(公共投資のフロー効果)

 公共投資には創出された公的需要が波及効果を通じてGDPを押し上げ(乗数効果)、建設部門のみならず幅広い産業分野における生産を誘発する(生産誘発効果)といった大きな経済効果を有している(いわゆる「フロー効果」)。以下、こうした公共投資のフロー効果について、様々な角度から検証する。

(1)景気下支え効果
 民間需要の低迷が続きデフレ・スパイラルの懸念もあった経済状況において、公共投資は景気の大きな下支え効果を果たしてきた。
 「総合経済対策」(平成10年4月)を受けての平成10年度第1次補正予算の成立(平成10年6月)、「緊急経済対策」(平成10年11月)を受けての第3次補正予算の成立(平成10年12月)及び「経済新生対策」(平成11年11月)を受けての平成11年度第2次補正予算の成立(平成11年12月)といった累次の経済対策や、平成11年度上半期の目標額を過去最高額とする前倒し執行等により、公共事業の切れ目ない執行が図られてきた。国民所得統計速報(QE)をみても、公的固定資本形成は前年同期比(実質)で平成10年10-12月期以降4四半期連続で大きなプラスを示した(図表1-4-13)。
 実質GDPは、平成11年4-6月期から2四半期連続して前年同期比がプラスとなったが、実質GDPの伸び率に対する公的固定資本形成の寄与度をみると、民間設備投資が低迷する中で、公的固定資本形成が平成10年10-12月期以降の4四半期において大きな下支えを果たしてきたことが分かる(図表1-4-14)。平成11年10-12月期には、公的固定資本形成は前年同期比(実質)でマイナスとなっており、上半期の前倒し執行後、平成11年度第2次補正予算の効果が現れるまでの端境期に当たったことや、地方公共団体の事業の落ち込み等によるものと考えられるが、平成11年中を通じて、公共投資は景気の下支え効果を果たしてきたといえる。

(2)財政制約下における公共投資財源のあり方
 今後、財政状況がさらに厳しくなることが予測される中で、豊かで活力ある21世紀の経済社会の基盤を構築するためには、良質な住宅・社会資本を提供することはなお重要な課題であり、この過程で必要となる社会資本整備の効率化のための施策については、次項「3 社会資本整備における効率性・透明性の追求」の中で論ずる。ここでは、財政制約下における公共投資財源のあり方について、以下の観点から検討してみる。
・公共投資の拡大が最近の財政赤字の主な原因であるとする議論のあるところである。我が国財政をみるに(図表1-4-15)、平成12年度予算における公債発行予定額は32兆6,100億円であり、財政支出の公債依存度は38.4%に達している。平成12年度末の公債残高は364兆円、対GDP比73%となると見込まれている。公債発行額の内訳を見ると、平成11年度には建設公債13兆1,660億円、特例公債25兆4,500億円(2次補正後予算)、平成12年度には建設公債9兆1,500億円、特別公債23兆4,600億円となっており、平成11、12年度においては、減税の実施や景気後退に伴う税収不足のための特例公債によるところが大きい。このように特例公債の発行を余儀なくされているが、そもそも財政法においては、国の歳出は公債・借入金以外の歳入で賄うべきとし、例外的に公債発行を必要とする場合でも、財政の健全性の確保、世代間の負担の公平の観点から、建設公債に限り発行を認めている点に留意が必要である。なお、イギリスにおける財政運営原則の一つである「黄金律」(golden rule)(注1)も、政府の借入れは投資目的の場合のみ可能であって経常収支を賄うために行ってはならないとしている。
・道路特定財源制度(注2)は、道路整備を推進するため受益者となる自動車利用者がそのための費用を負担するという制度であり、自動車による走行という形で道路を利用する者が直接に利用の対価を支払う代わりに道路特定財源諸税の納付を通じて道路整備費を負担するという点で、道路特定財源制度は道路サービスに関する擬似的な市場機構と考えられる。また、税負担と施策による受益が明確にリンクしており、行政の透明性が求められる時代の流れに合致している。
 今後とも社会の高度化に対応した道路整備を、道路特定財源を活用して推進することが必要である。

 公共投資は、先述したように、景気の大きな下支え効果を果たしてきたところであるが、景気回復の政策手段として公共投資を拡大することについては様々な議論のあるところである。公共投資の拡大に懐疑的な立場からは、公共投資の経済効果は低下しているのではないかということ、公共投資の拡大による財政赤字の増加が将来の世代への負担の先送りとなること、実施される公共事業には必要性が低いものもあること等の問題が指摘されている。
 そこで、次に、公共投資の経済効果として、乗数効果、生産誘発効果についてみていきたい。

(3)公共投資の乗数効果
 公共投資の追加はそれ自体が最終需要の増加となるのみならず、投資による所得の増加が個人消費や民間設備投資等を波及的に増加させることにより、最終的に国内総生産を大きく増加させる効果(いわゆる乗数効果)を有する。
 「短期日本経済マクロ計量モデル」(平成10年10月経済企画庁)により、公共投資の乗数効果と減税による乗数効果について比較する。公的固定資本形成を名目GDPの1%相当額だけ継続的に増加した場合と個人所得税を名目GDPの1%相当額だけ継続的に減税した場合の名目GDPへの影響を見ると、前者では1年目に公的固定資本形成の増額分の1.31倍だけ名目GDPを押し上げる効果があるのに対し、後者では1年目に減税分の0.43倍だけ名目GDPを増加させるに留まっている(図表1-4-16)。同様に、2年目、3年目の名目GDPに与える影響をみても、公共投資による方が景気対策としての効果が高いことが分かる。
 また、過去の経済モデルの数値と比較すると、公共投資の乗数効果は低下しているとの議論があるが、このような変化は、モデルの枠組み(背景理論)に起因するところが大きく、乗数が低下したとする議論の実証的根拠は十分ではないといえる。

(4)生産誘発効果
 次に、「平成7年産業連関表」(総務庁)に基づいて、公共事業の生産誘発係数を検証する。生産誘発係数とは、ある産業に1単位需要が増加した場合、それが我が国の産業全体の生産に何単位分の影響を与える波及効果があるかをみるものである。
 公共事業の生産誘発係数は、「平成7年産業連関表」によると、全産業平均を上回る1.961であり、投資額のほぼ2倍の生産額を誘発する効果がある。
 一方で、公共事業は建設業界のために行われているのではないかとの批判もある。そこで、この公共事業の生産誘発効果が、全産業のうち、特にどの産業の生産を誘発しているのか、その内訳をみてみると、公共事業の生産誘発係数1.961のうち建設部門(注3)の生産を誘発している分は1.011と約5割である。他の産業分野で、公共事業の増加による生産誘発効果が大きいのは、図表1-4-17に掲げる産業部門のとおりであり、公共事業は建設部門のみならず幅広い産業分野の生産に波及する効果を有していることが分かる。
 さらに、「平成7年産業連関表」により、建設業のもたらす生産誘発効果の波及範囲を分析すると、建設業への需要が1単位増えると、建設業以外の他産業の生産を0.944単位誘発させる効果があることが分かる(図表1-4-18)。これを他の産業が1単位の需要増加により当該産業以外の産業に及ぼす影響と比較すると、建設業は他産業に対する波及効果が非常に大きい産業であることが分かる。
 また、公共事業を1単位増やすことによる生産誘発係数は既に検証したところであるが、これは公共事業に直接影響を受けた産業自体の生産をどの程度誘発することになるのかという1次段階での効果である。この1次的な影響を受けた産業の生産が誘発されたことで就業者の賃金が上昇し、それが消費をどの程度増やすことになるか、という2次的な効果(2次効果)を試算して、公共事業の生産誘発効果を議論している場合がある。
 この方法により、平成7年産業連関表の186部門表に基づいて1次効果と2次効果を試算すると、仮に公共事業に対する需要が1兆円増えた場合、1次効果として1兆9,610億円の生産を誘発する効果があるが、これを受けて6,737億円の消費を拡大する2次効果があると推計される。
 しかし、このような試算は、消費への波及効果の仮定如何や雇用者所得以外の営業余剰からの波及効果を加えていないこと等による制約がある。また、特定の地方公共団体の中の生産誘発効果に限定した試算は、他の地方公共団体からの資材等の移入の多い地方公共団体では、本来の公共投資の生産誘発効果よりも相当低い試算結果となっている。

(5)まとめ
 上述のように、公共事業は、乗数効果や生産誘発効果において、効果の大きさ、波及の広さ、即効性などの観点で優れた経済効果を有するものであり、各種のデータにも現れているとおり、景気の大きな下支え効果を果たしてきた。しかし、このようなマクロ的な投資効果と個別の公共事業のミクロ的な投資効果とは、また別の問題であり、特に後者の意味での投資効果の向上への取組みは今後とも厳正に進めていかなければならない。また、マクロの意味での投資効果の大きさは、事業量を増やすことのみを目的として公共投資を行うことを決して是認するものではない。都市計画をはじめ土地利用や地域開発、環境保全等に関する各種の計画や構想と整合性をとって行われる質の高い公共投資が良質な社会資本ストックを成し、世代を超えて、長期的に経済的波及効果をもたらすのみならず、国民にとって住みやすく、働きやすい社会基盤を提供することにより、より豊かでゆとりある生活や国際的に見ても魅力ある国土を実現するという意義があることを忘れてはならない。



(注1)英国政府が1997年7月に発表した「財政状況及び予算報告書(Financial Statement and Budget Report)」による。
(注2)道路特定財源制度は、我が国の道路を緊急かつ計画的に整備するため、受益者負担・原因者負担の考え方に基づいて自動車利用者に道路整備費の負担を求めるものである。昭和28年に揮発油税が道路特定財源とされて以来、道路整備に充てるため、地方道路税、軽油引取税、石油ガス税、自動車取得税、自動車重量税を創設し、更に本則税率より高い暫定税率を設定しているものもある。
(注3)「平成7年産業関連表」の統合小分類(186部門)5部門の合計による。

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