第2節 急がれる次なる災害への備え 

2 地域社会の災害に対する脆弱性の高まり

(地域防災力の低下)
 自然条件の変化のみならず、社会環境の変化も災害リスクを高める要因となっている。急速な高齢化の進展に伴い、今般の東日本大震災や大雪被害のほか、近年の主な風水害による犠牲者の多くが高齢者となっている。高齢者は、災害時の避難等に支援を要することも多く、都市、地方に限らず増大する高齢者の災害対策は喫緊の課題となっている。
 
図表93 近年の主な風水害犠牲者における高齢者の割合
図表93 近年の主な風水害犠牲者における高齢者の割合
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 また、高齢化社会の進展に伴い老人福祉施設等の災害時要援護者関連施設が増加し、これらの施設が土砂災害等のおそれのある土地に立地することがあり、2009年7月には集中豪雨により山口県防府市の特別養護老人ホームで甚大な土砂災害被害が発生した。このような実態を踏まえ、今後は、ハード対策の重点的な実施とともに、迅速かつ的確な災害情報の伝達等の警戒避難体制の整備や著しい災害が発生するおそれがある土地への立地抑制等を一層強化する必要がある。
 
図表94 土砂災害のおそれのある災害時要援護者関連施設
図表94 土砂災害のおそれのある災害時要援護者関連施設

 加えて、従来地域の防災力を支えてきた地域コミュニティの共助の担い手である消防団や水防団についても、団員数の減少や高齢化が進んでおり、その弱体化が懸念されている。阪神・淡路大震災の際にがれき等から救出された人のうち約8割は消防や警察等の行政によるものではなく、近隣住民等の助け合いによるものであった。災害被害を軽減する大きな力となる地域コミュニティの防災機能は、高齢化や人口減少と相まって低下してきている。
 その一方で、阪神・淡路大震災を契機として災害時における被災者支援活動や平常時の防災活動にボランティアの人々が積極的に参加する状況もみられ、東日本大震災でも様々な分野で重要な役割を果たしており、地域防災力を支える担い手としての役割が期待されている。

(地方部に広がる集落の孤立のおそれ)
 東日本大震災では三陸沿岸地域を始め多くの集落が孤立し、救急救助活動が困難な状況が続いたが、全国で中山間地等の過疎化の進行に伴い、災害時に集落が孤立するリスクも高まっている。2009年に内閣府が行った調査注1によると、地震や津波等の災害時に孤立する可能性がある集落は、農業集落、漁業集落とも全国で約3割にものぼっており、5割を超える県も見られる。
 また、孤立する可能性のある集落における災害への備えについても、厳しい財政状況も反映し、避難施設の耐震性(避難施設が耐震性を有する農業集落は17%、漁業集落は22%)、水や食料等の備蓄(食料の備蓄のある農業集落は6%、漁業集落は12%)、情報通信手段の確保(何らかの手段を有する農業集落は45%、漁業集落は57%)等において、総じて不十分な状況にある。
 平常時からの避難施設の整備、生活必需品の備蓄や非常時における複数の情報通信手段の確保等の取組みはもとより、地域の生命線ともいえる生活道路等の適切な維持管理が求められる。
 
図表95 孤立可能性のある集落と災害への備えの状況
図表95 孤立可能性のある集落と災害への備えの状況
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(大都市に潜む災害リスク)
 東京圏にも大きな影響を及ぼした東日本大震災でも露呈したように、電力や公共交通等に依存する大都市においては、地震等によりその機能が停止すると、大量の帰宅困難者の発生を始めとして、パニックをも引き起こしうる事態をもたらしうる。
 想定される首都直下地震が発生した場合には、東京、埼玉、千葉、神奈川の1都3県で、約650万人の帰宅困難者が発生すると推計されている注2
 一企業、一地方自治体では対応できないこうした課題について、起こりうる最悪の事態を想定したきめの細かな対応策に官民一体となって地域ぐるみで取り組んでいく必要がある。
 また、高層マンションやビルの増加、地下空間の利用拡大といった都市構造の変化は、災害時のリスクを高める要因となる。
 高層の建築物では、東日本大震災でもみられた長周期地震動注3による大きな揺れによる被害や、エレベータでの閉じ込めのみならず、建物の耐震性が確保されていたとしても、電気、上下水道等のライフラインやエレベータ等の一時的な機能停止により高層階で孤立し生活が困難な状況となる危険性がある。東京都内だけをみても、10階以上の建築物は過去10年間(1999年から2009年)で1.6倍に増加し、このうち30階以上は3.4倍に増加するなど、こうした「高層難民」化するおそれのある高層建築物に居住する人が増加している。
 
図表96 東京都内の高層建築物の増加
図表96 東京都内の高層建築物の増加
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 東京都区内の一部地方自治体では、新築の高層マンションに対し一定の階ごとに備蓄倉庫の設置を求めるといった取組みが見られるなど、災害時の高層難民対策が求められている。
 また、大都市における地下街や地下鉄等の地下空間の利用拡大は、大雨による水害被害の危険性をはらんでいる。1999年の福岡豪雨災害では、博多駅の地下街の半分が浸水し、死者が発生した。2000年の東海豪雨では名古屋市の地下鉄が浸水し最大2日間運行停止となった。大規模な水害が首都圏を襲った場合には、荒川の堤防決壊により、地下鉄等で17路線、97駅、約147kmが浸水する可能性があるなど、地下空間での大きな被害の発生が予測されている注4
 全国に約2,900ある地下街等の施設のうち、4割を超える約1,300施設が浸水する可能性がある注5。こうした不特定多数の人が利用する地下街等での水害被害を軽減するため、地方自治体による地下街等への洪水予報等の伝達方法や管理者等による避難確保についてあらかじめ計画を定めることとなっているが、これらの対策は依然として不十分であり、地下鉄駅等の出入口での止水対策等と合わせて、更に被害軽減対策を講じる必要がある。

(住宅・インフラ等の耐震不足と老朽化)
 地震から命を守る上で最も効果的な対策は、住宅・建築物や公共インフラ等の耐震化により、人々が日常生活している空間をより安全にすることである。
 1981年の新耐震基準以前に建てられたものの中には依然として耐震性が不足している多くの住宅・建築物がある。その耐震化の促進は、住民や利用者の命を守るとともに、その倒壊等により救急救助活動等の支障とならないようにするためにも喫緊の課題である。
 また、東日本大震災でも改めて認識されたとおり、道路や港湾、空港等の公共インフラは、災害時の応急活動を支える重要な基盤となるが、その耐震化は十分とはいえない状況にあり、重点的に取組みを進めていく必要がある。
 
図表97 都道府県別の住宅・建築物の耐震化の状況
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図表98 公共インフラ等の耐震化の状況
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 経済が長期的に低迷し、歳出が税収等を大きく上回る状態が続き、公債残高が急速に増加するなど、我が国における財政の制約が高まる中、近年、公共事業関係費は大きく減少してきている。
 その一方で、高度経済成長期に集中的に整備された社会資本ストックは、今後急速に老朽化することとなる。国土・地域の安全・安心を支える社会資本の役割を果たす上で、適切な維持管理・更新がなされない場合には、災害の拡大等に対する不安が高まることにもつながる。
 
図表99 建築後50年以上経過する社会資本の割合
図表99 建築後50年以上経過する社会資本の割合
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 国土交通省意識調査注6では、社会資本の維持・更新について、現在、不安に思う・非常に不安に思うと答えた人が45%となっており、将来については、その割合は61%にまで高まる。また、社会資本の維持・更新が十分になされない場合には、「災害に対する危険性が高まる」、「日常生活に支障が生じる」、「地域の産業が衰退する」、「地域から人が出ていく」といった不安が大きく示されている。
 このため、厳しい財政状況の中、今後急速に老朽化する社会資本ストックについては、国土・地域の安全と活力が損なわれることのないよう、戦略的な維持管理・更新が求められるところであり、計画的な維持補修や長寿命化等により維持管理・更新費の平準化を図るようにするなどの予防保全の取組みを加速化する必要がある。
 
図表100 社会資本の維持・更新に関する不安(国土交通省意識調査結果)
図表100 社会資本の維持・更新に関する不安(国土交通省意識調査結果)
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(地域の安全を支える建設業等の公的役割の機能低下)
 建設業や運輸業等の国土交通分野に関わる産業は、特に地方圏において、地域経済・雇用を支えるとともに、防災・防犯や地域行事等の様々な活動の担い手として、地域の発展、安全・安心な暮らしの確保に大きな役割を果たしてきた。
 防災分野では、建設業、不動産業、運輸業、宿泊業の各団体は、全国各地の地方自治体等との間で防災協定を締結し、今般の東日本大震災でもみられたように、災害時における重機資材や労務の提供、被災者の住まいの円滑な提供、緊急・救援輸送、避難者への臨時宿泊施設の提供等に貢献している。
 しかしながら、我が国の経済社会情勢が大きく変化し、産業全体が構造転換を求められている中、これらの産業分野においては、厳しい経営・雇用環境が続いており、就業者の減少、高齢化が進んでいる。このため、特に技能労働分野においては、技能・技術の継承が大きな課題となってきている。
 こうした状況から、例えば、災害時に住宅・建築物やインフラ等の応急復旧、応急仮設住宅の建設等に貢献する建設業において、建設機械運転工や型枠工、鉄筋工等の技能労働者を確保することが困難となりつつある。
 
図表101 建設技能労働者数の推移
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図表102 建設機械の保有状況の推移
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 加えて、従来建設業者により大半が保有されていた建設機械についても、1999年をピークに減少し、リース業等による保有割合が増加している。
 本年1月に国土交通省が都道府県に対し調査を行ったところ、特に地方圏において、災害対応、除雪、インフラの維持管理等を行いうる十分な労働者や機械を確保する企業が減少し、地域社会の安全を確保する上での支障や将来的な懸念が示されている。
 地域建設業の疲弊が地域社会の安全を脅かすことにつながらないよう、技術と経営に優れた地域建設企業の自立的な継続経営を可能とするための環境整備を進める必要がある。
 
図表103 建設企業が行う災害対応等の業務に対する不安
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注1 内閣府政策統括官(防災担当)「中山間地等の集落散在地域における孤立集落発生の可能性に関する状況フォローアップ調査調査結果」(平成22年1月公表)。「孤立」とは、中山間地域、沿岸地域、島嶼部等の地区及び集落において、地震等による道路構造物の損傷、津波による浸水、地震又は津波による船舶の停泊施設の被災等により、道路交通及び海上交通による外部からのアクセスが途絶し、人の移動・物資の流通が困難もしくは不可能となる状態とする。
注2 内閣府中央防災会議「首都直下地震対策専門調査会報告」(2005年7月)。
注3 規模の大きな地震が発生した場合、長周期の地震波が発生し、震源から離れた遠方まで到達して、平野部では地盤の固有周期に応じて長周期の地震波が増幅され、継続時間も長くなることがある。超高層ビルは固有周期が長いため、固有周期が短い一般の鉄筋コンクリート造建物に比べて地震時に作用する力が相対的に小さくなる性質を持っている。しかし、長周期地震動に対しては、ゆっくりとした揺れが長く続き、揺れが大きい場合には、固定の弱いOA機器等が大きく移動し、人も固定しているものにつかまらないと、同じ場所にいられない状況となる可能性がある。
注4 内閣府中央防災会議「大規模水害対策に関する専門調査会報告」(2010年4月)。
注5 国土交通省調べ(2007年10月末時点)。
注6 第I部第2章第2節の注に同じ。


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