第I部 安全・安心社会の確立に向けた国土交通行政の展開 

3 ヒューマンエラー事故防止に向けた課題

 ヒューマンエラーには、うっかりミスや錯覚等により「意図せず」に行ってしまうもの(狭義のヒューマンエラー)と、行為者がその行為に伴うリスクを認識しながら「意図的に」行う「不安全行動」(注)とがある。このため、ヒューマンエラーによる事故を防止するためには、うっかりミス等狭義のヒューマンエラーを極力減少させる人間工学等を生かしたシステムづくりを行うとともに、行為者が不安全行動を行わないようにする対策を講じることが重要である。
 そのための課題としては、大きく分けて「不安全行動を容認する職場環境・企業風土」(組織的課題)及び「人間と高度技術のミスマッチ」(技術的課題)の2つが挙げられる。

(不安全行動を容認する職場環境・企業風土)
 不安全行動を行うか否かについては、リスクテイキング(危険なことと分かっている行動をあえて行うこと)の傾向等個人的な要素もさることながら、職場環境、企業風土等の行為者が置かれている状況等が大きく影響を与えていると考えられている。このため、公共交通の安全確保を図る上では、事業者の職場環境や企業風土がどのようなものであるかが重要な問題の一つになると考えられる。不安全行動を防止し、安全確保を最優先とする企業風土(安全風土)を構築するための課題としては、以下のような点が挙げられる。
 ・不安全行動を容認する職場環境・企業風土
 ・安全に対するリスク管理意識の不足
 ・情報の迅速かつ的確な共有の不足
また、このような課題の背景としては、
 ・経済のグローバル化と価値観の多様化
 ・経済的規制の緩和等市場主義による熾烈な自由競争の結果、企業の優勝劣敗がより鮮明化
 ・技術の急速な進展
 ・雇用の流動化に伴う正社員割合の低下、若年労働者の離職の増大
 ・アウトソーシングの進展
等による社会状況の大きな変化が考えられる。
 このような状況変化の下で、不安全行動を防止し、公共交通の安全を確保するためには、経営トップのリーダーシップの下、各交通事業者において「公共交通において安全の確保は最大、最優先の使命である」との大原則を再度確認し、安全風土確立のための具体的な取組みを強化することが必要不可欠である。

(人間と高度技術システムのミスマッチ)
 これまで人間の負担を軽減してエラーの発生を抑制すべく高度技術システムが導入されてきた。しかし、自動化システムが運転者の状況認識を喪失させ、機械の意図が理解できないまま的確な対応がとれず事故に至った事例、自動化システムを過信するあまり人間が警戒心を喪失して漫然状態に陥って事故に至った事例等新たな問題も浮き彫りになり、期待されたほどの低減効果には至っていない。
 この背景には、人間と機械のインターフェイス設計について適切な配慮がなされていないために、人間にとって何らかの意味で「わかりにくいシステム」となっているなど、人間と高度技術システムの間のミスマッチの発生という問題が存在している。
 また、ヒューマン・マシン・システムにおいては、設計段階で予期し得なかった状況への対処は人間に頼らざるを得ないなどの理由から、「最終決定権を人間に与えることが重要だ」と言われているが、交通機関の高密度化、複雑化等の中で、運転者に課せられる役割は時に過大なものとなり得る。よって、人間の指示を待たずに機械が安全確保手段を講じることを許すなど、状況に応じて人間と機械の役割分担を調整する仕組みを検討しておく必要がある。


(注)本人または他人の安全を阻害する意図をもたずに、本人または他人の安全を阻害する可能性のある行動が意図的に行われたもの(芳賀繁「失敗のメカニズム」)

 

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