(社会資本整備のストック効果)

 まずは、公共投資によって形成される社会資本の有するストック効果について検討する。
(1)国民生活に溶け込んでいる社会資本のストック効果
 社会資本のストック効果は、その効果を直接の利用者が受ける場合(「直接効果」という。)と、直接の利用者からいくつかの段階を経て最終的に効果が現れる場合(「間接効果」という。)とに分けられる。具体的には下記の事例において紹介するが、例えば、高速道路の開通によって、目的地までの所要時間が短縮される、という効果を直接効果(図2-VII-6参照)、交通が便利になったことで観光客が増大する、という効果を間接効果という。このように、社会資本整備のストック効果は国民の日々の暮らしや経済活動の中で、生活が便利で効率的になった、経済活動が活性化してきた、という形で認識されることが多い。また、ストック効果の中には、例えば下水道の整備により、生活環境に対して人々が快適さや利便性を感じるとともに、河川の水質が向上することで水辺の生態系が復活するという効果など、効果の数値化の手法が十分に確立されていないものもある。また、例えば河川の治水対策のための事業のように、社会資本が整備されてから数十年後になって初めてその効果が分かる場合もある。一方で、例えば、道路を拡幅しても、違法駐車が多いため渋滞が解消されないなどのように、他の要因により社会資本整備の効果が減殺され明確な効果が実感できないこともあるであろう。しかし、ここに例示したいずれの効果も、我が国のこれまでの人々の努力により積み重ねられてきた社会資本がストックとして機能を発揮することで、豊かで活力のある安全な国土、美しいまちを形成してきたことの現れである。
〈実証1 綾瀬川の総合治水対策事業による効果〉
 東京都及び埼玉県を流れる綾瀬川流域は、地形が低平で、河川の勾配が緩やかなため、地形上水害を受けやすくなっている。このため、綾瀬川の洪水の一部を中川を通して江戸川へ排水する綾瀬川放水路及び八潮排水機場の整備が行われ,平成8年3月に工事が概成した。
 この間、平成3年9月、平成5年8月及び平成8年9月と台風に見舞われた。これらの台風は総雨量はほぼ同程度であったにも関わらず、被害総額でみると、平成3年台風18号の際は約470億円であったものが、綾瀬川北放水路完成後に起こった平成5年の台風11号の際には約138億円と減少し、さらに南放水路及び八潮排水機場整備後の平成8年の台風17号の際には、約15億円に抑えることができ、社会資本投資を積み上げてきたことによる効果が発揮された(図表1-4-7)。
〈実証2 下水道の普及による河川の水質向上と生物の多様性の回復〉
 山口県山口市を流れる一の坂川の流域では、下水道が未整備で、下水道普及率(流域内人口に対する下水道使用可能な区域内の人口割合)が昭和56年まではゼロであったが、翌年以降整備を進め、現在では97.1%に達している。これに伴い、一の坂川の水質も向上し、BOD値は昭和59年の23.4をピークに急激に減少してきており、平成10年には1.0と下水道の整備による効果が確認される(図表1-4-8)(現在、BOD値の環境基準は2.0)。
 昭和62年より一の坂川ではホタルの放流を始めたところ、現在では市街地にあってホタルの生息する川として市民に親しまれ、毎年6月には幻想的なホタルの輝きが夏の夜を彩る風物詩として、風情を添えている。
〈実証3 安房トンネルの開通による地域経済の活性化〉
 飛騨と信州を結ぶ安房トンネルは、平成9年12月に開通した。開通以前は、安房峠(標高1,790m)を越える国道は交通の難所であり、降雨による通行規制や11月中旬から5月上旬までの冬期の通行止めなどが発生していたが、トンネルの開通により冬期通行の実現、通行の時間短縮等の効果をもたらしている。地域経済にも変化が生じ、安房トンネルの供用により増大した交流人口は平成10年7〜8月の2ヶ月で約80万人(注1)と推計されているなど、トンネルは地域間の交流の活発化にも効果を発揮している。
 また、岐阜県側・長野県側の双方において、飛騨側では高山市等、信州側では乗鞍高原等の観光地への観光客の増加がみられるなど、地域経済の活性化と地域圏の交流に安房トンネルの効果が発揮されている(図表1-4-9)。

(2)社会資本の生産力効果
 (1)で述べたように、社会資本には、経済の活性化に寄与するものから、国民生活の豊かさやゆとりを創出するものなど、様々なストック効果がある。ここでは、社会資本のストック効果の中には、国内経済における生産活動の中で、「労働力」や機械設備等の「民間資本」という生産要素と同様に経済を活性化させる効果があることについて検討する。このような効果は「社会資本の生産力効果」といわれており、以下、「社会資本の生産力効果」がどのように経済成長に影響を与えているのか、検討したい。

 経済成長を生み出す生産要素は、長期的には「労働力」「民間資本」という個別的な生産要素と、これら以外の全ての生産要素(TFP(Total Factor Productivity)(経済学の成長会計の考え方で、「全要素生産性」という。))に分解できる。この説明によると、「労働力」の伸びや「民間資本」の伸び、さらには「TFP(全要素生産性)」の伸びが拡大すればするほど、経済成長は大きくなる、といえる。
 そこで、我が国のこれまでの経済成長に、これら3つの生産要素は、それぞれどのように貢献してきたのか、「労働力」「資本」「TFP(全要素生産性)」の伸び率と経済成長(GDP)の伸び率を分析してみる(図表1-4-10)。
 長期的に見ると、1966年から1990年までの経済成長率(年率)は5.45%であり、そのうち2.30%が「資本」の伸びによるもの、0.41%が「労働」の伸びによるものとされており、したがって、残りの2.74%がTFPによるものといえ、長期的に見ても、TFP(全要素生産性)が経済成長に最も大きく寄与しているといえる。
 TFP(全要素生産性)には技術革新、産業構造、環境問題への対応等、様々な経済成長をもたらす要因が影響していると考えられるが、計測上は経済成長率から労働投入量の伸び率と資本投入量の伸び率を引いた残差(注2)として認識されるのみであった。しかし、1990年前後からアメリカで「生産性のパズル」(注3)の研究が進む中で、TFP(全要素生産性)の伸び率が社会資本ストックの伸び率と高い相関関係を持っており、社会資本ストックが経済成長に及ぼす影響が大きいことが示された(注4)。図表1-4-11はTFP(全要素生産性)の伸び率と社会資本ストックの伸び率を標準化して一つのグラフに重ねたものである。これによると、社会資本ストックの伸び率が大きいときは、TFP(全要素生産性)の伸び率も大きく、したがって、経済成長の拡大にもつながることから、経済成長に大きな貢献を果たす「社会資本の生産力効果」が示されているといえる。
 「民間資本」と「社会資本」に係る生産性を比較してみる(図表1-4-12)。ここでは、生産性とは1単位の各要素への投資の増加が、何単位分の生産を増加させるのか、という限界生産性として捉えており、より限界生産性の高い要素に投資することが、より大きい経済成長を招くこととなる。図表1-4-12によると、経年的には、投資が投資を呼ぶ高度成長を続けてきた日本経済において、民間資本の限界生産性は著しく高かったが、石油ショック以降大きく低下し、最近では、民間資本の生産性と社会資本の生産性は同水準である、と示されている。
 近年のIT革命による企業経営の効率化や教育による労働の質の向上などがTFPを通じて経済成長を押し上げる可能性は十分にあるが、社会資本整備が民間資本投資と同等の生産力効果をもつことにより、経済成長に寄与する影響も大きい。
 しかし、社会資本の整備を充実させれば、それが経済成長の伸びに資する、ということの実質的な背景としては、(1)で検証したように、「整備された社会資本が国民一般に利用されることによって、長期にわたって様々な経済効果や国民の生活を豊かにする」という社会資本のストック効果を内容としている。つまり、河川・砂防工事等による洪水や土砂災害の被害の減少、下水道整備による豊かな都市生活の実現、トンネルの供用開始によりもたらされる地域経済の発展をはじめとする、いわゆる「社会資本のストック効果」が十分発揮されることによって、社会資本の生産力効果が高まり、経済成長につながる。
 この場合、重複投資や他の社会資本との連携を考慮しない投資を行うことなどの非効率的な投資により、本来社会資本整備のもつ生産力効果を滅失するべきではない。むしろ、民間資本の投資を誘発するような社会資本整備を行うことや、コミュニケーション型行政の推進により地域住民の理解と参加を促進しながら、地域で効果的に利用される社会資本整備を推進することなどにより、社会資本が生産力効果を十分に発揮し、環境と共生した持続的な経済成長の牽引力となる使命があることを認識しなければならない。



(注1)交流増大人口=車の通行台数×平均乗車人数×56.5%(安房トンネルが開通したから行った、とアンケートで回答した割合)=約80万人
(注2)全要素生産性の伸び率=実質GDPの伸び率-(労働分配率×労働投入量)-(資本分配率×実質民間資本ストックの伸び率)として全要素生産性の伸び率は説明される。
(注3)アメリカにおける1970年代以降の生産性増加率低下の理由として、TFPの低下によることが予測され、TFP低下の理由について議論が多くなされた。
(注4)Aschauer(アメリカ)の研究(1989年)による。

C2701106.gif

C1132101.gif

C1132102.gif

C1132103.gif

C1132104.gif

C1132105.gif

C1132106.gif

C1132107.gif