければならない。
また、我が国の住宅ストックに着目すると、今後の住宅需要は、人口減少社会となると推計されることや、世帯数については高齢者世帯は増加するものの、それ以外の世帯は減少すると推計され、また人口移動も定住化の傾向を迎えることから、既に過去における住宅ストックの蓄積等に鑑みれば、新規住宅建設に対する需要は次第に減少してくるものと考えられる。今後は、老朽化・陳腐化の進んでいる高度成長期のストックの適切な更新を図る一方で、循環型社会への移行を目指し、限りある資源を有効に活用していくためにも、新しい住宅へのニーズに対応し、住宅を壊して建て直すことを繰り返すのではなく、耐久性の高い住宅ストックの形成を促進するとともに、適切な診断を踏まえ、今あるストックに必要な維持修繕を加えることにより良質な住宅ストックを維持管理し、長く大切に使っていくという視点が必要となってくる。
今後、住宅・社会資本の維持・修繕、更新に当たっては、次のような政策的観点に立った具体的対策が必要になろう。
1)ライフサイクル・コストの重視
2)リフォーム市場の活性化
3)更新等を契機としたユニバーサル・デザインの導入等新しいニーズへの対応
4)安全性・耐震性に優れた国土構造、都市構造への対応